3話 努力は実る
努力は認められる。
集団戦の基本は、「回避しつつの攻撃」だ。
特に自陣の勢力が相手に大幅に劣る場合、攻撃よりも、兎に角少しでも受けるダメージを減らすことが重要となる。しかし撃破するとなれば、それと同時に的確に攻撃を当てることもこなさねばならない。
単純な個々の実力差が意味を成さない集団戦においては、「考える」事も必要なのだ。
図書館で勉強した戦術論はこんな感じだが、成程、いざその場に立つとかなりキツイものだなあと痛感する。
「きしゃアア……」
「グルルルル……」
そこかしこから、そんなおぞましい鳴き声が聞こえてくる。
見極める為に、思考を巡らせた。何を優先すべきか、どう戦うべきか。
そして結論。腰が軽い。今必要なのは、間違いなく武器だ。
現在、魔物は俺を威嚇している。どうやら愚者を宿した今の俺に向かって来られるのは、さっきの古龍の様な最強格のモンスターだけのようだ。
ここに居る魔物は皆が上級に分類される凶悪さだが、それは瘴気にあてられた影響で、本来の魔物としての特性は残っている。本能で絶対的強者の気配を察知し、迂闊に動けないようだ。
チャンスだ。
俺は近くに居た凶子鬼の持つ錆びた剣に目をつけ、飛びかかった。
「ギシャッ!?」
「取り敢えず今はそれが必要だッ!」
不意を突かれた凶子鬼は慌て、咄嗟に錆びた剣を眼前に構えて防御する。
だが、それを予測した上で放たれた俺の蹴りは、初めから狙っていた腹部へと命中。俺は咳き込む間も無く空気を全て吐き出した凶子鬼から剣を奪って、魔物達の方へ蹴り飛ばす。
まあ上々だ。ある程度動き方の訓練をしていた甲斐があったな。
それにしても、こころなしか身体能力が上がっている気がする。というか、自分の意思が身体についていかないレベルだ。
これもレヴェルの上昇の恩恵なのだろうか。
「少年……何故我の力を使わない? この程度の魔物達等、蟻も同然に潰せるというのに」
「あんたの力に頼りきりでここを出ても、どの道続かない。……これはチャンスなんだよ。俺自身の、成長の為の」
何だか偉そうな事を言ってしまった。
だが、本心だ。確かに愚者の力に頼ればこんな場所、一日二日で出られるだろうが、そんな事をして意味があるだろうか。
戦闘においての精霊はあくまで装備、という言葉がある。精霊の実力がどれだけ高くとも、使役する立場の主が貧弱では話にならない。
精霊を身に宿せるのなら尚更だ。動くのは自分の身体なのに、精霊に頼り切りでどうする。
「まあでも、俺だけじゃ多分ここは抜けられない。その時は頼んだ」
「……横暴だな、少年。愚かしい行為だが、主の願いならば仕方ない」
愚者は苦笑し、俺に主導権を引き渡す。
俺は静かに礼を言うと、再び敵を見据えた。
俺の手にあるのは、凶子鬼から奪った錆びた剣一本。これをどう使うか、考えるんだ。
どうすればこいつらを倒せる? いつこいつらが牙を剥いて来るか分からない、余り時間もない。
急げ。勉強したことを思い出すんだ!
「……そうか」
俺の目にそれが映った瞬間、俺は剣を投げた。
錆びた剣ではどの道、ここに居る奴らを倒すまでは続かない。ならば賭けよう。
その一心で、こちらを伺いつつ呪文を唱えようとしていた賢者の子鬼の方へと。
「グギャッ!?」
前に、図鑑で読んだ事があった。
それは王立図書館の隅で埃を被っていた、誰も読まない専門書。嘗て存在した全ての魔物の情報を網羅した、魔物の生態系が大きく変わった今では意味のない本。
賢者の子鬼は、そこに載る忘れられた魔物だった。
その習性は、賢者たるに相応しいもの。
ステータスが低い賢者の子鬼は、強者に遭遇した時の為に、常に周囲に地雷を仕掛けておく。
殺傷能力は低いが、逃げる時に役立つ煙幕が出るモノを。
フシューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
大きく音を立て、賢者の子鬼の後方から煙が噴出する。木々と瘴気に閉ざされた場所で、煙は出ていかずに充満していく。
今なら、魔物たちは俺の事を見つけられないはずだ。
計画、通りだ。
ある考えが浮かんだ。
下らない考えだ。それでいて余りに突飛、もし思いついても、実行に移せないだろう考え。
でも今の俺には、その力があるのかもしれない。
確証は無い。今までの俺ならまず選ばない選択肢だが、不思議と心は軽かった。
愚者が居る、と考えるだけで、力が湧いてくるような気がした。
俺は全力で、飛んだ。
「少年」
愚者が呟く。
「正気か」
重い。だが、この一度切りのチャンスを耐えろ。
鍛えて居るだけでは不可能だった領域に、今俺は居る。支えられた分を、今ここで耐えるんだ。
生きるために。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
『死の地』に充満した瘴気は、生あるものに等しく害を与える。
しかし――植物に対しては、異例だ。
植物は成長する。瘴気を含んだ地を糧とし、本来の姿とは違う姿へと。
この『死の森』に群生した木達は、全て巨大だ。
そして、魔物の死骸を栄養分にしている故――兎に角、固い。
「ああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
引き抜いた。
生えた木を。
俺の、その手が。
魔物が驚愕に目を見開いている間に、俺は力任せに木を振り抜く。
地面擦れ擦れを木が通過し、それと同時に沢山の肉を巻き込む感触がした。筋肉が軋むが、そんな事は関係ない。
最も賢い近くのオーガが、脂汗を浮かべながら俺に飛びかかってきた。俺は再度、全力で振り抜く。余りに早いその理不尽な攻撃は、オーガの牙が俺の喉を掻っ切る前に全てを蹂躙した。
「――真逆――そんじょそこらの大木ではない、何万年もの樹齢を以てここまで深く根付いたモノを引き抜き、振り回すだとッ!? 古龍を倒した程度のレヴェルアップで到達出来る域ではない! ……レヴェルアップの恩恵は、本人の身体に蓄積した経験値に比例する。少年、貴様、どれほどの訓練を積んできた!?」
「毎日、飯食ってる時と寝る時以外、大体ずっと」
俺が即答すると、愚者が絶句する。
確かにキツイけど、皆の事を考えれば楽勝だ。俺があのパーティーに居られる理由なんて、それぐらいだったから。
努力をすれば報われるって、そう信じてきたから。
いつの間にか言葉も忘れ、俺は一心不乱に振った。何度も肉を巻き込んだ。固いモノも巻き込んだ。けれど関係ない。
屠れ。屠れ。屠れ。
俺の努力には意味があったと、証明するんだ――。
『レヴェルの上昇を確認』
「……ま、さか」
気づけば、周囲には木がなくなっていた。
周囲というか、何というか。見える範囲、大体更地だ。ボロボロの木が、数え切れない程倒れている。
魔物と地面の区別がつかない。色が多少違うくらいで、皆地面と同化してしまっている。
瘴気で薄暗かった筈なのに、気づけば太陽の光が差していた。
「は、はは」
乾いた笑いとともに、涙が出てきた。
俺は強くなった。きっと、誰よりも。
死ななくて済んだんだ。自分の力で。
今更ながら筋肉が痛む。もう立っていられない。というか、意識も定かでなかった。
でも、気持ちは晴れやかだ。
「我の助けなど、要らなかったようだな」
そういう訳でもないよ。声にならない声で、俺は言った。
だって愚者が居なければ、俺は今ここに立ててすら居ないんだ。
「たった今分かった。貴様を追放した奴らが、いかに愚かだったか」
そんな優しい声に、少しだけ表情筋を緩めると。
俺はまっすぐ差した陽の光を背に、心地よい眠りについた。