花祭りの日に田打ち桜を手折りに行く
ちはやれいめい様主催
『みんなで元気になろう、フラワーフェスティバル 2020!』企画 参加作品です。
萌葱色した茅の新芽が伸びてくる。香り高いよもぎも、それに揃い、春の空の色をしたオオイヌノフグリ、白い小さな小さな星が花開く、茎も葉も柔らかいひよこ草。
段々に咲く濃い桃色のホトケノザ、緑の上に薄く白いビロードの着物をまとった様な、黄色い花の母子草が、それぞれに大地に張り付くように根を広げ、空を向き花開いている。
ホーホケキョ、ぴぴぴぴ!小鳥が空を舞う、田打ち桜の花が群れて咲いている。まだ新芽小さき木々の中に、白くしいろく咲いている。
またの名を辛夷、蕾が赤子の握りこぶしに見えるから、そしてこの花が咲けば、種まき、籾撒きの始まりとなる。忙しく鳴る季節がすぐそこに……、お大師様の日に村は春の祭りの日を迎える。
――祭りの日、白々と空が明ける頃、田吾作は兄者と共に雪解け水が流れる川端へと来ていた。標高の高いここはまだまだ霜も降りれば、吐く息もほんのり白い時もある。水辺ならばなおさらそうだ。
「やめとけ!おま、阿呆だぞ?今年は雪が深かった、お山に残っとる、ここんとこ晴れてたんで、川の水は少ないから渡れんことねぇけど……冷とうて風邪引かあな」
お大師さんの祭りに、風邪引いたとなると阿呆間違いなし!と川を渡るべく、滑らぬよう草鞋の塩梅を見ている弟に呆れ声で話をした。
「いんや!おらは……行く!白い白ぉい!田打ち桜をカヤノに渡すんでい!つつつつ、冷たかろうと、ここ凍えようとも……川を渡る!山に登って……花を取ってくる」
そうかい、そうかい、んじゃ火でも炊いて待っててやらぁと乾いた流木を集め手早く火を起こした兄者。
「んじゃ!兄者行ってくる……おらになんぞあったら、カヤノを頼むんでい!」
「阿呆!おらはかかもややもいる!妾なんぞおけん!なんぞあったら、諦めてお大師さんにおすがりせいや!南無大師遍照金剛……七回唱えろ」
こうして田吾作は、好きな女子の為に、ナタを一本放り込んだ背負子を背負い、冷たい水が通る川を渡り山へと向かった。中腹に生えている、白い田打ち桜を目指して……。
――、裏手の山、赤茶色の春の色した杉木立の中に、ほうほうと吐息の様に白く盛り上がり咲く山桜の白。紅色の葉と共に開いている。
日が昇り、早目の朝餉を終えると、カヤノは黄色のキブシの花を手折りに桜咲く裏山の裾へと出向いた。小さな蕾がシャラシャラと連なり下るその花を、簪に使おうと考えていたからだ。
小さい鈴が集まった様な、満天星は姉、ハルヒが使いたいと話していた。隣りの幼馴染は早々に、山桜にするから、被らないでねと言われている。
祭りのいち日を飾る花、草花よりも花木の方が持ちがいい、年頃を迎えた娘達は、髪を飾る花をあれこれ選び、互いに牽制をかけていた。
キブシの花は可愛らしいのだが、少しばかり地味で目立たない。他の花と併せてと考えつつ歩いていると……後ろから声をかけられた。
「カヤノ!お、おはよう……」
走って来たのか息遣いが荒い、聞き覚えのある声に振り返るとそこには、背負子を背負った田吾作の姿。
「おはよう、どうした?こんな時に、で?どしたんだ?なんか……ズタボロじゃねぇか……」
目の前の男に目を見開くカヤノ、手足にはあちらこちら擦り傷切り傷まみれ、着ている野良着は濡れているのか、色濃くずっしりとしている。このまだ朝晩火がいる時に、この男何してる?阿呆か?と襁褓の頃から知ってる気楽さで遠慮なく話す。
「あ!おおう!ちと、川を渡って転んで……兄者が火炊いてくれてたんだけど……今の時期、ちょっとも乾かねえな、ハハ、ハハハ」
「んあ?なしてまた?魚なんぞとっちゃなんねぇ!今日はお大師さんのお祭り、殺生はしちゃなんねぇはず、忘れたか?」
阿呆だ。とカヤノ。黒い洗い髪を後ろでひとつに結び、裾短な絣の着物をきりりと着こなしている彼女は、姉ハルヒと共に、器量良しと評判が高い。年頃の姉妹、狙っている若衆も多い。
春の花祭り、夏の虫送りの祭り、秋の鎮守の祭りに、意中の娘に花や簪を贈り、いい返事を貰えれば……、嫁に迎える事は、村に古くからある男女の決まり事。
「ち!ちがっし!お。おらはこ……、これをおめに、カヤノ!受け取ってくれ!」
つけつけと言う彼女に、背負子を下ろすと、中から大振りな田打ち桜のひと枝を、そろりと取り出すと差し出した田吾作。目を見開くカヤノ。
「ふえ!ひゃっ!こ、これって……川向こうの山にしか、はえてない、あ、あたしに?そ、そそそれって!」
「お!おおおぅ!おらのよよよ、嫁になってくれ!大事に大事にするさかい!頼む!ずうぅっと好きだった」
「はは、はははい?あたしが、よよ嫁、田吾作のよ、嫁」
頭を下げ、美しく花が咲いている白い田打ち桜を差し出している田吾作、親同士が仲良く、襁褓の頃からの付き合いとはいえ、初めて言われた言葉。
「だめか?」
真っ直ぐな瞳で聞いてくる。カヤノは……胸に手を置き考える。嫌いではない、むしろそうなったらいいなと思っていた。でもそれは……もう少し先だと思っていた。どうしよと思いうつむく。
もし……やんだと言ったら、別の女子と一緒になる。他所から来るか、それとも……その時カヤノは、はっとする。もしや村から出てったらどうしようと……。
何時もニコニコとして、芝刈りや薪拾いには付いてくる田吾作。ここ最近は逞しくなり、大きな背なを見ると、娘心にどぎまぎしていた。
生きてれば、百を超えてた婆さまの声が不意に響いたカヤノ。
『良い男ば逃しちゃなんねぇ、望まれて嫁に行け!』
「う……婆さま……うん」
小さく呟くと、心を決めてわかった、と差し出している田打ち桜を受けとった。やったぁ!やったぁ!と小躍りする田吾作。
「ふえっ……ぶぇっくしょん!」
濡れた物を着ていたので身体が冷えたのか、大きなくしゃみをした。それに慌てるカヤノ。
「こりゃいかん、あたしの家そこだから、火にあたって着物乾かせ、芋がらの汁残ってるし、な、行こ」
「うにゃあ!だめだ!こんななりで、親父さん達に会うわけにゃ……ひとっ走りして、兄者の一張羅借りてくっから……」
婚礼の申し入れをした後に、家に行くなら着替えて来ると言い出す田吾作をカヤノは笑い飛ばす。
「何言う!お互い襁褓の頃からの付き合いだし、お前さん、泊まりに来てねしょんべん垂れてたし、今更着飾ってもしょうがない!」
置いている背負子に花をそろりと戻すと、それを背負うカヤノ、そして……問答無用で夫となる田吾作を、家へと連れ帰った。
道中、田吾作がモゴモゴと話す。
「ね、ねしょんべんてもよぉ……ありゃその……はひ!お前さん……」
カヤノの何気ない言葉に真っ赤になる田吾作。
「ん?厠が怖かったんだな?」
そんな彼など気にもせず、昔っから怖がりだもんな、と花開くように笑うカヤノ、それに見惚れながら田吾作は想う。
……あの時、となりで寝ていたカヤノがあんまりにも可愛くて……何時までも眺めていたくて、ずうぅっと見てたら……それで間に合わなかったんだ……。
道端には、頭に白い花、茎に三味のバチが並ぶ、スズナの花が群れて咲いている。畑の中には黄色い菜の花も。つんつんツクツク、土筆が頭を出している。
空には、ぴゅるるぴぴちちち、メジロが鳴いて飛んでいる。
春の風がふわりと吹いた。
二人は仲良く添い遂げた。
終わり。
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