ヒヨコ九匹目
研究施設に来た俺を猫耳は歓迎してくれた。
「また旅に出るのか?」
「そのとおり」
「あんな目にあったのに、根性あるなー」
「いや、もう人類未踏の地はこりごりだよ」
「ん?」
ならば俺は何のために呼ばれたのか? 頼みたい仕事とは何だろうか?
猫耳の話では、人間の生息圏内にもまだ生態が未解明の魔物がたくさんいるらしい。
つまり今度の旅は人間の生息圏巡りである。
人間の生息圏を巡っていく。俺と猫耳の二人旅だ。
猫耳は前回冒険者達に裏切られたのが堪たのか、護衛を雇っていなかった。
護衛も俺に任せる気でいるらしい。ヒヨコスキル以外を俺に求められても困るのだが。
まあ、今回はそんなに危険な目にあうことはないだろう。
研究施設は大陸の西側である。円を描くように大陸を回るつもりなので、俺たちはまず南東に向かった。
「うまい」
「美味しい」
大陸の南、ボロン地方のアローという町でその地の名産品に舌鼓を打つ猫耳と俺。
食事を終え、町を歩く俺の目に郵便局の建物が目に留まった。
人間の生息圏内では郵便が利用可能である。情報の伝達は重要ということなのか、それ系のスキルは多く確認されていて、郵便を出した次の日には相手に届いているという具合である。
ふと思いついた俺は郵便を利用してクルール宛にその地の名産品と少々のお金を送った。
「くくく」
今の俺は間違いなくヒヨコスキルでお金を稼いでいる。そのお金をあいつらに送る。送り続けるとそのうちあいつらは送られたお金に依存するようになるだろう。依存しきったあいつらは後に知ることになる。そのお金を生み出したのは俺のヒヨコスキルだったという事を。
「フハハハハー! クルールに仕送りするなんて、どこのあしながおじさんだろうなあー! それが俺だと知った時、あいつらがどんな顔をするか楽しみだぜー!」
猫耳がヤレヤレといった感じで俺を見てきた。
「なんだコラー! おらー!」
猫耳の首を撫でたらゴロゴロ言うエンジンと化したので暫く撫でてやった。
***
アローの町から数キロ離れた洞窟の中に来ている。
洞窟の中には凶暴で凶悪な強い魔物がおり、洞窟の近くを通った者達を襲うのだという。
猫耳はその魔物のオスメスを判別して欲しいらしい。護衛なしでは危険だが、ヒヨコスキルは遠くからでも魔物のオスメスを判別することが出来る。相手に見つからなければ大丈夫だろう。
明かりを手に洞窟の中を進んでいくと、その魔物と無事遭遇した。
どうも大きな蛇の魔物のようである。
早速オスメス判定を行う俺。すると魔物の体から緑色のオーラが立ち昇った。
緑色だと?
まさか、判別できなかった?
いやまて、俺の今持っている明かりは黄色い光を放っている。
黄色い光と魔物から出たオーラの色が混ざって緑色に見えているのだ。
青と黄を混ぜると何色になるんだったか? 橙? なら赤と黄で緑? ええと……?
考えるのが億劫になった俺は魔物をしばいて外に持っていき、日の光の下でオスメス判別した。
魔物はオスだった。
***
各地を巡り歩き、魔物の生態を暴いていく猫耳と俺。クルールへの仕送りも忘れない。
充実している。
俺のヒヨコスキルは今、輝いている。
だが何故だ。俺の心は完全には満たされない。
満たされない理由がわからないまま旅は終わった。
猫耳は成果をまとめるため研究施設に籠るらしく、暫く声のかかることは無いだろう。
「……」
一人になり考える。俺の心が満たされなかった理由を。
だがいくら考えても、理由はわからなかった。
頭の中に浮かぶヒヨコスキルの説明文を読む。
”ヒヨコのオスメスを判別する”
”あらゆるオスメスを判別する”
”ヒヨコのオスメスを決定する”
「……ん?」
見慣れない一文が目に入った。
様々な魔物のオスメスを判別したからか、スキルレベルがアップしていたようである。
進化したヒヨコスキルに追加されたのは、ヒヨコのオスメスを決めるという能力であった。
俺がメスと言ったらそのヒヨコはメスだし、俺がオスだと言ったらそのヒヨコはオスなのだ。
「なんてことだ……」
ヒヨコスキルが神の領域に突入した。