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「ねぇねぇ、やっぱりスタンダードなのが一番だと思うの。ほら、このドレスなんか貴女に似合うんじゃない?」
久々に実家に戻り、パソコンで十八禁の百合ゲームをしていた時、母さんが結婚式場のカタログを見せてきた。用意できるウェディングドレスの一部が掲載されているけど、私はスタンダードなのよりも別のタイプが好きだ。今やってるゲームのヒロインの一人もシンプルなマーメイドラインのぴったりドレスだ。
やっぱり本心では私が好きなくせに素直になれない原作ヒロイン達もこんなドレスを着せてあげたら素直になるのかな? ふふふ、実に楽しみだ。
「……まーた変なこと考えてるわね。いい加減にしないとあの子に捨てられるわよ? 貴女と結婚してくれる人なんて他に居ないんだし、もう少し大人しくしなさいよ」
「はいはい。うーん、このハイウエストで短めのスカートのドレスなんか好みかなぁ? まっ、超絶美少女の私なら何を着ても似合うんだけどね」
「……うん。土下座してでも結婚してもらわないと一生独身ね。まあ、あの子となら熱々だし間違いないでしょうし、いっそのこと卒業したら籍だけでも入れて……」
実の娘に向かって失敬だと思うが、彼以外と結婚する気は無いので確かに独身になりそうだ。私を幸せにしてくれるのは彼以外に居ないし、彼以外に幸せにして欲しくない。だから抗議は一旦保留にしておこうと思った。
少し興味が湧いたのでマンガを閉じてパンフレットに集中する。彼との結婚式を想像してみると実に胸が躍る気分だ。そんな時、彼からの電話があった。
「あらあら、デートのお誘いかしら? ホテル代出そうか?」
「いや、出させるよ。その場合、たっぷりサービスしてあげるけどね」
こんな事を言いつつも、たぶんそういった展開にはならないと思う。でも、それはそれで構わない。今の距離感が好きだからね。どうせ仕事の話だろうと思った私だが、取りあえず言うだけ言ってみる事にした。
「やあ、デートのお誘いかい? 君が全額出すなら構わないぜ? ……勿論、ホテル代もだ」
「いや、その必要はない。だが、用件は正解だ。遥、俺とデートしてくれ」
「……はう!?」
思わず変な声が出て、顔が途端に熱くなる。ゆ、夢じゃないよね? 彼からデートのお誘い……ドキドキしてきた。思わず電話を置いて胸に手を当てて深呼吸していると母さんの顔が視界に入る。親指を立てて非常に良い顔だ。
「ちょっと避妊具買って来る……いや、孫が出来た方が手っ取り早いかしら? でも、結婚は学生中はさせないって向こうの親とも取り決めをしてあるし……」
母さん、気が早くない? ただのデートだと言っても取り合ってくれず、恥ずかしさと期待がドンドン高まるのを感じていた……。
翌日、デートの行き先は総合アミューズメント施設だと聞いたので動きやすい服装を選ぶ。本当なら待ち合わせをしたいけど、今回はお邪魔虫が一匹居るんだ。どうやらWデートとの事だ。二人っきりか両手に花が良いけれど特別にモブの同行を許してやろう。
「むっ、貴様は……」
「えっと、人違いじゃないかな? 私は君に興味も関心も見覚えもないんだ」
黒塗りのリムジンで家の前まで迎えにきたWデートをするカップルの男だけど私を見て驚いているが、誰だろう? 隣に座った彼は納得している風だけど……。
全く興味がないが紹介された彼の名は金田持夫。有力な財閥の御曹司で、通っている学校では三大キングとか馬鹿みたいな異名を付けられた一人らしい。
「しっかし、三大キングとか妙な異名を三人とも教えてくれなかったが……くくくっ」
「ええいっ! 庶民共が勝手に呼んでいるだけで俺様が知った事ではない!」
ああ、この会話の通り彼は残りの二人とも知り合いっていうか友人らしい。三人とも別口で知り合って仲良くなったらしいけど、どんな交友関係をしているのだろうか……。
因みに今回の経緯はこんな感じだ。
「急に呼び出して相談ってなんだ?」
「……生意気だった庶民の女が居るのだが、どうも気になってな。見極めてやろうと思うが俺と二人だと奴も緊張するだろう。貴様も誰か連れて同行しろ」
「ああ、デートに誘いたいが二人っきりは恥ずかしいからWデートにしてくれと。任せろ。……っと言っても俺も交際経験は皆無なのだがな」
「……恩に着る」
そして女の子の方なんだけど……。
「へー! 委員長と神野さんって矢っ張り付き合ってたんだ」
「……どうも不思議なのだが、中学の時の俺と此奴がそう見えたのか?」
確かに中学の時の関係と今の関係に特に大きな変化もないし、なぜそう見えたのか不思議で、私も彼と同時に首を傾げる。
「……相変わらずなんだ」
呆れた表情の彼女……中学の時の同級生の藻武黒子を見ていて不思議に思う。彼と私、どう見たらカップルに見えるのだろうか?
「ボウリングにカラオケにビリヤード、ダーツに……お化け屋敷まで有るのか。もう八月も過ぎているだろうに……」
案内が書かれたパンフレットを見て、最初に選んだのは季節外れになってきたお化け屋敷だ。まあ、普段の相手が相手だけに退屈しそうだけど……。
「ひゃうっ!? 無理無理無理ぃ!」
入ってみると中は古びた洋館風の構造で……蜘蛛の巣やリアルな蜘蛛の人形がある。人形と分かっていても怖い物は怖い! 咄嗟に手を伸ばせば彼の手が私の手を握って包み込む。少しだけ勇気が出て来た。
「……有り難う」
「この程度気にするな。其れよりも二人に置いて行かれたな」
このお化け屋敷だけど、入場時に腕に巻いたタグで経過時間が分かり、脱出ゲームも兼ねているのか謎を解いて進むんだ。経過時間で賞品が出るし、競争で足を引っ張って情けないな……。
少し落ち込んだ時、頭の上から何かが落ちてくる。見上げてしまった私の顔に蜘蛛が着地した。しかもこれ……」
「うぎゃぁああああああああああっ!? ほ、ほんものだぁあああああああああっ!?」
「落ち着けっ!」
咄嗟に彼が払いのけたけど、顔にまだ嫌な感触が残ってる。繊毛が生えた足が顔の表面でカサカサ動いたときの恐怖から走り去りそうになった時、後ろから抱き締められた。
「勝手に先に行くな。また蜘蛛の人形があったら嫌だろう? ……仕方無いか」
彼の腕に抱き留められて一旦落ち着いた私に彼は背中を向けてかがむ。おぶされって事だ。当然、迷い無く飛び乗った。
「お前は俺だけ見て、俺だけ気にしていれば良い。それで安心だろう?」
「うん。そうだね……」
思わず笑みが零れ、巻わした腕に力が籠もる。変な目的じゃなくって、彼ともっと密着したいと、自然にそう思った。……ああ、これが幸せなんだ。
「あら、息子に用事? 悪いわね。あの子、友達に頼まれてWデートに行っているのよ。どうも二人っきりで誘う勇気がないらしくって」
「……そう、ですか。先輩、そのお友達に頼まれたからデートしているんですね。……へぇ、そうなんだ。頼まれたから……」
「あー、うん。これは失敗したな。背負われるんじゃなかったよ」
お化け屋敷から出るなり遥は後悔したように項垂れる。その手に持っているのは一枚の写真。時間内に出てきた客は写真を撮られるのだが、ものの見事に背負った状態の写真を撮られた。
「ふふん。蜘蛛から守って貰ったしこれはお礼だよ」
こんな風に何時もの調子で俺の頬にキスをした瞬間を撮られたのだ。流石に残るのは俺も恥ずかしい。二人きりの時にされるのは仕方ないが、今後は人目がある場所でしないように言わないとな。
「あそこはアレだね。無理を言ってでもお姫様抱っこにして貰うんだったよ」
「よし、分かった。今度の休みに好きなだけしてやるから、その写真は廃棄しろ」
「……まあ、良いや。後で廃棄してあげるさ」
未だに俺の背中から降りない遥に対して提案すると嬉しそうに密着してくる。しかしそろそろ降りてくれないだろうか。目の前には金田と藻武が居るのだからな。
「えー! 君とこうして密着しているだけで私は幸せなんだ。もう少しだけ良いだろ?」
「俺も悪い気はせんが、人目もある。何か好きな物を作ってやるから勘弁してくれ」
お化け屋敷から出た後、金田が喉の渇きを訴えたのでフードコートまでやって来た俺達は席に座ったのだが、俺の背から降りた遥は今度は俺の膝の上に横向きに座っていた。
「しかし金田。前に遊んだ時は庶民の食い物は口に合わんとか言っていなかったか?」
「うぇっ! あんた、そんな事言ってたの?」
「ななな、何を言うかっ! 多くの者の上に立つ身として多くの事を知るのは必要だと……」
おや、どうやら藻武に本気で惚れているようだな。僅かに落胆されただけで慌てるなど此奴らしくもない。遥はどうでも良さそうに欠伸をしているが、出来れば力になってやりたいな。
「……ねぇ、折角のデートだし二人っきりになりたいな」
俺の耳元で遥が甘い声で囁く。首に手を回し、体を密着させてだ。
「二人っきりなら何時もでもなれるだろう。たまにはこうしたのも刺激があって悪くない。ほら、ダブルデートを続けよう」
「……デート、か。君がそう言うなら仕方ないな」
今回の外出をデートと言っただけなのに遥は顔を真っ赤にして俺の膝から降りて横に座る。鼻歌を歌いながら腕を絡みつかせるが、この程度なら構わないだろう。
「……お前達本当に仲が良いな」
「長い付き合いだしな。此奴と俺は既に家族同然だ。両親など式の日取りや場所まで今から決めようとしているのだから笑えるだろう?」
別にこの程度の情報を教えても構わないだろうと思っていると遥が飲み物を差し出してくる。コップにストローを二つ差し、片方を咥えている所を見ると一緒に飲もうという事らしい。
迷わず口をつけ、一緒にコーラを飲む。炭酸は苦手なので咽そうになるが、この状況で咽るのは格好が悪いので堪えた。
「本当に仲が良いな、お前らっ!?」
二度も言うほどの事なのだろうか……?
この後も俺達は四人で遊んだ。カラオケでは俺と遥がデュエットを歌い、ボウリングも交互に投げた。勿論こっちの圧勝だ。
「ほらほら、ハイタッチハイタッチ!」
「ああっ!」
「あっ、ハイタッチならぬパイタッチでも構わないぜ? あでっ!?」
馬鹿な事を言ったので軽くデコピンをしておく。本当に此奴の言動にはため息が出るな。
「そういう事を他人の前で言うな。……聞いた奴が想像するのも不愉快だ」
「ご、ごめんよ。君と二人っきりの時にしか言わないからさ……」
「そうか。それなら構わない」
素直に従ってくれる遥に安心し、先ほどデコピンをした部分を軽く撫でてやる。本当に困った奴だ。
「しかし先程から思ったのだが、お前と俺はどうして偽のカップルだと疑われないんだろうな。よく分からんから普段通りにしているだけなのにな」
施設内に存在する小規模な遊園地の観覧車の中で俺は首を傾げる。今回、俺達は金田が藻武を誘った時の嘘である『知り合いのカップルと遊びに行くから貴様も付き合え』に乗っかって恋人のふりをしているが、まさかデートに誘った相手が中学の時の知り合いにも関わらず疑われないのだから本当に不思議だ。
「そのくらい君と私がお似合いだからじゃないかい? ふふふ、本当に付き合うってのはどうかな? 君が構わないならさ……キスしても良いんだぜ?」
向かい合って座っていた遥は正面から俺の膝に乗り、顔を間近に寄せる。息が掛かる至近距離で、狭い観覧車の中だから無理に振り払えない。それにだ。一台後の車内には金田達が乗っているから今の位置からして此方の内部が見えている。下手な真似は出来ない。
「キスなら何度もしているんだし、今回は君の友人の為に付き合ったんだぜ? だからさ……君からキスをして欲しい。頬や額じゃなくって唇にね」
「……そうか」
俺の目を正面から見据え、期待するように囁く遥。少し不安そうにしながら俺の返事を待っている。……今回ばかりは仕方ないな。
俺は遥の腰に手を回し、そっと引き寄せて唇を重ねる。一秒にも満たない僅かな間だが、俺は赤ん坊の時から一緒に居て、家族同然に思っていた遥にキスをした。予知夢で見た此奴と結婚した未来だが、こうして少しづつ変わっていった結果なのかもしれないな。
……俺がそう思った時、施設の一部で爆発が起きる。轟音と振動、客や職員は固まり、次にパニックに陥った。遠くで上がる黒煙と聞こえてくる警報の音。そして爆発元に立つ異形の姿。
「アレって確か……ラスボスの妹の力だ」
遥の呟きに俺の朧げな記憶が蘇る。ヤンデレヒロイン枠だった、ラスボスの妹カーミラは他者の思考や記憶を操る力を持つが、力を限界以上に注ぐ事で人を化け物に変える。今暴れているの化け物は原作において主人公が轟とデートしている事に嫉妬したカーミラが差し向けたのと同じ姿だった。
「……ちっ! 原作との違いがこうなるとはね。折角君がキスしてくれたのに余韻が台無しだ。……君から、してくれたのに」
もう直ぐ地上に到着だという時、遥は悲しそうに呟く。何度もふざけた態度で俺とキスしたくせに、俺からキスしたというのが余ほど嬉しい事だったようだ。……少しだけ腹が立ってきた。
俺は遥の頭に手を乗せ、撫でながら暴れる化け物の方を向く。もうアレは元に戻せないハズだ。いや、もしかしたら戻せる方法があるのかもしれないが、少なくても俺はそんな能力を手に入れていない。エリアーデに引き渡すにしても、まずは動きを止める必要がある。
「キスならもう一度する機会もあるだろう。今は彼奴を止めるぞ」
「……うん!」
さて、俺も楽しいと思っていたのだ。邪魔をしたお礼はしっかりさせて貰うとするか。
「あれぇ? おかしいなぁ? 先輩、なんであの人とそんなに親しそうにしているんですかぁ? ふふふ、そう絶対私が遠くから見ているのに気付いて嫉妬させる気なんだぁ。先輩ったら仕方ない人なんですから。……でも、今回のデートを設定したお友達は消しますけど構いませんよねぇ?」
観覧車よりも巨大な人型の土塊、それが俺の前に立ちふさがっている敵の姿であり、原作において主人公、つまり焔が一度心を折られるエピソードに関わっている。土砂が絶え間なくこぼれ落ち、足元からせり上がって補完を続ける巨体の胸部、心臓の部分が核であり、中には生きた人間が入っている。
原作では知らずに弱点だとだけ思って吹き飛ばした焔が自らを人殺しだと責め立て、慰めた轟との仲が進展する。戦闘中には劣勢で仲間が死にかけた事でレベルアップを果たすなど、焔にとって主人公としての成長イベントという訳だ。
「あはははは! 今此処で此奴を倒せば私の主人公としての地位は盤石だっ!」
つまり、オリ主を自称する遥なら絶対に介入するイベントであり、それが向こうから舞い込んできたのならば見逃さない筈がない。根は善良だから人殺しをさせて責め立てる様な真似はしないが、主人公の成長フラグを積極的に折ろうとする労力を、何故他に回さないのかが甚だ疑問である。
「おい! あの胸部からは人の生体反応がする。まだ生きているから絶対に壊すな」
何故此奴が此処に現れたのか、それは不明だ。もしかしたら同じ種類の別個体かもしれないし、俺たちがこの世界に来たことで何かが変化したのかもしれない。つまり、今回出た犠牲は俺達の責任かもしれないということだ。
「なら、最善を尽くすだけだ……」
もう原作だの何だのというべき時はとうに過ぎている。今確かに生きている世界の住人として、何かをどうにかする力を持つ者の責務として、自分に出来る事をする。そうすべきだし、そうしたいと思った。
「よしっ! このまま駆け上がってくれっ!」
「了解っ!」
遥の指示の下、俺は一気に巨体を駆け上がり頭部を目指す。尚、彼女は俺に肩車をされている状態だ。飛ぶ道具を持ってはいるが、使えるのと使いこなせるのは別なので、周囲を気にしながらの戦闘は難しいので空を走れる俺に乗っているのだ。背負うのは腕が使いにくいから却下され、俺の頭を足で挟み、俺が更に足を掴んで固定させて腕が自由に使えるようにしていた。
「私の腿の感触はどうかな? 癖にならないかい?」
「いや、別に? お前の足に挟まれているよりは抱き締めてやってる時の方が心地良い。どうも受け身は性に合わんのだ」
振り下ろされる腕を蹴り上げ、遥が雷を纏った槍を投げる。頭部に着弾した瞬間、耳を劈く様な雷鳴が響き雷光が周囲を照らす。土塊の巨体が崩れ、赤い核だけが残された。
「むむっ! これはカーミラの仕業なんだねっ!」
「へぇ、やっぱり」
遥の馬鹿がつい口を滑らす。此奴は本当に馬鹿だと心では慌てながらも顔は平静を装う。奇行は平常だ、俺が知らない振りをすれば大丈夫だ。
「……やっぱり? 君、彼女を知っているのかい? まあ、どうでも良いか。ふふふ、燃えてきたんだねっ! 仲間だった時には無理だったけど、今は存分に研究できるんだからねっ!」
後方部隊に連れられてやって来たエリアーデは巨体が復活しないように軽く封印を掛けている核をべたべた触りながらご満悦だ。直径三メートル程の球体の中からは未だに生体反応が確かにしており、助けられるのなら助けたい。……それはそうとエリアーデに怪しまれる所だったな。前世で漫画としてこの世界を知った、など頭がおかしいと思われる……いや、変わらないか?
「おい、小鈴」
「はっ! もしもの時は小鈴めが此奴の首を切り落として御覧に入れて見せましょうっ!」
エリアーデの護衛である小鈴は俺が名を呼ぶと同時に膝をつき、命令をしなくても言いたい事を理解してくれた。目が明らかに期待しているので頭を撫でてやると本当に嬉しそうで顔がにやけてしまっている。だらしのない蕩け方だな。
「それにしても私と主殿は以心伝心、まさに理想に主従で御座いますね、ここは景気づけにエリアーデめの首を跳ね飛ばして、護衛任務は終わったとしてお傍に……」
「いや、此奴は馬鹿で厄介だが必要だ。一応護衛なのだから首は切るな、首は」
「なら腕をっ!」
……だから此奴はどうして此処まで物騒なんだ。胃がキリキリ痛むのを感じつつ、涎を垂らしながらキラキラした目で核を調べるエリアーデと小鈴の間に入る。心底惜しそうに刀を握るな。
「……今度遊んでやる。だから我慢しろ」
「はいっ!」
小鈴は人型のロボットだが基本は犬の精神で、俺を群れのトップだと認識して好意を向けてくる。だからエリアーデのせいで俺と引き離されているって認識なのだろう。とりあえず定期的に頭を撫で、遊んでやろう。
……それにしても金田は災難だったな。藻武と進展したと思ったら今回の事件だ。事後処理の為に記憶をいじるし、下手すればデート自体がなかった事になる。俺が遥と遊んだ時の記憶が消えるとなると気落ちするな。
「まさか事故が起きるとはな。やれやれ、ついていない。藻武もすまんな。俺様の責任だ」
「別に良いわよ。あんた、私を守ろうとしたじゃない。少しは見直したわ、お坊ちゃん」
記憶改竄によってWデート中に事故が起きた程度になったようだが、二人の仲は進展しそうで何よりだ。俺には相手がいないから羨ましいと思うのと同時に微笑ましく思う。二人の仲が無事に進展するには紆余曲折の末に艱難辛苦が待ち受けているだろう。余計なお世話かも知れんが頼られれば力になろう。交際相手もいないから暇だしな、と自虐ネタを交えつつ二人と別れた。
「今日は楽しかった……だが」
金田達と一緒に遊んだ時間は確かに楽しかった。大勢でワイワイ騒ぐのは好きだ。だが、どうも物足りない気がしてモヤモヤする。いったい何がと思いながら歩いていた時、横で手を繋いで歩いていた遥の言葉で何か気付いた。
「やっと二人っきりだ。うん。とっても嬉しい」
忘れかけているが遥は元々引きこもりで対人能力が低い。今回金田達との行楽につきあわせたのは軽率だったな。
「飯でも食って帰るか? 奢るぞ」
「大勢の友達への誕生日プレゼントとかで金欠の君がかい? さて、何が良いか」
少し思案した遥だが、良い店があったのか俺の腕を引っ張って遠くを指さす。派手な色彩の建物の外壁が目に入った。
「彼処のルームサービスが良いな」
「ラブホテルではないか馬鹿者っ!」
「……私を食べて良いんだぜ」
腕に抱きつき上目遣いに誘惑してくるが応じない。ノリで此奴を抱きたくはないからな。腕を掴んで引っ張り足早にこの場を去る。取りあえず適当な店に入ろう。
「さっきの店、カップルが多かったな」
「傍目から見れば私達もカップルだぜ? それも美男美女のだ。はは、嬉しいかい?」
「悪い気はしないが……ないな。うん、お前とカップルとか絶対にない……とまでは言わないが、想像出来ん」
少々こじゃれた洋食屋から出た頃、既に暗くなっており俺達は並んで帰路に就く。空には雲に少し隠された満月が浮かんでいた。
「今日は我が儘に付き合って貰って助かった」
「おいおい、君だって何時も私の世話を焼きっぱなしじゃないか。おあいこさ、おあいこ」
「そうか。……しかしだ、こうしてお前と一緒にたわいもない話をしている時の方が楽しいな。どうやら俺はお前と二人っきりの時の方が好きなようだ」
「……私も君と一緒なのが一番好きだ。一緒にいてくれるなら何だってしてあげられる程にね」
そろそろ家が見え出す頃、もう一度空を見上げる。月を隠す雲が消え、綺麗な月が輝いていた。その月明かりに照らされた遥も綺麗だと素直に思う。
「見てみろ。月が綺麗だぞ」
この言葉の後、遥が少し照れた様に見えたのは気のせいだろうか? ……うん? 確か月が綺麗云々の話を何処かで聞いて、遥に教えた様な気がするのだが……。




