40
「大丈夫だ。俺が守ってやる」
この日、遥は昨日の任務中にやり過ぎたからと始末書の提出を言い渡されたので先に帰り、俺は偶々買い物があるからと帰り道に同行した柳堂寺と商店街を歩いていたのだが、不意に周囲から人の姿が消える。どうやら化け物の術中に嵌った様だ。
(我ながら迂闊だな。あの馬鹿が隣に居ない寂しさがこの様な隙に繋がるとはな…)
言い訳はしない。今回は完全に俺の落ち度だ。思えば俺の後ろで事態を把握できずに混乱した様子の柳堂寺からも言われたが、何やらボーっとしていたらしい。ああ、不甲斐ない。
商店街のアーケードの屋根の付近でカサカサという音が鳴り、見上がれば蜘蛛の巣が張っている。……遥がいたら足手纏いにしかならないか、また混乱から被害を大きくしそうだ。実際、昨日も廃屋で戦っていたら蜘蛛を踏んづけてパニックになったのが原因だからな。
「ひっ!」
ドシンという重量のある物が降り立った音が背後から聞こえ、俺の服を柳堂寺が悲鳴と共に掴む。背後には熊ほどの大きさの蜘蛛の化け物が居た。俺は怯える彼女を背中に庇って蜘蛛と対峙する。さて、今夜は俺の食事当番で、メニューは遥の好物のクラムチャウダーだ。速攻で終わらせようか。
「それでは彼女の記憶処理はお任せください」
蜘蛛を秒殺後、軽くパニックに陥っている柳堂寺を喫茶店で落ち着かせた俺は後方部隊の人を呼び、後処理と彼女の保護を頼んだ。この様な世界、知らない方が良いからな。田中は時間が足らずに記憶処理が出来なかったが、遭遇して然程たっていない彼女なら大丈夫だろう。
「あの、先輩……」
「大丈夫だ。俺を信じて彼らに任せてくれ。また明日の朝に会おう」
「はい!」
素直に聞いてくれた事だし、俺も早く家に帰るとしよう。遅くなれば不機嫌になる馬鹿の顔が見たくなったので俺は急いで家を目指す。
だから俺は知らなかった。俺と別れた後、後方部隊の人達が糸が切れた人形の様に倒れた事など。
「……もう、先輩ったら大胆なんですから。私と二人でいるのが恥ずかしくって注意散漫になったり、《《一生》》守ってやるとか、毎朝私の顔が見たいとか……ふふふ、うふふふふふふふふっ!」
翌日、後方部隊の人達は俺に彼女の記憶の操作は済ませたと報告をして、だから俺は彼女が一般人だと、そう思っていた。
「遅い! 今夜は罰として添い寝して貰うからねっ!」
「ああ、その始末書を全て八時までに終わらせたらな。今夜はお前の好物だし、好きなテレビもあるだろう。俺は観るぞ。俺もお前の好きな番組は好きだからな」
流石に報告などをしていると遅くなり、帰ればリビングで山の様に積み重なった始末書を必死で終わらせている遥の姿があった。顔を見ると安心する一方、無茶な要求をして来たので俺も要求を出す。どうせ無理だろうし、時間までは落ち着けるからな。
「……辞書を叩きつけて断れば良かった。ところで何故その恰好なんだ? 着替えろ」
まさかあの量を本当に終わらせるとは思わなかった。一応チェックしたが不備はなく、俺は仕方なく約束を守る為に寝室に遥を招き入れたのだが、何故かスクール水着だ。胸の所が苦しそうだが、サイズを大きくすれば身長が足らずに困るそうなので仕方ないのだろうが。……いや、違うな。問題は何故その様な格好で俺と一緒に寝ようとしているのか、だ。
「あっ、うん、この格好で寝ると何かしらに良いとかいうのを何かで見た気がするんだ、多分。……ああ、着替えろと言うなら着替えよう。ただ、何を寝間着にしようが私の勝手だし、着替えるならこの場でだ」
凄くアヤフヤな事を言いながら肩紐を片方ずらし、挑発的な笑みを浮かべながら見てくる遥。大体察した。俺の性癖的に露出が多いのより体のラインが分かる服の方が好みだと知られているから、あえてその恰好をしたのだろう。
……いや、流石に俺にも我慢とかがあるからな? 遥が美少女で見た目だけなら好みだというのは認めるし、押し倒して良いとか言われてそんな誘惑をされればその気になってしまいそうになる。だが、何か負けた気がするので絶対に耐えきってやるがな。大体、関係が変わるのも嫌だ。
「俺はお前とは自然な関係でいたいのだがな……」
「じゃあ、こういうのがが自然と思えば良いじゃないか。君と私の仲だ。多少の変化があっても大本は変わりはしないさ。ほら、もう寝ようぜ」
もう俺をからかうのも面倒なのか、始末書で頭を使ったらしい遥は勝手に俺のベッドに潜り込み、ものの数秒で寝息を立てだす。これなら落ち着いて眠れそうだと俺もベッドに潜り込み、電気を消した。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!? さ、流石に私も限界で……」
また予知夢の発動だ。レベルが上がったのでどの様な状況なのか判明する。何故か頻繁に選ばれる遥と俺が結婚した未来だが、出張から帰った俺は玄関で出迎えた遥に迫られたのだ。鍵を閉めるなり体を押し付けながら器用に服を脱がして誘惑し、俺も呆れながら押し切られる。だが、数度した所で攻守が逆転。リビングのソファーで遥を押し倒した俺は悲鳴を上げる遥の唇を唇で塞いだ。
「……誘ったのはお前だ。好きなだけ使えと言ったのもお前だ。そして俺はまだいける」
「き、君がまだ続けられるのは能力の…ひゃうっ!?」
「お前はここが弱かったな。それに口では嫌がっているが体は正直だ。……夕飯までには終わらせる」
「夕飯って、まだお昼を過ぎたばかりじゃないか……」
……なんだこれ、と正直に思う。何が楽しくって自分と幼馴染ラブシーンを見せられなければいけないのだ、とか、砂糖を吐きそうだ、とか、この能力に目覚めた人はスカイダイビング中にパラシュートが絡まったのが切っ掛けで目覚めたのは本当に無駄だったな、とか、色々言いたい事がある。
「明日の朝、顔を見るのが少し恥ずかしいな」
実際、朝起きた途端に抱き着かれキスをされたのだが、何時もの様に辞書を頭に叩き付けるのも恥ずかしくて出来なかった……。
「今朝は君の様子が変でビックリしたけど、こうやって元に戻ってくれた安心したよ」
放課後、柳堂寺はクラスメイトに誘われて部活見学に行くと、何故かわざわざ言って来たので俺と遥だけで帰っていた。少し遠回りしたいと言われたのでその通りにしたが、落ち着いた俺に安心したのか腕に抱き着いて歩く遥は嬉しそうだ。
「叩かれないのが変だと思ったのか? なら叩かれないようにするという思考になってくれ……」
「馬鹿だな。叩かれると分かっていても、君とのキスで感じる幸福感には価値がある。それだけさ」
「お前と一緒に居るだけで幸せだとは感じるが、その感情は理解出来ん。お前、マゾだったのか?」
此処に来て此奴の性癖が判明したのかと本気で驚く。今まで俺に悪戯をして楽しそうににしていたのでサド寄りかと思っていたのだが……。
「……君が望むならどっちでも良い、でも、偶には私が攻めたいかな?」
「いや、其処まで聞いていない」
何と言うか、非常に馬鹿馬鹿しくなって来た。他に話す事があるだろうに、何故に性癖の事など俺達は話しているのだろうか……。
どうも此奴とは真面目に話せる気がしない。俺は自分では真面目だと思っているのだが、遥と話す時は別だ。
「……それだけお前に気を許しているのだろうな」
「うん? 私も君に心を許しているぜ。だから言っているんだ。君になら何をされても良いってさ。こんな美少女にそんな事を言って貰えるんだ。感謝して口説きに掛かりなよ?」
……うん。此奴と真面目に話すのは馬鹿馬鹿しいな。




