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「ふふふふふ。ようやく私を家に入れる気になったか」


「あっ、代引きですね。じゃあ、一万七千円ちょうどで」


 お昼過ぎ、父さんが(母さんに内緒で)注文していた物を受け取り、母さんにメールで送っておく。どうやら超希少な本らしくプレミアで値段が途轍もない事になっていた。


「あの、この人は……?」


「まだ暖かいですからね。変なのが出るんですよ」


 俺が扉を開けると同時にドヤ顔で高笑いするアリーゼをスルーし、宅配便のお兄さんにも気にしないように言っておく。まあ、ぱっと見は軍服のコスプレをした外国人(なめ茸の瓶の首飾りもしている)にしか見えないし、最近は頭のおかしな奴が居るから少しは気にしつつも納得した様子で帰っていく。


「取り合えず近所迷惑だ。帰れ」


「断るっ! 今日こそは貴様と床を共にする気で来たのだからなっ!!」


「……どうして俺の周りにはこんな奴ばかりが居るんだ」


 街中で大声を出すアリーゼに頭が痛くなる。週一で問題を起こすエリアーデ、もうやらかした事を挙げるのさえ疲れた遥。そして目の前の馬鹿とそのお供二人。変人ばかりで頭が本当に痛い。


「……帰る気はないんだな」


「当然だろう。……ほぅ、よく見ればさらに強くなったのだな。やはり私の婿に相応しい。だが、まだ慣れていないだろう?」


 思わず舌打ちをしたくなる。確かに日常生活に支障がないレベルまで慣れたが戦闘は別だ。特に市街戦のように周囲の被害を考えなければならない戦いはまだ早い、それをこの短時間で見破られた。……脳みそお花畑のポンコツ発情期似非軍人だと思っていたが、流石に侮り過ぎたか。



「きょ、今日は家に上げてくれてたら大人しく帰るぞ? 貴様の住処をよく見たいしな」


 明らかに期待しています、断られたらどうしよう、というのが見え見えだ。目が泳いでいて挙動不審。恐らくこのまま放置したら不審人物丸出しで玄関前に立たれるのは簡単に予想出来る。情報を聞き出せと指示も受けているし、上げるしかないか。……心底嫌だが。



「……家に上げるだけだぞ」


「ああ、分かっている。私に二言はない。……この後何かしらのハプニングがあって馬鍬うのだろう? 漫画でよくある展開だし、人間社会では普通なのだろう?」


「よし、死ね」


 ああ、無性に追い返したい。玄関前が多少吹き飛ぶくらい構わないから今すぐ追い返したくなった。遥、早く帰って来てくれ。俺にはお前が必要だ。いや、遥でなくて構わない。誰か助けてくれ。出来れば常識がある奴……無理か。



「貴様ぁぁああああっ!! 主殿から離れろぉおおおおおおおおっ!!」


 だが、俺の願いは叶う事になる。常識が有るというのは叶わなかったが、最初から分かっていたさ。エリアーデの護衛と監視は他の皆が居るから良しとしよう。厄介払いの気持ちが無かったといえば嘘になるし、慕ってくるお前に罪悪感を感じるからこそ一緒に散歩している訳だしな。




 ……だがな、小鈴。俺の家が直線上にあるのにロケットパンチを打つのは止めようか、うん。もう放たれたけど……。


 炎を吹き出しながら迫ってくる小鈴の腕。アリーゼの氷の壁を粉砕し、腹に直撃する。それは良い、それまでは良いんだが、吹き飛ばされたアリーゼは俺の真横を通り過ぎて背後の壁をぶち抜いた。


「……やってくれるな、ガラクタ娘がぁっ!!」


 起き上がった彼女が腕を振ると小鈴目掛け次々と凍って行く地面から上目掛けて鋭い氷柱が突き出す。当然、二人の間の床や庭は凍り付き、ドアも氷柱がぶつかって少し壊れた。


「……ふぅ」


 ああ、意外だな。人は此処まで来ると逆に落ち着くのか。俺は新しい発見に驚きながらも左右の腕を二人に向ける。俺を挟んで今まさに戦おうとしていた二人の体が『念動力』によって浮いた。


「む? どうかしたか? ああ、これで私をベッドまで運び、空中で服を脱がすのだな。……全身をまじまじと見られるのは少し恥ずかしいが仕方あるまい」


「ま、まさか私もですかっ!? この様な奴と同時なのは不服ですが……いえ、主様がお望みならばこの小鈴に不服など有りませぬっ!」


 二人は何を期待したのか顔に喜色を浮かばせるが、俺は反対に表情を完全に消す。もう、限界だった。




「お前達、反省」


 二人がこれ以上何か言う前に左右の二人を引き寄せ、両手に辞書を持つ。そして二人が衝突する瞬間、脳天に辞書を叩き付けた。



「「ぐぎゃんっ!?」」


 ……ふぅ。少しスッキリした。






「痛かったでございます。小鈴は主殿を守ろうとしただけですのに」


「あーはいはい。俺を守ろうとしたのは分かった分かった。だから今度は被害とか考えてくれ」


 リビングにて少し拗ねている小鈴の頭を撫でてやる。ロボットの癖に頭にたんこぶが出来ていたが『物体修繕』で直しておいた。まあ、基本的に此奴は入れられた魂の持ち主である犬が基本だからして、群れを守る為に周辺の被害を考えないのは当然だ。先程のは俺に非があると素直に認め、頼まれるがままに膝の上に乗せてやる。中学生程の姿なだけに犯罪臭がする気もするが、気にしないでおこう。


「さて、そろそろ私の番だな。場所を開けろ、小娘」


「その様な予定は一切合切存在しない。それよりも何か情報を寄こせ。茶の代金だ」


「ふんっ。せっかちな奴め。悪いが大した情報は渡せん。仲間意識などみじんもないが、それでも同じ組織に属するからな。精々、私に従属の呪いを掛けた奴の妹が家出を……私も撫でろ。その小娘の顔を見る限り気持ちが良さそうだ」


 俺の向かい側に座るアリーゼは出してやった茶をゆっくりと飲み干すと俺の膝の上をびしっと指差す。どうやら俺の膝の上に座るのは確定事項だったようだ。当然、俺はそれを認めない。彼女から好意を向けられているのは認めるが、俺が自分側に寝返るのを前提とした物だ。つまり俺に敵として接されても文句を言われる筋合いはない。だから撫でる気はないと手で制して伝える。


「つれないな、貴様も。なぜ私の婿にならん? これでも絶世の美女という自覚はあるぞ」


「あっ、エリアーデの馬鹿から聞いたのですが、この似非軍人は処女どころか男の手を握ったことすらないそうです。っと言うか周囲の使用人すら女ばかりで身内以外の男と口をきいたのも成人してからだとか」


 小鈴の暴露に頭だけでも撫でろと頭を向けた格好のままアリーゼの動きが止まる。どうやらエリアーデが言いふらさないと思っていたらしく、何時も偉そうに婿にするなど抱かれてやるなど言っているのに実際はそんなものだと知られたのがショックだったようだ。


「……まあ、なんだ。ドンマイ?」


「自分を美女と称しましたが……性格ブスですよね、此奴。ミス・ブスハート」


 居た堪れなくなってフォローする俺だが、小鈴は更に追い打ちをかける。流石犬、群れ以外に容赦がない。固まったアリーゼの目に涙がジワリと溜まった。




「泣くぞ泣くぞ、ブスハートが泣くぞ」


「う、うぇええええええんっ!! 馬鹿ぁああああああっ!!」


 泣きながら去っていくアリーゼ。小鈴が得意げだが、追い返したことをほめるべきか、近所への情報操作で後方部隊の方々の力をお借りしなければならないのが気が重いし、少し気遣いを教えるべきか?




「主殿! 主殿! 彼奴は小鈴が追い返しましたっ!」


 目をキラキラさせ、誉めてくれ、と、小鈴は表情で語っていた。





「あーよしよし。小鈴は良い子だなー。可愛くって賢いなー」


 膝の上から一向に退こうとしない小鈴の頭や顎やら腹を撫でる。俺は一体何をしているのだと思うが、手柄を立てた小鈴を誉めてやっているのだと自分を誤魔化す。でないと本気で悩んでしまいそうだった。



「むっふー! 小鈴は幸せでございます」


「そうかそうか……何よりだ」


「にゃん」


 得意げに鼻息を吹き、足をバタバタ動かしながら誇る小鈴。此奴がロボットだと今でも信じられない。エリアーデ、お前は本当に天才だったんだな。遥の飼い猫の一匹である黒猫のブッチーの視線を浴びている俺が気の迷いからそんな事を思っているとチャイムが鳴る。遥なら鳴らしはしない。


「少し隠れていろ。客だ」


 これ幸いにと小鈴を退かし、名残惜しそうにしているので後で遊んでやると言って奥に追い払う。ドアを開けると、其処には少女が立っていた。



 ハーフらしく金髪碧眼のツインテールの少女。クリクリした瞳に少し低い身長、スタイルは並より少し上。確か……柳堂寺リア。昨日弁当を交換した後輩だ。



「あ、あの、先輩。調理実習で作ったクッキーです。お大事に!」


 俺の手にクッキーを手渡した彼女は一目散に去っていった。弁当を交換したし、礼が足りないと思ったのだな。義理堅い子だな。






「先輩、食べてくれるかな? 













 食べるに決まってるわよね。だって私達は運命の赤い糸で結ばれているんだもの。じゃないとあんな出会いをするはずがないわ。そうよ、先輩は王子様、私の、私だけの王子様よ。生まれる前から私達は結ばれる運命なの。近い内に先輩は私のことが好きになって……いえ、もう心の何処かでは私が好きだよね? 好きに決まっているわ。きゃっ! 一目惚れなんて恥ずかしい。もしかしたら知り合いみたいだったし、私と知り合うためのお芝居? もう、回りくどいんだから。先輩だったら普通に声を掛けてくれたら。でも、私がそんな軽い女じゃないって分かってたのね。先輩は私の全てを分かってくれるんだ、嬉しいな。兄さんとは違って私を絶対に裏切らない本当の味方。……直ぐ傍にいる女の人は……そうだわ! 私に嫉妬して欲しいのね。いつか絶対出会う私に嫉妬して欲しいだなんて可愛い人。優しくて格好いいだけじゃなくって可愛いだなんて先輩はどれだけ凄い人なの? 私、先輩に相応しいかな? ううん。先輩は私にガッカリなんか絶対にしないけど、私が許せないから頑張らないと。ふふふ、見ていて先輩。絶対に先輩に相応しくなるから。そして将来は……先輩、子供は何人欲しいのかな? 私と先輩の子供なら賢くって、息子なら凛々しく、娘なら愛くるしくなるわよね。最初はどっちかな? 家事は交代が良いかしら? 先輩が働きたいなら私が家を守るし、家事に専念したいなら働きに出なくっちゃ。じゃあ、明日から色々と資格の勉強ね。ご両親とも仲良くしなくちゃ駄目よ。最初から同居でも構わないけど、最初は二人っきりが良いかな? アパートに二人で住んで、出掛ける時には行ってきますのキス、帰ったときはお帰りなさいのキス。寝るときと起きたときも……あっ、先輩ってベタベタするの嫌いかも。うん。ここぞって時に愛を語り合うのもドキドキよね。時には喧嘩もするだろうけど、仲を更に進展させるには必要だわ。絶対に仲直りするし、私達の絆は天井なんて無しに上がり続けるのよ。ああ、先輩。私の愛しい愛しい王子様。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き大好き!」



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