表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/44

21

「ねぇ、私のことをどう思うかい?」


 また予知夢が発動したようで、俺は大人になった遥とバーで飲んでいた。少し飲みすぎたのか顔が赤らみ目が座っている遥に対し俺は何も言わない。何時もなら馬鹿にした様な呆れた様な顔になる彼奴がこの時は少し頬を膨らませて不満そうだった。


「答えてくれたって良いじゃないか。昨夜私のハジメテを奪っておいてさ」


「力で押さえつけられて襲われたのは俺の方だと記憶しているが、酒による記憶障害か?」


 ……あっ、察した。俺がどうして遥と結婚したかだが、関係を持った事による自責の念か。癪だが納得した。それ以外で有り得んからな。


 さすがに理不尽だと思うからしないが、起きたらあの馬鹿の脳天に辞書をお見舞いしてやりたいと思う中、夢はまだ続くようだ。正直むず痒いというか苦痛なのだがな。


「私はね。君となら結婚しても良いと何度も言ったけど改めるよ。……君と結婚したい。君じゃなきゃ駄目なんだ。私の愛は全部君に注がれてるんだ。だからさ……」


 何かを期待するように微笑みながら遥は鍵を取り出した。


「実は部屋を取ってあるんだ。今夜、私に抱かれる気はないかい?」


「無いな。それと正気に戻れ」


 傍から見れば理不尽に思えるだろうが、俺は仕方ないと未来の俺を弁護する。遥とは物心ついた頃どころか乳児の時からの付き合いだ。ずっと傍に居て、美少女を見れば口説こうとする馬鹿の後始末を何度もしてきた。隣に居るのが当たり前で、異性としてハッキリと意識した事などない。


 だが、この時の奴はそういった目で俺を見ている。轟達を口説く時の目をだ。話を聞く限りでは特に関係が進展したという事もなく無理に関係を結ばれた様だしな。声からも心配していることが伺える。


「私は正気さ。悪いけど昨日のような事は何度も起きると思ってくれたまえ。ふふふ、君こそ私の唯一無二の子猫ちゃんだぜ?」


「あら、この様な夢を見るとは実は押し倒される願望が……。いえ、これは予知夢ですわね」


 視界が暗転し、背後から聞き知った声が投げ掛けられる。最近はアリーゼが止めてくれたのか出没しなかったエトナが俺の背後に立っていた。周囲は一筋の光も差さない暗闇だが、俺と目の前の彼女の姿はハッキリと見えている。



「帰れ。お前が来ると翌日辛いのだ」


 此奴が夢に現れた際、俺の意識は覚醒時と変わらない明確な状態だ。脳が休まらず寝不足になるから本当に朝が辛いのだが、何を勘違いしたのか照れながら服の襟を両手で持って左右に広げるエトナ。いや、此奴がどういう方向に思考を持っていくかなど分かり切っていたか……。


「性欲を持て余すからでしょうか? なら、私を剥いてお好きにして下さっても……いえ、この話は一旦横に置いておきましょう」


「俺からすれば永久に置いていて貰って構わないが?」


「実はアリーゼ様ですが婿殿への想いが募るばかりで……」


 何とか思いに応えてやってくれ、とでも言いたいのだろうか? 悪いが俺からすれば遥が轟達を口説くのと何も変わらない気がしてならない。此方の事を思って勉強している等と言われた事があるが、関係を持つ事を前提としてだ。何度か戦い名前しか知らない明確な敵に気を使うほど俺は人間ができていないのでな。


「前にも言ったが俺と彼奴は敵だ。少なくても俺が裏切らないと言ったら、ならば攫うだけ、というような事を即答する相手とは価値観が違いすぎる」


 やはり種族の違いとは厄介だ。姿が似通い言葉も通じてある程度文明も似ている。だが、価値観があまりにも違いすぎる。気に入った相手は力尽くででも手に入れる。それが鬼姫族の特徴だからな。大体、俺の事を大して知らないのに結婚しろと言われてもな。ならば此方も相互理解をする気がおきん。


「ええ、そうでしょうね。私達からすれば人間のそういう所は理解不能です。人も我々も元は獣。なら種の繁栄に繋がる強い者と子を残すことだけ考えれば良いでしょうに。お嬢様のお勉強もそれに繋がる為の事に過ぎませんし。ほら、マンネリが倦怠期に繋がるそうじゃないですか」


 先程までの熱に浮かされた様な蕩け顔から一変して冷徹な表情になったエトナは呆れたような口ぶりで溜息を吐き、怪しく微笑んだ。


「今宵は忠告に参りました。我らが仇敵は貴方達に注目しています。此方に着き婿として優遇されるか、子を残すための種馬として過ごすか……最後の警告をする時までよく考える事です」


 視界が白くなり、俺の目が覚める。耳に最後の嘲笑うような声がまだ響いているようで気分が非常に悪かった……。








「はっ! 君を婿にするか種馬にするかのどちらかだって? 私が三人纏めて虜にしてやるさ」


「あっ、そうか。頑張れ。超頑張れ」


 昼、夢の事を掻い摘んで話すと遥はゲス顔で気合を入れている。予知夢の事で意識? 可能性は可能性だしな。意識してこの馬鹿の傍に居辛いのは馬鹿馬鹿しい。


 しかし前から思っていたが、此奴の自信は何処から来ているのだ? 確かに数名の女生徒を口説いては一回だけデートをしてるなどしているが、行為に関しては未経験だろうに。だが、あの三人を受け持ってくれるなら俺も苦労が……苦労が四倍になる未来しか見えない。


「……良いよね、花嫁姿ってさ」


 この日だが、俺達は知り合いの結婚式に出席していた。後方部隊の一人の式で、遥は花嫁を眩しそうに見ている。いや、流石に人妻にまで手を出す気ではないだろうが……多分。


 俺の視線に気付いたのか遥は眉を顰めて不機嫌そうだ。どうやら通じたようだな。この程度、通じなくて何が幼馴染だが。


「確かに彼女は美女だし私も狙ってたけどそこまで節操なしじゃないさ。私が言ったのは服についてだよ。花嫁衣裳って憧れるんだ。私だって乙女なんだぜ?」


 ……意外だな。此奴にそんなまともな感性が残っていたとは。花嫁を口説くべきではないなどと理解していたか……。


「ジューンブライドで純白の花嫁姿の私。ああ、体にピッタリのタイプが良いかな? 父さんから君に渡されてさ……」


「相手は俺で確定という事か? 随分と光栄なことだ」


「だろ? 私が結婚するなら君しかいないし……君が私以外と結婚したら今より構ってくれる時間が減りそうだからね」


 不満そうな顔から少しだけ泣きそうな顔になるのを見て最近の事に納得する。小鈴やら轟やらアリーゼやら僅かな期間で遥以外に俺の傍に居る奴が増えたし、ベタベタもされている。居場所を奪われたような気がして不満だった訳か。




「まあ、君の隣は永遠に私の物だけどね。小鈴は怯える姿も可愛くってついつい。でも、いずれ恐怖が癖になって私の事をお姉様とか呼んだりしてさ……ふふふ」


 あっ、一瞬此奴の傍から離れたくなった。しかし分かっているのなら最近の過剰なスキンシップは勘弁して貰いたいものだな。俺は妄想にふける馬鹿の顔を見ながらそう思う。







「……ブーケ私が貰ってしまったよ。ふふふ。本当に君のお嫁さんになるのも悪くないかもね。私が幸せにしてあげるよ?」


「そうかそうか。それは僥倖だ」


 ブーケを手に入れて笑っているまでなら良かったのだが、もはや態とでは無いだろうかと思ってしまう。だからまぁ、此奴の花嫁姿を見てみたいと思ったのは黙っておこう。悪くは……なさそうだな。


 俺が自分の隣で照れている花嫁姿の遥の姿を想像した時、探知に反応があった。この反応は間違いなく……。



「この様な祝いの日に……」


「敵かい? しかもその表情からして……あの三人か」


 折角の日を最後の最後で台無しにさせる訳にはいかないと俺達は会場を抜け、反応があった場所へと向かう。そこには反応通りにアリーゼ達の姿があり、俺は言葉を失ってしまう。



「……は?」


 何時もの様に着物を着崩したエトナは金棒を構え、軽鎧を着たクリスは巨大な包丁を思わせる大剣を構えている。アリーゼはナイフに軍服だ。ああ、それは良い。此処までは問題ない。だが……。






「何故ナメタケの瓶を首飾りにしている?」


「お前からの贈り物だからだ。大切に身に纏うのは当然だろう?」


 ……価値観の違いって本当に凄いな。鬼姫族とは皆この様なのか?







「……なあ、エトナ。名誉を棄損されている気がするんだがどっちを訴えるべき?」


「当然アリーゼさ……何を訳の分からぬ事を言っているのです、クリス」 学校帰りに小腹を満たそうと立ち寄ったレストランで背後の席からCMの音声が聞こえてきました。どうやら携帯でテレビを見ている様ですね。……マナーがなっていない方です。食欲が失せるじゃないですか。


「……DXジャンボパフェのお代わりと特盛りフライドポテト二皿追加で」


 給料日前ですけどお金に余裕があるので今夜は少し贅沢でも、と思っていると可愛らしい声のキャラが歌うCMソングが聞こえてきました。食欲無くなるから消してほしいですね。


『パンダのナメタケ、パンダのナメタケ、パンダのナメータケ!』


「ぶっ!」


 三杯目のパフェを啜っていた私は思わず吹き出してしまいました。黒子とハシビロコウと土佐犬のキグルミがラインダンスを踊りながら宣伝するナメタケは先日委員長と行った遊園地で貰った物。思い出の品(……気が緩んでいるので戒めとしてですが)としてベッドの端に飾っています。


 あの時のことを思い出すと顔が熱くなってきましたので先程のパフェの到着が待ち望まれます。……ナメタケで思い出しました。


「あっ、明日は披露宴に出席するのでした」


 着ていく服は用意していますがご祝儀を用意し忘れていました。……今夜は節約しなくては……。焼き肉食べたかった……。






「……ああいう時の食事って少な過ぎです」


 明日の物足りないであろう食事を思いながらタイマーセットのおかげで炊き立ての白米が香しい炊飯器に割引のレトルトカレーを投入。売り切れ間近で中辛と甘口が各四パックですしカツとオムレツとエビフライとチキンソテーとハンバーグが欲しいですが、今の財布の中身では贅沢は敵です。思い出で胸が一杯で助かりました。





「……」


 花嫁の姿を無言で眺めながら昔を懐かしむ。幼い頃は只綺麗と思ったから花嫁に憧れましたが、成長して他人の顔から感情を読みとる術を手に入れれば、成る程幸せそうだ、と思う。私には不要な幸せではありますが……。


 決心が揺らぎそうになる。心の中の黒い炎が消えそうになる。ああ、駄目だ。耳障りの良い言い訳が何度も響く。あの日、私は幸せなど捨てたのに……。


「おい、轟」


 委員長の声にハッとする。この人もまた幸せを望む切っ掛けになってしまった人。このような祝いの席で何を考えどの様な表情をしてたのか気付いてしまった。きっとひどい表情だったのでしょうね。


「……ごめんなさい」


「気にするな。お前のことは分かっている」


 ああ、貴方はどうしてここまで私の心をざわつかせるのでしょうか? いっそ遠く時に行ってしまいたいと思った私の前に肉の乗った皿が差し出されました。……頂けるのなら頂きますが、どうしてでしょう?



「腹が減っているのだろう? お前には足りないだろう」


 あっ、はい。確かにお腹は減っていますし足りません。ですがちょっと違います。まあ、頂きますが……。少しだけ委員長にお返しした方が良いですよね? 決して、決っっして! はい、あーん、がしたい訳ではなく、皿を共有するのもどうかですし、その結果で間接キスが発生しても致し方有りません。ええ、そうですとも。……先程何か考えた気がしますが、今はもっと重要なことがあります。どの様にすれば自然な形で委員長に食べさせることが……。



「それじゃあ君がお腹減るだろう? ほら、食べたまえ」


「むがっ。……急にねじ込むな。だが感謝する」


 敵ながら……敵? 何故神野さんを敵と思ったのかは不明ですが(胸囲は除く)、敵ながら見事な動きであったと言うしか有りません。予備動作も一切の躊躇もなく自然な動きで切り分けたお肉を突き刺したお肉が委員長の口に運ばれます。ソースも肉汁も一滴すらこぼさず、委員長の歯にフォークが当たることもない。


 委員長も少し驚いた様子ですがそれ以上は言及せず、紙ナプキンで神野さんの口元のソースを拭う。委員長がグラスを傾けて中身を飲み干せば直ぐに神野さんが注ぎ、彼女の手からフォークが落ちそうになれば数センチ落ちたところで委員長がキャッチして持ち手を向けて手渡す。この一連の動作だけでも凄いのに、互いに自分の事をしながらで、相手に注目していません。


「……随分と息が合ってますね」


「そうか? よく分からないな」


 これだから無自覚なバカップルは……いえ、お二人はカップルではありませんでしたね。普段から否定されていますし、距離が無駄に近い幼馴染みです、ええ。無駄は駄目ですよね。特に無駄な胸囲の脂肪ほどに不要な物はありません。


 所でウェディングケーキって皆で分けるのでしょうか? 結婚式の出席は初めてですしネットで調べ忘れましたが、バイキング形式だと最良です。そもそもバイキングがどれだけ素晴らしいかというと、時間内に何をどれだけ食べれば食べ損ないでの無念さや元を取れるかといった経済や消化吸収に関する化学、ペース配分や人気の料理を食べるための戦略性、他の客の動向を見張る観察眼、今思いつくだけでもメリットは多いです。


 さて、これらを事細かく論理的に要望書に書いて提出すれば食堂がバイキング形式になるでしょう。え? 食欲のままに食べたいだけだろうと? 実に非論理的指摘であり、撤回と謝罪を求めます。


 ……私に必要なのは人としての幸福ではなく、化け物を全滅させるための力。大量の食物を摂取するのは戦闘中にエネルギーが不足しないための常時戦場の構えです。


「……デザートはまだでしょうか?」


 戦闘中は頭をフルに働かせているので糖分は必須。給料に甘味手当(オヤツ代)が付けば良いのですが……。






「じゃあ行くわよー」


 花嫁さんが投げるブーケをキャッチしようとする人達を見ていると呆れてしまう。実際の何らかの特殊能力を持っていたり、その存在を知っている方が多いのにも関わらず迷信的なイベントに参加するためにシューズに履き替えたり準備運動をするなんて……。



「ふふふ。ブーケは私が貰う。悪く思わないでくれたまえ」


「随分と気合いが入っているが……お前が花嫁になれるかどうかは俺次第だろうに。醜態を晒せば効果はないぞ?」


「分かっているさ。見事キャッチして君の横で花嫁衣装を着て泣いてみせようじゃないか!」


「出来るものならやってみろ」


 ……何故かイラッとしたので馬鹿馬鹿しいブーケキャッチよりも近くに来ていた移動販売のクレープを握りつぶしてしまう。白いクリームが指先やほっぺに付いたので舐めて取り、眼鏡に残ったクリームの残りを洗うために水道へと向かう。





「……私の時はフリルの付いたのが良いですね」


 もしも、本当にもしもの場合ですが化け物達がこっちの世界に来られなくなって平和になれば幸せを得るのは合理的思考です。他に候補がいないので委員長を新郎の配役に当てはめて結婚式を思い浮かべる……悪くはないです。子供は一姫二太郎で、いえ、委員長が望むのなら何人でも産みますが……例えですよ? 別に私は彼と結婚して専業主婦になりたい訳ではありません。


 あらゆる状況を想定するのは合理的で必要なので新婚生活や恋人時代の様子を妄そ……シュミレーションしていたら思ったより時間が経過し、携帯に敵出現のメールが届いています。


「……急ぎましょう」


 ええ、良いところで邪魔された憂さを晴らすのではなく、一切の魑魅魍魎殲滅という大望の為です。私が『疾風迅雷』を発動し進むと敵らしき三人組が見えてきました。


 一人目は……和服の(私より)貧相な体の少女。敵かどうかは……あっ、確かエトナです。敵でした。


 二人目……素肌にサラシと半纏だけの巨乳……敵です。確かクリスでしたね。


 三人目。爆乳だから敵です、っというよりもアリーゼです。






 ……所で彼女は何故ナメタケの瓶を首飾りにしているのでしょうか? 無駄余分邪魔な脂肪と合わさって肩こりに悩めば良いのに……。

次10時

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ