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 俺はまた面倒くさい状況に陥っている。ああ、何時もの事だ。


「今この時より、拙者は主殿の為に誠心誠意お仕え致します」


 呆然と立ち尽くす俺の目の前には膝を付いて頭を垂れる少女の姿。侍ポニーにやや丈の短い和服を着た、例えるなら忍者(忍ばない方)だろうか。いや、女だからくノ一か。


「いや、断る」


 これ以上の面倒は結構だと俺は手の平を前に突き出して拒絶の意思を表明する。そもそもどうしてこんな事になったのか。取り合えず今朝まで時間を巻き戻すとしよう……。




 この日、休日という事で何時もは昼前まで眠っている遥が珍しく、本っ当に珍しく早起きして朝食を作っていた。エプロンを身に着け味噌汁を火に掛けている隣でトントンとリズムよく包丁の音を奏でる。俺が奇異なものを見る目を向けながら朝食の準備を手伝う中、鼻歌交じりに朝食を作り上げた遥は皿を机の上に置きながら口を開いた。




「そういえば君って性欲処理はどうやってるんだい?」


「ごふっ!?」


 思わず噴いた、噴き出した。いや、この馬鹿は朝から何を訊いているんだ。ああ、馬鹿だから仕方がないな。こんな事を訊いてくる事こそが馬鹿たる所以なのだから。


 俺の呆れなど知ってか知らずか遥は顎に手を添え、本心から不可解に思っているという顔になっている。この馬鹿はセクハラとかではなく、本当に疑問に思ったから朝から卑猥な質問を投げ掛けて来たんだ。


「いやさ、私みたいなパーフェクト完全無欠美少女が同じ家に住んでいて、お色気イベントに頻繁に出くわしているんだぜ? 溜まるだろう、普通? いやー、怖いわー。大好きな幼馴染みに押し倒されるかもしれなくて凄く怖いわー。」


「お前は中身が穴だらけだ。むしろ全部穴だ。故に安心しろ。それだけは絶対にない」


 あれか? 人が入っている時にわざと入って来たり、下着姿でベッドに潜り込んだりして来るのをお色気イベントと見ろと? 随分と傍迷惑なことだ。


 本当に此奴は昔と全然違うな。いや、涙目で俺の後ろにピッタリ付いてきていた頃のままだと今より心配事が多いのか? 心配するか苦労するかなら今の方がマシか。どっちにしろずっと側に居てやらなくてはと俺が再認識する中、遥は髪を指ですくい上げながら胸を張っていた。


「だって私だぜ? 宛転蛾眉! 髪は烏の濡れ羽色! スタイル抜群! ふふふ、私が私じゃないなら惚れていたね」


「早く朝飯を食べろ。冷えるぞ? ……この味噌汁美味いな」


 私自分に酔っています、というポーズを取る遥にツッコミを入れるのを放棄した俺は味噌汁を飲む。出汁がいい味を出していて美味いな。何時もとは違う出汁にしたのか……。



「そんなに美味しいかい? 昨日届いた昆布を使った出汁なんだけどさ。通販で大人気だってさ」


「ああ、これなら毎日だって飲みたいくらいだ。材料もだが、お前の腕も上がったのだろうな」


「うん。本当だ。これに君の作ってくれる甘い卵焼きがあれば言うことないね。あれも毎日だって食べれるよ」


 先程までの会話など忘れたかのように俺達は食事を進める。まあ、あの程度はじゃれ合いの範囲内だ。この程度日常の範囲内だな。……何故か何処かから”リア充爆発しろ”と聞こえた気がしたが気のせいに違いない。楽しんでいるが苦労が多い毎日だからな。



「おや、あれは焔と田中か。彼女も随分と苦労するな」


 食後、水着は買ったが空気で膨らませる類のレジャーグッズを買い忘れたと遥が言い出したので出掛けた先で二人を見掛けた。次々に水着を体に当てて感想を聞く田中に対して焔は適当に答えている。


「何というかもどかしいな、あの二人。つきあってしまえば良い物を……」


「端から見れば原作知識が無くても彼女の好意が明らかなんだけどね。はっ! これだから奴は駄目なんだ。やっぱり子猫ちゃん達を幸せに出来るのは私だけってことさ」


 今晩の夕食、チキンソテーかチキン南蛮のどちらにするか迷いながら遥の話を聞き流す。おや、彼方の方に見慣れた後ろ姿が……。



 俺は何となく遠目に見える人物に視線を送り、気紛れで周囲の音を拾う。この時、こんな事をしなければ良かったと後悔する俺であった。



「うんうん。遂にアレが完成したし、実験が捗るんだねっ!」


 誰かと思ったらエリアーデ、しかも何やら発明したようだが報告は受けていない。先日の一件で研究に対して報告義務が課せられたにも関わらずの所業ならば見逃せないな。俺は遥に耳打ちすると尾行を開始した。




「さあっ! 今こそ始動の時なんだねっ! なははははははっ!!」


 予測通りエリアーデが向かったのは自宅の研究室。ドアの陰からでは詳しく見えないが手術台の様な物の前で大笑いしている。既に後方部隊の方々が周辺で待機し、侵入した俺達がタイミングを見て動くときだ。


「其処までだっ!」


 兎に角何もさせないのが一番だと俺達は飛び出す。エリアーデが反応する前に俺が取り押さえ、遥が手術台の前に立ちふさがった。


「一体何を……女の子? 君、まさか誘拐を……?」


「誤解なんだよっ!? 私がそんな事するように見えるのかねっ!?」


「いや、初対面で俺達を実験に使うと言っただろう、お前」


 台の上で瞼を閉じて寝ているのは十代後半の少女。おそらく東洋人で、凛々しさと幼さが入り混じった顔付きだ。服装は少し妙だがエリアーデが着せたのだろう。


「その子はロボットなんだよっ! だから問題はないんだねっ!」


「この子がロボット? 少し信じられないなぁ」


 エリアーデの異常な知能は理解しているが鵜呑みには出来ない。それは遥も同意見のようで、少女をジロジロと眺めるばかりだ。……いや、まさかな。この少女、先程から全く胸が上下していない。呼吸はしていないようだが死体特有の物も何ら見受けられない。


「おい、遥。彼女の胸だが……」


「了解したよ。……着痩せするタイプだね。なら、ノーブラは良くない。形が崩れるからね」


 俺が言いたいことを言い切る前に遥は少女の胸を鷲掴み数度揉むと満足そうに親指を立てる。……違う、そうじゃない。


「あと、心臓は動いていないよ。それと揉み心地は良かったけど少し違和感があったし、ロボットで間違いないと思うよ?」


「だから言ったんだねっ! 報告は完成後にする予定だったし、さっさと帰るんだよっ! あっ、違和感について詳しく教えて欲しいんだよ」


「……本当にロボットなのか」


 信じられないと思いながら少女の髪に触る。人工物とは思えないサラサラヘアーに手を沈めて左右に動かすこと数回。急に叫び声がした。



「あぁぁぁぁっ!! あ、頭を撫でたんだねっ!?」


「いや、手触りを確かめただけ……」


 エリアーデの狼狽した表情に嫌な予感がした俺は少女に目を向ける。上半身を起きあがらせた少女と目が合い、そして冒頭に続く。




「待て待て待てっ! そもそも意味が分からんっ!」


「その子は人工知能搭載式少女型ロボット『小鈴(こすず)』。最初に頭を撫でた相手に絶対の忠義を誓う忍者なんだよっ! 小鈴、私が母親なんだから私の言うことを聞くんだねっ!」


 風を切る音と共にエリアーデの背後の壁に手裏剣が突き刺さる。固まるエリアーデに子鈴はクナイを向けていた。



「拙者が従うのは主殿只お一人。それに貴殿が母親? 人間がロボットを出産出来るものかっ! 母などと認めんっ! ささっ、あの者は放ってご命令をどうぞ! 如何なる指示にも従う所存で御座います」


 気のせいか犬の尻尾のようにポニーテールが揺れている気がするんだが、色々面倒くさい状況で何を考えるべきか分からない。一縷の望みに掛けて遥に視線を向ける。










「ロボっ娘な犬系忍者か。少し盛り過ぎだけど悪くないな」


 お前の頭は悪いがな! 子鈴は目を輝かせながら指示を待っているし、どうすべきだろうか。取り敢えず辛い……。 






「さあっ! 何でもご命令下さい!」


「取り敢えず少し黙れ」

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