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 又しても体調を崩した。・・・・・・不覚だ。


「常人なら三日は掛かるのに、一日もあれば全快する君も大概だよね」


 大変遺憾なことに遥に呆れ顔を向けられる屈辱を味わう。ああ、本当に不甲斐ない。まだ自己管理不足の結果で無いのが救いなのだがな。この体調不良の原因、それは『万能』の副作用だ。


 基本的に覚醒した能力は体に馴染むようになっている。頑丈になるのも超常的な力に体が耐えるようにする為だ。例えば焔の場合、熱に強くなったりな。俺の体は覚醒した能力全てを使えるという特性上、他人より馴染む力が強いのだが、やはり短期間の内に多くの、それも性質が違いすぎる能力や肉体に直接影響をもたらす系統のが増えれば負担は大きい。


「その状態じゃ戦えないし、今日一日は私が護衛も兼ねて看病役だ。添い寝しようか?」


 俺を狙っているアリーゼの実力上、護衛になるに相応しいのは此奴くらいだから仕方ない。俺も気心が知れた相手の方が気が楽だからな。


「助かる。本当にお前は頼りになるな。だが、添い寝は結構だ」


「おいおい、こんな美少女の添い寝だぜ? ああ、興奮して落ち着かないか」


 返事を待たずして入り込もうとしてくる馬鹿を押しのけ阻止する。レベル差で俺の方が力が弱いし更には弱ってるのに抵抗出来るのは本気では無いからだ。もし本気なら抵抗しても無駄だからな。


「ほら、あーん」


 だから有る程度は受け入れて過激にならない様にする。少し怠いけど自分で食べられるのだが、差し出されるスプーンを抵抗無く受け入れれば食べやすい量とタイミングで差し出される。此奴には適いそうにないな・・・・・・。


「うん、完食だ。私の料理はどうだった? 私の胃袋は既に君に掴まれているけど、君もそうじゃないのかい?」


「否定はしない。互いに相手の好みは知っているからな」


 口には出さないが(出したら調子に乗るので)、遥や自分の料理に慣れた舌は他の者の料理に物足りなさを感じるようになってしまっている。毎日食べたいのは誰の料理か、と問われれば遥のだと即答するだろう。


「うんうん、私の大好物も君の料理だからね。毎日食べるとすれば子猫ちゃんの手料理よりも君の料理さ。光栄だろう?」


 これで肯定すればどれだけ調子に乗るのか気になったが疲れそうなので止めておく。腹も膨れたで休もうと思った時、遥の指先が俺の口元に触れた。


「米粒付いてたぜ」


 摘まんだ米粒をそのまま自分の口に運び、遥は食器が乗ったトレイを手に部屋から出ていく。さて、少し眠るとするか。





『なんだ、また泣いてるのか。ほら、取り戻して来てやったぞ』


 少し昔の夢を見た。幼い頃、引っ込み思案で人見知りだった遥は俺にベッタリで、何時も後を付けて来た。母さん達はカルガモの親子の様だと笑っていたものだ。俺がどうしても傍に居ない時はヌイグルミを抱き締めて一人で座っている事が多かったのだが、ある日近所の犬にヌイグルミを持って行かれたんだ。


 放し飼いにされているが、別段凶暴な訳でもなく子供が悪戯しても怒らない奴だったが、一人で公園に来ていた遥がトイレに行く時に置きっぱなしにしたのを持って行ってしまった。後からやって来たらピーピー泣いているので取り戻して来てやった。


 まあ、普通に咥えているヌイグルミを掴んだら離してくれたんだが。


『……アンダルシアの耳が』


 だが、アンダルシアと名付けたウサギのヌイグルミの耳が少し解れていたので直るまで暫くぐずっていたのを覚えている。……同じ事があればすぐに直してやれるようにって思ったのが裁縫にはまった理由だったな。


 それからもっと懐かれて、将来お嫁さんにして、とか言われたり、了承したら契約書を書かされたりしたのも良い思い出だ。あの頃の彼奴は本当に純粋だった。


 なのに! どうして! ああなった!?




 どれだけ寝たのか分からないが、体調が良くなっているので結構な時間寝ていたのだろう。まだ寝ていたいという誘惑を跳ね除けて目を開ける。


 





 息が掛かるほど間近に轟の顔があった。


「……違いますよ? ただ眺めていただけです。委員長の寝顔は初めて見ますから」


「そうか。しかし、見てて楽しいものか?」


 何故か挙動不審の轟はバッと飛び退くと何時もの抑揚の無い声で理由を告げる。流石にビックリしたので文句の一つも言いたいが、まだ気怠いので面倒臭いな。




「・・・・・・こざっぱりしていますね。男の人の部屋は何処もこの様な感じなのでしょうか」


 どうやら近くに来る用事が有ったので、ついでに貸していた本を返しに来たらしい轟はソワソワしながら俺の部屋を物珍しそうに見回す。ベッドに勉強机に本棚と裁縫道具などを入れた戸棚以外は特に何もない。他の友人の部屋に比べ些か寂しいとも思うな。


「これ、もしかして神野さん・・・・・・の訳無いですね」


 ふと轟の視界に入ったのは幼い俺と遥の写真。俺の服の裾を掴んでいる奴の顔は今からは想像も付かないほどに純粋だ。だから奴で間違いないと告げると絶句していた。


「何かの呪いですか? 委員長の能力で解けないなんて・・・・・・」


「残念ながら何かがあってああなった。昔は本当に大人しくて純粋だったんだ」


「・・・・・・委員長の子供時代ってどんなのでした?」


「俺の昔など聞きたいのか? まあ、良いだろう」


 轟とこうして話す機会も珍しい事だし、仲間なんだから別に隠すこともないだろうと俺は口を開いた。



 幼い頃のある日、遥が偶々家に泊まりに来た時に子供向けのホラーを観たのだが、夜中に俺のベッドに潜り込んできた。戻るように言ってもガタガタ震えながら涙目で嫌がるので仕方なく一緒に寝たが、翌日見事にオネショしていた。


 また別の日、遥がお使いを頼まれたけど財布とメモを落としたって涙目になって、怒られるから一緒に探すように頼まれたんだが、結局家に忘れていたんだ。


 それと遥は男嫌いだが、小さい頃に気弱だったから数名のグループに苛められて俺が助けていたんだが、アレが原因だろう。


「そうそう、遥と言えば、今でも俺のベッドに潜り込んで来たり色仕掛け系の悪戯や冗談を多用するくせに、此方が乗ったりしたら途端に狼狽える程に耐性がない。覚えておけば何かの役に・・・・・・どうかしたか?」


 話せと言われたから昔の話をしたのに、轟の反応が妙だ。少し拗ねているように見えるし、頬を膨らませていないか? いや、まさかな。あの轟だ、何かの間違いだろう。


「・・・・・・神野さんの事ばかりですね」


「言われてみれば確かに・・・・・・。昔から世話を焼くために側にいたからな。今では世話を焼いていないと落ち着かん。これでは彼女も出来そうにないな」


 もっとも、女子の友人は多くても、冗談で交際やらについて言ってくるのは遥しか居ないのが現状だ。これでは一生独り身かもしれないとさえ思うことがある。



「・・・・・・でも、あの人の世話を焼くことに耐えられる人なら委員長の恋人になれますよね? 私が知る限り、私くらいしか耐えられそうにないですけど」


「うん、ああそうだな。轟となら平気そうだ」


「あの、委員長。言っておきますが試しですよ? 私も色々と経験を積んでおきたくて、試しにですが・・・・・・」


 轟が何か言おうとした時、窓の外からグゥっと言う音が響いた。それが何か理解した俺は溜め息を吐き、窓から顔を出して屋根の上を見る。遥が胡座をかいていた。


「もう大丈夫だ、助かった。昼飯、何が良い?」


 この馬鹿、俺を心配してどうやら昼飯を抜いてまで見張りを続けていたのだ。時計は二時を指し示し、今の音は此奴の腹の音。もしやと思ったが、少し気を使わせ過ぎたな。


 俺が声を掛けると一瞬心配そうな顔を向け、元気になったと分かると直ぐに何時もの妖しい笑みを浮かべて窓から部屋に入り込む。


「君の手料理なら何でも好きだって言っているだろ? 私も手伝うから早く食べよう。・・・・・・でも、その前に」


 それは一瞬だった。飛び上がった遥は俺の肩に飛び乗って太股で顔を挟んで固定する。一般的に肩車と呼ばれるアレだ。



「私の恥ずかしい過去をペラペラ話した罰さ。今日一日はベッタリさせて貰うよ」


「冷や飯が有ったから昨日の残りの鮭で炒飯にして、冷凍庫の作り置きの餃子を揚げるか? 野菜も中華が良いと思うのだが・・・・・・」


「見事なスルー、流石です。・・・・・・付き合いの長さの賜物ですね」


 感心したように呟いているが、何故か轟は不機嫌なままだった。そう、料理が完成する時間まで・・・・・・腹が減ってたのか。




「しかしアレだね。私達も付き合いが長いし、関係を進めるかい? 私、きっと一途で尽くすタイプだぜ?」


「その台詞、お前が今まで言ったどの冗談よりも面白いな」


「まっ、今の関係が心地良いから別に構わないけどさ。でも、あの女の『(笑)』が付く色仕掛けに負けそうになったら本当に私に相談してくれよ? ・・・・・・君になら喜んで純潔を捧げるよ」


 ・・・・・・そういう理由でお前との関係を変えたくないんだがな。まったく、人の気も知らないで此奴は・・・・・・。

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