第9話 誰だっけ?
『バルログ』は魔力を集中させているようだが、どうやら周囲にも影響があるらしく、森中から地鳴りのような鳴動が聞こえてくる。
「すっげえうるさい音だな……」
森の環境音……鳥の鳴き声や木々のざわめきなどの一切をかき消し、ただひたすらに地面が割れるような音を鳴り響かせた。
「なんだ、この異常な鳴動は……! 耳に激痛が……! 誰か音を防ぐ魔法を持っていないか……?」
「アカン、耳を塞いでも脳髄に響いてくる……! 誰か音を防ぐ魔法を持ってないん……!?」
「耳が痛い……! 誰か音を防ぐ魔法を持っていないかしら……?」
「耳が痛いニャア! 誰か音を防ぐ魔法を持っていないかニャ!?」
君たち会話が全然成り立ってませんやん。
……しかし、こんなにうるさい音で囲まれている中、俺からはエルたちの声がよく聞こえる。
『アスタロイド』に来たときから感じてはいたが、この世界では人の喋る声がよく聞こえるようだ。
ただ、エルたちの会話が噛み合っていないところを見ると、この法則が適用されるのは現実世界の身体を持っている俺だけか……。
「ケアリングウェア! 彼らを木の上まで運んでくれ!」
俺がそう命令すると『ウィッカーマン』に変化しているケアリングウェアの分体は後ろを向いてしゃがみ込み、エルたちの近くの地面に手のひらを置いた。
『ウィッカーマン』は『バルログ』よりもかなり大きめに作っている。多分10メートルくらいはあるかな。片手でエルたちを抱きかかえて木の上に登ることができるちょうどいい大きさだ。
「この巨人はオレたちを手に乗せようとしているのか……? ロウランの作った巨人だ。信じよう……」
「この巨人はわたしたちを手に乗せようとしているの……? ロウランの作った巨人だもの。信じましょう」
「この巨人はウチらを手に乗せようとしているんかな……? ロウランが作った巨人やし、信じるわ!」
「この巨人はラニたちを手に乗せようとしているのかニャ? ロウランが作った巨人ニャんだし……信じるニャ!」
いいから早く乗りなさい。
『ウィッカーマン』は4人をその手で胸に抱きかかえると、もう片方の手と両足を使って近くにある一番大きな木に登っていった。
高い場所ならこのうるさい音もある程度は落ち着くだろう……。
あと、同時に彼らを『バルログ』の魔法から守る目的もある。
いざという時のために『ウィッカーマン』にはその身体で彼らを密閉空間に閉じ込めるように命令してある。
現実世界の物質で構成されているケアリングウェアの中ならたとえこの星が滅んでもとりあえずは死なないだろう。
ただ、酸素濃度だとかそういうのがちょっと心配だから、いますぐはまだ閉じ込めないけどね。
「ふぅ……とりあえず準備はできたな……」
ふと、『バルログ』のほうを見る。
意識を集中させているようで、この馬鹿でかい音の発生源にも関わらず微動だにしていなかった。
魔力とやらはよく分からんが、今度こそ本当に凄い攻撃をするぞという気概だけは伝わってくる。
……しかし、本当に星一つを破壊できる威力だとしたら問題だ。
この星の重さは200グラム。俺は40キログラムなので、身体の200分の1を損傷する怪我になるかもしれない。
200グラムの損傷……人体の臓器で言えば心臓を丸ごと失い、身体の部位で言えば片方の手首から上を丸ごと失うようなものだ。
さすがにそれはマズい……。
だが、俺は攻撃を受けると宣言した。
先手を打って倒すのは容易だが、一度発言した言葉は取り消したくない。
たとえば、この『アスタロイド』を手に入れるために老人に『嘘』をつきはしたが、俺は『嘘』をついたということを認めたくないんだ。最後まで老人に対してあれは嘘だったと言う事はないだろう。
それは、別に嘘がバレると相手の気分を害してしまうから……という意味では全くない。むしろ相手のことは全然関係なく、これは全部自分自身における精神世界の話だ。
嘘か本当かに関わらず、一度発した言葉には力が宿ってしまうから、という意味だ。なのでそれは絶対に取り消したくないんだ。
いわゆる『言霊』というやつだ。
自分でもタチの悪いスピリチュアルに巻かれてる感が満載だが、このことについては骨身に至るまで信じ切ってしまっている。
どんなに小さな思考のクセでも、習慣になってしまうと段々とその存在が大きくなり、やがて自分の行動を縛ってしまうものなのだ。……心では馬鹿らしいと思っていてもね。
もし自分の発言を取り消せば、次に発する言葉の力はガクンと弱くなってしまうだろう……。
そしてそれが積み重なっていくと、そのうち自分自身でも自分という人間がよく分からなくなってしまう。
だから、俺は自分の発してしまった発言に対しては『誠実』でありたいんだ。それが本当は『嘘』だったとしても……。
「ヒィ! ……た、高すぎる! 駄目だ。オレは高いところだけは駄目なんだ……!」
「こんなに高いところまで登ったのは初めて……」
「やっとあのうるさい音が聞こえにくい場所まで来れたなぁ。あと、エル、ウチらに抱き着きすぎちゃう?」
「高いところ、だけは……、本当に苦手なんだ……」
「ニャはは。足が震えてるニャ!」
あいつらは呑気だなぁ……。
そうこうしているうちに、地鳴りの音が少しずつ静かになってきた。
……準備ができたようだな。
「ククク……待たせたな……。いま、我が甚大なる生命力を供物にした魔力変換が終わった……」
『バルログ』は姿勢を正し、両腕を開いた。その両腕にはバチバチと稲妻のようなものが走っている。
「『魔力剪伐』の効果はあと数十秒……。今日という日を除いた全ての時において永久に現れないであろう極髄の魔力は我の手の中にある……! ここで決着を付けよう……!」
「ああ……これで決着だ。俺も少しだけ胸が高鳴っているよ……」
なんせ、この星を破壊できる攻撃とまで宣言されたからな。この星と俺の心臓はほぼ同じ質量だから、予測されるダメージ量がリアルに想像できる。
……だが俺は一人じゃない。ケアリングウェアがついている。
相手の攻撃によってどういった防御方法を取るべきか、ある程度のパターンは考えている。
あまりやりたくないことではあるが、ケアリングウェアを盾にしてダメージを軽減することも可能だ。
ケアリングウェアには自己治癒能力があるので、時間は少しかかるがある程度の損傷なら完全に元通りになる。
――すると、『バルログ』は両腕をこちらのほうに突き出して、両手のひらを向けた。
そして、両手のひらを掌底の部分でくっつけると『バチバチ』とした稲妻のようなエフェクトが徐々に激しくなっていく……。
「ククク……我が極髄の『超級魔法』をその身に食らうがいい……」
そう言うと、『バルログ』は両足を肩幅に開いて深く腰を落とし、両手を右わき腹のほうに隠して、さらに力を溜め始めた……。
「うぉおおおおおおお!!!」
両手のある部分から怪しい黒褐色の色をした閃光が走り始めた――。
黒っぽい光なのにとてもまぶしく感じる。
バリバリとした地鳴りが先ほどの時よりもさらに大きく強くなっていく……!
「きゃあああ! 耳が、耳が痛い!!」
「こんなに離れているのに……! 頭が割れそうだ」
この音の大きさは流石にエルたちの身体にはマズそうだ。
さっそく『ウィッカーマン』の中に避難してもらうか……。
「ケアリングウェア! 彼らを密閉空間に閉じ込めろ!」
俺がそう命令すると『ウィッカーマン』は木の上に座ったまま両手でエルたちを包み込んだ。
そして『パシュ!』と軽快な音とともに両手の形を球状のシェルター室へと変化させエルたちをその中に閉じ込めた。
「音が止んだ……! ここは巨人の中か……?」
「ここ、めっちゃ静かやし、ガラス板があるから景色もよぉ見えて快適やな」
「このガラス板、どういう素材なのかしら? ここまで頑丈そうなガラスは初めて見たわ」
「ふかふかのベッドもあるニャー!」
密閉空間に閉じ込めたのにやっぱりなぜかよく聞こえるな。
声の振動がケアリングウェア経由で響いて俺に聞こえるようになってるのかな……。
なんにせよ彼らが無事なようでよかった。
これで目の前にいる相手への対処に集中できる……!
「はぁああああああ!!」
『バルログ』が右わき腹に抱えた両手はまぶしい閃光とうるさい音を更に過激化させていた。
音の振動だけで葉っぱが木から千切れ始め、大きい木々がしなっている。
エルたちがいまも生身でいたら無事では済まなかっただろう。偶然にも間一髪だった。
そして、轟音がピークを迎えたようだ。閃光のまぶしさと音の大きさが一定になってきた。
そろそろ来る……!
……対処の仕方についてはある程度は既に脳髄の中でシミュレーション済みだ。
現実世界の身体だから大丈夫だろうが……念には念を入れる……!
「……我の全ての魔力、全ての生命力、それら全てをいまここで捨てるッ! 星を穿つ圧する奔流に爆ぜ散れ……! 『超級水撃魔法』!!」
――来た!!
『バルログ』が魔法を唱えた瞬間、こちらに勢いよく両手のひらを広げた。
――そして、そこから真っ白な閃光とともに大量の『水』が噴き出してきた。
『水』!?
一番意外な攻撃だ! てっきり『電撃』か『炎』かだと思っていた……。
――だが、俺はこういった攻撃を想定していなかった訳ではない。
俺は脳髄の中で『電撃』や『炎』のほかに、『投石』が来た時のためのシミュレートをしていたのだ。
『水』は流体だが、対処の仕方としては投石と似たようなものだ。
洪水のような水がこちらに怒涛の如く迫ってくると、『ドドド』と激しい轟音が遅れて聞こえてきた。
……この水は自然現象的な水の動きではなく、まさに魔法らしい奇妙な動きで向かってきていた。
この水はほとんど地面に接着することなく、まっすぐ俺に向かって消防車の放水のように撃ち込んでいる。
だが、消防車の放水とは違う部分が2つある。
1つ目は、放物線を描かずに本当にまっすぐに俺に向かってきていること。
そして2つ目は、あまりにも異常な量を放水していることだ……。
その放水は直径5メートルほどもある綺麗な円をこちらに見せた円柱状の形で向かってきていた。
電撃や炎の類ならそのエネルギーを横に散らして……と考えてはいたが、水のように非常に質量の大きい流体は――俺の危惧した通りこの星を破壊できる力ならば――横に散らすのはかなり厳しいだろう。
この場合の対処は一つしかない。
それは『真正面から全て受け止める!』だ。
全てを受け止める理由としては、この星――アスタロイドそのものへのダメージを最小限に抑えたいからだ。
もちろん、俺一人では難しい。なのでケアリングウェアの力を使う。
「ケアリングウェア! 『ゴム網』を出してくれ!」
俺の発言に呼応するように、俺の着ている服――ケアリングウェアは分体を身体中から寄り集めて、右手の袖部分を大きく膨らませていく。
すると、『ボンッ!』という音とともに俺の右手のひらの上に取っ手付きの直径7メートルもある大きな輪っかができた。その形のイメージは『金魚すくい』で金魚をすくうために使う『ポイ』と呼ばれる道具だ。
もちろん、実際の金魚すくいの道具とは違って輪っかの中は紙などではない。紙の代わりにケアリングウェア製の薄いゴムの膜で隙間なく覆ってあるのだ。
そんな感じでケアリングウェアを変化させている間に、既に大量の水――『圧する奔流』とやらはもう目の前だ。
俺は巨大な『ポイ』を両手で持ち、ボールを打ち返す時のバッターのようなポーズで奴の攻撃に立ち向かう――!
これから、この『ポイ』に張っている『ゴム網』で奴の水を全て受け止める……!
『ドドド』という轟音はかなり大きく感じた。さっきまで聞いていた音よりもさらに大きく……ついには俺の鼓膜まで震えだしていた。
いままで、現実世界の身体を持つ俺にはどんな轟音でも耳を振動させるような衝撃が来たことは全くと言っていいほどなかった。しかし、アスタロイドに来てここまで鼓膜が震えるのは初めてだ。
……本当に200グラムのダメージを与える強さなのかもしれない……!
少なくとも、現実世界の『蚊』の羽音などよりも音は大きい――。
――『水』はもう目前だ! やるぞ!!
「オラァ!!」
俺は『ポイ』に備え付けられた直径7メートルのゴム網を向かってくる水に叩きつけた――。
ゴム網が水とぶつかった瞬間『ザバアッ!』という巨大な衝撃音とともに『ポイ』を持つ俺の手を激しく揺らした。
「おおおっ!!」
――マジか……! この星の200倍の質量を持つ俺の身体でも普通に抵抗を感じる。
……しかし、もちろん耐えきれないというレベルではない。俺にとっては扇子で風をあおぐ程度の抵抗しか手に感じていない。
ただ、ケアリングウェアにとっては少しツラいらしく、ミシミシと音を出し身体を小刻みに揺らしていた。
そもそも、ケアリングウェアはここアスタロイドでは最強だが、現実世界ではかなり脆い部類だ。
そうだとしても……現実世界へここまで近づくほどの力があるとは……!
『バルログ』が手から出し続けている『圧する奔流』を全て、ケアリングウェアでできたゴム網は弾き返すことなく受け止めて、ゴム風船のように後方へどんどんと膨らみ続けた。
さすがの『バルログ』の全力魔法といえど、現実世界の物質でできたケアリングウェアのゴム網を破ることはできないようだ。
そのままゴム風船は水をゴクゴク飲みながら後ろに膨らみ続けていき、木々を次々と押し潰していった。
うーん……。不可抗力ではあるが環境破壊をしてしまっている気持ちになるな……。
まだ放水を投射し続けている『バルログ』、ずっとバッターボックスでボールを打つポーズのまま『ポイ』を押さえて固まっている俺……。
いつまで続くんだ? これ……。
ゴム風船はそのままずーっと後ろに膨らみ続けている。
ここでふと後ろを見やるとかなりの大きさにまで膨らんでいた……!
「『万里の長城』かよ……!」
入り口は直径7メートル程度なのに、ゴム風船は入り口を過ぎると直径20~30メートルほどまで身体を膨らませている。
その大きなホース状の身体は森を縦横無尽に這い渡り、地平線の向こう側にまで存在していた。まさに『万里の長城』だ……!
俺が後ろを見てぼーっとしていると、だんだんと放水の威力が弱まり始めていた。
……ようやく打ち止めか?
怒濤の勢いの放水で轟音をまき散らしていた魔法は、徐々に力なく弱まっていった。
全盛期の勢いと比べると少し寂しい。人気だった連載作品の最期を見ているようだ。
そして、放水は『バルログ』の手からチョロチョロと出るレベルにまで寂しくなると、そのままパタッと止まった。
どうやら打ち切りになったようだ。
「よし、ここで入り口を閉じろ! ケアリングウェア」
俺がそう命令するとゴム網の入り口である『ポイ』は自身を収縮させてゴム風船の結び目のような形になった。
「さぁて、このパンパンのゴム風船を何に使おうかな……」
俺は巨大なゴム風船の頭をペシペシと叩いてみせた。
「なん……だと……! 我の……星を穿つ『超級魔法』を……全て受け止めただと……!?」
『バルログ』は心底驚嘆していた。しかし、本当に力を全て使ってしまったのだろう……その声はとてもか細かった。
「ロウラン、凄いニャ……!」
「あれが『超級魔法』……! 凄い……! そしてそれを受け止めたロウランはもっと凄い……!」
「初めて見たよ……。次元が違いすぎる……!」
「ウチは一生かけてもどっちにも成られへんわ……」
全員無事なようだな、良かった。
どうやらケアリングウェアのシェルターならさっきのレベルの衝撃波でも耐えてくれるようだ。覚えておこう。
「このままここに水風船を放置しておく訳にはいかないな……よし。ケアリングウェア! 身体をうんと小さく縮めて『ライフル弾』になれ!」
すると、水風船は先頭から後方にかけてモゾモゾとその身体を数秒間揺らした。
そして『バシュン』と一瞬だけ大きな音を立て、地平線の奥まであった『万里の長城』のような水風船は一気に『ライフル弾』のサイズまで何の抵抗もなくあっさり縮んでいく。
そのライフル弾は俺の頭上で跳ねると、そのまま俺の手のひらにポロンと落ちていった。
「こんなスカスカの水が『圧する』だって……? 『ゴリ押し』が足りないんじゃないの?」俺はそう言ったあと、『バルログ』に対してこれ見よがしにライフル弾を指でちょいと掴んでみせた。「これ、お前の出した水な」
「……なんという奴だ……! 我の力を完全に……超えている……」
「ああ、その通りだな。よし、そろそろ『仕上げ』だ……! ケアリングウェア、俺の右腕を全部使ってスナイパーライフルを作ってくれ」
カシャカシャ! と音を立てて右袖のケアリングウェアがロボットアニメの変形モーションのようにライフルを形作っていく。
本に書いてあるようなスナイパーライフルの形を詳しく知らない訳ではないが、ロボットアニメに出てくるようなデザイン全振りのライフルが俺は好きなのでそのような形にしてみる。
そして俺の右腕を軸とした巨大なライフルが完成した。スコープの部分は右肩から伸びており俺の顔の前に広がっている。
でも、ライフル部分は……ライフルの形じゃないような……?
……あ、よく見たらこれ、ロボットアニメに出てくるライフルの形というより、ロボットアニメに出てくるような空を飛ぶ『戦艦』の形になってしまった……。
まるで映画『スターウォーズ』の戦艦に過剰な装飾を施したような佇まいだ。
まぁいいか、こっちのほうがカッコいいし。
やっぱり俺はスマートに細長いライフルより、コテコテなデザインで装飾され横に広がったゴリゴリな戦艦のほうが好きかもしれない。
ケアリングウェアは俺が脳髄で描いたイメージをそのまま映し出すから無意識にこっちのほうで出てきてしまったようだ。
……うん、アニメに出てくる戦艦はそれ自体がなんちゃら砲を撃ったりするし、割と似合っているんじゃないか? それを腕に装着しているのは妙な気分だが。
「最後の質問だ……『バルログ』……。ここで身を引いて人前に姿を現さないと誓えばお前の命は助けてやろう」
俺は『バルログ』に銃口を向けてそう言い放った。
「……くどいぞ……! この戦いは死んだ同胞たちのための弔いだ。たとえここで死ぬ運命だったとしても、国中の人間を滅ぼしきるまでこの身体は止まらぬ……!」
「……お前……損をする性格だよな……。でも……嫌いじゃないぜ」
俺はしばらく俯いたあと、左手に掴んでいたライフル弾を親指で弾き、『戦艦』の天板部分でキャッチし装填した。
これで準備が完了。あとは撃つだけだ……。
それにしても、『バルログ』の先ほどの魔法は本当に強かった。
ケアリングウェアのゴム網があそこまで膨らんだんだ。
いままでの攻撃と同じならゴム網は一切膨らまずに弾き返すだけだったはずだ。
あの威力ならブラックジャックはへし折れるし、俺の生身なら擦り傷程度は負わせていたのかもしれない。
アスタロイドに来たばかりで、強さの尺度もよく分かっていないが『バルログ』は賞賛に値する。
いや、むしろ強さというよりかは……その性格や信念に惹かれたのかもしれない。
ここまで仲間思いの奴なんだ。もっと違うシーンで出会いたかった。
せめて、一瞬で楽にしてあげるために……ライフル弾にはある『仕掛け』をしておこう。
「はぁあああ!」
俺は左手で右腕の『戦艦』を押さえて力を溜めるポーズをしてみた。気合いを入れる声には少し演技が入っている。
ちなみにこのポーズや声には何の意味も無い。ただぼーっと突っ立っているだけでも同じ威力の攻撃はできる。
それでもあえてそうしているのは『バルログ』に対して真剣勝負をしているという意思表示だ。
たとえ俺のほうが200倍強かったとしても舐めた態度をとって楽勝するのは面白くないだろう? 傍目で見ていて……。
「これで最期だ! 『バルログ』! 俺の本気の一撃をその身に食らえ!」
――俺はスコープ越しに照準を合わせ、『バルログ』の『超級魔法』を封じ込めたライフル弾を右腕の戦艦で勢いよく射出した。
『ゴオオオオオッ!!』と風を切る轟音を森中に響き聞かせながら『バルログ』の胴体めがけて飛び込んでいった。
……そんな轟音を出してはいるが、実は結構遅めに撃ってある。『バルログ』には避けてほしかったからだ。
しかし、そんな俺の思いとは裏腹に『バルログ』は一切の抵抗を見せず、ただただその場で静かに立っていた。
「――分かったよ。お前の覚悟……。それじゃあ……『仕掛け』を発動させてもらう」
すぐにライフル弾は『バルログ』の胴体に着弾した。
――そして、その瞬間に俺は『仕掛け』を発動する。
その『仕掛け』というのは胴体にライフル弾が着弾した瞬間に、圧縮した水を全て解き放つというものだ。
もし、そのまま細いライフル弾のまま撃ったとしても胴体を貫通するだけで即死はしないだろう。
だから胴体の中で『万里の長城』ほどの体積がある水を解き放ち、身体中を爆裂させる――!
これで苦しみもなく速やかに逝けるはず……!
――『バゴォッ!!』と激しい音を立てて『バルログ』の胴体は爆裂した!
胴体のほとんどの部位を散り散りに消し飛ばし、背中から大量の水を後方に噴出していく。
その大量の水はあまりの超高速で射出されたからだろうか、その圧倒的な体積で遠くの空にまで吹き飛んでいき、霧状に広がってそのまま空一面を暗い雨雲に塗り変えていった――。
『バルログ』の後方の森は比較的無事だった。俺とは身長差があるため、見上げるように撃ったからだ。
遠くの空に広がった雨雲はしばらくして積乱雲となり、早くも大雨を降らし始めていた。
「……ぁ……あぐ……!」
『バルログ』はそのまま後方へと仰向けに倒れていった。
……身体全てを跡形もなく吹き飛ばそうとしたのに、まだ身体が残っているなんて……。
生きてるのか? 逆に痛みを増幅させてしまう結果となってしまったのかもしれない……。
俺は右腕のライフルを解いて服に吸収し、『バルログ』の元まで駆け寄っていった。
『バルログ』のすぐ前まで来ると、身体は思っていたよりも残っていた。
身体の胴体の後ろ半分は内蔵もろとも全て吹き飛んでいたようだが、前面はなんとか形を保っており一見するとただ寝ているだけのようにも見える。
「う……うぐ……」
あ、生きてる……。
「お前、その状態でもまだ生きているのか……。どうするんだ? また身体を修復して向かってくるのか?」
「……いや……我の魔力はとうに尽きている…………。この身体はもう、修復できん……じきに事切れる……。貴様の勝ちだ……ロウラン・グイン…………」
「そうか、残念だな」
本当に残念だ。結構良いキャラクターをしていたのに。
中世ファンタジー映画なら、ここでかつて敵だったキャラが仲間になってこれから新しい冒険をするのが黄金パターンじゃないか。
「死ぬのは怖いか?」
「……いや、むしろ『救い』だ……。我は……同胞たちの元へとすぐにでも旅立ちたかったからだ……。実は、我は……自死ができない身体なのだ……修復能力が邪魔をしてな……。旅立つ手段を考える手間が省けた……礼を言う……」
「そうか……」
『バルログ』は次第に虚ろな目をしていった。どうやら死期が近いようだ。
険しい表情を解き、目に涙を浮かべ……何もない虚空を見つめだした。
「……我が……同……胞たち……よ…………我も……逝く……。ともに…………冥府の……世界で………………」
顔を支えていた首は『パタッ』と音を立て、据わるのを止めた。
……『バルログ』は死んだようだ。身体中の生気が消えていくのが分かる。
両目が半開きのままだ……。
ベタな展開だが、両目を閉じておこう。
俺は両手のひらでそれぞれのまぶたを押さえて閉じた。
……それにしても近くで見るとこいつの身体めちゃくちゃでかいな。
「ロウランー! 無事かー!」
無事だよ。何言ってんだ。
――エルたちがこちらに向かってきていた。
俺は先ほどライフル弾を撃ち込んだあとに『ウィッカーマン』から4人を降ろしておいたのだ。
降ろしたあとに『ウィッカーマン』は既にゴムボールに戻してある。
俺がクイッと人差し指で引っ張るポーズをすると、ゴムボールは俺のところへ物理法則を無視して直線で向かってきて、すぐに服に吸収された。
「さて……どうしたもんかな……」
俺はそう呟きながら思案をする。
何かというと、俺のこれからの『フェムト』たちへの付き合い方についてだ。
先生はマイクラースの授業で『フェムトを自分と平等な人間として扱ってはいけない。これだけは絶対に守ってね……!』と言っていた。
平等な人間として扱ってはいけない、か……。もしかしたら既にいくつか破っているのかもしれない。
いや、もうどうせ破ってしまっているのであれば、このまま貫いてしまおう。一度も二度も変わりない。
誰に監視されているわけでもないし……。
それに、そもそも俺が第9アーティファクトのアスタロイドを持っていること自体が既にマズいんだからこれくらいはもうどうでも良いだろう。
いったん、彼らを『人間』として扱ってみるか……。もしかしたら、面白い展開になるかもしれない。
と、そんな思案をしているともうエルたちが目の前まで来ていた。
……しかし、妙なことに4人がキッチリ横一列かつ等間隔に整列を始めていた。そして、整列が終わると全員が俺の顔をじっと見つめる……。
なんだなんだ? いったい……。
俺が呆気にとられていると、エルが口火を切り始めた。
「ロウラン・グイン、オレたちの命を助けてくれてありがとう! この通り、冒険者として正式に感謝申し上げる」
すると、4人が一斉に同じポーズを取り始めた。
何かといえば日本人にとってはたまにすることのあるやつで、両手を合わせて祈るようにお辞儀をするポーズだった。
お辞儀の角度は45度で、いわゆる最敬礼ポジションだ。
……中世ファンタジー映画だったら騎士が心臓に拳を構えたり、またはその姿勢のまま膝をついたりが定番のポーズだっただろう。
でも、目の前のファンタジー職業な人たちがこんな和風テイストの挨拶をするのはなんだか新鮮だな。
「…………」
4人が両手を合わせたお辞儀のポーズのままずっと固まっている。
何秒間ずっとそうするつもりなんだろう。
……エルはあんな重そうな装備を着けてるし、お辞儀の角度的に腰を痛めるんじゃないだろうか。
「……あの……」
エルは沈黙に耐え切れなくなったのかちらりと目を開けて申し訳なさそうに喋り始めた。
「『十字』……切らないの……?」
は? 『十字』を切る?
和風テイストな挨拶から急に洋風テイストになったな。キリスト教の宗教屋がよくあるあれでいいのか?
「あ……ああ、すまん……」
俺は言われるがままなんとなく十字を切ろうとしてみる。
ええと、映画とかで神父的な誰かがよくやってるやつだよな。
人差し指と中指をくっつけて額からみぞおちに縦線を切って、右肩から左肩に横線を切るやつだ……!
俺は映画の記憶を頼りに目をつむって十字を切ってみせた。
「ほら、これでいいか?」
「うーん、ちょっと違うけど……まぁいいか」
エルがあははと笑っている。他の3人も安堵の表情なものを浮かべている。
……うーん、この世界では現実世界とは違う挨拶の仕組みがあるのかもしれないな。
あと、安堵している表情を見るにおそらく挨拶を無視してはいけないルールがあるようだ。
俺のポーズは少し正解と外れていたようではあるが、無視よりは正解に近いらしい。
「そういえば、俺たちってまだお互いに自己紹介をしていないよな? 最初に名乗りはしたが、俺の名はロウラン・グインだ。あんたたちは?」
俺はにっこりと笑ってエルたちに自己紹介を促す。
とりあえず警戒心を解いてもらおう。どちらかといえば仲良くした方が良いだろうし。
それに、俺はハイオークたちの戦闘の時からエルたちを観察していたので名前だけは一方的に知っているが、まだ直接俺に名乗ってもらってはいないので一応名前は知らないフリをしていた。
いつまでも『あんた』じゃ面倒くさいから名前を教えてもらうという儀式はさっさと済ませておきたい。
すると、エルがパァっと晴れやかな表情をした。
「うん! ロウランとはこれからも仲良くしていきたいしね!」
エルはおほんと咳払いをして自己紹介を始めた。
「もしかしたら……ロウランも知っているかもしれないが、オレの名は『エルシュラ・パップリカ』。現役のA級冒険者だ」
いや、知らねーよ。誰だお前。
「同じように知っているかもしれないけど、わたしの名前は『ディアナ・ホープマン』。同じく現役のA級冒険者よ」
お前も知らねーよ。ちなみに他の2人も全然知らねーからな。
「同じように知ってるかもしれんけど、ウチの名前は『ラチャ・ポルノカート』。同じく現役のA級冒険者やで」
このくだりって最後までやるのか?
「同じように知ってるのかもしれニャいけど、ラニの名前は『ロープライス・ラニキャット』だニャ。ラニは新入りで、最近B級に上がったニャ」
はい、全員知りませんでした。
……うん? いや、待てよ……? 『エルシュラ』……? 『ラニキャット』……?
妙に違和感があるが、とりあえずそれは置いておいて、いま一番突っ込んでおきたい台詞を言っておくか。
「……ごめん! みんな知らないや……。君たちって誰だっけ? ……って感じ」
俺がそう言うと、4人とも呆気に取られたような顔をしていた。
なんなんだその反応は。お前らは国民的アイドルか。
「えー! 知らないの!?」
「わたしたちA級冒険者よ? 『A級』よ『A級』!」
「『A級』1人だけでも国防級の戦力やで!? それが3人もおるんやで!」
「『B級』も主戦力級だニャ! 知らないっていうのはショックだニャ……」
4人がそれぞれ本当に驚いた表情をして捲し立て始めた。
「いや、本当に知らねーよ。誰だお前ら」
あ、やべ。つい口に出ちゃった。
キョトンとした表情を浮かべていたエル――じゃなくて『エルシュラ』か――が「ああ……!」と、拳でもう一方の手のひらを叩いて納得したような表情を浮かべた。
「ロウランは『外国』から来た人なんだね! そういえばさっき『観光客』だって言ってたしね」
まぁ、外国って言えば外国か……。
「その通りだよ。ここから結構遠いけど俺は東の方から来たんだ。世界を見て回りたいと思ってさ、国から飛び出してきちゃったよ」
とりあえず相手が納得しやすそうな理由を並べてみる。
「なるほど、遠い外国の人なんだ。だから冒険者のことを知らなかったんだね」
「さっきのロウランの戦闘もここら辺ではあまり見ない『魔法』を使っていたものね」
「これで疑問は解決だニャ!」
「いや、疑問はまだもうちょい残ってるで……」
ラチャが一人で俺のところへ向かって歩き始める。
そしてかなり近距離まで近づき、ラチャはまじまじと俺の顔を見た。
ふわりと甘い匂いが漂った。顔がすげえ近い……。
「ロウラン……あんた、めっちゃ可愛い顔してるなぁ。……で、どっちなん?」
「はぁ……? どっち……? 何がだよ」
ラチャはにやりと微笑んでからUターンをして仲間のところに戻っていった。
「お、おいおいラチャ……。ロウランに対して失礼だろう」
「えー、だって絶対みんな気になってるやろ? エル、間違いなくあんたも気になってるはずや!」
「それは……まぁ、多少は……」
「……ロウランはなぁんか、雰囲気的にラニたち寄りだと思うニャ!」
「そうねぇ、確かにあの目の感じとか……髪とか……声とか……」
「いやいや、でもあの言葉遣いだぜ?」
「そう? でもウチは近づいて顔を合わせた瞬間にピーンと来たで。……ウチらと似た感じがする」
「うーん……」
――さて、問題です。
彼らは俺の何に対して『どっち』と聞いているのでしょうか。
次の3択の中から選びなさい。
■1.【『映画のキャラクター』か『現実世界の人間』か】
→なんとメタな……。
しかし、ありえない話ではない。
仮に彼らが映画のキャラクターであるとして、自分たちが映画のキャラクターであるという自己認識を済ませているのであれば、台本にない突然の来訪者に『どっち』と聞くのはある意味において筋が通っている。
とりあえず俺は現実世界から来たとでも言っておこうか……?
■2.【『大人』か『子供』か】
→俺は13歳なので、現実世界の規範に照らせば子供という扱いになる。
しかし、昔の日本……というか全世界の中世時代全般、もしくはファンタジー作品においても成人は10代半ばで迎えるものだ。
ファンタジー世界を生きる彼らの郷に従うならばギリギリ成人なのでは……?
『どっち』と聞いてくるということはまさにその境界線上に見えるという意味だ。とりあえず大人だとでも言っておこうか……?
■3.【『敵』か『味方』か】
→これが一番可能性は高い。戦闘中にいきなり現れて強大な力を行使したんだ。まずここを最初に確認したいはずだ。
しかし、そうだとするとラチャのさっきの反応は軽すぎるような……?
まぁいい。とりあえず味方だとでも言っておこうか……?
「――俺は『現実世界』から来た『大人』で、君たちの『味方』だッ!!」
とりあえず全部言ってみた。
すると、彼らはただただポカーンとしていた。
あれ……? 外したか……?
「あはは。ロウラン、あんたおもろい奴やなぁ。いまの回答はよく分からんかったけど、ウチらが気になってるんはもっと単純なところやで」
単純なところ……? なんだよ、いったい、それは。
「ところで、その変わった服装はなんだい? その格好も『どっち』か分からなくしている要因の一つなんだ」
え……? 服装……?
あ、しまった……! なるほど…………。
そう、俺は今日、丸一日中ずっと『学園服』のままだったのだ……!
これじゃあ俺が『怪しい人物』と思われても仕方がない。
この中世ファンタジー世界にふさわしくない格好だもんな。
……そうだな、ここにいる間は中世ファンタジー映画にふさわしい服装をしたほうが良いな。
「ああ、すまんすまん。この服装は変だよな? ちょっと着替えるから待っててくれ」
「――え? 着替える? ここで?」
「ケアリングウェア! 着替えるから『本体』をゴムボールに戻してくれ!」
俺がそう命令すると、俺の着ているケアリングウェア――『学園服』全体が『バシュン!』と音を立てて、その全てが手のひらの上で白いゴムボールに戻った。
このボウリング玉より少し大きめの白いゴムボールこそがケアリングウェアの本当の姿だ。
さて……。ファンタジー映画っぽい衣服と言えば何があるかな……?
「ロ、ロウラン……! 裸じゃないか……。あっ…………!」
裸?
あ、しまった……着替えるためについ全裸になってしまっていた。
……俺の身体をまとっている服は全てケアリングウェアでできているので、ケアリングウェア本体をゴムボールに戻すと全裸になってしまう……。
『アスタロイド』の中とはいえ気分はまだ自分の部屋の延長線上だったからうっかりしていた。
データ上の存在とはいえ、やはり『フェムト』は人間らしいリアクションをするようだ。
……なんだか、少し恥ずかしくなってきた。
「お、『女』……!?」
「ほら! なぁ? エル。ウチらの言ったとおりやろ?」
「やっぱり、あの髪の毛の長さとか、声のトーンとか……『女の子』っぽいんだもの」
……えっ!?
ドキリ、とした。
なんでこの『フェムト』たちは俺が『女』だって分かったんだ……?
――俺が自分を『女』だという種類の人間であると知ったのはほんの数時間前の『本日最後の授業』の時だ。
それを、説明もしていないのにいともたやすく言い当てるなんて……なんなんだこいつら……! エスパーか……?
……『フェムト』たち4人は俺の身体――とりわけ膨らんだ胸のほう――を見ながら、しばらく固まっていた。