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第7話 変幻自在のマジカルスター

 タイトル変更だ。

 新しい『映画』のタイトルは『変幻自在のマジカルスター』に決定!

 『スター』とはもちろんケアリングウェアのことだ。

 エルたちに代わり、俺の元気過ぎるケアリングウェアがこの状況を打開する。


「俺の名は『ロウラン』! いまから『バルログ』――お前を滅ぼす者の名だ! 冥土の土産にちゃんと覚えておけよ」


 俺はそう言い終わると、振り返ってエルに話しかける。「なあ、その炎を消すにはどうすればいいんだっけ?」

「あ、ああ……この炎を出している赤い液体は『バルログ』の血と魔力を触媒にしている……。あの大剣を奴から引き剥がせば全て消えはするが……」

 あなためっちゃ全身燃えてますけど結構普通に話しますね。


「おっけぇ。じゃあ、さっさと大剣を引き剥がすぜ」

「戯けたことを……! 人間の子供である貴様に何ができる……!」

「俺はお前が思っているより色々できる子供だよ。後ろの奴が燃えてるしあまり時間がない。とりあえず一発食らっとけ」


 どうせエルを助けるなら五体満足で助けたい。いますぐ助けりゃ失うのは鎧だけで済むかな?

 俺はもう既に『助ける』って決めた。だからこそ、ここに出てきたんだ。自ら決めたことには最高品質の結果を出したい。


 俺は着ているケアリングウェア本体からゴムボール状の固まりを分離させ、その分体を右手に掴んで上空に掲げた。

「ケアリングウェア! 弓と矢に変身せよ! そして目の前の敵から大剣を引き剥がせ!」

 ケアリングウェアは主人の思考を読み取るので別に声を出して命令する必要はない。でもせっかくなので映画のキャラクターっぽくオーバーな演技をしてみる。


 手に持った分体が『バヒュン』と音を立てて直ぐさま弓と矢に変身した。

 弓は少し大きめのコンポジットボウにした。見るからに重そうだが中身はケアリングウェアなのでとても軽い。

 そして矢は一本だけ作った。全体的に普通の形だが羽の部分にもふもふしたファーをあしらっている。はぁ、とてもかわゆい……。癒やされる……。

 色は両方とも真っ白にした。理由は、なんとなく可愛いから。淡いピンク色でも良かったけどね。


 俺と『バルログ』の距離感は、弓道でいうところの『遠的』どころか『近的』よりもかなり近い距離だった。だいたい4、5メートルくらい。

 最初は剣にでもしようと思ったが、この魔物は身長が高すぎるので大剣を持つ腕はかなり上のほうにある。だからこその弓矢だ。

 さっそく俺は矢をセットした弓をググッと引き絞る――俺からすればケアリングウェアの力はかなり非力に感じるので、ほんのり軽く引き絞るだけでコンポジットボウ全体が壊れそうなくらいに身をしならせていた――そして『バルログ』の右腕めがけて弓を引き絞っている手を離した。


 ――矢を放った瞬間、矢の弾道上で真っ白に輝く閃光が走り、周囲に影を作るほど大きく照らした。

 矢の射出した際の初速があまりにも速すぎたからだろうか、周囲の空気が大いに巻き込まれ一瞬の間に台風でも現れたかのような風の大移動が発生した。

 『バルログ』の右腕を見ると上腕二頭筋の大部分をえぐり取る丸い大穴が空いている。そして、すぐに右腕の上下は千切れ大剣を掴んでいる肘から下はそのまま地面にまで落ちていく。


「ガハッ……!」


 蛇のように腕に絡みついていた大剣の鞭は、千切れた途端にそれぞれの身体がしばらく暴れだしたあとにピタリと動きを止めて地面に倒れ込んだ。

 すると大剣はまるで死んだかのように徐々に色褪せていく。

 その直後に『シュワア』と、まるで炭酸飲料の炭酸が抜けるような音が聞こえると、森中の赤い液体と炎はするすると消えていった。

 煙も徐々に薄らいでいき、森の風景には次第に昼間らしい太陽の光が射し始める。


 森中の火が消えたことを確認すると、俺は上空に飛ばしていた矢をくるくるとその場で回転させた。うん、遠くてもちゃんと分体をコントロールできるな。

「聖なる矢よ、戻ってこい」――うわ、『聖なる』とか言ってるやん、俺。キモ。


 俺がそう呼びかけると回転しながらホバリングをしていた矢がピタッと静止し、その後勢いよく俺の右手めがけて飛び込んできた。

 矢はそのまま俺にキャッチされると、すぐに溶けたチーズのようにどろりと形状を変えてしたたり落ち、そのまま俺の服に吸収されていった。ついでに弓も。


「炎が全部消えたで……! 何が起こっているんや……!?」

「エル……! 良かった……!」

「オレの鎧の炎も……消えた……! 『バルログ』の剛腕を千切るなんて……『ロウラン』、君は一体……!」

「ニャア、『ロウラン』は一体何者なのニャ?」


 エルとディアナは元々俺の傍にいたが、ラチャとラニも意外と近くにいた。みんなが一斉に俺のほうを見ている。映画のキャラが俺の存在を認識している……。

 ……なんか少し恥ずかしいな。


「グアア……! なんだ、この異常な力は……!」


 『バルログ』は心底驚いた顔でそう言うと、地面に膝を付けて千切れた右腕を押さえた。

 右腕の断片からは黒褐色の血がだばだばと流れ出ている。


 やっぱり、現実世界の身体を持つ俺の攻撃は『フェムト』たちにとっては異常なパワーだと感じるらしい……。先ほどまで圧倒的な力を見せていたはずの『バルログ』ですらも……。

 やべえ、俺、絶対この映画を面白くできる自信がないわ。


「おい! 『バルログ』、お前マジで弱すぎてカスだからさっさとどっかに消えてくれ。もう人前にその姿を見せるなよ」


 正直、あまり俺はこいつを殺したくないので、勝手に逃げてくれると助かる。

 俺はそもそもこいつに恨みを持っていない。それに、このまま無双しても面白いことなんて何もないし。

 こいつもさっきの攻撃で圧倒的な実力差があることが分かっただろう。さっさと逃げてくれよ。


「……それはできん……! 我は貴様ら人間に同胞を皆殺しにされたのだ……! 残された我が抱く大望(たいもう)はたった一つ、この国中の人間を皆殺しにすることだけだ……」


 まあ、そりゃそうだろうな。

 でも、できれば諦めてさっさと逃げてほしい……多少は拷問となってしまうがじわじわと追い詰めるか。

 俺は歩を進め、数メートル先にいる『バルログ』へと徐々に距離を詰めていった。


「貴様は……何者だ……!」魔物が尋ねてきたので、一旦歩を止めた。

「俺はただの『観客』――じゃなかった、『観光客』さ。名前は『ロウラン』、フルネームで言うと……『ロウラン・グイン』だ」


 ――『ロウラン・グイン』とは、いま即興で思いついたフルネームだ。

 本来なら現実世界におけるフルネーム『安居院(あぐいん)楼蘭(ろうらん)』から普通に名前と姓を入れ替えただけの『ロウラン・アグイン』でも良かったのだが……『ン』を表す『N』のあとに母音である『A』を続けたくなかった。

 発音がフレキシブル過ぎるアメリカ人とかだと『ローラナグイン』とか言いそうだからだ。

 自分の名前をいじられたくないからこそ前もって俺は自分の名前をいじるのだ。


 といっても『アスタロイド』の奴らは魔物すらも日本語を喋ってくれるからあまり関係はないか……。

 とりあえずこのフルネームが『アスタロイド』における俺の正式名称ってことにしよう。もう言っちゃったし。


巫山戯(ふざけ)るな……。ただの『観光客』が我の身体に対して傷一つすら付けることはできん……!」

「いやいや言ったじゃん。お前マジで弱すぎてカスなんだよ。現に、傷どころか腕落としてるじゃん。なんならもっとやってやろうか? 四肢(てあし)はあと3本も残っているし」


「……『4本(・・)』だ…………!」


 『バルログ』はそう言い放つと右腕の切断面近くの筋肉が蠢き立ち、歪な形をした風船のように膨らんだかと思うと、その瞬間『バシュッ』と音を立て右手が勢いよく生え出した。

 生えた腕はナメクジが這った跡のようにてらてらと湿っている。めっちゃキモい。


「おいおい、なんでもありか? お前は」

「……先ほどの負傷は貴様の力を侮っていたがために受けたものだ……。人間という虫けら1匹の攻撃のためにわざわざ避けることや防御することは恥辱だと思っていた……だが、もう学習した……!」


 『バルログ』はそう言うと俺から視線を外さないまま、後方へ勢いよく跳んだ――先ほどまでのゆったりとした動作とは打って変わってとても俊敏だった。なるほど、ここからが本気ということか。

 先ほどまで立っていた場所には土埃がたちこめており地面がえぐれている。

 俺と距離を取って遠距離から攻撃するつもりか……? 『バルログ』は俺から20メートルほど距離を離している。

 ……俺が先ほど閃光のように速い弓矢で攻撃してみせたにも関わらず、それでもあえて距離を取る意味はあるのだろうか……?


 『バルログ』はやや中腰の姿勢になり、左手をだらんと下げて手のひらを俺のほうに向けた。

 あ、これってさっきの投石の魔法かな……?


「おい! お前ら4人とも急いで木々の間に隠れろ! 自分の身は自分で守っておけよ!」


 俺の忠告を受けた4人はハッとしてすぐに木々の陰に向かって身を隠していく。

 うん、下手に『オレも加勢するぜ!』とか言われなくてよかった。扱いやすくてとても助かる。


 『バルログ』は先ほどと同じような魔法を唱える素振りをしていたが、力を込めているように時間をかけている。

 魔力? とかいうやつを込める量で威力が変わったりするのだろうか……。

 なんにせよ、今度は本気出すぞ的なことを『バルログ』は言っていたから最大級の攻撃が来るのだろう。


「我が魔力を存分に使おう。光栄に思え……ただの人間相手への攻撃のために我が甚大なる魔力の一部を永久に喪失するのだ……」


 『バルログ』がそんな説明口調の台詞を言っているとエルが口を開いた。

「あれは……『魔力剪伐(せんばつ)』……! 自身の魔力の限界値を数パーセントほど永久に下げる代わりに一時的に膨大な魔力を帯びる『禁忌魔法』の一つだ! 『バルログ』……! この大陸そのものを消し飛ばすつもりか……?」

 もうめっちゃ説明口調ですやん。なんだこれ、コントか?


 ……とにかく……今度は俺が受け手にまわろう。

 俺の目的はあくまで相手の戦意喪失だ……。倒そうと思っていれば俺はもう、いますぐにでも倒している。

 ただ、できれば相手には戦闘続行を諦めてもらいたいので、心底に戦意を削ぐために相手の本気の攻撃を受けきることが必要だ。


 『バルログ』は先ほどの投石魔法を放つ姿勢のまま、右手で拳を作り顔の高さまで掲げた。

「『魔力剪伐魔法(フィナユン)』……!」

 そう唱えると右手の拳に怪しい紫色をした電撃が走りバチバチと音を立てだした。

 そして拳をカッと開き、右手のひらで自身の顔を掴んだ――掴むどころか、その5本の爪で顔に突き刺し何かを流し込んでいる……。

 あれが魔力ってやつか?


 バチバチとした電撃を纏った紫色の光を顔に流し込み終わると、『バルログ』はその右手を放した。

 右手の電撃が消えた代わりに、全身から沸騰した水のように見えるオーラが絶え間なく流れ出ている。


「……身体中に膨大な魔力が駆け巡るのを感じる……。時間にしていまから10分間、我は天下無双の力を纏う……! もっとも、貴様は数秒も持たんだろうがな……」


 あ、そう……。


「じゃあ10分間耐えて見せようかな。最初に何をするんだ?」


 俺がそう言うと『バルログ』は右手を腰に戻し左手のひらに力を集中し始めた。

 地鳴りが始まり、森の空気も振動しているのが伝わってくる……。

「……戯れ言を……! 物言わぬ木偶(デク)になるがいい……『大投石魔法(カタパルト)』!」


 左手のひらの土色の輝きが閃光となって前方の地面一帯を照らしだした――先ほどの同じ魔法よりも広範囲を照らしている。

 照らされた地面は次々と大小問わずに石を吐き出していく。その吐き出された石は一時的に空中に留まったあと、俺の方向へ弾けるように向かってきた――。


「マズい……! ロウラン、逃げろ! 魔法の威力は魔力量で決まる……! 奴のいまの膨大な魔力が付与された投石なら、たとえ小石一発でも……ミスリル製の盾が何枚あったとしても絶対に防御できない!」

「大丈夫だって……。まあ見といてよ」


 俺は映画『ショーシャンクの空に』の主人公が雨に打たれるシーンのように、両手を広げて天を仰ぎ笑みを浮かべ目を瞑ってみせた。


「――危ない! ロウラン!!」

 そんな叫び声が聞こえた直後、『ゴンッ……ゴンッ……』といった金属音が切れ目なく聞こえて始めてきた。

 俺は目を瞑っている。音だけしか感じない。……そう、音だけ。


 ……他は何も感じない……依然として、金属同士がぶつかる音は非常に近くから聞こえる。

 その音はいまなお、『ゴンッ……ゴンッ……』と幾重にも重なり、いつまでも聞こえている。

 本当なら鼓膜が震えて脳髄に不快感を与えるほど共鳴する振動――衝撃波がくる距離だ。

 しかし、俺は非常に近い場所で大きな金属音が聞こえることを自覚したままで、鼓膜には一切の震えを感じなかった。

 それどころかこんな喧騒音の中、五感の中で『触覚』だけが異常な静けさを維持していた――身体は上から下まで痛くもないし、かゆくもない。……そして、触れられている感触もない。


 ……俺は天を仰ぐポーズを解き、顔を正面に向け、目を開いてみた……。


 まず目に飛び込んできたのは、事前に予想していた通りの光景だった。

 ……大小さまざまな石が俺の身体めがけて飛んできていること。それらの石が俺の身体にぶつかるやいなや、すぐに砕け散り砂状になり周囲に散っていること……。

 そして……『バルログ』が泡を食ったような表情をしていることだ。


「――貴様……! いったい何をしているんだ……! なぜ、無事なんだ……!」

 いままでで一番驚愕したような表情をしている。良い反応(リアクション)だ。きっと役者になれるね。


「何をしているって……。何もしてないけど……? ところで俺が『数秒も持たない』って言ってた攻撃はいつしてくれるんだ……?」

 あまり虐める気はなかったが、俺は挑発を重ねてみた。

 もちろん相手の意志を(くじ)くためだ。


「ロウラン……凄いニャ……!」

「ただでさえ異常な攻撃力を誇る奴の『物理魔法』に『魔力剪伐』まで重ねられているのに……! オレは夢を見ているのか……?」

「さっきの服が変化する魔法にもビックリしたけど、あのレベルまで肉体を強化する魔法が使えるなんて……!」

「これ……ほんまに勝てるんちゃう?」


 もう、みんな褒めすぎ。

 さすがに恥ずかしさで赤面しそうだ……。


 ……いまもずっと『ゴンッ……ゴンッ……』と絶え間なく石を送り続けている『バルログ』は、急に怪しげな笑みを浮かべ口を開いた。

「貴様の防御力が高いのは分かった……だが、これならどうだ……!」


 『バルログ』は左手のひらに力を込めるような身振りをすると、地面を照らす光は一瞬のうちに輝きが増した。

 そして、いままで送り続けられていた石からはフッとオーラのようなものが消え、その場にごろごろと慣性の法則を残しながら散らばり始めた。

 投石の魔法は一時中断したようだ。


 しばらくすると、『バルログ』の傍にある地面はぐらぐらと揺れ出し……次第にヒビが割れ、大きい球体のような物体の姿を見せ始めた。

 周りの土を散らしながら徐々に姿を現したそれは……とても艶のある輝きをした、いかにも純度の高い鉱石ですと言わんばかりの大きな黒い岩だった。


「へえ、結構大きな石だな……直径50センチメートルくらいか? ところで輝きが凄いけど、それって何の石だ?」

 俺がそう呟くと、エルという名前の実況解説の人が即座に反応してくれた。

「あれは……! 『鉄隕石』だ! そうか……この森には鉄隕石が多く含まれる場所がいくつかある……! 奴はそのためにあの場所まで移動したんだ!」

 納得のいく説明ありがとう!


「我の放つ『大投石魔法(カタパルト)』はただ投石をするだけの魔法ではない……! たとえその場にあるただの石ころであろうとも、我が膨大なる魔力を付与することでミスリル銀をも凌ぐ超硬度の物質に練り上げることができる……! それと同じ魔力を、元より超硬度を誇る鉱石に付与すれば……。あとは……分かるな……?」

 うん!


「いいからさっさとやれよ。見たいんだよ、お前の『本気』をさ……。今度こそがっかりさせないでくれよ?」

「貴様……!」


 これだけ煽ればあの鉄隕石とやらを超高速で投げてくれるだろう。

 俺は何があってもダメージを食らわないから別にだらけたままでも良いんだが、どうせだ……一つ実験をしてみたい。


 俺は服の袖の一部を千切って握り、「ケアリングウェア! 『ブラックジャック』に変化せよ!」と唱えた。

 すると、ものの数秒で白いゴムボールは殴打用の武器であるブラックジャックに変化していった。

 今度の色は黒だ。なんてったって『ブラック』だからな。


 ブラックジャックとは太めの警棒のような武器で、要するに野球用バットのようなものである。

 しかし、これは他のどんな武器よりも異なる性質がある。……それは『柔らかい』武器であることだ。


 元々、ブラックジャックというものは革でできた細長い入れ物に砂を詰め込んだものだ。表面は革だけあって揉むとわずかにぷにぷにとしている。

 この中身は本来であれば砂だ。しかし、ケアリングウェアでまともに現実世界の砂を模倣すると『アスタロイド』においてはまだ全然硬すぎるだろう。

 なので、変更後のイメージとしては2センチメートル大のふわふわクッションが何十個も入っているというようなぷにぷに感、それを具現化して中に詰め込んでいる。

 ケアリングウェアは固体でさえあれば、食べ物以外はイメージ次第で割と何でも作れるのだ。

 強度が激弱(げきよわ)なのは変わらないので、力を込めて引っ張るとビリビリ破れてしまう。しかし、ここはさらにか弱い『アスタロイド』だ……事実上、どんな奴にも千切られたりしないだろう。千切られもせず、それでいてふわふわクッションのような柔らかさを実現した。


 で、なぜここまで柔らかいものを作ったかというと、俺は奴が投げてくるであろう鉄隕石とやらを打ち返したいからだ。

 普通にバットを作って普通に打ち返していたら粉々に砕け散ってしまうだろう。そうなったら面白くない。

 そもそもさっきまで普通に身体にぶつかっただけで石はもれなく粉々に砕け散っていたからな。

 今度の鉄隕石はさっきの石より硬いだろうが、念のために身体より柔らかいものを新たに用意したかった。


「というわけで柔らかさチェック!」俺は作ったブラックジャックを少し力を込めて握った。

 『もふぅぅ』と空気が抜ける音が聞こえる。うん、柔らかぁい!

 何度も手でもふもふすると『もふもふもふぅぅ』と立て続けに音を出してくれる。

 はぁ……癒やされる……。もふったあとに手を離すと聞こえる、空気をキューッと吸い込む音も可愛い。なかなかもふりがいがありますね。


 しかし、少し握っただけでまっすぐなバット状だったものが直角に折れ曲がってしまうではないか……。

 柔らかすぎるがこれで本当に打ち返せるだろうか?

 ……とまぁ、これくらい心配するほど柔らかくしておけば大丈夫だろう……。

 いくら手のひらの異世界『アスタロイド』だといっても、この柔らかさの前にはどんなものでも古今東西森羅万象、総じてもふられてくれるはずだ。


「貴様の(おご)り高ぶったその表情を失意の底だまりへと変えてくれる……! そして我が魔力の前にこうべ(・・・)を下げよ……」


 『バルログ』はそんな強言を吐くと、少しの間だけ歯を食いしばってからその大きな口を開けた。


「はぁあああッ!!」


 すると、『バルログ』は右手で押さえるようにしていた左腕からその一瞬、突風のように蒸気を噴射して鉄隕石を俺の方向へ弾き飛ばした――。


 鉄隕石はほぼ俺の目線上にあったため、丸の形をした黒い固まりが徐々に大きくなっていくように感じられた。

 それはかなり速いスピードであるはずだが俺の感覚はすぐにそれに追いついたようで、知覚可能で反応可能なスローモーションの光景に変換されていく。


「よし……ストライクゾーンだ……。あまり身体の位置を動かさなくてもそのままバットを振ってホームランを狙えるちょうど良いポジションだ……!」


 俺はブラックジャックを形が変わらないように慎重に握り、ストライクゾーンにボールがやってくるタイミングを見計らってからバットのように思いっきりスイングした。


 『バギンッ!!』

 あっ……。


 ブラックジャックと当たった瞬間、大きめの金属音とともに鉄隕石はまるごと粉みじんになってしまった――その粉塵は俺の前後上下左右にバラバラに吹き飛んだ。


 ……これでも駄目なのか……。

 一生懸命頑張って考えたのにまた粉々になってしまった……。

 これは『課題行き』だな。


「――――ッ!!」

 『バルログ』は今回の攻撃こそ自信があったのだろうか、とても意表を突かれたような表情をしていた。

 目は丸くなり、口は上下の歯が見えるほどにあんぐり開いていた。

 馬みたいな顔のくせに漫画みたいな表情をしてるけど、その顔の筋肉はいったいどうなってるんだ?


「ゲホッ、ゲホッ……。凄い……ロウラン……。なんて力なんだ……」

 あ、粉塵がそこまで行ってしまったか。マスクは持ってないよな……ごめん。


「……『バルログ』、お前の魔法は硬い石を脆くする魔法なんだっけ? まるで砂上の城だな。シロアリが巣くって基礎がガタガタのスカスカだ」

 とりあえず敵への挑発は忘れない。挑発は基本。


 ……そろそろ心挫けてくれよ。変な台詞を考えながら喋るのは結構疲れるんだよ。もうネタが尽きそうだ。


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