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第5話 アベンジャー

 森の中で化け物と戦っている『フェムト』は全員で4人だった。

 彼ら『フェムト』は――呼称として末尾に『風』が付くが――それぞれの見た印象から剣士、拳法家、神官、魔法使いの4人といったところだ。


「ずいぶん、『ハイオーク』が多いな! 討伐依頼を受けて来て正解だったぜ。街には絶対に入らせないぞ!」と剣士風の『フェムト』はそう言いながら、 目の前にいる数体の化け物めがけて何度も剣を振るっていた。化け物は金属製のプレートを装備しており、たまに剣とぶつかれば鋭い金属音を森中に響き聞かせていた。


 それに呼応するように、背後にいた魔法使い風の『フェムト』も口を開く。

「『エル』! あんまウチの射程圏内に入らんといて! 魔法撃たれへんやん」


 『魔法』……いまハッキリそう言った!

 期待通り、魔法の存在する世界らしい!

 心臓が期待でドキドキと脈打った。ノルアドレナリンがぐんぐん分泌されていく。これが夢の途中なら脳髄が覚醒して覚めてしまうところだ。

 ……そういえば、魔法も魔法で大いに気になるところだが、『アスタロイド』の住人はどうやら日本語で喋ってくれるらしい。さっきの『マイクラース』にいたアメリカ人だと、映画と違って日本語吹き替え音声で喋ってくれなかったのでこの親切設定は嬉しい。


「『ディアナ』、バフの効果が切れそうだニャ! もう一度援護魔法を頼むニャ」

 拳法家風の『フェムト』が言った。……あれ? この『フェムト』だけ少し変わった風貌をしているな。

 頭に『もふもふな耳』、お尻に『もふもふなしっぽ』が付いている。

 もふもふ祭りや!

 そして手の指には『鋭い爪』が付いている。そこはもふもふではなかった。


「分かったわ『ラニ』。任せて!」

 神官風の『フェムト』がそう答えると、その手に掴んでいた30センチメートルほどの大きさのメタリックな十字架を空に掲げていく。

 そして脚を開き腰を落としてもう片方の腕を後ろに引いて口を開いた。

「『活力向上魔法(チバリヨー)』!」

 そう叫んだ神官風の『フェムト』は空に掲げた十字架と入れ替えるようにしてもう片方の手の握りこぶしを頭上へ殴るように掲げ、身体を弓の形にしならせた。


 すると、その握りこぶしから眩しく青白い光を出すねばねばした液体がどんどん湧いてきた。十字架はあんまり関係なかったようだ。

 そしてそのねばねばしている青白く光った液体は、すぐに霧状に変わって4人の『フェムト』それぞれの身体に向かって勢いよく射出し取りついた。


 それぞれの『フェムト』にまとわりついた光る霧はそのまま身体へと徐々に吸収されるように消えてなくなっていく。

「テンション上がって来たニャ! 『ディアナ』、ありがとうニャ!」

「さあ、だんだん敵が増えてきたわよ……あ、『ラチャ』! 後方に『ハイオーク』3体が来てる!」

「任せて! ウチの『攻撃魔法』で消し飛ばしたるわ」


 『ラチャ』と呼ばれた魔法使い風の『フェムト』が後ろを振り向いてから自身の杖を持っている腕を敵の方向に突き出したあと、杖を横に傾けその側面をもう片方の手のひらで押し付け、なにやら精神を集中させているかのような表情をする。


 ――さっきの『援護魔法』も見ていて凄く興奮したが、やはり『攻撃魔法』もあるんだ……。

 どんな魔法を使うんだろう……!


「『ディアナ』のバフのおかげで精神テンションは絶好調や! いくで……!」そう呟くとその『フェムト』の前方、何もない空中から光る黄色い魔法陣のような模様が浮かび上がり、徐々に周囲をその色で強く照らし始めた。「爆ぜて消し飛べや! 『中級爆撃魔法(ヴズルイフ)』!」


 そう唱えると杖に押し当てた手のひらからは、まるで大砲でも発射されたかのような仰々しい破裂音と黒煙を纏い、眩しい閃光を化け物の方向に向けて発射していく。その閃光は文字通り光のスピードで、一瞬にして『ハイオーク』と呼ばれた3体の化け物の巨体を全て粉々に爆散させた。爆散した跡地には血の一滴もなく、代わりに焦げた黒い肉片と乾ききった血と思われる赤黒い粉が前方放射状に散乱していた。


 ――凄い……! これが『魔法』……?

 もしかして人間の俺より、この『フェムト』のほうが強いんじゃないか?


「よっしゃああ! 決まったで! 見た、見た? 今の。『エル』?」

「凄い魔法じゃないか! 『ラチャ』。さらに魔力を磨いたな。中級魔法とは思えない威力だったよ。オレも負けてられないな」


 剣士のほうは、そうは言いながらも他の者がわちゃわちゃしてる間に黙々と『ハイオーク』を処理し続けていたようで既に圧倒的な数を倒していた。


 さらに別のほうでは、『ラニ』と呼ばれたもふもふの『フェムト』も活躍しており、素手で『ハイオーク』を次々となぎ倒している。攻撃方法としては『ハイオーク』に飛び掛かって『ウニャニャニャ』と叫びながら相手の顔を猫のようにガリガリ引っ掻くというような一見可愛い攻撃である。だが、やられた『ハイオーク』の顔を見るとぐちゃぐちゃに引き裂かれた状態だったり、頭蓋骨を掘られて(・・・・)脳髄が露出していたりしてかなりグロい……。それでいて『ラニ』の爪は全く刃こぼれしておらず、まるで鋼鉄の硬さを誇っているようだった。


 生き物が死ぬシーンを見るのは俺は実はかなり苦手だが、ここはファンタジー世界で相手は『オーク』、つまり物語の敵であり魔物だと考えることで不思議と見られるようにはなった。

 また、『マイクラース』で先生が実演した『最初の授業の洗礼』で感覚が麻痺しているせいでもあるかもしれない。


 ……でも今日は初めて魔法を生で観られたので気分自体は最高に良い! 魔法は映画より凄かった!


「だいぶ『ハイオーク』も残りの数が減ってきたみたいね。足元が『ハイオーク』の死体だらけで少し歩きにくくなるくらいだもの」


 そう言って神官風の『フェムト』は魔物の死体を避けながら『エル』と呼ばれた者の元へと駆け寄っていく。

 ……すると――。


「『ディアナ』! 危ない! 『ハイオーク』が一体起き上がってくるぞ!」


 『エル』がそう叫んだとほぼ同時に、神官の『ディアナ』の足元から一体の『ハイオーク』は急にむくっと起き上がり、膝を地面に付けたまま手に持っている斧で『ディアナ』に襲い掛かった!

 ――しかし、『ディアナ』は『ハイオーク』に背を向けたまま、一瞬で横にくるりと廻って移動し斧を避ける。

 そして避けながらもスタイリッシュに、メタリックな十字架を手に持ちそれぞれの指をうまく使って片手で器用に十字架を『分解』していく。


 その十字架はどうやら仕込みナイフだったようで、長い方の柄はそのままナイフの鞘となっていた。むき出しになった刀身はキラリと光っている。

 それ、武器だったのかよ。


「死ねやあ!」と、『ディアナ』がそのきれいな風貌に似つかわしくない言葉を叫びながらその仕込みナイフで『ハイオーク』の後頭部をめがけて振り向きざまに勢いよく刺し込んだ。十字架のナイフは骨を避けて刀身がほぼ全て刺さっていたので、どうやら脳髄にまで届いているようだった。

 そして『ディアナ』はその刺し込んだナイフの持ち手である十字架部分を掴んだままグリグリとこねくり回し、ずっと無口を貫いていた『ハイオーク』に初めて「あ……あ……」と声を発させた。しばらくすると『ハイオーク』は力なく倒れていった。どうやら絶命したようだ……。

 おいおい、絶対こいつが一番ヤバい奴だろ。


 剣士のほうは安心したのか、それを見た後に淡々と『ハイオーク』たちを処理していき、やがて生きている個体は全員いなくなった。


「ふう、終わったー! みんなお疲れ様!」剣士が明るく大きな声で戦闘終了を宣言した。

「そやな、みんなほんまお疲れ! 城の兵士でも倒すのが難しい『ハイオーク』をこんなに退治できるなんて、ほんまウチらは最強の『冒険者』やなぁ」

「わたしたちはギルドメンバーとしての最高等級である『A級』の『冒険者』パーティだからね」

「そうニャ。事実上、この国で最強の集団だニャ! 城の精鋭部隊はここまで来てくれないから、ラニたちはこれからも頑張るのニャ!」


 4人は思い思いにお互いの健闘を讃えあい歓談をしていた。

 正直、確かに凄かった。

 特にあの爆発を引き起こした『魔法』……!

 俺がいままで観たどんな映画よりもわくわくさせてくれるものだった。

 もっと観察して、もっと観てみたい。

 まるで映画のスクリーンの中に乱入してしまった一般人のように、はたまた戦地に赴いた戦場カメラマンのように俺はまじまじと観察を続けていた。


 剣士たちはそれからさらに30分程度談笑を続けた。

 俺はその間にもずっと彼らの会話を聞いていたので、それぞれの『フェムト』がどういった名前か分かるようになってきた。


「さてと……。じゃあ街に戻ってギルドに報告して酒場で一杯やるか」エルは大きく伸びをしてそう言った。

「今度は誰の奢りで行くニャ?」

「今回もオレの奢りでいいぜ」

「さっすがエル! 愛してる~!」ディアナが両手を組んで嬉しそうにそう言った。

「ウチも愛してる~!」ラチャも両手を合わせて嬉しそうに言ったが、こちらの両手は組むというよりなにやら商売屋のように手を揉み合わせている。

「ラニも愛してるニャ~!」ラニも両手を組んで嬉しそうにそう言った。すみません、あなた爪にめっちゃオークの血肉付いてますよ。

「おいおい、調子いいねぇ……。でも報酬はたぶん今日はまだもらえないからお手柔らかに頼むぜ?」

「なんでまだもらえないのニャ?」

「だって今回は討伐対象が多過ぎてそれぞれ身体の一部を証拠に持ち帰ろうにも荷物になるだろ? その場合は後日ギルド経由で派遣された調査団によるチェックになるはずだから報酬を得るのはもうしばらくあとになるんだ」

「じゃあ報酬もらったらまた飲みなおそうや。二次会や、二次会」

「わたしは城下街のバーが良いな~!」

「はいはい……」


 エルたちはどうやら街に向かって歩き出したようだ。

 すると――。


「……下劣な人間どもが…………!」


 とても低く、よく響く声で誰かがそう言い放った。……今度はこの4人の誰かが喋ったというわけではないらしい。

 また、落ち着いた喋り方なのに異様によく響く声だったので人間のような小さな声帯で発した声とは到底思えなかった。

 森中が不穏な空気となり、木々に止まっていた鳥たちが一目散に逃げ出していく。


「……誰だ! この声は――魔物か!?」


 エルは抜刀し、声がするほうに向かって剣を構える。

 ほかの3人も先ほどの談笑の時とは打って変わって全員真剣な表情を顔に貼り付けている。


 前方にある木の陰から、先ほどの声の主であろう巨大な魔物らしき影が伸びた。どうやらエルたちに向かって徐々に歩を進めて来ており、足で地面を踏みつける度に森中に地鳴りのような音が轟いていた。

 そして完全に姿が見えるようになると、その圧倒的な巨体に俺も息を飲んでしまう。先ほどの『ハイオーク』と呼ばれた魔物も大きかったが、あれはさらに大きい。おそらく5メートルを超えている。

 その魔物は『ハイオーク』に比べると全体的に細身ではあるが筋骨隆々で背筋はピンと張っており、筋肉の筋が肌の表面にまで隆起している。また、ヤギのような巻き角を生やしている頭部は細長く馬のようであり、腰には大剣を入れた鞘を携えている。


「喋る……『オーク』……?」ディアナは怪訝な顔をしていた。

「全滅させたと思っていた『ハイオーク』の親玉かニャ……? でも、『ハイオーク』よりデカいニャ」

「……いや……あれは…………!」エルはさっきまでの勝気な表情とは打って変わって恐怖の混じった表情をしながら喉を鳴らして言葉を続ける。「オーク『最上位種』の……『バルログ』だ!!」


 エルの『バルログ』という言葉を聞いた瞬間に、ほかの3人全員がフリーズしたように表情を引きつらせた。


「『バルログ』……! あの、一国を滅ぼしたという……」

「おとぎ話じゃなかったんやな……」

「ああ、間違いない。おとぎ話なんて言うほど昔の話じゃない……オレは子供の時にあいつを見たことがある。あいつはいとも簡単に街一帯を燃やし滅ぼした……。みんな、あの『大剣』には気をつけるんだ……!」


 『バルログ』と呼ばれた魔物はエルたちの数十メートル手前で立ち止まり、その口を開いた。


陋劣(ろうれつ)なる貴様ら人間がどういうわけか我の名を知っているとはな……。その通り、貴様らが殺めた我が同胞『ハイオーク』たちの長、『バルログ』だ……」


 恐ろしく響くその声はとても暗く、憎しみが込められていた。


 エルは『バルログ』が自分たちに敵意を抱いていることを確認すると、汗をかきながらディアナのほうに振り向いた。「ディアナ……『魔力防御』を頼む……」

「分かったわ……」そう答えるとディアナは左手でもう片方の腕を掴み、右手のひらを開いて詠唱のような言葉を唱える。「『神聖防御魔法(セーファウタキ)』」


 すると、ディアナの右手のひらか朱色をした薄い膜のようなものが射出され、そのまま4人をふわりと包み込んだ。朱色をしていたのは最初だけでしばらくしてから無色透明になっていった。


「……命の重さを量る天秤は既に地に着いた。もはや貴様ら4つの命を狩り取るだけでは我が同胞たちの命の重さとは釣り合わん……。貴様らを殺し、貴様らの国の人間たちもまた殺す。国に住まう人間全員の命を供物として捧げても同胞たちを乗せた命の天秤はわずかにも動じないと知れ……」


 『バルログ』は右手を腰に当て、やや中腰の状態となり左肩から左腕までをだらんと下げ、左手の甲を膝の位置にもっていくとそのまま腕を右回転に回し手のひらをエルたちのほうに向けた。

 どうやらこの魔物のほうも魔法を使えるのか……? 姿勢を下げているのは人間との身長差からだろうか。


「『バルログ』……! やはり魔法まで使えるのか。みんな、十二分に用心してくれ……!」


 エルの言葉を受け、全員が来る魔法攻撃に身構え始めた。

 ――そして、『バルログ』の左手のひらは土色に輝き、いかにもこれから魔法を唱えようということを示唆していた。


「脆弱なる人間どもよ……無様にその脳髄をまき散らし物言わぬ木偶(デク)となれ……『大投石魔法(カタパルト)』!」


 そう叫んだ瞬間、左手のひらの土色の輝きが閃光となって前方の地面一帯を照らしだした。

 照らされた地面は次々と大小問わずに石を吐き出していく。吐き出された石はそのまま空中に留まったかと思えば、『バルログ』の左手のひらが向き示した方向へと一気に尋常ならざる速さで弾けるように吹き飛んだ――。


「マズい、『物理魔法』だ! ディアナ、後ろに下がれ! 『魔力防御』は効かない!」

 エルはそう叫ぶと、爆ぜるように数メートル前方に走っていった。

 そしてピタリと立ち止まると、自身の左肘の部分を魔物に向けてその口を開く。

「『大盾防御魔法(ジュリヌクーガ)』!」


 すると、肘の部分についていた小さな盾のようなプレートが一気に縦横3メートル四方にまで巨大化し、エルの前方を覆った。縦方向にも3メートルまで伸びたために3分の1ほどは地面に突き刺さっている。


 大盾が出現したのとほぼ同時に、魔法によって射出された大小の石が次々と大盾に着弾していく――。

 着弾する度に分厚い金属製の大盾は激しく振動し、大盾が突き刺さった地面の隙間を広げていく。

 そして、その分厚い装甲であるはずの大盾は激しい振動と同時に大きなへこみを作っていった……。


「おおお! 嘘だろ、なんてパワーだッ! 魔力付与した純ミスリル製の盾だぞ!? 投石で壊していくなんて!」エルは大盾を両手で押さえながらそう叫んだ。


 エルの大盾は次々と大きなへこみを作られ、削り取られていく。

 そして、ついにはいくつかの投石が大盾に穴を空け貫通するようになり、4人の身体のすぐ近くを掠めていくようになった。


「駄目だ! 盾がもう持たない! みんな横に飛べ!」

 エルは大盾を地面に突き刺したまま置き去りにして右方向へと跳んだ。

 ほかの3人も合わせるように同じ方向へと跳んでいく。その方向は大きめの木々がある場所のため隠れやすく、守りに適している場所だった。


 エルたちが林の中に身を隠したことを確認すると『バルログ』は使用していた魔法を一旦中断した。

「木々にその身を隠しても無駄なことだ……。同胞たちのいないこの森に未練はない。我はこの地を、この国を全て燃やし尽くす……。人間を溶かして燃え上がるその劫火(ごうか)でもって同胞たちへの鎮魂としよう」


 『バルログ』は腰に携えていた重厚な鞘を紐解いてその手に掴み、自身の目の高さまで持ち上げた。

「魔大剣『タングオブファイア』、我の血と魔力をすすり目覚めよ。そして醜穢(しゅうわい)なる愚かな人間どもにその威光を見せよ……」


 そう言いながら『バルログ』は鞘から大剣を引き抜いた――。

 引き抜いたその瞬間に、どこにそんなスペースがあったのか大剣の鍔から数本の鞭のようなものが飛び出していき、剣から離れるように円周上にピンと張り出していく。

 鞭の根本は鍔と繋がったままであるため、離れることはなかった。そしてそれぞれの鞭の頭が蛇の頭の形に変わり始めると張り詰めた身体が解かれていき、大剣を持っている『バルログ』の右手首から上腕部にかけてそれぞれがぐるぐると巻き付いていく。蛇の身体で右腕がとんと埋め尽くされてからしばらくすると蛇の頭が次々と腕の表面を噛み千切り、滴る血を一滴も逃すまいとごくごく飲み始めた。


 ――すると、エンジンがかかり始めたかのようにその大剣の刃先から徐々に炎が灯り始め、やがて刃の全身が全て燃え上がり始めた。

 『バルログ』はまるでその剣に人格があるかのように語りかけていく……。

「人間を焼いて溶かせ。『タングオブファイア』」

 そう言い終わると大剣を構え、エルたちが隠れ潜んでいるであろう木々に向かって薙ぎ払った。


 あれも……『魔法』なのか?


 大剣から、まるでゼリーのような粘着性のある火の色をした液体が燃えながら水平に放たれていく。

 放たれたゼリー状の火は木々に触れても動きを留めたりはせず、完全に貫通してそれぞれが地面にまで着地した。

 貫通された木は水平に切られたような形になったため、倒壊を始めていた……燃えながら……。


「あ、クソ……やりやがった……!」エルの声が聞こえた。ただし、木々に隠れているため俺からはその姿を確認できない。それはほかの3人も同様だ。

「アカン、見た目はしょぼいのに『上級魔法』にも匹敵する魔力を感じるで! しかも……なんて熱なんや!」

「熱い……! 凄いスピードでどんどん火の範囲が広がっていってる……! 早く逃げないと!」

「熱いニャア! 土をかけて消すニャ!」

「待て! 絶対にそのねばねばした『赤い液体』に近づくな! そいつは触れるものを全て燃やしてどんどん増えるんだ! 一度身体に付いたら全身が燃え尽きるまで絶対に消えない! 後ろに退くんだ!」


 エルの言っている通り、その赤い液体はどんどん自身を増殖させて範囲を広げている。

 奥の木々の密集しているところに投げ入れているにも関わらず、もう俺から見える場所にまでその姿の一端を出してきている。いまの全体の大きさがどうなっているかはとても想像がつかない。


 それにしてもこの『バルログ』、とんでもない復讐心だな。まさに『リベンジャー』といったところか。

 ……いや、『仕返し(リベンジ)』というより『仇討ち(アベンジ)』といったほうがより正確かな……?

 なら、『アベンジャー』だ。

 話を聞く限り、それなりの正義感でやっているようだしな。人間……『フェムト』にしちゃただのとばっちりかもしれないが。


 ――森に撒かれた液体は木々を次々と燃やし、周囲を赤く染め始めていた。

 俺はそんな光景を見ながら、その場を動かずに観察を続けている。


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