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第3話 老人と嘘

「わけ分かんない授業だったよねー」

『ねー』

「最後の授業は完全に話の腰を折ってたよねー」

『そうだねー』

「マイクラースの授業だけで一日が終わっていれば締まりが良かったのにねー」

『そうだよねー』


 夕暮れ時、俺は自分の部屋にこもり『ケアリングウェア』と会話している。もとい……腹話術をしている。

 他人に見られたら奇異に見られてしまうだろう。だからいつも部屋に帰ってから会話をしているんだ。

 会話している……と言っても『ケアリングウェア』は喋ったりしないし笑ったりしないし泣いたりもしない。

 主人の命令通りにその形を変えるただの服でしかないのだ……普通の人にとっては。


 『ケアリングウェア』というのはアーティファクトの一つだが、これは他のアーティファクトと違ってグレードとは関係がなく全員が必ず支給されているものだ。

 いろんな形に変化できる機能はもっぱら着るためのものだが、俺は毎日帰宅するたびにこうやって『ケアリングウェア』を動物の形に変えてお話しをしている。

 小さい頃からの習慣で、ずっとこの奇行をやっていたものだから、いつのまにかこれをしていないと精神的に落ち着かない身体になってしまった。


 人間は頭では駄目だと思っていても身体が勝手に動いてしまうことがよくある。習慣は人を奴隷にするのだ。

 習慣による行動は習慣をさらに強固にし、やがて完全に固定し人生の一部となる。


 自分でもこれは病気かな? と思って調べてみたらどうやら俺は本当に病気らしい。

 この病気は『ライナスの毛布』といって、異常なほど特定の物に執着する人のことをそう呼ぶのだそうだ。


 しかしながら俺はこの習慣をやめるつもりは今のところない。

 俺の結論としては『他人に迷惑をかけなければそれで良いではないか』である。

 俺が『ライナスの毛布』病を患っていようが何をしようが他人に迷惑をかけなければ何の罪にもならないだろう。 


 ちなみに『ケアリングウェア』と話をする時はいつもフェネックの姿に変化させている。

 犬と猫を足して2で割って耳を大きくさせたような動物だ。とてもかわゆい。はぁ……落ち着く……。

 しかもその毛はとてももふもふ(・・・・)している。

 『ケアリングウェア』は服に特化したアーティファクトなので肌触りも形も自由自在だ。

 『毛布』なんかよりも非常に『もふもふ』としているんだ!


「マイクラースでの授業は面白かったなー。あのアーティファクト欲しいよねー」

『欲しいよねー! もうアーティファクトショップで買っちゃっても良いんじゃない?』

「でもいまのポイントじゃ難しいよー。きっと高いよー。あとそれ以前にあのアーティファクトはグレード5専用だから買えないよー」

『グレードはいくつになったの?』

「グレード3だよー」

『グレードが上がったんだったら品揃えも変わってるだろうし、グレード3で似たようなものがあるんじゃない?』

「それもそうだねー。見るだけ見てみようかー」


 と言うわけで外出することにする。外出したら『ケアリングウェア』とは(周囲の目が気になって)お喋りできないが、ほんの数十分程度お店に冷やかしに行くだけなので問題ない。


「『ケアリングウェア』、元の服に戻ってー」


 俺がそう呼びかけると、フェネックの形をした分体が白いガム状の物体に戻り、俺の服にくっ付いてそのまま吸収された。


「服装は学園服の形状のままでいいか……別の服をイメージするのも面倒くさいし」


 俺はベッドの上に転がっていた携帯端末を拾うとそのまま玄関まで向かった。


安居院(あぐいん)楼蘭(ろうらん)です。外出を希望します」


 俺が玄関で呼びかけると天井からぶら下がっているモニタはすぐに反応した。

「外出の目的はなんですか?」

 自動音声が俺に質問をする。

「買い物です」

「所要時間はどれくらいですか?」

「30分……いや、1時間くらいは出たいと思っています」

「要望を受け付けました。しばらくそのままでお待ちください……」


 モニタには白地の赤文字で『。*:゜☆★判定中です★☆゜:*。 しばらくそのままでお待ちください……』と書かれた映像が流れている。

 いつも思うんだけど、要望を受け付けてからのこの微妙な間は一体なんだろう。

 ここだけ機械じゃなくて人間が判断してるのかな。


 1分ほど経ってから自動音声が再び流れ出した。

「承認されました。外出を許可します。本日の門限は19時です。外出中、時間内に戻ることが難しいと分かった場合はコールしてください」


 基本的に承認されないなんてことはないんだから玄関から勝手に出られるようにしてくれれば良いのになぁ。


 ガチャっと玄関のドアが開く。

 その先はまだ外ではなく、移動用ポッドの入り口があるだけで、乗ったあとにここから更にビル内をぐるぐる回ってやっと外に出られる仕組みである。


「そういえばこのビルって何人くらい住んでいるんだろう。1000人? 2000人? それとも案外俺らのクラスの30人だけかも」

 そう言いながらポッドに乗り込んだ。ドアは自動的にガチャンと閉まって移動を開始する。

 せめてポッドの中に窓があれば移動中の景色を楽しめるのに……。



 *



 『第三居住区付属商業エリアE』という場所に流れ着く。

 3つ目の移動用ポッドが到着の合図を鳴らし、ドアが自動的に開く。

 着いた、やっと商業エリアだ。

 最初の移動用ポッドは居住ビル用で、その後に他のエリアへ接続するインターチェンジ専用の移動用ポッドに途中で乗り換えて、目的地のエリア内でもさらに移動用ポッドに乗り換える。合計2回の乗り換えではあるが所要時間は5分程度だった。


 このエリア内には複数のアーティファクトショップがあるが、俺はここから一番遠い方のショップに行くことにした。

 時間に余裕があることもあるが、本当の理由は歩きながら少し考えたいことがあるからだった。


 それは今日の最後の授業のことだ。

 先生が言っていた俺たちの『身体の秘密』の内容は、正直ちんぷんかんぷんだった。おそらくそれは生徒たち全員が同じ気持ちだっただろう。

 だからこそ質疑応答の時間が5分で打ち切られたんだ。ほとんど誰も質問しなかったから。

 そもそも本来『質問をする』という行為には動機となりうるものがおよそ2つしかない。『興味のある事柄だから』と『身の危険を回避したいから』の2つだ。

 今回の『身体の秘密』にはその両方ともがなかった。


 もし、内容が『君たちの身体には爆弾が仕掛けられている!』であれば質問のオンパレードだっただろう。『どうやって解除をするんですか?』『なんで爆弾を仕掛けたんですか?』『いつ爆発するんですか?』などなど、生徒たちみんなが人生史上一番必死になること間違いなしだ。それと同時にきっと人生の意味についても必死で考えるモチベーションにもなっただろう。


 でも先生の言ったことは全然そんなことでは無かった。もっとも想像の外側、その発言の尺度を測る最低限のものさしとも言える知識すら俺たちにはないんだ。

 案の定、クラスメイトたちも(俺も)ポカンと口をあけた。とにかくわけが分からなかったからだ。


 ……歩いて考えをまとめようと思ったが、やっぱり無理そうだ。

 考えをまとめるためのとっかかりになる最低限の知識すらない状況だとどんなに考えたって堂々巡りだ。解読不能。

 いつもの先生ならちゃんと意味があって生徒に考えさせようとする授業の進め方をするから、今日の始末は本当に意外だった。

 授業のカリキュラムで組まれていて仕方なく……という気持ちがよどみなく伝わってくる。本当に義務感だけで言った感じだったからだ。そう思うとだんだんと心が暗くなる。


 俺の脳髄は考えをまとめることができず、じめっとした思考の海の中でただ無抵抗にいらいらとしていた。まるで黒々とした湿ったもやもやの雲に頭を包まれて、その脳髄めがけて黒いオイルを次々と水鉄砲で射られてびしょびしょにされているようだ。無抵抗を決断した脳髄、その潔さ…………その愚かしさ…………。


「あーやだやだ。楽しいことだけ考えよう!」


 俺は考えを切り替えることにした。

 そういえば『マイクラース』の授業で先生が言っていた。『ケアリングウェアがこんなに元気に動き回れるのはこの世界だけかもね』と。

 俺は俺の『ケアリングウェア』が元気に動いているところが見たい! そういう意味でも本当に『マイクラース』が欲しいなと強く思った。


 そうこうしている内にようやく目的のショップが見えてきた。マップで見た感じよりも案外すぐ着いたな。

 そのショップの風貌は、無骨な骨組みの上に黒いテントのシートようなものが幾重にも不揃いに重なっていて、一見すると怪しい占い屋のようである。

 また、入り口らしき部分の上にショップの名前が書かれた看板があった。上に小さく書かれた英字と大きく書かれた日本語があり、英字は『Strange Circle』、日本語は『奇妙丸』と書かれている。なんつー名前だ。もう少しマシな漢字があっただろう。


 その『奇妙丸』の中に俺はゆっくりと入っていく。照明はついてはいたが、かなり薄暗かったので一応警戒しておく。

「ごめんくださーい! ここってアーティファクトショップで合ってますかー?」

 とりあえずここが本当にアーティファクトショップかどうか確認してみる。看板には店名しか書かれていなかったことから、そもそも目的の店ではない可能性があったからだ。


 店内にはパーティションの代わりにカーテンのような布で仕切ってあり、奥まで見渡せないようになっていた。

 さらには通路となりうる部分ですら暖簾(のれん)のように布が垂れ下がっているため、さらに視界がわるい。


 ……ところで、先ほどの俺の問いかけには返事がなかったようだ。


 鍵とかがあるわけもないし、なんと不用心な……。

 俺は興味本位で中に入ってみることにした。

 

 薄暗いレベルの明かりがあったのは最初だけで、少し中に入ると奥は非常に暗かった。というか照明がついていない。

 しかし、それがどうしたと言わんばかりに俺の身体は遠慮なく歩を進め始めた。

 俺の身体の中には『好奇心』という名の魔物を飼っている。これが俺の身体の秘密だ!


 暖簾を抜けた通路の先は、さらに暗く光という光が全くなかった。また、床の立て付けが悪いのか先ほどから足元がギシギシと音を立てている。

 なんだここは? お化け屋敷か?

 怪しい雰囲気を感じつつ、全く光のない通路を進むとまた同じような暖簾にぶつかったようで顔にふわりと布の当たる感触があった。

 その布を手探りで見つけ、ゆっくりとめくってみる。


 すると、暖簾を完全にめくった瞬間に急に下から懐中電灯のようなものがピカァっと光って天井を照らしだした。

 ――目の前を見ると怪しい老人がこの場所の雰囲気に不釣り合いなほどに不気味な笑顔で存在しており、懐中電灯はその人の顔を下から照らしていた――。


「うわあああああああああ!!!!」


 俺はそう叫ぶと後方にドタンと漫画みたいに倒れた。

 お化けか!


 そう思っているとケタケタと笑う声が響いた。


「あーはっはっは、そんなに驚くことはないじゃあないか」


 そんな台詞を言うのはさっき自身の顔を懐中電灯で照らしていた老人だった。

 老人はいひひと笑いながらパチっと横にあるスイッチを入れると、薄暗いながらも明かりがつき始める。

 ……要するに老人のおふざけにびっくりして俺はまんまと悲鳴を上げてしまったということらしい……。

 冷やかしに来たつもりが、逆に冷や水を浴びせられるとは……。


「ひーひっひっひ、おかしー」


 老人にしてはいやに軽いノリだ。

 人間は歳をとるにつれ老練し、少々の事にも動じないどっしりとした不動の精神を手に入れると聞いたことがあるが、ノリについても同様かどうかは学んでいなかった。案外、ノリは軽くなっていくのかもしれない。


「びっくりさせないでくださいよ……。俺、さっきので心臓が止まるかと思っちゃいましたよ」

「びっくりさせないでくださいよじゃあないよ。閉店中なのにズカズカ入ってきて……こっちがびっくりさせられたよ。だからびっくりさせられた腹いせに逆にこっちがびっくりさせようと思っただけじゃあないか」


 老人の言う事はもしかしたらごもっともかもしれない。

 しかーし、閉店中なら閉店中と立て看板の一つでも立てればいいじゃないか!


「びっくりしたとは心外ですね。俺は店が開いていると思って客として入ってきたんですよ。第一、閉店中なら閉店中とちゃんと店の前に掲示しておくべきじゃないですか?」


「店の中を真っ暗にしているのにかい? 普通の人間はその状態を見て閉店中と感じるものだろう? あんたの常識に合わせて毎日立て看板を立てたり、しまったり……立てたり、しまったり……そんなことをする労力はこの老いぼれにはないよ」


「普通の人間は……と言いますが、全国の『普通の人間』にアンケートを取ったんですか? 閉店中なら閉店中と明示的に文字でくっきりはっきり示してもらわないと何割かの人間はうっかり入ってしまうものでしょう」


「アンケートを取るまでもないね。人間の表情と一緒さ。明るい顔をしていたら取り入って、暗い顔をしていたら静かに立ち去るだろう?」


 はい、出た。禅問答状態。こうなると議論が空中戦だから話が決着しない。

 お互いのもっともらしい主張だけが交錯しあって両者ともただ壁をつついてるのと同じようになってしまう悲しい状態。

 俺はこういう状態になったらさっさと負けを認めることにしている。


「はい、ごめんなさい。確かにおっしゃる通りでした」

「分かれば良いんだよ」


 老人はフフンと勝ち誇ったように笑った。

 俺は老人の思考を上手く誘導できたので心の中で静かに勝ち誇った。


「ところで、客として来たのは本当です。お店の商品を見せてもらうことは可能ですか?」

「閉店中と言っただろう?」

「では、このお店はいつも何時ごろに開いて何時ごろに閉まってるんですか?」

「そんなのテキトーだよ」


 テキトーかい! 商売屋にあるまじき台詞だな。


「商売をやっているのであれば『テキトー』にじゃなくて、『適切』に店舗を運営されたほうがよろしいんじゃないですか?」

「そんなの『ショップ規定』に定義されていないよ。あたしゃ老後の道楽でやってるんだから『テキトー』にやりたいんだよ」

「なるほど、でも俺はなおさらこのお店に興味が湧いていました。店が開店したらもう一度来ます。いつも何時ごろに開いてるんですか?」

「そんなのテキトーだよ」


 禅問答パート2開始! もちろん俺は降ります。


「はい、ごめんなさい。確かにおっしゃる通りでした」俺は直前の文脈を無視して同じ文言をリフレインした。

「分かれば良いんだよ」


 老人はフフンと勝ち誇ったように笑った。

 俺は老人の思考を上手く誘導できたので心の中で静かに勝ち誇った。


「まぁ、でも店に興味をもってそこまで食いついてきたのはあんたが初めてだね……。一応聞いておこうか、どういうアーティファクトを見に来たんだい?」

 老人は一転して柔和な態度を取り始める。中々面倒くさい性格をしているなこの人。


「ええっと、実は『マイクラース』に興味が湧いていまして……このお店にあるかどうかを確認したいんです」


 老人は俺が言ったその言葉にぱちりと反応し、俺の目をじっと見ながら唇の口角を片側だけ少し上げた。


「なるほどね……その興味の対象は『マイクラース』そのものかい? それとも似たようなものでもオーケーかい?」


 おお? もしかしてマイクラースに似たようなものがいくつもあるのだろうか?


「似たようなものでも大丈夫です! どういった商品があるんですか?」


 俺がそう言うと老人は片腕をシュバっと上げて手のひらをこちらに向ける。

「待った。商品の話をする前に身分証を出しな。グレードによって紹介できる品が変わるからね。もし下位グレードの人間に上位グレードの『アーティファクト』の情報を教えてしまったらあたしはショップ規定違反でしょっぴかれちまうよ」


 そりゃその通りだな。


「そうですね、失礼しました……。こちらが俺の身分証です」

 俺は『ケアリングウェア』のポケットから自分の身分証を取り出して写真の貼ってある面を老人に差し出す。


 すると老人は「おや?」とつぶやき、俺の身分証に手を伸ばした。「よく見せておくれ」と老人。俺は特に渡さない理由はなかったので身分証を素直に手渡した。


「ははぁ、こりゃたまげたねぇ! 『グレード9』のおぼっちゃんだったとはね」

「……え?」


 意外な一言に俺は一瞬フリーズする。

 グレード『9』……?


「そんで、その『グレード9』様がなぜわざわざこの商業エリアEにやってきたんだい?」

 老人は俺にそう言いながら身分証を俺に返却した。


 何かがおかしい。……俺は自分の身分証をじっと見つめた。

 俺の身分証は『グレード3』という文字をはっきりと主張している。

 何がおかしいのでしょう? 何かがおかしいのです。きっと老人の目がおかしいのです。『3』と『9』を見間違えるなんて……。


「はい、その通りです。バレちゃあ仕方ありませんね。実は俺、ちょっと『上級』な出自でして、今回は商業エリアEの内部視察に馳せ参じたわけです」

 安居院楼蘭くんは嘘をつきました。


「本当にたまげたねぇ、こんなへんぴなお店にわざわざ来るなんて……。ああ、『マイクラース』に似たアーティファクトを探しているんだったね。あんたにピッタリのちょうどいいアーティファクトがあるよ。ちょっとそのまんまで待っておいてくれ」

 老人はそそくさと店の奥へと消えていった。


 あまり期待をしていなかったが、どうやら『マイクラース』、またはそれに準じたものにありつけそうだ。

 やはり人生を生きやすくする秘訣は『勘違いさせる力』を鍛えることに他ならない。

 これは孫氏の兵法にも似たようなことが書いてある。自分の実力を本来のもの以上に勘違いさせることで相手を委縮させる力だ。

 いうなれば野生動物における『威嚇』だ。人間界でのそれは知的かつクリエイティブに行われる。


 ……しばらくすると、思ってたよりも早く老人は戻ってきた。

 その両手には『マイクラース』と似たような形と大きさをしたアーティファクトを添えている。


「お待たせ。これが第9アーティファクト『異世界(アスタロイド)』さ……。『アスタロイド』とは小惑星を意味する言葉だが、大気もあるし人間もいるし、植物、動物も似たようなものだから感覚的にはまるっきり『マイクラース』と一緒だよ。ただ……地球の歴史とは全く違う発展をしているがね……」


 第9アーティファクト! 俺なんかじゃ一生かかってもお目にかかれないものかもしれない。

 俺の身体の中で好奇心が煮え立っていた。これはぜひ欲しい! どうやって使うんだろう?

 『マイクラース』とは具体的にどう違う?


「『アスタロイド』……これも手のひらに乗りそうなほど小さいんですね。使い方は『マイクラース』と一緒なんですか?」

「『マイクラース』でできることはほとんどできるよ。もちろん、いくつか変わっている点もあるがね」

「どのあたりが変わっているんですか?」

「そうさね……機能面で言うと……たとえば『マイクラース』だったらどんなに無茶苦茶やっても一度出るとリセットされて本来の歴史に戻るだろう? でも『アスタロイド』は既存の遺伝子で歴史を定義されていないから、リセットはされない。一度出てまた入っても自分が手を加えた歴史はそのままさ」


 『マイクラース』と違って歴史の改変ができるのか……。

 一般生徒Aくんが先生に質問していたような内容に対して期待通りの回答ができるアーティファクトのようだ。

 良かったね一般生徒Aくん! 頑張ってグレード9を目指そう!


「それは凄いですね。そういえば先ほど『地球の歴史とは全く違う発展をしている』と言っていましたが、本来の地球とはどう違うんですか?」

「それは実際に行ってみないと分からないよ。あたしゃこのアーティファクトを使えないからね」

「このアーティファクトを持ってきたあなたもグレード9ではないんですか?」

「そんなわけないじゃない。グレード9なんて雲の上の存在さ。普通の大人はせいぜい『6』か『7』だよ。あたしが持ってこれたのはアーティファクトの販売免許を持っている人間だからで、販売目的に限り情報を知ることを許可されているからなのさ。じゃないと商売が成り立たないからね」

 なるほど、そりゃそうだ。


 そういえばいつのまにか商談のような流れになっているが、ここで気づいたことがある。

 俺はいま持っているポイントがとても少ない……金欠状態だ。最近、学園の帰りにカフェで毎日チョコレートパフェを食べたり、毎日いろんな映画を観るという贅沢三昧をしていたのがいけなかったのか、いまの俺は献血でもしてポイントを稼がないと満足におやつも買えないレベルのド貧民へと堕してしまっていた。

 自身のグレードに見合ったアーティファクトですらきっと買えないのに、第9アーティファクトなんて大層なものならなおさらだ。……一応値段だけでも聞いておくか。


「とても良い商品だと思います。……でも、お高いんでしょう?」


 とりあえず値段を聞いてそのまま辞退しよう。


「いや、お代は結構だよ。『グレード9』なら研究用途だろう? この国の発展のためなら喜んで協力するよ。あと、あたしの店が潰れないようによろしくやってくれればそれでいいさ」


 えっ! ……なんという厚遇。ポイントを減らさずにタダでアーティファクトが手に入るなんて、有り得ないくらいに幸運な出来事だ。しかも……『グレード9』のアーティファクトだ。


 でも、このままこのアーティファクトを受け取っても良いのだろうか?

 受け取ればこれは明らかに『グレード規定』違反だ。バレると俺も老人も処罰されてしまうかもしれない。


 ……しかし、既に老人は下位グレードの俺に上位グレードの情報を教えてしまっている、その時点でいくつかの規定に違反していた。ここで『すみません、全部嘘っす。実は俺はグレード3の雑魚です。メンゴメンゴ』なんて今さら言えるわけがない。


 だから案内されて乗りかかってしまった船にはもう乗ってしまおうと考えた。

 このまま自然な流れに身を任せようと思った。

 要するにバレなきゃ良いんだ。俺も老人も幸せになるにはそれしかない。


 そして……そう思った一番の理由は『マイクラース』というアーティファクトに強く憧れていたからだ……。俺の『ケアリングウェア』が元気に飛び回る姿が見たい。その欲求は俺自身が気づかないうちに大きく膨らんでいたようだ。


「ありがとうございます! それではこのアーティファクト……『アスタロイド』をもらって行きますね」

「ああ、是非とも有効活用をしてくれよ」

 老人はにっこりと笑った。


 その後、用事が済んだ俺は、早く『アスタロイド』を使ってみたいという高揚感からか、はたまた嘘をついた罪悪感からか、お礼の挨拶もそこそこに身体が足早に店を出ようとした。


「ところであんた」

 店を出る瞬間に老人が俺を呼び止めた。

「はい、なんでしょう」


 老人は顔の横半分をクシャっと潰しながら微笑むという訝しげな表情をして俺に質問をし始めた。

「『フェムト』に魂はあると思うかい?」

「……いえ。ないと思います。授業で、そう習いましたから」

「……あんたがそう思うんならそうだろうねぇ」


 てっきり、またさっきの禅問答が発動するかと思ったがどうやら杞憂だったようだ。

 まさか、最初に向こうが折れるとは。なんか怪しいな。

 俺がさっき心の中で静かに勝ち誇ったように、いま老人もまた静かに勝ち誇っている……?

 まぁ考えすぎか。答えの出ない推測はとどのつまり鏡で自分の姿を見るようなものだ。

 態度が変わっているのはきっと俺のことを『グレード9』だと思い込んでいるからだろう。


「そうですか。では、さようなら。アーティファクトの研究、頑張ってみますね」

「是非ともこの店をひいきにしておくれよ」


 ――老人はそう言い残すと静かに店内へと帰っていった。


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