第12話 もふもふバス
「ところで、どうやって俺に服装を教えてくれるんだ? ここに『奇術士』は誰もいないし。……もしかして地面に絵でも描いてくれるのか?」
「あはは。残念ながらオレには絵の才能がからっきし無いんだ。でも、各種役割の特徴がたくさん載った本は持っているよ」
本?
……エルを見た感じ、荷物は剣以外ほとんど持っていないように見えるが……。
いったいどこに隠し持っているんだ?
すると、エルは右手を真っすぐ前に突き出し、目を閉じて何やら意識を集中させた。
「『書物召喚魔法』!」
エルがそう唱えると『ボンッ』と音がして、なんとエルの肘からハードブックの本が飛び出してきた。
「え、ええ! 本!? どうやって出したの? それ」
「え? 普通にオレの家にある本を魔法で転送しただけなんだけど……。ランちゃんだってこの魔法を使ってたじゃないか。ほら、『バルログ』の大剣を奪う時にさ」
『バルログ』の大剣を奪う時……?
あ、ああ、あれか……ケアリングウェアの分体を『ネクロノミコン』って表紙のA1版の本にしたことを言っているのか。
あれは単純に大剣を挟むためにそれっぽいものをケアリングウェアで作っただけだから、実際はいまのと少し違うな……。
それにしても、『家にある本を魔法で転送した』か……。めっちゃ羨ましい魔法だ。
「ああ、確かにそうだな。俺もその魔法使ってたわ、あはは……。ところで、肘から本がニョキって出てくるように見えたけど痛くはないの?」
「あはは。本の召喚は『魔力孔』を通じて行われるから痛くはないよ。あと、オレにはどうも魔法士のトレーニングが難しくて、『手のひら』じゃなくて『肘』にしか『魔力孔』がないんだ。だからオレの魔法は全部肘から出る」
「へぇ……」
『魔力孔』……さっきラチャが言っていた『魔力の出入り口』ってやつか。
たしか魔法士の修行をしないと肘から魔法が出るとか言っていたっけな。
それにしても本当に肘から魔法を出すのか……。ちょっと変な感じだ。
「そうそう、ランちゃんの役割である『奇術士』の服装が描いてあるページが見つかったよ。これだ」
エルはその本を両手で広げ、俺に向かってそのページの見開きを見せてくれた。
そこに記載されていた内容は――。
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Conjurer
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The Conjurer is a Spellcaster of Roles in Kingdom of Eyeteeth and its territory. Using physical magic at battle.
This Role is based on the person who existed in the past; she preferred entertaining the strange magic tricks to children and adults in peacetime.
[Head accessories]
Equip the top hat with a height from 10 cm to 30 cm on the top of the head.
Also you can wear a mask in this Role. However, please be sure to wear it with the top hat equipped.
[Body accessories]
Equip suit that is not dirty suited for BP. And doing something that other people can see that it is not a general suit.
For example, in the left figure, the length of the jacket worn on the upper body is extended, and the inner is wearing a dress shirt decorated with a collar.
[Hand accessories]
In this Role you can equip gloves.
[Foot accessories]
In this Role you can equip the overly decorated boots.
●Notice:
├・No difference in design by gender.
├・No color designation for this uniform.
└・No designation of the weapon you have.
●Important notice:
└・The minimum components of this uniform are top hat and suit. If you do not meet these, the government will not approve you as a Conjurer.
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んん!? 英語!?
「お、おい……! エル、この本、全部英語で書いてあるのか!?」
「『えいご』……? もしかして『ブリテン語』のことかい?」
『ブリテン語』……?
言葉の響きで『ブリテン』って単語からなんとなく意味は分かる。これがこの世界で言う英語のことだろう……。
そもそも異世界なのに普通に日本語が通じるんだから、英語だって通じるのもおかしい話じゃない……って、あれ?
「あ、ああ、『ブリテン語』ね……あはは。ところで、俺たちがいま喋っている言語で書かれている本とかはないの?」
「オレたちがいま喋っている言語って、『ジャポニカ語』のことだよね? これは大昔に読み書きが廃止されてしまったから、いまでは会話専用の言語でしかないはずだけど……ランちゃんは読み書きできるの?」
……あ、うーん。『ジャポニカ語』がたぶん日本語のことで良いんだよな。
確かに『俺の国』では普通に日本語で読み書きしているんだけど、これってそのまま伝えても良いのかな……。
まぁ、良いか。俺は『スペシャル』な存在だし。
「……うん。俺は普通に『日本語』で読み書きができるよ。『英語』も少しだけなら読み書きと会話ができる」
俺がそう言うとエルたちが「おおお!」という驚きの声を上げた。
え、そんなに驚くことか……?
なんか触っちゃったかな、俺。
「ちょ、ランちゃん! あんた『ジャポニカ語』で読み書きできるん!?」
「これは凄いわよ! 王国に貯蔵してある『古文書』を解読できるかもしれない!」
「これは本当に凄いことだぞランちゃん! 『A級冒険者』どころか王国付きの『司書官』にだってなれるよ! 大出世だ!」
「凄いニャ! しかも逆に読み書き専用の『ブリテン語』で会話するなんていままで考えたこともなかったニャ!」
全員が前のめりにグイグイ俺に食いついてくる。
ついにラニやラチャだけじゃなく全員にパーソナルスペースをぶち破られてしまった。
全員顔近すぎなんやけど!
「全員顔近すぎぃ! とりあえず一回離れて~!」
俺は手に持っている『ウィンチェスターM1887』を頭上で振り回して叫んだ。
「あはは、ごめんごめん。でも本当にビックリしたよ! ところで王国付きの『司書官』になれば路銀を稼ぐどころか『王国』で一生遊んで暮らせると思うけど、本当に『冒険者』でいいの?」
ふーん、王国付きの『司書官』ねぇ……。
いや、これはあまり興味ないな。なぜなら俺がアスタロイドで重要視している2つの目的とあまり関わりがないからだ。
そもそもケアリングウェアをぶんぶん振り回しているだけで2つの目的は同時に達成できるんだしな。
俺がドヤ顔で『古文書』とやらを読み解いても達成できるのはせいぜい1つだけだ。
「うん、俺は『冒険者』になるよ。王国だとかそういう堅苦しいのは苦手なんだ。日銭が稼げればそれで良いよ。それに、俺が『冒険者』になったほうが町のみんなが助かるんだろ?」
「おお……なんて殊勝な……。さすがランちゃん!」
エルは本をわきに抱え俺の手を両手で『グッ』と握った。
うお!
……いきなり手を握ってくるなよ。ビックリするわ。
もう、俺のパーソナルスペースの結界がぐずぐずだわ。
「……ああ、とりあえず早く冒険者になってみたいよ。それで、話を戻すけどその本に書かれている格好をすれば良いんだよな?」
俺がそう言うとエルはまた本を開いて見せてくれた。『奇術士』の詳細が記載されている箇所は見開きになっており、左ページに図解された絵、右ページに解説が載っていた。
英語は正直あまり得意ではないので、『マイクラース』の時にはアメリカ人とのネイティブ会話のスピードについていけなかったが、このレベルの英文なら時間をかければなんとか読めるかも……。
「うん! そうだね。記載内容を見た感じだと、この絵のような『シルクハット』と『スーツ』さえ着ていれば『奇術士』だと認めてもらえるみたい。色は何でもよし! ランちゃんがその不思議な服をまたコネコネすればすぐに冒険者になれるよ!」
「よし、分かった! じゃあコネコネするね~!」
俺は黒いサングラスを外して口を開いた。
「ケアリングウェア! 服を戻してくれ!」
俺がそう叫ぶと『バシュン』と音を立ててボウリング大のゴムボールに戻った。
「いやいやいや、また裸!?」
あ……、またクセで全裸になってしまった。
うーん……3秒前くらいには服を着たまま着替えるぞ! と、心に決めていたのに……!
クセには抗えないのか……?
人間は頭では駄目だと思っていても身体が勝手に動いてしまうことがよくある。習慣は人を奴隷にするのだ。
習慣による行動は習慣をさらに強固にし、やがて完全に固定し人生の一部となる。
――『薀蓄くん』が即座に脳内で解説を入れてくる。
お前、ちょっと前に語った薀蓄と一字一句同じじゃねーか。
ひょっとして引き出しが少ないのか?
「あはは……。ごめん、ちょっとクセで……。大丈夫、すぐに着替えるよ」
「はい、エルは目を閉じてね~!」
ディアナが即座に両手でエルの目を塞いだ。
そういえばさっきからなんでエルだけ目を塞がれるんだろう。他の3人はガッツリ見てくるけど。
ひょっとして、エルっていじられキャラなのか……?
ま、いいや。とりあえず、本の絵を見てだいたいのイメージは掴めた。
じゃあ変身するぜ!
「ケアリングウェア! 『奇術士』の服になれ!」
ケアリングウェアは再度どろどろのガム状に変化し、俺の身体を全部覆った。
脳髄の中でケアリングウェアと波長を合わせ、イメージに沿った服装を徐々に形作っていく。
今度は帽子を被るから長髪はまとめずにそのまま流すか。
あと、さっきの本の記載内容をサラッと読んだ感じだと、『シルクハット』と『スーツ』さえ着てりゃああとは割と自由で良いって書きっぷりだったな。
よし、『ドレスシャツ』と『手袋』は白色で、他は全てベースの色を程よくダークトーンにしよう。なぜなら対比として金色のキラキラした装飾を全体的に施すからだ。あまり多すぎると過剰だから、ワンポイントだったり、ラインに沿ったりさせる程度で良いか。
OK。イメージが固まってきた。ケアリングウェアもそれに追従して最終的な形を完成させていく。
「変身完了ッ!」
変身完了を宣言した俺の姿は、人差し指でシルクハットをくるくると回しながら、エルたちから見て後ろ向きに立って存在していた。
そして、くるくる回っているシルクハットは俺に指で上に弾かれると、手の先から腕、肩へとするする登っていく。
肩に登り切ったあたりで俺が肩で『クイッ』と弾くとそのまま俺の頭にスポッとシルクハットは収まった。
「「「「おおっ!」」」」
エルたちは感嘆のハモり声を上げた。
ふふふ、凄いでしょ? まさに奇術士って感じだ。まぁ動きは全部俺が操っているんだけどね。
エルたちの反応に俺の気分もだんだんノってきた。
よし、『ロウラン劇場』開幕だ!
次は分体を使って短剣を作ろう、6個くらい。
俺が短剣のイメージを思い浮かべると、シルクハットから6方向に小さな水玉が射出され、それらが全て短剣に変わった。
そして俺は『マイケル・ジャクソン』の『Beat It』のようなクネクネダンスをしながら空中に浮かんでいる短剣を一つずつ回収していく。
短剣を回収する度にその場でクルっと身体を回転させて頭上に放り投げる。そしてまたクネクネダンスをしながら次の短剣に近づきつつ、同時に落ちてくる短剣をキャッチしてまた放り投げる。
――そう、『ジャグリング』だ。かなりアレンジはいれているけどね。
「「「「おおお~!!」」」」
エルたちは俺が3本目、4本目と短剣をジャグリングし始めた辺りでさらに盛り上がってきたようで、また感嘆のハモり声を上げた。
ちらっとエルたちを見ると、まるで子供みたいにはしゃいでいた。
……やっぱりギャラリーがいると楽しいな! 俺は密かにダンスだとか手品だとか人を楽しませることができるような練習をしていたが、現実世界ではあまり披露する場面がなかった。
だからこそ、いまめっちゃ楽しい……!
5本目、6本目の短剣を回収する頃にはさらに忙しい動きになっていく。
ケアリングウェアの力を借りているとはいえ、結構な集中力が要る。
俺がやっているのは単純なジャグリングではなく、少しずつ変化をつけている。
たまに片足を上げて下に通すのはもちろん、定期的にクルっと一回転をしたり、背中を向けて見ないでキャッチしたり……。
とまぁ、ケアリングウェアの力を相当信頼していないとできない動きをしている。
何も知らない人から見るともの凄い高度なことをしているように見えるだろう。
……よし! そろそろ締めのパフォーマンスだ……!
俺は途中から緩急をつけて短剣を上に投げ始めた。1本目はかなり高めに、2本目は少し高めに、3本目はその次くらいで……というふうに、落ちてくる時の高さが6本ともなるべく同じになるように調整していく。
そして最後の6本目を投げたあと、ジャケットを脱いで袖の部分を腰に縛った。
スピード重視だったので普通には脱がず、袖口から肩まで切れ込みを入れ、はだけさせてそのまま腰まで脱ぎ落とし、クロスした手で袖を掴んで結ぶといった段取りだ。
この間、だいたい0.5秒くらい。
わざわざジャケットを腰に縛ったのは身体を回転させる時、ふわりと開かせるマントの代わりだ。ここから回転技が多くなるので見栄えをよくしておきたい。
肩口から出る普通のマントだと手が隠れるし、スカートも俺のキャラには合わないからこその腰ジャケットだ。
しかし、思いのほかジャケットの丈が長いせいか裾が地面に擦りまくっている。まぁいいや。
ちらりと上を見上げると、俺の計算通りに短剣は6本ともほぼ同じ高さまで降下していた。
――よし、いまだ!
俺は力をセーブしつつ、ギリギリ現実的に見える程度の大ジャンプをして身体が地面と平行になるようにクルクルと回転させる。
『バサァ!』という音を響かせて、ジャケットは俺の周りをはためき風を切っている。
そして回転しながら俺は両手を開き、まず右手で3本ずつ、次に左手で3本ずつ短剣の柄を指の間でキャッチした。
地面と平行になって回転している身体は徐々にスピードを緩め、脚のほうから少しずつ地面と垂直にならしていく。
足が接着する程度の高さまで地面に近づいた辺りで着地体制に入り、そのまま回転の余韻を残し地面へと『スーパーヒーロー着地』をした。
決まった……!
そして指の間に挟まれ、がっちりとグリップされた6本の短剣は『ウルヴァリン』の爪のようである。
せっかくなので俺はゆっくりと立ち上がりエルたちと正対した上で、少し顔を俯かせつつ腕をクロスして『ウルヴァリン』のポーズで締めた。
「「「「おおおお~!!!」」」」
さっきよりもさらに大きな感嘆ボイスが聞こえてくる。
おっと、まだ終わりじゃないぜ……!
俺は身体を小刻みに動かし、まだショーが終わりではないことを暗に伝える。
ショー用のBGMが無いため、終了や継続の合図は身体で伝えるしかない。
まだ『継続』なので小刻みに身体を震えさせたり、ロボットダンスまがいな動きをさせて間を持たせる。
よし、動きのイメージはできた。もう最後の最後だからサクッと終わらせよう。
まず、俺は3本の短剣を持っている右手を大きく振りかぶって真上に投擲した。
そして、次の3本は同じようには投げず、その場で『バク宙』をして上昇中に真上へ投げ入れた。
地面に着地後、俺はフリーになった両手を使って少しスピード速めなロボットダンスをしばらくしたあと、ロボットが自分の胸を開けて中のボタンを押すようなパフォーマンスをしてから動きをピタっと止めた。
フリーズしたまま俺の口はポカンと開いている。ロボットダンスには定番のポーズだ。
「……ランちゃん大丈夫?」
エルたちが少し心配そうな声を上げている。良い客だな~! ピュアな反応、好き。
よし、その声をエンジンにして起動するって設定にしよう。
俺の身体はその声に反応するように肩から徐々に小刻みに動き出して、まるで心が与えられた人形のように徐々に自身の動きを確認していく。
ぎこちないロボットダンスから、滑らかなポッピングダンスへと少しずつ移行して生命がどんどん吹き込まれるような演出をした。
そして完全に滑らかな動きになるとその場で片足立ちで身体を何周も回転させていく。
……そろそろ短剣が降ってくる頃合いだな。
またピタっと動きを止める。今度はちゃんとした決めポーズ付きだ。
そのポーズとは右腕を横に真っすぐに伸ばして事前に外しておいたシルクハットを逆さに掴み、もう片方の手で目を塞いで顔をシルクハットから背けているという格好だ。
そのまま微動だにせずしばらくしていると、6本の短剣が次々とシルクハットの穴に全て吸い込まれていく。
「「「「おおお~~!!」」」」
本日何度目かの感嘆ボイス、またまた頂いちゃいました!
「お粗末様でした」
俺はシルクハットを胸に抱えてお辞儀をした。
『パチパチパチパチ』
たった4人の拍手にしては割れんばかりの大きな拍手だ。
エルがピューっと口笛を吹いている。
「凄い! 本当に何でもできるのねランちゃん!」
「ブラボーだよ! ランちゃん! 感服だ……! こんなにエキサイトしたのは久しぶりだよ!」
「凄く楽しかったニャ!」
「ウチがいままで見てきた『奇術士』史上でランちゃんが一番『奇術士』してたわ! 興行したら絶対に儲かるで!」
正直な気持ち言っていい?
――俺、めっちゃ嬉しい!
なぜなら、これが俺の中の本当に『スペシャル』な部分だからだ。
元々、現実世界の身体を持っているってだけでこの異世界――アスタロイドでは無類の強さを誇ってしまう。
同じく現実世界のケアリングウェアの能力も、アスタロイドの住人の目にはかなり『スペシャル』な力に映ってしまうだろう。
そう、本人自体は何の努力もしていないのに必要以上の評価をされてしまう……。
それに引き換え、いまやったことがケアリングウェアの力を借りて実現したとはいえ、『ダンス』と『手品のネタ出し』は俺が日々やっていた趣味の固まりだ。
彼らはまさにその部分――俺の本当の『スペシャル』な部分を評価してくれている……!
反応を返してくれている……!
……現実世界でも人に対してこういうことができたら良いんだけどね。
「みんなありがとう! いまめっちゃ嬉しいよ! 俺、『奇術士』って役割がとても気に入ったよ!」
俺は腰に縛っていたジャケットを解き、また袖を通しながらそう言った。
「それは良かった! まさかランちゃんが初日でここまで『奇術士』の魅力を引き出すとは……さすがに予想を超えていたよ!」
なるほど……。『役割演技』とはよく言ったものだ。
確かにこんなマジシャンみたいな格好をしていると人を楽しませたくなって仕方がない。
元々、俺にはダンスや手品の素養はあったかもしれないが、こんな格好をしなけりゃそもそもやろうとも思っていなかった。
形から入るのって、こんなに大事なことだったんだ。
「ありがとう! ……よし! 俺はもう『冒険者』になりたくて仕方がない! 早く町に行こう!」
俺はウキウキ状態で足をばたつかせた。
「ああ、そうだね。じゃあそろそろ出発しようか」エルは俺に微笑み返した。
「よし! 今日中に冒険者登録終わるかな~!」
「いや、それはさすがに明日になるんじゃないかな? いまから帰り始めたとしても町に着くころには夜になるからね」
そうか、この異世界には『移動用ポッド』がないもんな……。
人間の歩くスピードは時速4キロメートルだから、夜までということは少なくとも20キロメートルはあるな。
はぁ、『移動用ポッド』、もとい車がないと不便だな……。
……あ、いや。俺なら作れるじゃん、車。たぶん。
「……ククク……! この『奇術士』ロウラン・グインが、もし君たちを『10分以内』で町に送り届けると言ったらどうする……?」
「「「「えっ!」」」」
全員が驚いたような表情をして俺に視線を集めた。
「この森から町までは20キロメートルを超えるし、途中に岩壁や崖があり迂回路も多い……。いまから出発しても普通なら夜更け……日付が変わるほどの時間はかかってしまう。でも、ランちゃんの魔法なら……!?」
「んふふ……そう、俺の『魔法』なら……!」
と、さっきと似たようなやり取りをして思い出した。
『バルログ』たちの遺体を回収していた『マシュマロマン』がそのまんまだ。
ちょうどいい。再利用しよう。
「おーい! 『マシュマロマン』! 来てくれー!」
すると、森の奥のほうで三角座りをしていた『マシュマロマン』がゆっくり立ち上がり、俺の元へとやってきた。
ズシン、ズシンと音を立ててやって来たその巨体は30~40メートルほどあり、かなりの圧巻だ。
「ひぃぃ! あかん、またあのヤバい化け物や……」
ラチャがまた怖がっている。たぶんさっきのあの声のせいだな。
よし……。
「『マシュマロマン』! 返事は~?」
すると、『マシュマロマン』は肘を胴体に付けたまま両手を広げる、いわゆる『華奢な子が走る時』のようなポーズをして口を開いた。
「キュルル~ン☆」
どや!
ラチャ、これなら怖くないだろう?
「ひい! ……ヤバい上にめっちゃキモくなってる……! さらにヤバい……!」
おっと、外したか……?
まぁいいや。すぐに車に変えるし。
「ケアリングウェア(マシュマロ)! みんなが乗れる車になれ!」
『マシュマロマン』は「キュルル~☆」という声を出したあと、その場でうずくまり全身を艶々したスチールの質感へと変えていった。
そしてすぐ『バシュン』と音を立てて『マイクロバス』の形に切り替わった。
――その中身は5人乗りで、すべてのシートはもふもふのソファーとなっている。
名付けて『もふもふバス』……!
移動しながら休憩もできる、文明の英知の結晶……!
「凄い……! なんだこれは……? 『馬車』のようにも見えるが……」
「そう、『馬車』と似たようなものだよ。違いがあるとすれば、馬が不要で、しかもめちゃくちゃ速いってとこかな」
俺がそう言うと4人が目を輝かせた。
「「「「おお~!!」」」」
ふふふ……感嘆のハモり声が気持ち良いなぁ……!
クセになりそうだ。
「さあ、乗った乗った! 俺は一番前の『運転席』に座るから、エルたちはその後ろにある4つの『もふもふソファー』に座ってくれ」
俺はパン、パンと手を叩いた。
「「「「は~い!」」」」
エルたちはそう言ってどんどんバスの中へと入っていった。
車内に入るやいなや、中のインテリアを見て「凄い……!」とみんなが言葉を繋げた。
『奇術士』の服を作った時に、金色の装飾も悪くないなと思い直して今回のインテリアに少し足してみたのだ。
『もふもふソファー』と『キラキラした車内』はあんまり合わないだろうなと思っていたが、一応それなりのシナジーは生まれているようだ。
「はいはい、みんな立ってないでソファーに座って~! そして座り心地の感想を俺に教えてくれ~!」
今回のソファーは自信作だ。
ソファーというものは体重の圧力を分散すればするほど身体にフィットし『心地良い』と人に感じさせることができる。
いわゆる『人間工学』の応用だ。
『もふもふ』が神の手触りだと人間が感じるのもここに理由がある。もふもふは全てを包み込むからだ。
「……おお! なんだ、この尋常ではないもふもふは……! つ、包み込まれる……!」
「ふわふわもふもふだニャ~!」
「あ~! アカン……! これ、人をめっちゃダメにするやつやわ~!」
「わたし、気持ちよすぎてこのまま寝ちゃいそう……」
ふふふ……! 期待通りだ!
『もふもふ』はどうやら現実世界だろうが異世界だろうが共通言語のようだ……!
「よし! 俺も運転席のソファーでもふられまくってやる!」
俺は意気揚々とバスの入り口にあるサイドステップに足をかけた。
すると――。
『ぐにゃあ』!
「――およ?」
……なんと、俺が足を踏み入れた瞬間、サイドステップがぐにゃぐにゃに潰れていく。
まるで俺の体重が重いみたいじゃないか。一応40キログラムは切っているんだぞ……!
「いったいなんで……? あっ!」
ああ、しまった。ウッカリしていた……。
ケアリングウェアは現実世界の存在である俺を持ち上げることができないんだった。
そういえばアスタロイドへ来た最初の段階で既に検証済みだったな……。
そもそも現実世界において、本来のケアリングウェアは人間を乗せて動き回れるほど力が強くない。
全ての質量が異常に軽いアスタロイドだからこそ相対的に力強く見えていただけだ。
そして、同じ現実世界の出身であるケアリングウェアと俺との関係は、どうやら本来の現実の物理法則が適用されてしまうようだ。
ブーツ程度の大きさの形状なら大丈夫。俺がいま履いている靴もそうだ。
しかし、分体を拡張しまくって密度がスカスカになったこの『もふもふバス』においては、強度がかなり弱くなっているのでとても現実世界の人間の体重を支えることはできない。
つまり……俺はこの『もふもふバス』に乗車することができない……ぐすん。
とりあえず、この鬱憤はあとでラニをもふりまくって晴らすとして、いまは俺自身の移動方法を考えなければ……。