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第11話 なめたらアカン

「どうしたん? ランちゃん。ボーっとして」


 はっ。

 そういえばリアルではラチャと会話中だったな……。

 どうやら一人脳髄劇場に没頭し過ぎてしまったようだ。


「あ、ごめんごめん……。ちょっと考え事をね――」


 俺がそう言うと、ラチャは急に『ガバッ』と俺の右腕を両手でつかんできた。

 え? なんだよ、おいおい。


「ん? なんや、おかしいで? ランちゃん……。『魔法士』から感じるはずの『魔力』をランちゃんから全然感じへんねんけど……!」

「『魔力』……? そういえばさっきから『魔力』がどうとか言ってたけど、それって具体的になんのことなんだ?」

「え、冗談やろ? 魔法を行使している以上、絶対に魔力を使っているはずや。……でも、ランちゃんの身体から魔力の残滓を一切感じへん……。なんでなんやろ?」


 ラチャは執拗にペタペタと俺の身体に触っている。

 なんかくすぐったいな……。


 めっちゃくすぐったいんやけど!


 あ、『冷静くん』。感想が被ったな。


「なんだよ、人の身体をペタペタと……。ちょっとくすぐったいんだけど。そんなに俺の『腕』が気になるのか?」

「うん、腕めっちゃ気になるわ。『生腕』見してもらっていい?」


 なぜ気になるかの理由を言ってほしかったが……魔力とやらに関係することなのか?

 あまり拒否する理由もないので、着ている着ぐるみの腕周りに切れ込みを入れて、腕を捲って見せた。


「ほら、これで良いか?」

「ありがとう……あれ? アカン、やっぱ感じへんわ……魔力……」


 ラチャは中腰になり俺の『肘の内側』のくぼんでいる部分をまじまじと見つめている。

 俺のパーソナルスペースをぶち破って、ラチャにここまで接近されるのはこれで二度目だ。

 しかし嫌な気はしないな……。よく見ればラチャは雷同(らいどう)くん並みに可愛い顔をしているかもしれない。


「なぁ、ランちゃんの魔力、調べてもいい?」――ラチャが上目遣いでそう俺に尋ねてきた。


「はあ、別に構わないけど……」


 『魔力を調べる』って具体的にどうやるんだろう?

 少し俺も気になったので、つい了承してしまった。


「サンキュー……」


 ラチャは俺の腕を両手で掴んで、顔をグッと近づけた。

 そして、ラチャは俺の『肘の内側』を、『舌』でベロベロ舐め回した――。


「はっ!?」

 なんと、ラチャは一心不乱に肘の内側を舐めまくっている!

「おいおいおいおい! なんだ、これ! おい! 変態かコラ!」


 俺は少し暴れるそぶりを見せたがラチャががっちり俺の両腕を掴んで離してくれない……!

 ラチャは舌でソフトクリームを舐めるような仕草で俺の肘の内側を舐めまわしている。しかも、かなり高速に……。


「あっ……! ちょ、ちょっと……ああ……!」


 たまに舌を尖らせてみたり舌で円を描いたりして何度も舐め回したかと思えば、今度は唇をピッタリと付けて何やら吸い付いている。

 俺の肘の内側のくぼみに……。

 めっちゃくすぐったいんやけど!


 しばらくするとラチャは『チュポン』と音を立てて、俺の肘からやっと唇を離してくれた。

 …………なんか、俺……汚されちゃったかも。


「驚いた……! ランちゃんの魔力、ゼロやで。全くの魔力ゼロ。なんで?」


 なんで、って……俺のほうこそ沢山の『なんで?』が脳髄の中を駆け巡っているんだけど、いま。


「そもそも俺は『魔力』の意味もよく分かっていない。あと、なんで肘の内側をベロベロ舐められたのか理由を知りたいんだけど……?」

「え、魔力を知らないのってマジやったん?」


 疑問文に疑問文で返さないで……!

 疑問文の空中戦ほど面倒くさい議論はないから、一旦こちら側の事実と疑問点を整理して伝えるか……。


「ああ、まず俺は『魔力』という存在がどういうものか知らない。この国に来てから初めてその単語を聞いたんだ。そして、さっきラチャに肘を舐められた理由が俺には全然分からない。もしかしてこれが魔力を測定する方法ってやつなのか?」


 事実と疑問点と仮定をシンプルにまとめてみた。

 他にも気になる部分は腐るほどあるけど、肘を舐められたインパクトが強すぎるからここだけ先に疑問を解消しておきたい。


「うーん……。あんな『魔法』が使えるのに『魔力』を知らないんは腑に落ちへんけど、魔力が無かったのは事実やしな……」


 質問に答えて……!(泣)


「なんで肘舐めたん?」

 ラチャ語で聞いてみた。


「あ、ああ……。魔力を知らないんやったら『肘』の役割を知らんのも当たり前かもしれんな……。肘はなぁ、『魔力の出入り口』やねん」

「魔力の出入り口……?」

「うん、そう。人間の身体の中で一番魔力が出やすい場所が肘の内側やねん。だから見たり触ったりすればだいたいの魔力量が分かるし、舐めたらもっとめっちゃ分かる。『魔力を調べてもいい?』っていう質問は『肘の内側のくぼみをめっちゃ舐めてもいい?』っていうのと同じ意味やで」


 平穏なワードにそんなとんでもない意味が隠されていたのか。


「『肘』が魔力の出入り口ね……。ふーん……。でも、その割にはみんな魔法を『手のひら』から出しているように見えたけど……?」

「うん、魔法士はみんな最初に手のひらからでも魔法を出せるように修行するねん。肘から魔法を出すと射出方向が限定されてまうからな。手のひらに魔力の出入り口があるんは本人の頑張り次第やけど、肘だけは生まれつき全員にでっかい魔力の出入り口があるもんやねん」

「ふーん……」


 だから『肘』を調べれば間違いはないってわけね……。


「でもほんま驚いたわ……。魔力を使わずに魔法が使える人間は初めて見たで! ほんまランちゃんは不思議な子やな……」


 紆余曲折あったがなんとか受け入れてもらえたようだ。

 とりあえず疑問文の応酬はここら辺でストップやな。


「おーい、とりあえず3人でこれからのことについて相談してみたんだけど〜!」


 ラチャの変態行為でわちゃわちゃしている間にエルたち3人は何やら相談をしていたようだ。


「どしたん? エル、なに相談してたん?」

「うん、ランちゃんを冒険者に迎えるにあたって、事前にいくつか教えないといけないことがあると思ってね。ほら、ランちゃんは遠い外国から来たし」

「あー……。なるほど、そやなぁ確かに」


 なんだろう……? 冒険者になるための心構えとかだろうか。


「なんだ? ここら辺の国のお作法とかそういうのか?」


 さっきは『肘を舐める行為』だとか『十字を切る挨拶』だとかがあったしな。

 俺にとって『非常識』な、異世界での『常識』というものがたくさんありそうだ。


「ああ、まさにそんな感じだ。全部を一度に覚えるのは難しいと思うから少しずつね。……まずは冒険者になるために必ずやらなきゃいけないことがあるんだけど……ランちゃん、何だと思う?」


 質問形式で説明始めちゃったよ。

 お前は俺のクラスの先生か。


「えー、なんだろう……。『冒険者になるための登録手続き』をするとか?」

「あっはは! そりゃあ違いないね。もちろん手続きは必要なんだけど、冒険者になる手続きをするために最初に決めないといけないことがあるんだ。それは……」


 エルは背中に携えている鞘から剣を引き抜いて、そのまま頭上に掲げる。


「自分の『役割(ロール)』を決めることさ!」


 エルは剣を握っていないほうの手を胸に当ててそう言った。


「『ロール』……? なにそれ?(おいしいの?)」

「ああ、やっぱり知らなかったんだね……。実はこの国を含めた近隣諸国では冒険者と依頼者の効果的なマッチングのために『役割演技(ロール・プレイング)』方式を採用しているんだ」


 ――知らない単語がたくさん出てくるな……。でも文脈から察するにこれらの単語は常識的なものではなく、遠くの国から来た人じゃ知らないのも当たり前だというニュアンスだな。

 もし知ってて当たり前だと思われていることを質問すればまた先ほどの疑問文の空中戦が始まりそうだったが、今度のは違うだろう。

 じゃあ、どんどん質問しよ!


「『ロール・プレイング』……? 具体的になんなんだそれ?」

「うん、『ロール・プレイング』っていう言葉は直訳すると『役割を演技する』って意味さ。『ロール』が『役割』って意味。この『役割演技(ロール・プレイング)』方式ができてからは『ギルド』は依頼者が必要そうな人材を体系立てて管理できるし、自分から依頼者側へ提案もできる。依頼者側だって必要そうな人材をカタログで見て注文することもできるしで、お互いの仕事がとてもやりやすくなったんだ」


 エルが上機嫌になって俺にこの国の仕組みを教えてくれている。案外、エルは先生に向いている性格かもしれないな。


 ……それはそうと話の腰を折らないために、ちょっとした知らない単語は質問せずに文脈から類推するか。

 『ギルド』っていうのはおそらく『冒険者』ってやつの仕事を斡旋してくれている施設や人のことなのだろう。

 そしてそのギルドは、おそらく膨大にいるのであろう冒険者たちを管理する仕組みとして『役割(ロール)』をあらかじめ冒険者自身に決めさせていると……。


「なるほどね、なんとなく分かってきたよ。ということは『役割(ロール)』というのは冒険者として自分は何ができるか、ということを冒険者自身に意思表示させる仕組み、ってことで合ってる?」

「そうそう! その通りだよ!」エルはにっこりと微笑んだ。


「オーケイ。じゃあ俺も自分の役割(ロール)を決めたいと思っているんだけど、参考程度にエルたちの役割(ロール)を教えてもらって良いかな?」

「もちろん、そのつもりさ! 最初はどのくらい役割(ロール)の種類があるのか分からないだろうし。じゃあまずオレから……」


 エルは手に持っていた剣を軽くブンブンと振り回した後に、何やら構えというか……役者がカメラに向かってジャケットの一枚絵になりそうなポーズを決めている。


「オレの役割(ロール)は『剣士(ソードマスター)』さ! その名の通り、剣を自在に操る剣士! 近接戦闘メインであることを主張する役割(ロール)で、依頼者の需要も比較的多いから、まず食いっぱぐれることはない。でも冒険者といえば『剣士(ソードマスター)』っていうくらいオーソドックスだから供給量も凄くて競争率は一番高い。……その競争社会で『A級』を勝ち取るのって、結構難しいんだぜ?」


 エルはフフンと誇りながら説明してくれた。

 『A級』というのがよく分からないが、さっきは国防級の戦力だとか言っていたからそれが事実なら相当凄いのだろう。


「ラニの役割(ロール)は『拳闘士(グラップラー)』だニャ! そもそもラニみたいな『半獣人』は生まれつき硬くて強力な『爪』を持っていることが多いニャ。だから素手で近接戦闘ができる『拳闘士(グラップラー)』であることを好む『半獣人』は多いんだニャ!」


 おお? そういえば役割(ロール)の説明の途中だが、ラニの髪の毛めっちゃもふもふしているな。まずそこが一番気になったわ。


「なるほど! 触らせてくれ!」俺はダッシュでラニに近づき、髪の毛をわしゃわしゃともふり回した。

 『もふもふ』! 『もふもふ』!

「ひゃあ~! ラン、『セクハラ』だニャ~! はうぅ……」


 『セクハラ』という言葉の意味がよく分からんが、めっちゃ撫で心地が良い!

 俺はラニの顔を抱きしめ、手触りが良いラニの後頭部を両手でもふもふしまくった。


「はうぅ。ランの胸あったかいニャ……」


 ラニが俺の胸を枕のようにして顔をうずめている。

 ふふふ、着ぐるみを着たもふもふ状態の俺の胸はたいそう柔らかいだろう。

 等価交換だ。こちらもラニのもふもふを堪能させてもらう!


「こらこら、ランちゃん、セクハラちゃう~?」


 ラチャは『コツン』と俺の後頭部を持っている杖で叩いた。


「――はっ! ……俺はいったい……! そうか……俺は『もふもふ』に心を奪われて……!」

「はうう……めっちゃラニの頭をもふもふされたニャ……!」

「それは……それは……! ラニの髪の毛がもふもふなのがいけなかったんだ!」


 と、全編アドリブのコントが始まってしまった。

 俺とラニ&ラチャは結構ノリが合うかもしれない。


「あっはっは、ランちゃんは面白い性格をしているね」――エルはケタケタと笑っている。

「うん、俺はもふもふに目がないんだ。ラニの髪の毛って見た目通り本当に触り心地が良い! 毎日触っていたいよ! これからも定期的に触って良い??」


 俺は前のめりになって鼻息を荒くしながらラニに詰め寄る。

 『冷静くん』はその光景を見ながら、小声で「キモっ!」「キモっ!」と連呼している。

 ……半分ジョークだ。しかし、もう半分は……本気だ!


「うん……ランが望むなら触っても良いニャ……! ラニもその……気持ちよかったニャ……」

 ラニは顔を赤らめてそう言った。

「あらあらあら~?」――ディアナが物珍しそうに見て笑っている。

「やったー! じゃあもっと触っちゃおう!」


 俺はグリグリと無遠慮にラニの頭をわしゃわしゃした。

 俺はラニの顔の両サイドをなでなでしていると、あることに気づいた。

 ……ん? なにか違和感が……。


「あれ……? ラニ、耳……?」


 ラニの顔の両サイド、側頭部にあるべき『耳』が存在していなかった。

 そして、俺の『耳』という言葉に反応したのだろうか、ラニの頭のてっぺんについている『もふもふの耳』をピコピコと揺らした。


「んニャ? 耳がどうかしたのかニャ?」

「え……! これ本物の耳??」


 この『もふもふの耳』、てっきりアクセサリーだと思っていたが、本当に耳……?


「あら、『半獣人』を見るのは初めてかしら? 半獣人はね、半分は人間だけどもう半分は犬や猫だったりするから耳と尻尾がついているのよ」

 ディアナがにっこり笑って解説してくれた。


 おお……! ラニの耳と尻尾って本物なんだ……!

 半獣人か……本当にここはファンタジー映画の世界みたいだな。


「そうなんだ! うん、初めて見たよ! 感動……! もしかしてこれから行く町にも半獣人の人はたくさんいるの?」

「あはは、たくさんいるよ。でも手当たり次第に人に抱きついちゃイケないよ」


 分かってるわ! まるで見境のない変態のように俺を見るな。

 俺は学術的興味によって突き動かされているだけなんだ……!

 だからもっとたくさんの半獣人たちをもふもふしまくる必要がある!


「えー! ラン、ラニ以外にはあんまり『浮気』しちゃ嫌ニャ~!」

「こらこら、なにアンタらだけで盛り上がってるんや」ラチャは笑いながらペシペシと杖でラニの尻尾を小突いた。


 『うわき』の意味はよく分からんが、俺はもちろん他の半獣人ももふもふさせてもらう!

 それだけはハッキリと主張させて頂きたい。


「よし、ラニとは後でまたたっぷりともふもふさせてもらう!」俺は『グッ』と親指を立ててラニに向けた。「……それはそうと、役割(ロール)の話が途中だったよな。ディアナとラチャの役割(ロール)はなんなんだ?」


「ああ、そうだったわね」ディアナはオホンと咳払いをして、(くだん)の話を再開した。「わたしの役割(ロール)は『回復魔法士(ビショップ)』よ。魔法士はだいたい攻撃魔法を使う人間と回復魔法を使う人間に分けられるけど、わたしは回復魔法が得意だから『回復魔法士(ビショップ)』を名乗っているわ」


 へえ、回復魔法ね……。

 怪我とかを治す魔法のことだよな?

 良いなぁ……現実世界に是非とも輸入したい能力だ。


「ウチの役割(ロール)は『攻撃魔法士(ソーサラー)』やで。さっきディアナが言っていた魔法士の種別で攻撃魔法と回復魔法ってあったんやけど、その前者の攻撃魔法が得意な役割(ロール)が『攻撃魔法士(ソーサラー)』や」


 たしかにラチャの魔法はどれも凄かった。

 俺が夢見る『魔法使い』の大部分をラチャは体現していた。魔法のエフェクトを見ているだけでとても気分が高揚したのを覚えている。


「ありがとう。ええと、『剣士(ソードマスター)』に『拳闘士(グラップラー)』、『回復魔法士(ビショップ)』、『攻撃魔法士(ソーサラー)』だね。俺はどの役割(ロール)に当たるかなぁ……」


 みんなが俺のケアリングウェアを見て『魔法』って言葉を連呼していたから魔法士にはなると思うが、さっきの中だと『攻撃魔法士(ソーサラー)』が一番近いかな。


「そうだな……オレの見立てでは、ランちゃんは……『奇術士(コンジャラー)』が一番近いかな?」

「ああ、ええな! たしかに使う魔法がランちゃんにピッタリやわ」


 『コンジャラー』……? なんだその珍妙な名前は……。


「あれ? 魔法士って攻撃魔法と回復魔法だけじゃなくて、他にもあるの? その、いま言ってた『コンジャラー』みたいな」


 俺がそう質問するとエルはにっこり笑った。


「ああ、あと何種類かあるね。魔法士としてはあくまでメインはさっきの2つだけど、少しニッチな役割(ロール)というのもあるんだ。ランちゃんの魔法は物質の性質変化をさせる『物理魔法』が一番近いと思う。まさにその『物理魔法』のスペシャリストが、さっき言った奇術使いである『奇術士(コンジャラー)』さ」


 『奇術士(コンジャラー)』ねぇ……。名前はヘンテコだが、『物質の性質変化が得意な魔法使い』って設定なら確かに俺のケアリングウェアの能力を説明しやすいな。


「分かった! じゃあ、俺は今日から『奇術士(コンジャラー)』だ!」


 俺は自分の役割(ロール)をあっさり決めた。

 そもそも俺がアスタロイドで重要視していることは『元気なケアリングウェアを見ること』と『スペシャルな自己肯定をすること』の2つだけだ。

 それ以外は割とどうでも良いのだ。


「よし! ランちゃん、決まったね。それじゃあこれからは『奇術士(コンジャラー)』ロウラン・グインだ!」エルは『グッ』と俺に親指を立てて白い歯を見せた。「ああ、そうそう……町に入る前に、あと1つだけ決めておきたいことがあるんだ」


「あと1つ? 『役割(ロール)』のほかに今度は何を決めれば良いんだ?」

「それはね……冒険者にふさわしい『服装』さ。あ……その着ぐるみはオレも凄く可愛いと思っているんだけど、冒険者として過ごすためにはふさわしい『服装』をすることが国のルールとして決められているんだ」


 ふーん……。

 俺は自分の手をじっと見つめた。

 その手はめっちゃもふもふとしていた。


「そうだな。冒険者が『着ぐるみ』を着ていたらカッコつかないよな。ちょっと着替えるから待ってて――」


 俺はパジャマである着ぐるみを着ている間、実はアスタロイドにふさわしい自分の服装を密かにイメージしていたのだ。

 もうイメージ自体は固まっているからすぐにでも着替えられる。


「あ――! ランちゃん、まだ話の途中――」

「ケアリングウェア! 『服』を戻してくれ!」


 『バシュン』と音を立てて、ケアリングウェアはまたボウリング大のゴムボールに戻った。


「――きゃあ! ランちゃん、また裸……!」

 ディアナがそんな声を上げる。

 ――ああ、しまった。そういえば俺は服を着替える時に全裸になることが完全にクセになっている……。自宅でしか着替えなくなって久しいからな。

 このクセはいつか直すとして……イメージ通りの服装に早く着替えよう。


「ケアリングウェア! 俺のイメージ通りの『服装』になれ!」


 先ほどと同じようにケアリングウェアを頭上に掲げた。

 すると、ゴムボールの本体がどろどろのガムみたいになり、俺の身体をすっぽりと覆った。

 ――ふふふ、今度の服装はちゃんとした『カッコいい系』だ……!


 俺の身体を覆うガム状のケアリングウェアは全体的に徐々に黒っぽくなり、胴体部分に黒光りした艶が出始める。

 長髪が似合わない服装になるので、ヘアゴムも同時に作り俺の長髪は後ろにまとめてポニーテールにした。

 そして、全身の服装がカッチリ固まってきたタイミングで『デデンデンデデン』という効果音とともに俺は現れた。


 その姿は――そう、映画『ターミネーター2』の『シュワルツェネッガー』だ。

 黒いブーツに黒い革製のパンツ、黒いインナー、黒い革ジャン……そして目には黒いサングラスをしている……!


 ――俺は学園帰りによく映画を観るが、その中でも特に『ターミネーター2』は俺のお気に入りの映画だ。

 しかしながら『グレード規定』に抵触するシーンが多いらしく、20分程度に短くカットされた上に、音声や字幕が要所要所で消されたりしているのでクラスメイトからはあまり評判が良くない。

 でも、俺はある程度行間のあったほうが映画を楽しめる性格なので、逆にハマってしまいどんどんのめり込んだ。

 そして俺にとってはこのシュワルツェネッガーのキャラクターがとても大好きだ。とにかくカッコいい!


 着替え終わったあとに、残った分体でショットガンの『ウィンチェスターM1887』を作った。

 それを手に持ったあとに『スピンコック』と呼ばれる独特のリロードアクションでライフルをくるりと回した。

 そして肩にゆっくりとライフルをつけてサングラス越しにドヤ顔をする。決まった……!

 どや!


「凄いニャ! なんかよく分からないけどカッコいいニャ!」――ラニが良い反応(リアクション)をしてくれた。でしょー? 分っかるぅー!


「おお、カッコいい……! たしかに、それはそれでありなのかもしれないけど……」エルはカッコいいと褒めながらも、何か少し違うぞというようなイントネーションで喋った。「実は国のルールに照らし合わせると、その服装は少し外れているんだ……」


「えー! 何がいけないんだよぉ……」

 俺は少しふてくされたように頬を膨らませてみせた。


「ランちゃん、さっきオレが『役割演技(ロール・プレイング)』というのは『役割を演技する』ことだと説明したけど、これは本当にそのままの意味なんだ」

「え……? そのままの意味……? うーん、よく分かんないな。教えて、エル」

「ああ、『役割演技(ロール・プレイング)』というのはその名の通り、『あらかじめ決められている役』に成り切ったりすることなんだ。つまり、役割(ロール)を決めたあとは、その役割(ロール)である、ということが傍目から見てハッキリと分かる服装にしなければならない。それがこの国のルールさ」


 なるほど……。『ギルド』や『依頼者』から見て分かりやすくってことか……。

 うん? いや、待てよ……。


「目的は『ギルド』や『依頼者』から見てハッキリと分かるようにすることだよな? 別に服装まで無理やり合わせなくても良いんじゃないか? 仕事のマッチングは書類上のやり取りだけで済むだろ? なんで普段から『成り切る』必要があるんだ?」

「なるほど、ランちゃんの疑問は当然だね。でも、ランちゃんが想定しているであろう『成り切る』目的が、実は少し外れているんだ」


 うーん……。さっぱり分からん。


「やっぱり、分かんない……。『役割演技(ロール・プレイング)』をするために、服装も役割(ロール)に合わせないといけない……? その意味(こころ)は?」

「それはね、『役割演技(ロール・プレイング)』の本当の目的は役割(ロール)の演技をして本物に近づくためなのさ」

「本物に……近づく……?」

「そう、まずは形から――『服装』から、ね。……そもそも人間はある目標の状態に自分を持っていこうとする時、目標が単なる文字情報の羅列だと中々達成できないものなんだ。もし仮に『剣士(ソードマスター)』に成りたいのだとしたら、既に『剣士(ソードマスター)』に成っている人物に成り切ればいい。その人の演技をして……毎日演技し続けることで、やがて本物の『剣士(ソードマスター)』に成れるんだ。わざわざ服装まで合わせるのは常に自分の役割(ロール)を意識させるためさ。そして国レベルでそんなルールを敷かれてしまっているから、違う服装をすることはできないんだ」


 なるほど、『セルフOJT』のことを指していたのか。やっと納得ができた。

 OJTという言葉が存在しない世界だとここまで説明がややこしくなるものなのか。

 しかしながらたとえそんな理由があったとしても服装まで全部同じにしなければならない、というのは少し疑問が残るが……国の法律なら仕方ないな。


「おっけー! やっと納得ができたよ。国のルールなら仕方ないね。……でも、『成り切る』っていうのは案外楽しいかもね」


 俺はファンタジー映画の世界に憧れていたので、ファンタジー職業のコスプレをするのはやぶさかではない。

 シュワルツェネッガーの服装ができないのは残念だが、んふふ……魔法使いの服装も悪くはなさそうだ。


 エルは俺の回答にうんうんと頷き、笑顔で喋り始めた。


「うんうん、そうさ! 『演技をする』っていうのはとても楽しいんだ! それに人間の『性格』っていうのはさ、全部『演技』の結果なんだよ。『無』から新しいものなんて生まれないのと同じように、『演技なし』で自分の性格なんて作られるはずがない。そう、たとえばランちゃんだって小さな頃は『親』の演技をして喋られるようになったり、笑顔を作れるようになったり、歩けるようになったりしたはずだよ」


 えっ……?


 ………………。


 『おや(・・)』………………?

 なんだ……? 『おや』って…………。


「なぁ、エル。その『お――」


 いや、待て待て……俺。

 いまの文脈でその質問をするのはマズいだろう。


 エルはその単語を『たとえば~』という文脈で使用していた。

 それも、俺を『遠い外国から来た人』と認識した上でだ。


 つまり、その単語はこの異世界では知っていないと尚更おかしい常識的なものであるはずだ。

 うっかり質問をしてしまって疑問文の空中戦を自分から招来するのは避けたい。


 この話題はとりあえず流そう……。


「うん? ランちゃん。『その……』って、なんだい?」

「あ、ああ……。そのぅ……そのぅ……そう、その役割(ロール)の服装ってどんな見た目なんだ? 俺の、『奇術士(コンジャラー)』のさ……!」

「ああ、確かにそうだよね。ごめんごめん。いまから『奇術士(コンジャラー)』の服装を教えるよ」


 ふう……なんとかごまかせたか。

 ……しかし……『フェムト』相手に何を焦っているんだ……俺は……。


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