第10話 誰なんだっけ?
「……なんで、俺が『女』だって分かったんだ?」
単刀直入に疑問をぶつけてみる。
正直、俺は異世界に来た中でいまが一番ビックリしている。
「だって……、ねぇ?」
「服の上からでも胸が膨らんでいるのが分かってたニャ!」
「髪の毛も長いしなぁ。しかも、すこーしハネてて絡まりそうな髪の毛やのに毎日手入れしてるっぽいし」
「……てっきり、その『声』は声変わり前の少年のものだと思っていたよ……」
……なんだ? そんな外見的特徴だとか声質だとかで性別が分かるものなのか……?
この世界特有の概念だろうか……。いや、彼らは現実世界の人間である俺の性別をピタリと言い当てている。
先ほどまでの服を着ていた時にはまだどちらか分かりかねていたようだが、服を脱いだ瞬間に、まるで『確定』したかのような口ぶりで俺の性別を女だと評価し始めた。
まだ、俺が自分の性別を言っていない段階で……。
……俺が自分の性別を女だと初めて知ったのは数時間前の『本日最後の授業』の時だ。
その時に行われた授業のあらましはこうだ。
――まず、教室で先生は俺たちに人数分が用意された未開封の圧着式の紙を配った。それぞれに名前が印刷されており、取り違えが発生しないようになっていた。
そして、先生は「13年間秘密にしてきたが……君たちの身体は生まれた時から『性別』という概念で2種類に分けられているんだ……はぁ……」と、義務感が混じったような気だるそうな声で説明し、圧着式の紙を『他の生徒に見られないように注意を払わせながら』生徒たちに開けさせた。
俺が開いた紙には4つの単語が書かれていた。
『女』、『Female』、『女性』、『少女』の4つだ。
『女』という漢字は初めて習うものなのでご丁寧に書き順まで書かれていた。
もっとも、俺の名前には『安居院』で『安』の文字が含まれているから書き順は元々知っていたようなものだ。
しかし、部首の一つだと思っていた『女』がまさかそのまま一つの漢字として存在しているとは思っていなかった。
そして生徒全員が紙を開いたのを確認すると先生は「みんな開いたね。私個人としては紙に書かれている情報はできる限り秘密にしたほうが良いと思っているが、特に制限はない。仲の良い友達に見せあうのも良い。ただし、相手に強制してはいけないよ」と説明をした。
次に、その書かれていた内容の詳細について先生は語りだした。
「紙には『男』と『女』のどちらかが書いてあったと思う。自分自身がどちらの性別であるかを示すものだよ。……あと、これは君たちに初めて教える概念だけど、人間……いや、人間だけでなく動物全てにおいても、この『男』と『女』がお互い協力することによって『新しい個体』を作ることができるんだ。これを『生殖』、または『性行為』という。いままで、新しい人間や犬や猫はどこから来るかという君たちの疑問に対して私は曖昧に答えてきたが、それは意地悪をしていたわけではなくて『グレード3』からの授業範囲なのでいままで答えることができなかったんだ。君たちが知りたかったその答えがこれだ。最後に……『スズメ』の『性行為』の動画を観て授業を終えようか」
そう言ってスズメの『性行為』の動画を観させられたが、この5分間の授業で展開された情報量があまりにも多すぎて……未知の概念すぎて、生徒たちの脳髄はオーバーヒートしてしまったらしく全員ポカンとしていた。
俺はその中でもかなり頑張った方だが、それでもスズメ動画の終了まで持たなかった。
案の定、疑問だらけで授業は終了するにも関わらず、誰もほとんど質問ができなかった。
人間は疑問が多すぎると何を質問すれば良いのか逆に分からなくなるんだ。
一応、俺はかろうじて「性行為は何歳から始まるんですか?」と「スズメではなく人間の性行為の動画はないんですか?」の2つを質問したが、両方とも曖昧に返されてしまった。
じゃあ質問タイムを設けるなよ……。
授業で触れた『性別』の話はそれらのみで、先生は一言も『性別によって身体の作りが異なる』とは言っていなかった。
もちろん、それよりももっと以前から人によって身長が高かったり低かったり、筋肉が付きやすかったり華奢なままだったりするなど、身体の作りに違いがあることを俺たち生徒は発見していた。
しかし、そうしたことに疑問を持った生徒が先生に質問しても、回答は全て「それぞれの『個性』だよ」という説明だけだった。
身体の作りの違いは全て『個人差』によるものだと……。
いま、目の前にいるエルシュラたちの言い分だと、どうやら男女で身体の作りが明確に違うようだ……。
裸になった時に『確定』したような印象を受けたから、首から下にその秘密がありそうだ……。
胸がどうとか言っていたな……。たしかに俺の胸はここ数年で急に膨らみ始めていた。
このことについて、当時俺は何らかの腫瘍や病気を疑っていたが、先生に相談したら『それは個人差だよ』と言われて取り合ってくれなかった。
なるほど……? もしこれが性差による成長差だとするならば辻褄は合う。先生は『グレード規定』の関係で詳しくは言えなかっただろうから……。
異世界の人間が言う身体の作りの違いによる識別法で男女の違いが明確に分かるということか……?
いや、彼らの言い分にもおかしいところはあるぞ……。
だいたい、『髪の毛が長いから女』ってなんだよ……。
この髪の毛の長さは俺が自分の意思で決定したものだ。さすがにここだけは現実世界と事情が違うだろう。
おそらくこの異世界……アスタロイド特有の文化的な背景があるんだろうか。
声や髪などの首から上の部分については副次的な要素で、やはり、先ほどの推測通り首から下に性差の大きな特徴があるということだろう……。
「ロ、ロウラン……い、いいから、さっさと服を着てくれ」
と、俺を急かすようにそう言ったエルシュラの目は、後ろからディアナに両手で塞がれていた。
さっさと服を着てくれって……お前さっきまで俺の裸めっちゃガッツリ見てたやん。
「ああ、すまん……。確かに裸はちょっと恥ずかしいかな」
人前に全裸を晒したのは幼い頃にグレード1の水泳の授業で着替えた時以来だ。
それ以降は身体測定の時ですら脱がなかったしな。
さて、服はどうしようか……。
うーん……。
いや、『フェムト』相手に……ただのデータ相手に悩むのも馬鹿らしいな。
『パジャマ』でいいや。
「ケアリングウェア! 『パジャマ』になれ!」
俺はケアリングウェアのゴムボールを両手で持ち上げ頭上に掲げた。
すると、ゴムボール状の本体が粘着のあるどろどろのガム状に変化し、俺の身体をすっぽりと覆った。
そして、次第にガム状の表面がもふもふの羽毛に変化し、鮮やかなクリーム色に染まっていった。
表地はもふもふだが裏地ももちろんもふもふなのであった。
もふもふにすっぽり覆われた俺の身体。ああ……癒やされる……まぁこのままだと息できないけど。
「おお……やはり凄い魔法だ……『物理魔法』の一種だと思うが、こんな一瞬で材質変化までこなすとは……」
「戦闘中はそれどころちゃうかったけど、まじまじと見るとほんま不思議で強力な魔法やな……」
もふもふ越しにエルシュラたちの感嘆とした声が聞こえてくる。
ケアリングウェアのたったこれだけの変化でも自称A級冒険者の魔法使いたちが驚くぐらいには凄い魔法に見えるのか。
それにしても……『魔法使い』か……えへへ……。
ケアリングウェアはなおも変化中で、全身をさらにもふもふとさせている。
さて、そろそろ顔の部分に空気穴を作ろう。
ケアリングウェアの顔の部分がぷくーっと膨らんでパチンとはじけた。
酸素ーッ!
俺は目をつむりながら大きく息を吸い込んで、そしてゆっくり目を開けていく。
あー……なんて気持ち良いんだろう。
……俺は最近ケアリングウェアで窒息直前まで顔を塞いでからパチンと開けて深呼吸、という一人遊びにハマっている。
そのほうが身体全体で酸素のありがたみに気付けるからだ。
人間は当たり前にあるものを当たり前に享受し続けているだけでは次第にその存在に対して身体の奥底から感謝できなくなってしまう。
だからたまには身体からそれらを離してみるのも面白い。やっぱり酸素がないと生きていけないんだってことが身体の反応から身をもってよく分かる。めっちゃ苦しかった。
少々キケンな遊びなのでたまにしかやらないけど、ここ『アスタロイド』の空気は現実世界のものより美味しい感じがするので一度やってみたかったのだ。
深呼吸の後半で空気を吐き出すと同時に頭のトップ部分から長い耳をピョコンと生やす。
そう、この着ぐるみは俺の腹話術相手である『フェネック』を模している。俺が顔を出している空気穴の部分を大きな口に見立て、その上に目、耳と続いていく。
そのままでも十分に可愛いフェネックであるが、パジャマ状態ではさらに少々デフォルメを重ねている。また、手の部分にはキュートな肉球をあしらっている。
「か……可愛い! 中身も可愛ければ着ぐるみも可愛いじゃないか! これが相乗効果……!」
「キャー! 凄く可愛い着ぐるみね! それも魔法で作れちゃうの!?」
「めっちゃ可愛いやん!」
「可愛いニャ! ラニよりもふもふだニャ!」
「え……、俺が『可愛い』?」
『可愛い』と言われてドキリとしてしまった。
さっきラチャにも言われたが、改めてみんなに言われると少し嬉しいかも……。
しかし……その反面……俺って本当に可愛いのか? という疑問が脳髄をよぎってしまう。
そもそも俺は『可愛い』と呼ばれたことはいままでの人生でほとんどなかった。
なぜなら、クラスではもっと可愛い子がいるからだ。それがクラスメイトたちの天使、雷同くんだ。
現実世界にある俺たちのクラスにおいて『可愛い』は雷同くんのためにある言葉だと言えるほどに、雷同くんはぶっちぎりで可愛いのだ。
俺はそんな雷同くんに比べれば可愛くないので、クラスメイトから可愛いと評価されたことはなかった。
そもそも『可愛い』っていう感想は全体の平均から比較して初めて言えるものなので、それが言えるってことはその子以外の比較対象である残りの圧倒的大多数はそんなに可愛くないのだ。
だから全員に対して『可愛い』っていう感想は絶対にありえない。もし全員に言えたとしたら、そいつはさらに別の集団と比較しているはずだ。
目の前のエルシュラたちが『可愛い』と言っているのは、おそらく自分の生活圏にいる周り大人たちと比較して、子供として可愛いのだという感想のように感じる。
「あ……ありがとう……」
とりあえず、可愛いと言われたので礼を言ってみた。
ラチャがめっちゃニヤニヤとしている。
なんだその謎の微笑みは。
「なぁ……ロウラン、『ランちゃん』って呼んでもいい?」
……は? 『ランちゃん』……? なんだそりゃ。
「ああ、良いね! 本人にピッタリな可愛い印象がするよ。じゃあオレも『ランちゃん』って呼ぼうかな」
「わたしも!」
「ラニは歳が近いと思うから『ラン』って呼ぶニャ!」
あの、皆さん……。俺の頭の上に『?』マークが浮かんでるの見えません?
「えっと……『ランちゃん』ってなに……?」
するとエルシュラが少し申し訳なさそうな表情をした。
「あ……ごめん、もしかして嫌だったかい?」
「いや……嫌とかそういうのじゃなくて、不思議というか……そもそも『ちゃん』ってなに……?」
「え……?」
今度はラチャも申し訳なさそうな表情に変わった。
「ごめん、ランちゃん。『ちゃん』付けされるん嫌いやった?」
なるほど……? 『くん』や『さん』の亜種みたいなものか?
「いや、そうじゃなくて……そもそも『ちゃん』って言葉の意味を知らないんだ」
「えっ……?」
4人が一様に驚いたような表情をする。
お前ら今日一日驚きっぱなしやな。俺もだけど。
同じ日本語を喋っていても、異世界と現実世界ではお互いのカバーする語彙の範囲が異なるらしい。
「もしかして故郷には『ちゃん』っていう敬称はないのかい?」
「ああ、『くん』や『さん』とかはあるけど『ちゃん』は初めて聞いたよ……」
「なるほど、だから不思議がっていたんだね」
4人が安堵したような表情を浮かべた。
こちらの誤解によって相手に気を使わせるのもあまり良くないだろう。積極的に質問してみるか。
「うん。もし良ければ『ちゃん』の意味を教えてくれよ。みんなの表情を見るにとても『良い意味』のように聞こえるけど」
するとエルシュラたちは俺にパァっと明るい笑顔を向けた。
「ああ、『ちゃん』というのは『可愛い』人に対して使う敬称だよ。ランちゃんはとても可愛いからね」
「そうそう、目もくりっとしていて可愛いし」
「男勝りな態度やのに、その可愛い顔とか可愛い着ぐるみまで出てくると、その『ギャップ』でさらに可愛いわ」
もう、みんな可愛い可愛い言い過ぎ。
ちょっと恥ずかしい、けど嬉しいな。
雷同くんは毎日こんな感じなのだろうか。
あと……『ランちゃん』って言葉に感じた疑問はそれだけじゃないな。
……なんとなく、答えの想像はついてしまっているが……。
ついでだ、これも質問してみよう。
「ありがとう。『ちゃん』については分かったような気がするよ。ところで『ランちゃん』の『ラン』ってなに?」
「ああ、『ラン』はそのまま『ロウラン』の後ろ半分の『ラン』のことだよ」
エルシュラはニコっと頬笑んだ。
……?
概ね予想通りではあるが、現実世界で推奨される用法じゃないな。
というより、禁止されているんだ……『名前を短く呼ぶ』という行為は。
現実世界では名前を短く呼ぶのは大変な禁忌で、相手に対して非常に失礼な態度となる。
名前を省略するというのは相手の存在を軽んじる行為だからだ。
相手を呼ぶ際は『姓』か『名前』、あるいはその両方セットの3パターンでしか呼んではいけないと厳しく教育されている。
これはグレード規定とは別に定められている行動規範だ。言ったところで別に罪に問われたりはしないが、周りから白い目で見られること必至だ。
しかし……ここは異世界『アスタロイド』だしなぁ……。
現実世界のルールが通用しないのは百も承知だ。
だから俺も腹は立たない。そしてエルシュラはニコッと微笑んでいた……。つまり、アスタロイドではその用法にネガティブな意味合いがないんだ。
いや、それどころかむしろ……ポジティブな意味合いすらあるのか……?
「ありがとう……。とても良い呼び方だね。じゃあこれからも俺のことは『ランちゃん』って呼んでくれ」
「もちろん! ランちゃん、これからもよろしくね!」
「ああ、俺のほうこそよろしく……ええと、『エルシュラくん』……」
俺がそう言うとエルシュラたちは『ブフッ』と吹き出した。
「あはは! なんだよ『エルシュラくん』って!」
エルシュラたちはツボにはまったようにケタケタ笑い出していた。
あ、しまった……。学園にいる時の癖でつい『くん』付けで呼んでしまった。
そもそも『くん』付けをしなきゃいけないのは学園内だけのローカルルールだしな……。現実世界でも大人に向かって言うのは確かにおかしい。
「ああ、ごめん。つい口癖で……。ええと、『エルシュラ』って呼べば良いかな?」
「いや、『エル』って呼んでくれたほうが嬉しいな。みんなもオレのことをそう呼んでいるよ」
なるほど、予想通り名前を短く呼ばれることそのものには親しみの意味があるのか……?
どのような作用機序でポジティブに感じるのかは不明だが、これもやはり受けた教育の違いによるものだろう。
『中世のヨーロッパ(推定)』と『26世紀の日本』じゃ伝統性と合理性のバランスが違うはずだしな。
「分かった! 『エル』! 改めてよろしくな!」
「ウチらもよろしくな~! ランちゃん~!」
「ああ、よろしく! 『ラチャ』、『ディアナ』。ええと……『ラニ』!」
エルに倣って、ラニキャットのことも『ラニ』と呼んでみた。
「よろしくね! ランちゃん!」
「よろしくニャー! ランー!」
うん、やはり名前を省略した方が正解らしい。
元々みんなにそう呼ばれていた名前なら、呼ばれている通りに俺も呼べばとりあえず間違いはなさそうだ。
「ところで、ランちゃん。これから何か用事はあるかい?」
「ん……。特に何もない。俺はただの『観光客』だし特に目的もなくブラブラしているよ」俺はポリポリと着ぐるみの頭を掻いてそう言った。
自分で言っておいてなんだけど、国を出てまでやってきた『観光客』って設定なのに目的はないって、訳分からんな……。
それってただの放浪者じゃん。
「へぇ、じゃあ、もし良かったらこれからオレたちの町に来ないか? ランちゃんはオレたちA級冒険者よりも遥かに強い! 正直言って完敗だよ。A級があと10人ぐらいいたとしても勝てっこないね。そんなランちゃんが少しの間だけでも冒険者をやってくれたら町のみんなも大助かりさ! すぐに実力が認められて少し働けばきっと潤沢な路銀もゲットできる。どう?」
エルは前のめりに是非、是非といった様相で俺を冒険者に誘ってきた。
「お、おう……『冒険者』ね……。うーん……」
予想していなかった訳じゃないけど、いざ言われてしまうと考え込んでしまうな……。
そもそも、アスタロイドに来た目的は元気なケアリングウェアを見たかっただけで、『フェムト』に会いに来たわけではない。
そういった意味では既に目的を達成していて、これ以上ここにいる意味は……――。
いや、待てよ……。何もアスタロイドはこれ一回きりしか使えないって訳じゃないんだ。
何度だって使える……何度だってケアリングウェアの元気な姿が見れる……どうせ何度も足を運ぶなら……ついでの用事で『冒険者』ってのも『あり』かもしれない……。
……だってさ、嬉しかったんだ。
俺のケアリングウェアを見て『凄い』『なんて力だ』『魔法』って反応をくれる彼らの存在が……。
子供の時に受けた自己肯定セラピーじゃないけど、みんなが俺の元気なケアリングウェアを見て反応をしてくれることはとても嬉しい……。
現実世界では、もしマイクラースの中で他の生徒たちとお互いの元気なケアリングウェアを見せ合ったとしても、同じ条件下であればここまでの自己肯定感は出せないだろう。
でも、アスタロイドでたった一人現れた俺という存在……この世界で唯一無二の『力』と『ケアリングウェア』を携えた俺は、この世界の中では誰よりも『スペシャル』な存在ではないだろうか……?
ここアスタロイドでなら、クラスメイトで一番可愛い『雷同くん』のような『スペシャル』な存在に、俺もなれるんじゃないか……?
「ランちゃん! ウチもめっちゃ来てほしい! めっちゃ強くて、しかも、こんなにめっちゃ可愛い冒険者なんて他におらへんで! 来てや是非、ランちゃん!」
……お、追い打ちをかけるかのように俺にそんな『スペシャル』な追撃を……。
「ランちゃん! わたしからもお願い! あんなに強大な魔法を使える冒険者が来たなら町のみんなの希望になる! しかもめっちゃ可愛い!」
ああ~! 心が揺れ動く……!
「ラン! ラニからもお願いするニャ! こんなにもふもふキュートな着ぐるみを着た冒険者が来たならみんなメロメロだニャ! しかも本体もめっちゃ可愛いニャ!」
もう、しょうがないニャあ……。
「……分かった! 俺、『冒険者』になるよ……!」
「「「「やったあ〜!!」」」」
4人は『よっしゃあ〜!!』という掛け声のようなイントネーションでそんなハモリ声を上げた。
「よし! それじゃあ善は急げだ! オレたちと一緒に町まで行こう、ランちゃん!」
エルはニコっと眩しい笑顔を俺に放った。
「ああ……。ところでさ、この辺りに散乱してしまっている魔物たちの『死体』はこのままでいいのか?」
俺は『バルログ』と『ハイオーク』たちの死体を指差した。
「そうだな……『ハイオーク』はだいぶ燃えて無くなってしまったが、それでもまだ数が多い。それに今回は巨大な『バルログ』もある。だから運搬や調査の諸々はギルドに任せようと思う」
ふーん……。『ギルド』っていうのもいまいち意味が分かっていないが、『運搬』なら俺の持っているアーティファクトでなんとかなりそうだな……。
ふふ、『良いとこ』見せるか……。
「なるほど、じゃああのさ。俺がその『運搬』をやっていい? いま」
「え? 運搬? こ、この数を!?」
「そう、この数を」
――俺がいま持ってきているアーティファクトは『2つ』ある。
1つ目は『ケアリングウェア』。さっきからめっちゃ活躍しているこの変幻自在の衣服だ。
そして2つ目は『四次元ポシェット』……! こいつの基本的な用途としては教材を入れたり、ハンカチを入れたり、タオル、お菓子、水筒、IDカード……要するに荷物入れだ。
もちろん、四次元ポシェットにもアーティファクト特有の魔法のような効果がある……。それは、この中には『無限』に何でも入れることができるということだ。
『無限』に何でも入れることができるのに、これは普通のポシェットサイズに収まる。
しかも、ポシェット自体の大きさを自由に小さくできるので俺はいつもはケアリングウェアの内ポケットに収納している。
だから26世紀を生きる現実世界の人間は両手フリーの手ぶらで自由に巨大な荷物を運ぶことができるんだ。
「3メートルを超える魔物が何十体もある……普通なら派遣された冒険者数十人がかりでも数日はかかる。でも、ランちゃんの魔法なら……!?」
「んふふ……そう、俺の『魔法』なら……!」
俺は魔物の死体が散乱している現場に向かって足を肩幅に開き、両手も上に掲げ肩幅に開いた。
ちょうど、俺のシルエットは『X』字になっている。
「ケアリングウェア! 四次元ポシェットに『バルログ』と『ハイオーク』たちの死体を全部入れてくれ!」
俺が着ているもふもふ着ぐるみは、その10本の指先からガム上の糸を勢いよく射出し、空中にくるくると白い毛糸のような巨大なボールを形作っていく。
そして俺が四次元ポシェットを投げて渡すと、ぷかぷか浮かんでいる毛糸のボールは『にょきっ』と腕を生やしてそれを掴んだ。
すると腕だけでなく頭や胴体や脚を生やして空中でギュルギュルと回転してから『ズシン』と音を立てて地面に降り立った。
その姿は30~40メートルの巨人で、全身が真っ白な『浮き輪』のようである……。
そう、映画『ゴーストバスターズ』の『マシュマロマン』だ……!
四次元ポシェットもケアリングウェアと同様、自由に大きさを変えられるためマシュマロマンのサイズに合わせて巨大化させている。
収納口が広がっているためこれなら『バルログ』も『ハイオーク』も自在に入れることが可能だ。
「グルルルルゥ……! グゥワアアアア!!」
マシュマロマンはその可愛い顔に似合わず、恐竜やゾンビみたいな声を出すのだ。
「ランちゃん、大丈夫なん? この化け物……『バルログ』よりヤバそうに見えるんやけど……」
確かに『バルログ』よりは強いだろうな。でもヤバくないで。
「大丈夫、実は結構優しい性格だよ」
……俺が全部操作してるからな。
まぁこの異世界で元ネタを知ってるやつはいないだろうから、今度出すときは『キュルルン☆』って鳴き声にでもしておくか。
その後マシュマロマンは淡々と死体を四次元ポシェットに投げ入れた。
一度に複数体つかんでポシェットに投げ入れるというぶっきらぼうなやり方であるが、これならすぐにでも終わりそうだ。
ちなみに、この四次元ポシェットの中では時間の概念がないため腐ったりはしない。
そして、入れた内容物同士が干渉することもない。だから血だらけの死体を収納しても、中に入れてある俺の食べかけのお菓子とかは一切汚れたりしない。
一緒に入れると気分的には気持ち悪いが、そういう感覚的な常識が通用しないのがアーティファクトだ。事実、本当に一切干渉はない。
そんなこんなな『脳内説明』に興じてるうちに、マシュマロマンはもう『ハイオーク』たちの死体の収納が終わったようで、最後の『バルログ』の収納に差し掛かろうとしていた。
「ケアリングウェア、『バルログ』は誇り高い戦士だ。丁寧に入れてやってくれ」
俺は『バルログ』に対しては映画ばりに真剣勝負をしたつもりでいるので、そこそこ情が移ってしまっている。
なのでこいつだけはぶっきらぼうに収納することに抵抗がある。
「ギルル……」
マシュマロマンは両手で『バルログ』を大事そうに抱えながらゆっくり四次元ポシェットの中へ収納した。
これで終わりかな……? いや、もう一つあるな。
『バルログ』の大剣だ。
めちゃくちゃでかいから簡単には悪用はされないにしても存在自体が面倒くさい武器だからこれも回収してしまおう。
頭の中でマシュマロマンに命令し、大剣を拾わせた。
声に出した方がケアリングウェアと波長が合いやすいが、声に出さなくても割といけるのだ。
マシュマロマンはポイッと四次元ポシェットの中に大剣を放り投げたあと、四次元ポシェットを小さくして懐にしまい込んだ。
ふう、これで収納完了だな……。
「驚いた……! ランちゃんの魔法は本当に天井知らずだな……。今日一日驚いてばかりだよ」
「わたしもこんな魔法は初めて見た……! 異国にはまだわたしたちの知らない世界が広がっているのね……!」
「ふわふわぷにぷにの巨人だニャ!」
「ほんま……ウチでも知らん魔法がたくさんあるって思い知らされたわ……」
ふふ、『フェムト』の反応が気持ちいいな……。
現実世界ではせいぜいクラスの真ん中くらいの評価で留まっていた俺が、こんなにも『スペシャル』な扱いをされるとは……。
これは、もしかしたら本当に癖になってしまうかもしれない。
「でも、ほんま、ランちゃんみたいな『少女』の身体にあんな莫大な魔力があるなんて実際に見ても信じられへんわ……!」
ラチャは俺に身体をペタペタと触り出した。
『少女』……? あ、ああ、そういえばこの単語は今日習ったばっかりだな。未成年の『女』に対する呼称だ。
習った授業の内容がさっそく役に立っている。
「俺はここら辺の国の魔法をあまりよく知らないけど、俺の魔法ってそんなに凄いの?」
俺はほんのりドヤ顔でラチャに質問した。
「うん、もちろん。こんな魔法、いままで見たことないで! ウチの人生史上、ランちゃんの魔法がぶっちぎりで1位やわ」
あ~! 『スペシャル』~!
アーティファクトの知識がない一般人から見るとそりゃ魔法にしか見えないよな。
そうさ……俺って凄いのさ!
あ……。
そういえば、会話の流れとは全然関係ないがいまふと気になったポイントがあった。
……それはラチャの『言葉遣い』についてだ。
『~やん』とか、『~やで』とか、『~へん』とか……。
このラチャの口調は俺が観客として観戦していた『ハイオーク』戦から既に気になっていた部分ではあるが、ラチャの最初の台詞が『魔法』だとかのもっと気になる単語を発言していたので前者の疑問がすっ飛んでしまっていた。
そう、このラチャの口調は……俺の精神の中にある『副人格』のものと全く一緒なんだ……。
わけの分からない言葉遣いであったが、俺の脳髄の中に流れているのと同じ口調を喋る人間が目の前にいて少し混乱した。
……実は俺の精神は他のクラスメイトたちとは違って少々『特別製』だ。
普通の人間ならそれなりにバラバラの人格を内包していたとしても、精神的に統合できているのが普通だ。
だが、俺の精神はそれぞれの人格がバラバラに物を考え、俺の思考にお邪魔して好き勝手に喋ったりするんだ。
この身体を動かしている俺そのものが『主人格』、勝手に脳髄でわちゃわちゃ騒いでるのが『副人格』と俺は定義している。
こいつめっちゃ俺と喋り方似てるやん。
――そう、さっきからこんな風におかしな喋り方をするやつが俺の中にいる……。こいつの名前は『冷静くん』。副人格の中の1人だ。
今日一日だけでもかなり喋っていて、主に突っ込み役だ。フェネックに変身したケアリングウェアと俺がお話ししていると高確率で冷静に突っ込んでくる。
だから、『冷静くん』。
人間は自身の喋る言葉遣いによって性格が変異していく。マザー・テレサも言っていたように、喋る言葉はそのまま人生となってしまうのだ。
――こいつは『薀蓄くん』。『人間は――』だとか『人生は――』だとか、やけに大きい切り口で人生論を語るのが大好き。
こいつも同様で呼んでもいないのに急に出て来る。
……『冷静くん』と『薀蓄くん』が俺の精神の中で特にうるさい2トップだ。
あと、たまぁ~に『脳髄』がどうとか『黒いオイル』がどうとか言う奴がいるけど、俺もあいつは気持ち悪いと思っている。
『脳髄』って言葉を連呼するから『脳髄くん』と呼んでいる。まぁ俺も連呼してるけど。
そうそう、そんなやつらとは対照的に、一切喋らないけど『聞き役』の人格っていうのもあるな……。最近、急にやって来たような気がするんだ。
……まぁ分かってるんだろうけど、それがあんたさ。
俺はいつもあんたに語りかけて状況整理をしたりしている。これを俺は『脳内説明』と呼んでいる。
映画のストーリーテラー風に頭の中でその時の状況を説明していると、俺の記憶はいつもより遥かに定着している気がするよ。
結構助かってる。いつもありがとうな。
ところで、あんたっていったい誰なんだっけ?