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第十一場・悲しみはメリーゴーランド

  百合枝が心配そうに征四郎を待っている。清四郎出てくる。



百合枝 「クマさん!」


清四郎 「ん?ああユリさん残っててくれたの。悪かったね」


百合枝 「いえ・・・あの、先生のご容態は」


清四郎 「・・・・・・」


百合枝 「そう・・・ですか・・・」


清四郎 「まあねえ、あれだけガンガン酒飲んでりゃ、そりゃ糖尿も悪化するわな。視力も落ちてたし右足ももうほとんど動かせなかったらしい。随分と長いこと荒んだ生活してたからなあ」


百合枝 「そうなんですか」


清四郎 「昔はね、あれでも一時期は結構売れっ子の演出家だったんだよ、昔かたぎの職人みたいな人間だからさ、そりゃあ稽古はもうすさまじいもんだったらしいよ。それこそ朝から朝まで」


百合枝 「一日中ですか?」


清四郎 「一日中。いったん稽古が始まったらみんな家に帰れないくらい厳しいから役者やスタッフからは『稲村プリズン』って言われてたらしいよ」


百合枝 「あはは」


清四郎 「なんせ妥協ということをしないもんだから、ケンカや対立なんてしょっちゅうだったんだよ。でね、あるミュージカルを手がけたときにね、スポンサーから親父が選んだ配役に注文つけてきたんだよ」


百合枝 「なんて?」


清四郎 「『こんな無名の役者ばっかり使ってないで、もっと知名度のあるアイドルやタレントを使え』ってね」


百合枝 「ああ」


清四郎 「それでスポンサーが当時の人気アイドルを連れてきてね、主役にすえたんだわ、親父はそりゃあもう激怒して揉めに揉めたんだけど結局押し切られてそのアイドルを使ったんだけど、これがまたひどい大根でね、ぶっちゃけ言うと、まだユリさんたちのほうがマシなくらい」


百合枝 「ひどーい」


清四郎 「あはは、で、そいつはセリフも覚えてこないわ芝居は好き勝手やるわでひどいもんだったんだ。それでついに親父が頭に来てパコーンと一発やっちまってなあ。そしたら・・・」


百合枝 「そしたら?」


清四郎 「そいつの所属してる事務所が、まあいわゆる大手芸能事務所だったもんだから大問題になっちまってな、結局、親父と親父の連れてきた役者たちは全員降ろされることになっちまったんだ」


百合枝 「ひどい、じゃあそのミュージカルは大根タレントさんが主役をやることに?」


清四郎 「そう」


百合枝 「じゃあきっとそのミュージカル大失敗だったんでしょうね」


清四郎 「・・・ちがうんだよ」


百合枝 「え?」


清四郎 「そのミュージカルな、親父が選んだ役者たちで上演してた時より、その大根タレントでやった時の方が客入りが良かったんだよ、圧倒的にね」


百合枝 「そんな・・・」


清四郎 「結局この国の人にとって、演劇ってのは純粋に作品の内容を評価するんじゃなくて、出演してる有名人を見物するものなんだって、日本に本当の演劇文化は存在しないんだって親父は気づいちまったんだ」


百合枝 「・・・・・・」


清四郎 「それからは芸能界では睨まれちまってロクに仕事を回してもらえなくなって、親父もすっかり嫌気がさしてそれ以来ベテランニートになっちまってさ、挙句今じゃごらんのとおりの有様ってわけ。情けないだろ」


百合枝 「いえ、そんなこと・・・」


清四郎 「でも親父、本当はずっと芝居やりたかったんだろうなあ」


百合枝 「?」


清四郎 「母さんがね、死ぬ前に『いつかお父さんと一緒にお芝居やってね、約束よ』ってずっと言ってたんだ。俺はもう親父が芝居に関わっているとこなんて全然見てなかったから、もう二度とそんな機会なんてないだろうと思ってたんだけど・・・」


百合枝 「・・・成功、させましょうね」


清四郎 「ん?」


百合枝 『ロミオとジュリエット』、ぜったいにいい舞台にしましょうね、私、がんばります!」


清四郎 「そうだな、あの世に逝っちまった親父のためにも絶対成功させなきゃ・・・」


稲村  「勝手に殺すなボケ!」(息子の頭をしばく)


清四郎 「うわあ生きてた!」


百合枝 「ああああ、あの、もう大丈夫なんですか、お身体の方は」


稲村  「あんなもんただの持病だ、舐めときゃ治る」


清四郎 「治るか!」


稲村  「なんだお前ら二人だけか?仕方ねえなあ、じゃあお前らのシーンやるぞ」


清四郎 「って稽古すんのかよこれから!」


稲村  「当たり前だろうが時間はねえんだぞ、さっさと仕度しろ」


百合枝 「ああああああああのわわわわわたし」


稲村  「他のキャストがいないんだからお前らのシーンやるしかないだろ。徹底的にやるぞ。ふっふっふ」


百合枝 「こ、これは」


清四郎 「まさにあの伝説の・・・」


二人  「稲村プリズンだあ~!」



  暗転

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