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勇者の息子 ~異世界転移と魔王の復活~  作者: 地脇ニク男ドル子
勇者の息子は女に甘い
8/31

その1

「はぁ。あの子上手く逃げられたかしら」

 御者の呑気な鼻歌が聞こえる中、心配そうに呟くビスタの声が耳に届く。

 馬車が出発して以降、ビスタはずっとこの調子で頭を抱えていた。いちいち彼女が吐くため息は、アレスにとって御者の鼻歌以上に耳障り他ならなかった。


「しつけぇな。いい加減馬車の外に蹴り飛ばしたくなってきたぞ」

「しょうがないでしょ~。あたしの可愛い教え子だもの」

「そんなに心配なら今すぐ走って帰れ」

「それこそあの子に悪いわよ。せっかく身を挺して騒ぎを起こしてくれたんだから、努力を無駄にする訳にはいかないわ」

「だったらため息を吐くな。大人しく村に着くのを待ってろ」

「何だか人の声がするのう」

 チラリと後ろを振り返る御者のお爺さん。二人は互いの口に手を当て息をひそめる。

「気のせい、いや年のせいかのう。風の音を人の声に聞き取ってしまったのかもしれぬ」

 年は取りたくないもんじゃ、と恨めし気にごちり鼻歌を再開する。物陰からこそりとその姿を確認した二人は、ホッと肩を撫でおろした。


「はぁ、心配だわ~」

 しかし凝りもせずビスタはため息を漏らす。彼女が心配しているのは、今頃町で追われているであろう、スリのことである。二人が馬車に乗り込む際、騒ぎを起こしてくれたのだ。おかげで周囲の目を引くことに成功し、二人はこうして馬車の荷台に侵入することが出来た。

 一方でスリは追われる危険こそあるがお金が手に入る。利害は一致していた。ビスタも普段から騒ぎを起こす側として協力しているため、深く考えず何気なく頼んだそうだ。


「そもそも心配するくらいなら最初から頼まなけりゃ良かっただろうに」

「そうよね、本当にそうよね。信頼していない訳じゃないんだけど、捕まっていたらどうしよう。あの子昔からちょっと抜けているところがあるから」

 またしてもぶつぶつと、何度も聞いたようなことをごちり始めた。今まではお爺さんの鼻歌と馬車が奏でる様々な雑音により何とかやり過ごせたものの、今後も大丈夫とは限らない。そろそろ本気で止めようと、アレスは策を思案し始めた。


「あー、何で頼んじゃったんだろう。まだ十三歳の女の子だから、大目に見てくれないかしら」


 その直後、アレスの目が怪しく光った。

「安心しろ。仮に捕まっていても俺が衛兵百人切りしてでも助けてやる!」

「え、何いきなり!?」

 急な変わり身を見せてきたアレスに、当然面食らうビスタであるが。

「あんた、何考えているのよ?」

 徐々にその怪しさに感づき始めたようだ。疑いの眼差しをアレスへと向けてくる。

「言っておくけどあたしの妹分はあんたの大好きな豊満ボディじゃないからね? 手出したら許さないわよ」

「バカを言え。俺とて年がら年中色欲に溺れている訳じゃない。恩義を感じればそれに報いるのは人間として当然のことだろう。それに、いつまでもうじうじ悩むお前を見ているのも辛くなったからな」

 真剣な目でそう語るアレス。ビスタは一瞬目を丸くした後やや頬を上気させ目を逸らした。普通なら、もっと早く言いなさいよ、と思うものだがそこは流石の単純娘。まんまとアレスに騙されたようだ。


「い、意外ね。まさかあんたからそんな言葉が聞けるなんて」

「子供は俺の、じゃなくて国の宝だからな。これを機にしっかり育てれば、きっと将来素晴らしい肉体、ではなく大人になってくれるだろうさ」

「やばっ、結構見直したかも!」

 言葉の端々に本音が漏れ出ているものの、ビスタは疑うことなく丸のみしたようだ。その目は尊敬の眼差しへと変わっていた。


「十三歳、まだまだ伸びしろがあるな。今のうちに恩を売っておいて損はない」

 アレスが心の内で、こんな邪なことを思っているとも知らないだろうに。そう、基本貧乳には興味のないアレスでも、子供の場合は別である。貧乳はもう成長の見込みがないのに対して、子供はこれからが成長期。決してロリコン的な意味ではない。彼は常に未来志向、その目は将来の方へ向いているのだ。

「うーむ、やっぱり人の声がする気がするわい」

 少々調子に乗り過ぎたようだ。これだけ話を続ければ、不審に思われるのも仕方あるまい。ガタリと大きく一揺れした後馬車が止まる。お爺さんは運転席から直接荷台の中へと乗り込んできた。


「おい、どうするんだよ!? 乗り込んできたぞ!?」

「大丈夫よ安心なさい。あたしは盗賊、人を欺くのも仕事よ」

 自信ありげにニヤリと笑うビスタ。次に彼女が発したのは、本物も仲間と勘違いして集まりそうなほど巧みな、猫の鳴き真似だった。しかも一鳴きごとに高さや声質が変わっている。まるで複数の猫が、馬車の中で井戸端会議をしているかのようだった。

「何じゃ猫か。無賃乗車はいただけんが、猫からお金は取れん」

 今回は見逃してやることするかのうと、優しい声を発しながら席へと戻っていった。止まっていた馬車は動き出し、此度の危機も何とか脱することが出来た。

「器用だな、お前」

「ふふん、猫の鳴き真似は盗賊が修羅場を乗り切る常套手段よ」

 今回ばかりはえっへんと胸を張るのも無理はない。アレスも素直にその技術の高さを認めざるを得なかった。声には出さないが。


「しっかし、鳴き真似したらお腹が空いてきたわね」

「どういう腹の構造だよ。ってかいちいち声に出すな」

「でもこれって意外に深刻な問題じゃない? あたし達、着の身着のままで来ちゃったし。村までまだまだ掛かるのにどうやってこの時間を乗り切るのよ?」

「別に一食くらい抜いたって死にやしないだろ」

「最悪ご飯はいいとしても水は?」

「ツバでも飲んでろ、と言いたいところではあるが、流石に水はまずいな」

 空腹はしばらく我慢出来たとしても、喉の渇きは少しの時間でも厳しい。程度によっては短時間でも体に異常をきたしてしまう。

 しかし周囲にあるのは木箱と樽の山だけ。となれば、出来ることは一つしかない。木箱の中身は分からないが、樽の方には栓がついている。耳を近づけると予想通りタプタプと音がした。


「それって中身多分酒でしょ? あたし飲めないわよ」

「俺も飲めん。だが最悪これを開けるしかないだろ」

「絶対いや。そもそも酒って飲んだら喉が渇くそうじゃない。意味がないわよ」

「じゃあどうするんだよ」

「う~~~~~~~ん」

「ん? 今のうめき声は……」

「ワンワン! グルルルルルルッ」

「何と、犬まで乗っておるとは。今日は賑やかな旅じゃのう」

 猫よりはやや完成度は落ちているようだが、ビスタは犬の鳴き真似で誤魔化した。これで荷台はワンニャン王国となった。


「どうするかはその時になったら考えましょ」

「諦めるの早いなおい」

「さーて、余計な体力を使いたくないし軽くお昼寝でもするかな。あ、言っとくけど変なことするんじゃないわよ?」

「頼まれてもしてやらん」

「そ。普段はムカつく言動だけど、今回だけは安心よ。じゃ、おやすみ」

 ビスタは膝を抱えたまま目を閉じる。しばらくするとスヤスヤと寝息を立て始めた。

 さて一方で、頼まれてもやらないと豪語したアレスの方だが。


「げっへっへ、俺はさっきの屈辱を忘れてはおらんぞぉ!」


 この豹変っぷりである。ビスタに頭を下げさせられたことをしっかり根に持っていた。ほぼ密室、周囲に誰もいない、彼女は完全に熟睡中。復讐にはまさにおあつらえ向きの状況だった。

「さぁ、どうしてやろうか」

 パッと思い付いたのは聖剣を奪うことだが、それだけでは到底気が済まない。木箱や樽を動かし彼女を囲む、それではくだらないイタズラで終わってしまう。大体動かせば御者に気づかれる危険性もある。もっと手っ取り早く、かつインパクトのある復讐はないものか。深く考えるアレスの元に、それは突然飛来した。


「ヴェ!?」

 虫である。正確には何処にでも何処からでも現れ、人々に無駄な恐怖と嫌悪感だけを与えながら駆け回る茶色い虫である。アレスも例に漏れず大嫌いだ。ただし冷静さを失うほどではない。変な声を出しそうになったところを、すぐに手で口を塞いだ。御者に気づかれなかったことだけは幸運か。

「くぅ、さっさとどっかに行きやがれ」

 足をばたつかせ追い払おうと試みるも、なかなか上手く誘導出来ずにいた。それどころか、あろうことかビスタの方へと向かってしまうではないか。虫はビスタのハーフパンツからクライミングを開始し、五合目、七合目と次々に制覇していく。

 そしてついにビスタと直で触れてしまう八合目、鎖骨周辺にまで到達してしまった。


「ん、んん、何かくすぐったいわね……」

 ビスタの目が徐々に開かれていく。目下に迫った奴の姿を見てしまったら最後、口から魂が抜け出ることだろう。いやそれだけならまだいい。声を出されようものなら、これまでの苦労が水の泡となってしまう。アレスにとってはこれ以上ない復讐ではあるが、あまりにもタイミングが悪すぎる。

 せめて今の状況を把握し、落ち着いて対処してくれれば。


「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 そんなアレスの願いも空しく、ビスタの悲鳴が響き渡る。もう言い訳しようもない、決定的な人の声。こうなれば逃げるしかないと腹をくくった時だった。

「ひっ、ヒヒィィィィン!」

 ビスタのヤケクソ気味な馬の鳴き真似が炸裂する。犬真似よりも遥かに劣る鳴き真似はもはや、ヒヒーンと叫ぶマヌケな人の真似、とも言うべき完成度。間違いなくバレるとアレスは確信していた、のだが。

「お前さん達も今日はご機嫌じゃのう」

 幸か不幸かお爺さんは前を行く馬の鳴き声と勘違いしてしまったようだった。これも年のせいなのかもしれない。つくづく年は取りたくないものである。


「た、助かった?」

「みたいだな、馬女」

「変なあだ名つけないでくれる!?」

 かの茶色い虫も何処かに飛んで行ってしまったようだ。何はともあれ最大の窮地を脱した二人。しばらくは大人する方針を即時採択し、静かに時が過ぎるのを待つことにした。

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