その3
城壁から太陽が顔を出し、街並みを明るく染めていく。ルフェール王国に新たな一日が到来した。新勇者の門出に人々は期待に胸を膨らませ、旅の成功を祈る日となるだろう。
「来たわねドラ勇者」
「げっ、本当に来やがったのかお前」
「当たり前でしょ。こんなオイシイ話、もう二度とないかもしれないからね」
そんな輝かしい一日に水を差そうとする二人組がいた。落ちぶれた勇者アレスと成り上がりを目指す盗賊ビスタである。城門近くの茂みにて落ち合った二人は多少の小競り合いの末、仲良く城の様子を観察していた。
「どうやら勇者さんは北門から出発するそうよ。そこからまずローエン村に向かうようね。昨日城から伝書鳩が飛んでいくのを確認したわ」
「ずいぶんと入念な下調べじゃないか。少しだけ見直したぞ」
「ふふん、盗賊にとって情報は命。お金の次に大事なのよ」
「城の中に入る抜け道を知っていれば満点だったけどな」
「あんたはいちいち一言多いわね。素直に褒めなさいよ」
城門は未だ固く閉ざされている。見張りの兵も退屈そうだ。まだ出発には時間がかかるだろう。しばらくは見張る必要はないと判断し、二人は茂みから一旦顔を離した。ただこの場からは離れず、引き続きその場で待機する。
「さて、それじゃ作戦会議よ。勇者奇襲作戦を考えて来たわ!」
「お前結構ノリノリだな」
アレスとしては普通に再戦を申し込むつもりだった。だが彼は異様にプライドが高く、決闘の申し込みとは言え人に物を乞うことは死ぬほど嫌いだ。もしかしたらビスタの作戦の方がこれ以上屈辱を重ねずに済むかもしれないと考え、ここは拝聴してみることにした。
ビスタは木の枝を拾うと、土がむき出しの地面に図を書いていく。
「まずこの線が城門で、バツ印が衛兵ね。勇者が出て行く時には門の両脇に一直線に並んで敬礼するんじゃないかしら」
門の両脇からバツが一直線に並んでいく。続いて門の後ろ側に二重丸を書き込んだ。
「勇者はこの二重丸ね。ひとまず門の後ろに置いておくわ。で、これがあたし達。じゃ、説明を始めるわよ」
「おい待て。まさかとは思うがこの丸が俺じゃないだろうな?」
「あんた以外誰がいるってのよ。それとも何? あんたもハートマークがいいの?」
「お前がハートマークなのにも疑問が残るが今は置いておく。何故この俺が貧弱野郎の下位互換みたいな立ち位置の丸印なんだ。せめて三重丸か王冠にしろ」
「あんたも細かいわね~。ほら、これでいいでしょ」
丸が二つ付け足されたのを見てアレスは、それでいい、と矛を収めた。全くケツの穴の小さい男である。
作戦会議再開。ビスタは城門の後ろに書かれていた二重丸から線を伸ばしていく。
「まず門が開く。すると勇者がのこのこと出てくるわ。隙を見てあたしが一気に駆け寄り勇者を人質にとる。後はあんたがとどめを刺す。どう? 完璧じゃない?」
自信満々に両手を腰に当て胸を張るビスタだったが、正反対にアレスは渋い表情のまま腕を組み、一瞬の逡巡すらなく断りの言葉を入れた。
「ちょっとー! 何がダメなのよ! 完璧な作戦じゃないの!」
「何がダメ? なら教えてやる。主に三つ。一つ。お前にこの人数を掻い潜れるとは思えない」
「やってみないと分からないでしょ!」
「二つ。お前が駆け寄って人質に取るくらいなら俺が最初から最後までやった方が早い」
「あたしの出番がなくなるじゃない!」
「なくなるじゃなくて元からないんだよ。分かったらさっさと帰れ」
「ぐぬぬ、あたしの出番は考え直しね」
「ねぇよ、作るな」
「で、三つ目は?」
とうとう無視し始めたので、一旦帰すことを諦めることにしたアレス。V字の指に薬指を加え、もう一つの欠点を説明していく。
「三つ。あいつ一人で出てくること前提になっているが、あいつにはルドンナちゃんと言う隠れナイスバディな連れがいる」
「え? 向こうも二人組だったの?」
「二人だけとは限らない。ローエン村に向かうんだったら、確実に道案内が必要になる。最低でも三人組、場合によってはそれ以上にはなる」
「なるほど、じゃあここは三人組と仮定して」
二重丸の後ろに雑な形の丸が二つ追加された。
「おい、ルドンナちゃんをそんな丸だか四角だか分からない形にするな。もっと丁寧で可愛いハートマークにしろ」
「あんたはどっちの味方なのよ……」
「もちろん、女の子の味方だ」
「あたしも女なんですけど~」
眉をひくつかせながらも、ルドンナのマークをハートに整えていく。何だかんだで律儀な女である。次からはもう下らない要望は聞かないから、と釘を刺し話を戻していく。
「あ、それならこれはどう? あたしがルドンナを人質に取る。周りを脅している間に、あんたが勇者を討つ!」
「だからどうやって兵の監視や警備を潜り抜けるんだっての」
「ならあんたが衛兵を引き付けている間にあたしがルドンナを人質にするわ」
「お前はどうしても自分を活躍させたいようだな」
「もういっそのことあんたの聖剣あたしにくれない?」
「完全に主役の座を奪いに来たぞこいつ」
「ついでに王様も討っちゃおうかな。そしたらあたしが王位につくの」
「城の近くで国家転覆計画練るとかすげぇ度胸だな」
「天才ビスタ王国初代女王ビスタ、うん、いい響きね」
「多分一晩ともたないと思う。そして話を脱線させるな」
ビスタの頭に軽くチョップをかまし話の流れを修正に掛かる。一応今の彼女の案の中にも、参考に出来る部分があったのだ。
「俺もいい策を思い付いた。さっきの案とは逆だ、お前が囮になって他の兵を引き寄せろ」
「えー、何その噛ませ役みたいな扱い。嫌に決まってんでしょー」
「その噛ませを俺にやらせようとしていたのは何処のどいつだ」
アレスのツッコミはもっともだったが、ビスタは欠片も意に介した様子も見せず。口をとがらせ不満不平を次々に口にしていく。
「大体あたしが捕まったらどうするのよ。あんたは別に捕まっても王様に怒られるだけだろうけど、あたしは地下牢一直線よ。しかも王様は魔王の復活がどうのなんて事情は知らないから恩赦の可能性もない」
「あー、一ついいか?」
ビスタの猛反発などアレスも想定済みである。そこでアレスは一つ小話を思いついていた。
「これは親父が旅の途中で立ち寄った村で起きた話なんだがな」
アレス曰く、彼の父アトスと聖者一行がとある村に宿泊している最中、大規模な女性下着盗難事件が起きたそうだ。アトス達は調査に協力し犯人の割り出しを急いだ、しかし。
「実は聖者の一人が犯人であることが発覚してしまったんだ」
「えぇぇぇ!? そうなの!?」
そんな訳ないだろう。そもそも事件すらアレスが今でっち上げたものである。盗賊一人を説得するために聖者を下着泥棒に仕立て上げるとは。何とも罰当たりな男だ。
「そこで親父はある行動をとった。何だと思う?」
「もったいぶらずに早く教えなさいよ!」
ビスタはわくわくとした表情で話を急かした。
「親父は聖者を庇って、自分が罪を被ったんだ」
「おお~!」
嘘であるとは言え父親にまで下着泥棒の汚名を平然と着させる息子であった。
「後に真実を知った村人は、仲間のために自ら損な役回りを引き受けるとは、何と器の大きい男なんだ! と口々に賞賛し親父の銅像を立てたと言う」
「アトス様超かっこいい! やるやる! やりまーす! あたしも銅像立ててもらう!」
まんまとビスタは騙されていた。ちょろい、アレスは心の中でニンマリである。ようやくビスタの扱い方が分かってきたようだ。
「じゃ、作戦はお前が囮と言うことで。適当に逃げ回って攪乱させておいてくれ」
「まっかせなさい!」
後は時間が来るのを待つだけである。茂みから城門の方を確認すると、兵が慌ただしく動いていた。ちょうどいいタイミングで勇者出発の時を迎えたようだ。ゆっくりと音を立てながら開いていく城門。並ぶ兵は皆ラッパを持ち、掛け声を合図にファンファーレを奏で始めた。
二人は剣の柄に手を掛けながら、完全に開かれるのを待った。やがて解放された城門には流星、ルドンナと初老風の男性の三人。
それに加えて二頭がいた。
「馬車かよ!」
二人同時のツッコミも空しく、馬車は颯爽と城門前を駆け抜けていった。徒歩で来ると思っていた時点で、二人の想定は完全に的外れなのであった。




