その14
「あれって……ルドンナじゃない!」
「話には聞いてたっすけど、いや~いい女っすね~。うちが男なら惚れてしまいますわ」
見通しの良さそうな円柱上に立つ彼女の横顔は、何処か憂いを帯びているようだ。
「……昔から」
三人の登場に気づいたようで、彼女はおもむろに口を開いた。
「私がこうなるだろうと思い描いた未来は、絶対に実現することはなかったわ。一つのジンクスみたいなものだったの。だから計画を立てることは嫌いだった。だと言うのに、そんな私が計画を立ててしまった。今思えばそれが一番の愚策だったのかもしれないわね」
「差し支えなければその計画とやらを教えてもらえるかな?」
「勇者を召喚しご都合主義の力を魔王様が与える。そして貴方から聖剣を奪った上で仲間、つまりはご都合主義の駒に加えること」
彼女の前に表れた召喚術の本、風とは逆方向にページはめくれていく。
「お前達はそこで大人しくしてな」
「言われなくてもそうしてるわよ」
アレスは剣を引き抜き転生返しを起動。屋上に表れた召喚陣からは、巨大なこん棒を持つ魔物が出現した。アレスの倍以上はある大きさの魔物は、彼に照準を絞るかのように大きくこん棒を振り上げる。が、それはあまりにも隙が大きすぎた。振り上げている間にもアレスは魔物の足元に入り込み転生返しをお見舞い。風に流されるように魔物の姿は消えていった。
「前者は成功したわ。今回こそは上手く行くかも、なんて思ったけど結果はこの通り。想定外の連続よ。人生と言うのはままならないものね、本当に」
次に現れたのは三つの頭を持つ犬だ。そのうちの一頭が吐いた炎は一直線にアレスを襲う。
「っと!」
体を横へ投げ出し回避。火を吐き続ける犬の後ろに回り込むと一気に接近。犬は後肢にて蹴りにかかってきたが、何のフェイントもない単調な蹴りをかわすのは赤子の手を捻るよりも簡単だった。寧ろ足を近づけてきたのだから好都合。切断するかのように剣を振り抜き終戦だ。
「砦の魔物も私が仕組んだもの。彼を育て上げるためにね。けど蛇足だったわ。彼は私が考えていた以上のスピードで成長していった」
今度は緑色をした粘体の魔物が相手となる。一見して無防備、更には鈍い。しかも攻撃手段は自身の体の一部からサラサラとした液体を水鉄砲のように飛ばしてくるだけ。アレスは容易にさっさと見切り片付けに掛かる。
「アレス! 後ろ後ろ!」
しかしビスタの声が聞こえたため、警戒をはらいつつも後ろをチラッと見た。先ほど魔物が飛ばした液体により床はしっとり濡れている、どころではなかった。何と泡と音を立てながら溶けていたのだ。強力な酸だ、直接かかってしまえば甚大なダメージが残ってしまうだろう。もし自滅覚悟で浴びせられでも来られたら堪ったものではない。
「ならば」
アレスは転生返しをクルリと回し逆手に持ち変える。刃先を向けじっくり狙いを定め、そして魔物に放り投げたのだった。俊敏な動きの出来ない魔物に避ける手段など持ち合わせていることなどなく。液体のボディを貫き剣は床に突き刺さった。刹那魔物の体は光となって消え三戦三勝。剣を引き抜くと肩に掛けながらルドンナを見上げた。
「まだやるかい?」
「……そうね、もういいかもね」
何処か悲し気な目をしたルドンナは魔導書を手に取ると砦の外へと放り投げてしまった。
「もうどうでも良くなってきたわ。何もかも。貴方達を葬ったところで計画が成功する訳でもないし。時間の無駄、労力の無駄。私はとても疲れた。そして……嫌になったわ」
次は自分の番とばかりにルドンナは後退し始めた。アレス一同顔色が瞬時に変わる。
「あんた飛び降りる気!? こんなとこから飛び降りたら一たまりもないわよ!?」
「やべーすよ! 緊急事態っすよ! うちちょっと下行って受け止めてきますわ!」
「んなことしたらあんたまで巻き添えよ!」
「ルドンナちゃん、落ち着いて話し合おうじゃないか」
「止めても無駄。貴方がどうしても女性に剣を振るわないように、私も説得を聞き入れることはないわ」
ルドンナの決意は固いようだった。一歩一歩着実に砦の外に近づいている。しかしふと何か思い残すことがあったのだろうか、あと一歩と言うところにて足を止めた。
「どうせこれで最後。お預けに耐えたご褒美よ。一つだけ何か言うことを聞いてあげるわ」
「え、マジで!? じゃあ最後の思い出にそのたわわに実ったけしからん果実を……」
「んなこと言ってる場合じゃないでしょ! 代わりにあんたを突き落とすわよ!」
「……こほん、飛び降りるのをやめて欲しいと言ったら聞いてくれるかい?」
「答えはノーよ。それ以外にして頂戴」
「ねぇ、どうしてルドンナはこんなことをするの?」
アレスに変わってビスタが前に歩み出ていた。
「それはどうして死のうとしているかを聞いているのかしら?」
「それもだけど、どうしてあなたは魔王を復活させようと思ったの? そこから話して欲しい」
「……ま、いいわ。遺言代わりに話してあげましょうか」
ルドンナは空を見上げながらポツリポツリと語っていく。
「私はとある小さな村の商人の家に生まれたの。家は裕福でもなく貧しくもなくそこそこ。両親も健在で、まぁ多分幸せだったんじゃないかしら」
「あたしより断然恵まれているわ。自信を持って幸せと言えるわよ」
「そう、ならそう言うことにしておくわ。でも、それが続いたのも私が六歳になるまで。その年で私は突如として召喚士としての力が芽生え始めたのよ」
「そんなことってあるの?」
ビスタはアレスに目を向け尋ねかけた。
「魔術の力は先天性が大半だが、ある程度経ってから突如目覚める者も僅かながらにいる」
「私はその僅かな人間だったわ。しかも魔術じゃなく召喚術。人が魔物と戦っている中で、私はその魔物を召喚出来るのよ? 笑っちゃうわ」
「……大変だったのね」
「ええ、大変だったわ。村の皆は私を最年少の司祭として祭り上げ、何かよく分からない衣装とか飾りとかを付けられて、窮屈だったわ」
「うん、あたしが思っていた大変とは違ったけど、それはそれで大変だと思うわ」
「それに村の皆は私が何をしても怒らなかった。罵倒したり、踏みつけたり、本で叩いたり、鞭で打ったり、他にも色々やったけど全然怒らない。寧ろ喜んだわ」
「分かる」
一人真剣な目で頷いたアレスを、ビスタは無言で引っ叩いた。
「それからしばらくして、魔物大戦は終わったわ。魔王様の敗北をもって。その直後ね、私が司祭の座から降りたのは」
「なるほど、魔物への恐怖から来る崇拝だったって訳ね? だから魔王がいなくなった今、村の人達がルドンナを崇拝する理由はなくなったと」
「いえ単純に任期が来ただけよ」
「あれー、何だろう。さっきからあたしが思っている話とちょこちょこ違う気がするー」
「大変だったんだな」「大変だったんっすね」
「あんた達何頷いてんの!? ただの任期よ!? 欠片も大変な要素ないじゃないの!?」
「司祭から降りた後も私は村の相談役として残り続けたわ。召喚術も村のために使った。ドラゴンちゃんやケルベロスちゃんに子供を乗せたり、オークちゃんやトロルちゃんに力仕事を手伝わせたり、アーマーちゃんやワームちゃんは村の護衛をしたり」
「めっちゃ平和! 何がどうして魔王復活に乗り出したのか皆目見当もつかないんですけど!」
「そんなある日、とある村人は言った。どの魔物が一番人気なのだろうか、と。そこで魔物総選挙なる催しが開催されることになったの。私の召喚する魔物で一番人気なのは誰かが決まったわ。思えばこれが全ての始まりだった」
「……どうなったの?」
一同はごくりと唾を飲み、話の続きに耳を傾ける。
「ドラゴンちゃんが圧勝だったわ。次点でケルベロスちゃん。子供と親の票が集まった形ね。他の魔物にも満遍なく票が散らばっていたわ。そんな中でたった一つ、スライムちゃんには一票しか入っていなかったの」
「スライムって、さっきのドロドロした気色悪い奴のこと?」
ビスタは何気なく言ったつもりかもしれないが、その発言の直後ルドンナの表情が変わった。
「気色悪い、皆そう言うわ……ふざけないで! 最っ高じゃないあのネバネバボディ! 何でも溶かしちゃう強力な酸! ゆっくりとしか動けないけどそれがまたチャーミングなのよ! なのにどいつもこいつも見た目が無理とか生理的に受け付けないとか何なの!?」
この突然の豹変、ルドンナにしては珍しい感情的な一面に、ビスタは目を白黒させていた。
「え、えーっと、もしかしてその一票ってのは?」
「私の票よ何文句あるの!?」
「い、いや別に何もないわ、うん。趣味嗜好は人それぞれだものね」
「人それぞれかもしれないけど、スライムちゃんに関してはあまりにも度が過ぎているわ! 一票って何よ一票って! おかしい、こんなの間違っている! 私は抗議したわ、でも誰も聞き入れてくれなかった!」
「そりゃそうでしょうね! 公平な多数決だもの!」
「私は怒りに任せて村の外に飛び出したわ。そしてスライムちゃんの良さを人に伝える旅に出た。でも、誰一人として受け入れてくれる人はいなかった。絶望したわ、心の底から。そして思った、この世界は間違っていると。こんな世界、滅ぼされるべきなんだと」
「……あー、何となく話が繋がって来たわね」
「ある時ふらりと魔王城の跡地に赴いたわ。そこで魔王様はこう言ってくれた。スライム、いいよね! って」
「軽っ! 魔王フランク過ぎない!?」
「その瞬間体に電流が走ったような気がしたわ。私は決めた、魔王様を復活させようって。そしてこの間違った世界を正してもらおうって」
「そんな理由で滅ぼされて堪るもんですか! あんた達もそう思うわよね!?」
ビスタは同意を求めてアレスとレディアの方に目を向けた。しかし……。
「うううっ、苦労したんだね、ルドンナちゃん」
「悲しい、本当に悲しいお話っす……」
「何泣いてんのあんた達!?」
「そんな過去があったとは。……うぐっ、悲しい出来事じゃ」
「女神様まで!?」
号泣していた。アレスに至っては鼻水までたらす大号泣であった。
「貴方達、泣いてくれるのね。初めてよ、こんなに泣いてくれた人間は……」
ルドンナもまた目尻に溜めた涙を流していた。その場にヘタレ込むと、目頭を押さえ嗚咽を漏らしていく。気づけばビスタ以外泣き崩れる者ばかりであった。
「え、えぇ!? 何、あたしが間違ってるの!? あたしの感性がおかしいの!?」
そんな彼女のツッコミに、肯定も否定も聞こえない。お通夜のような空気が砦全体を包み込む。もう完全に収拾がつかなくなっていた事態に、ついに匙を投げたのであろう。ビスタは一人一人に目を向けると、遠くにまで響き渡るような声で盛大に言い放った。
「あんた達、ちょー怖いんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」




