その3
アルドの背中に見受けられるのは一組の男女だった。
「アレスにも紹介しよう。こちら召喚士のルドンナ殿だ」
「は、はい!」
アルドの背後から頭巾をかぶった少女が一歩前に歩み出た。
「ル、ルドンナです! 召喚士をやってます! よろしくお願いします!」
勢いよく一礼すると、小走りでアルドの背中に隠れたルドンナ。そんな彼女を見た男性陣は、まるで臆病な小動物見るかのように目を細めていた。
約一名、女癖の悪い暫定勇者を除いては。彼の心の声はこうだ。
「一見あどけなさを残す幼気な少女のように見えるが実際は違う。俺には分かる。そのヒラヒラとしたガードの固い衣装の下には間違いなく巨大な財宝が隠されている。子供だと思っていたらふいに大人な一面を見せられドキッとしてしまうかのようなこの感覚、何と言えばいいのだろう。まさかこれが俗に言う恋?」
「どうした、アレスよ? そんなにじっくりと考え込んで」
「いや、式場は何処にしようかと思ってな」
「町外れの教会がおすすめだ。終わったら併設してある墓へすぐに入れるからな」
「葬式じゃねぇよ!」
「あの、そろそろいいですか?」
良くない。野郎など無視してかわいこちゃんとお茶したい。と言うのがアレスの本心だが、王とアルドがそれを許しそうにもない。心底不服な気持ちを隠すことなく、いかにも頼りなさそうな細身の男の方に冷めた目線を送った。
「僕は葛西流星。ルドンナさんがこの世界に召喚した、らしくて。えっと、よろしくね?」
「で、俺はこのザコをけちょんけちょんに痛めつけてやればいい訳だな?」
流星が差し出した手を無視し、アレスは王へと尋ねかけた。
「うむ。ただしその聖剣を使ってはならぬぞ。不公平じゃからな。こちらで用意した練習用の剣にて勝負してもらう」
「何でもいい、早く用意してくれ」
どうせレプリカだし、とアレスは心の中だけにとどめておく。バレたら面倒なことになるのは火を見るよりも明らかである。
「では、場所を移そうかのう」
玉座の間で戦われては傷がついてしまうとのことで一同は城の中庭へと移動する。
「ほれ、お前の剣だ。聖剣の方はわしが預かっておく」
「はいよ。さて……」
アレスは剣を軽く振り得物の感触を確かめていく。その軌道はこの場にいる誰もが文句のつけようのないものだった。空気が見えていれば、きっと綺麗な断面を描いていることだろう。軽いウォームアップが終わる頃には、剣はアレスの身体の一部のように馴染んでいる。
そう、アレスと言う男は性格こそちゃらんぽらんだが、剣の腕に関しては超がつく一流なのである。勇者と言う肩書きは親の七光りでは決してない。それ相応の力がアレスにはあるのだ。
ただし腕を磨いた動機は全て、女の子にモテたいがためであることだけは補足しておく。
「待っててね~、ルドンナちゅわぁ~ん。すぐに片を付けて、俺と一杯楽しいことしようね~」
「は、はい?」
ルドンナは首をかしげていた。アレスの脳内は早くも桃色一色である。
一方で流星と名乗る男の方はと言うと。
「おわっ!? お、重い……」
プルプルと両手を震わせながらようやく持ちあげていた。剣の重さに足元もおぼついていない。おもむろに持ち上げるとやっとの様子で縦に振り下ろした。剣を振っていると言うよりは剣に振られていると言った方が正しいだろう。
「おいおい爺さん、本当に戦うのか? いくら練習用とは言えこれじゃマジで死ぬかもしんないぞ」
「う、うーむ……」
王もこれは予想外だったようで、髭に手を当てながら考えあぐねているようだった。
「私も止めた方がいいと思いますぞ。明らかに力量が違いすぎる」
「ご、ごめんなさい! 私がまだ未熟者なばっかりに!」
アルドも止めに入り、ルドンナは涙目で何度も頭を下げる始末。戦う前から早くもアレスの不戦勝ムードが漂う中、王は一つの結論を出した。
「ぞ、続行じゃ! 戦う前から負け扱いは流星殿にも失礼じゃろう!」
「ま、そこまで言うんなら別にいいけどよ」
アレスはあくびを隠すこともなく所定の位置に向かっていく。
「よ、よいのですか? 万に一つも勝ち目などありませぬが」
「万に一つはなくても億に一つはあるかもしれぬじゃろう!」
「ないと思いますが……」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
諦観、自棄、謝罪、ギャラリー達がそれぞれ盛り上がっている間に、当の決闘者達は互いに向かい合っていた。
「決闘は礼に始まり礼に終わるらしいが俺はしない。頭を下げるのが大っ嫌いな性分でな」
「僕は本来のルールに従っておくよ」
あろうことか流星は剣を地面に置き、恭しく一礼していた。戦士が武器を手放すなど言語道断。これが本気の戦いなら、流星が剣を手に取る隙に一撃で仕留めていたことだろう。しかしそれではあまりにもつまらない。だからアレスは、彼を少しおちょくってやることにした。
さぁ、決闘の始まりだ。流星は再度両手で剣を持つと、フラフラしながらも刃先をアレスの方へと向けてくる。その様子をアレスは、肩に剣を掛けながら観察していた。
「俺から攻撃するまでもないな。来いよ素人、少し遊んでやる」
左手でくいくいっと挑発する。流星はアレスに向かって駆け出すと、両手持ちの剣を弱々しく振り下ろすだけだった。無論見切るまでもないへなちょこ攻撃、回避するなど目を閉じてでも出来よう。空を切った流星の剣、そのまま地面にめり込む。それを引っこ抜くにも流星は四苦八苦していた。
「はぁ、遊びにもならんな。これじゃ日が暮れる」
おちょくるレベルでもない相手に失望したアレスは、さっさとこの戦いを終わらせることにした。流星は何とか剣を引き抜いたようで、次の攻撃に向けてじりじりと間合いを詰めてきている。
次に流星が攻撃してきた時、ひょいっと後ろへ避け、隙だらけの流星の喉元に剣を突き立て試合終了。アレスの脳内には勝利への映像が浮かんでいた。そしてそれは間違いなく実現可能の映像だった。
「……へ?」
後ろへ飛んだアレスが、小石に足を取られて転ぶまでは。
前方では流星が剣を振り上げている。まずい、そう思った時には既に流星の剣が迫って来ていた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
アレスに出来ることはただ一つ。重力に任せて振り下ろされた加減の「か」の字もない流星の剣が直撃しないことを祈るだけだった。幸い祈りは通じたようで、流星の剣はアレスの顔の真横に突き刺さり事なきを得る。
「……しょ、勝者! 流星殿!」
アレスのみっともない悲鳴が中庭を通り過ぎた後の中庭に、王の声が響き渡った。
「え、ええっ!? 僕でいいんですか!?」
「うむ! 文句なしの勝利じゃ! もし本物の剣で今の一撃を当てていれば、アレスは間違いなく絶命していたことじゃろうて」
「いやはや、恐れ入った。まさかアレスに勝てようとは思わなかったわい」
「す、凄いです……!」
口々に流星への惜しみない賛辞が送られていく。流星はまんざらでもない様子で頬を上気させながら頭をさすっていた。だらしなさこそあれども、あのアレスを破ったのだ。褒められるに値する快挙であろう。
しかし案の定、今回の判定に納得出来ない人物が一人だけいた。
「待て待て待て! んなもん認められるか! 俺はただ転んだだけだぞ!」
「だからどうしたのじゃ?」
「転ぶと言う不運な事故が起きたタイミングで、たまたまこいつの攻撃が重なった! つまりは偶然、偶然の産物なんだ! 決して実力なんかじゃあない!」
「運も実力のうちと言うじゃろう。それにお主は完全に相手をなめきっていた。その態度がもたらした結果じゃ」
王の正論の前にぐうの音も出ないアレス。反論の言葉も浮かばない彼に、王からとどめの一言が放たれた。
「アレスよ、お前はもう勇者ではない。ただの、勇者の息子じゃ」




