その10
試合会場には決勝であると言うのに、観客の数は極端に少なかった。夜と言うこともあるのだろうが一番の原因は彼だろう。
「遅いなぁ、元勇者君。早く来てくれないかなぁ」
葛西流星は緊張した面持ちで呟いた。ご都合主義の塊である彼はこれまで全て不戦勝で決勝に駒を進めている。本人からすれば非常にラッキーではあるかもしれないが、観客からしたら非常につまらない存在であろう。観客の少なさがそれを如実に物語っているのかもしれない。
そして案の定周囲には、またもや不戦勝か? と言ったムードが漂っていた。
「どーもどーも、お待たせしました皆の衆」
「おせーぞー! また不戦勝かと思ったわい!」
そんなムードを切り裂くようにアレスが歩いて姿を現したのは、制限時間間近でのこと。
ヒラヒラと観客に向ける右手には、彼を苦しめていた腕輪の存在はない。
「あー右手が軽いわ、ほんと。こんなことなら最初からガキンチョに頼めば良かったぜ」
「ならもっと敬え戯け者が。次から透視してやらぬぞ」
「気が向いたらなー」
適当に会話を終わらせると、そろそろ耳障りな野次に答えてやることにした。
「これでつまらねぇ試合だったらタダじゃおかねぇぞー!」
「っせーな黙って見てろまずはお前から細切れにするぞ豚野郎!」
近くの観客に指を差しぶっきらぼうに言いのける。不戦勝と言うつまらない形ではなくなったのに客席はイマイチ盛り上がっていなかった。それも仕方ないことか、二人は共に不戦勝同士なのだ。観客も彼らが勇者と元勇者であることを知らないようで。周りから見ればただ運でのしあがってきただけの馬の骨にしか見えていないのだろう。当然実力など端から期待などしてないはずだ。
「遅かったね元勇者君。僕としては不戦勝の方がありがたかったんだけど」
「冗談を。俺と言う人間はいついかなる場合においても負けと言う二文字を許容することは出来やしないのだよ」
「なら仕方ないか。僕も覚悟は出来ている」
彼はゆっくりと魔剣シャダイを引き抜いた。黒く濁った刀身から禍々しく発せられるオーラは彼の全身を包み込む。しかしながら目の奥にはしっかりとした光を宿す辺り、自我は保っているのだろう。今の彼の中では光と闇が共存しているようである。ただアレスにとっては剣のことなどどうでもよい。嫌みったらしい笑みにて流星を皮肉っていく。
「片手で剣を持てる程度には成長したようだな」
「おかげさまで。ここに来るまでの間、僕も結構強くなったと思うんだ」
「気のせいじゃねぇのー?」
と、ここで流星はおもむろに手を広げるようにアレスに向ける。直後、オレンジ色の光がアレスの顔の真横を飛び去り、後方にて大きな火柱を上げたのだった。
「…………」
ぎこちない動きで光の球が飛び去った方を振り返る。炎は既に燃え尽きていたが、黒煙はその規模を示すかのように大きく天へ向かって立ち上っていた。
「や、やるじゃねぇか」
「ははは、それほどでも。力加減が難しくって魔法はちょっと苦手なんだ」
「ちなみに他にどんな魔法を使えたりする?」
「氷魔法、風魔法、大地魔法、爆発魔法、強化に弱化に幻覚に混乱に……まぁ、色々かな」
「お前が洞窟を何とかすれば良かったんじゃねぇの?」
「さっきも言ったように力加減が難しからさ。僕はまだまだド素人、下手したら洞窟を崩壊させかねないよ。やっぱその道のプロに任せた方が安心かなって」
「観客の安全も考えて魔法はなしにしようそうしよう!」
「え? ああ、そうだね。制御出来なくなったら大変だし。自重するよ」
「絶対だぞ! 絶対だからな!」
念を押しながらアレスもようやく剣を鞘から抜いた。転生返し、彼は聖剣アレスと呼ぶが、名前の通り転生者を元の世界へ返す一撃必殺の剣である。
「さーて、んじゃさっさとケリをつけさせてもらうぜ。光を宿せ、聖剣アレ……」
「ああ、ちょっと待てアレスよ」
新たに設定した転生返しの起動ワードは、女神の声により途中で妨害されてしまった。
「んだよ、せっかく乗ってきたところなのに」
「一つ言い忘れていたことがあった。転生返しの起動時間は五分間だけじゃ。その後再起動するには三十分のクールタイムが必要となる。使うタイミングには気を付けよ」
「要は五分で倒せばいいんだろ? と、ちょっと前の俺なら言っていたところだが」
今の魔法を見せられて彼を軽視するアレスではなかった。ルドンナが言っていた通り、彼の実力は間違いなく向上している。確実に討てる、その確証を得るまでは無闇に使わない方がいいだろう。
「ええっと、一体誰と話しているんだい?」
「誰とも。強いて言うなら俺の心と、だな」
「おおっ! 何かカッコイイ! 心の中のリトル元勇者君ってことだね!」
「何言ってんだお前。いいから早くやるぞ。無駄話が多すぎる」
剣の先を流星に向けながら告げた。
「そうだね。では、よろしく元勇者君」
綺麗な四十五度のお辞儀にて礼をつくす流星、対するはふてぶてしさ全開で腕組みするアレス。二人の戦いは頭を上げた流星が、目にも止まらぬ速さでアレスの間合いに入ってきたことから始まった。




