その7
アレスの試合まであと少しでのことだった。ソファにどっかり腰を下ろし、ナンパ失敗の反省会を一人行っていた彼の元に、息を切らせた盗賊シスターズが駆け寄って来た。
「はぁはぁ、アレス、持ってきたわよ」
「ご苦労、と言いたいところなんだが聞きたいことが二点。一つ、お前のそのとんでもなく似合わない恰好は何だ? これまでの罪を悔い改め今後の人生はお仲間のガキンチョ女神に捧げる気にでもなったのか?」
「うっさい。ちょっと色々あったのよ」
「二つ、同じくそっちのシスターっぽくないシスターさんは誰だ? 俺は嫌いじゃないが」
「どもー、レディアでーす。ビスタ先輩とは旧知の仲っす。よろしくー」
「王都にいた頃の盗賊仲間よ。偶然会ったから手伝ってもらったの」
「ビスタのご友人であったか、それは失礼。このあんぽんたんが大変迷惑をかけたことでしょう。お詫びに俺と一緒に一杯いかがかな? ここは参加者とその連れには飲み物無料だそうだ。好きなだけ飲みたまえ」
「ほほー、話に聞いていた通りの女たらしっすねー。うちみたいなイロモノまで見境なくたらし込もうとするなんて。いやはや御見それしやした」
「とか何とかいいながら普通に隣に座ってるんじゃないの」
「嫉妬はみっともないぞビスタ。が、鍵を持ってきた褒美として今日は隣に座る許可をやろう」
「あたしにはもったいない栄誉なんで他の人に鍵と一緒に譲ることにするわ」
「ま、冗談はこの辺までにしておこう」
アレスはすくっと立ち上がりビスタの方へ腕を差し出した。
「じゃ、さっさとこのウザったい腕輪を外してくれ」
「レディア、鍵を」
「あー、やっと取り出せる~。思いの外ひんやりするし、走っている間に揺れ動く鍵がさわさわーってする感触が気持ち悪かったっすよー」
レディアの服の下から取り出された鍵束に、そっちが持っていたのかよ、と舌打ちするアレス。しかしそれも手渡された鍵束の、少々生暖かい感覚の前ではどうでも良くなっていく。彼にとっては脱ぎたての下着も同然のような代物なのである。
「この鍵一生大事にする! 家宝にする! 家に飾って一日三回お祈りを捧げちゃう!」
「すな。あんたの物じゃないんだから。さっさと使ってさっさと返すわよ」
ビスタは鍵を取り上げると適当に一本チョイス。アレスの腕輪の鍵穴へと挿しこんだ。
さて、ここでおさらいだが彼女はどの鍵がアレスの腕輪の鍵か知らない。間違えれば腕輪の人間にペナルティ魔法が掛かる仕組みだ。鍵束の鍵は数えた結果全部で二十八本、故に正解を引き当てる確率は二十八分の一である。
「お、おい、腕輪が怪しく発光を始めたんだが……」
「さー? これから外れるんじゃないのー?」
彼女はどうでも良さそうにのたまっていたが、二十八分の一の確率は見た目の数字以上に低くて狭い。一発成功なんて、よほどの強運出ない限り出来るはずもなかった。
「え!? なになになになになに!?」」
腕輪は突如発煙、白い煙がアレスを包み込んだ。
「あー、やっぱりダメだったかぁ」
「先輩、何気に鬼畜なことしてますよね」
「いいのよ。たまにはこいつにバチを与えてやらないと。それにあたしが受けた命令は鍵を持ってくることであって腕輪を外すことじゃないもの」
話している間にも徐々に煙は晴れていき、アレスのシルエットが浮かび上がってくる。
鍵束クジ一発目の結果、ハズレ。アレスを襲ったのは老化の魔法であった。
自慢の金髪は真っ白に枯れ果て、若々しかった肌もシワやシミが見られる。元々ガッチリとした肉体をしていたおかげもあってか、筋力の方は老人にしてはまだあるようだった。が、全盛期と比べれば明らかに見劣りするだろう。
「き、貴様、やりやがったな……!」
「やっちゃいましたー」
悪びれる様子はない、寧ろ得意げにすら見えるビスタである。
「お前の腕輪が外れていない時点で気づくべきだった! どれが正解か分からないんだろ!?」
「その通り。でもあたしは鍵を持ってくるように頼まれた訳だし? 正解の鍵を見つけ出せとは言われてないわ」
「屁理屈を抜かしよって! どうすんだよこれ! 俺この後試合があるんだぞ!」
「大丈夫大丈夫、魔法は三十分で解けるって言うから。それまで時間を稼げば」
「あと五分そこらしかねぇよ! この、何と言うかアレだ、この野郎!」
老化したせいかなかなか言葉が出てこないだけであり、これでも今のアレスが発せられる最大級の罵詈雑言だ。もちろん暴言の対象であるビスタには毛ほども効いていないようだが。それどころか口元を抑えおかしそうに笑っている。
「ぷぷっ、日ごろあんたから受けるストレスがみるみる発散されていく気分だわ」
「剣を抜けぇい! 今すぐ俺の剣の、その、アレにしてやる!」
「剣の錆って言いたいんすかね?」
「それだ! 剣の錆にしてくれるわ!」
「そのセリフはあたしにじゃなくて対戦相手に言いなさいな」
「そういやアレスさんの対戦相手ってどんな人なんすか?」
レディアの機転の利いた話題転換により、一時的にビスタへの怒りを抑えることにした。
「一言で言えば筋肉の塊だ」
アレスが顎をしゃくった方向にシスターズは目を向けた。そこにはパンツ一枚で意味もなく様々なポージングをする男の姿が。先ほどからあのように肉体美を惜しげもなく晒している。
「うわ、本当に筋肉ね。出る大会間違えてるんじゃないの?」
「めちゃくちゃ強そうっすね。今のアレスさんが出たら鷲掴みにされボロ雑巾のようにねじられそうな気が。素直に降参した方がいいと思いますけどねー」
「何を言うか! 降参など断じてならん! 奴にはちょうどいいアレだ、老体のままぶっとばしてやらぁ!」
「ハンデっすかね? だとしたらちょっと背負い過ぎな気がするんすけど」
気合十分のアレスはぐるんぐるんと肩を回していたが、三つ回したところで右肩を抑えながら顔を青くした。
「肩が、外れた……」
「老人なのに無理するから」
「戦う前から負け確定っすね」
「負けていない、俺は負けていないぞぉ……」
「負けず嫌いは年とっても変わらないようね。はぁ、しゃあない。こうしちゃった落ち度もあるにはあるし、ここはあたし達で何とかしてあげるわ」
「アレなんてしないし、アレソレもなしだぞ。寧ろこれは当然のアレでありアレなのだ」
「感謝しないし貸し借りも無しみたいっす。寧ろこれは当然の義務であり責任だそうっす」
「よく理解出来るわね。とりあえずアレスは座って大人しくしてなさい。レディア、アレをやるわよ」
「すません先輩、アレってどれっすか?」
「……アレはアレよ」
「先輩、老化してないのにその物忘れはちょっとヤバい奴だと思います」
「あたしのアレも察しなさいよ!」
シスターズは何処かへ駆けていった。結局二人は試合が始まる頃になっても戻ってこないため、アレスは腹をくくることとなる。老体に鞭打ち戦場に立ったのだ。彼の辞書に降参と不戦敗の文字はない。
円形の客席の中心に設けられた試合会場、かつて行われたリヤンファイトと同じ舞台である。どうやって魔法が解けるまで時間を稼ぐか考えながら対戦相手を待つアレス。そんな彼を包み込む大小様々な応援や歓声。老人が戦場に立ったことにより、会場はより一層沸き立っていた。
が、魔法により拡大されたアナウンスが場内へとこだますると、それらは一転して野次へと変わることとなった。
「一回戦最終カード二十八番対五十一番だが、二十八番が制限時間になっても会場に現れないため、五十一番の不戦勝とする!」
試合は始まらずして終わった。不満とブーイングが収まらない舞台を後にしたアレスの元に帰って来たシスターズは、してやったりの顔で声をかけてきた。
「ふふん、どんなもんよ」
「お前ら何やったんだ」
「大したことじゃないわ。ちょこーっと下剤を飲ませてあげただけ」
「また随分とー……アレ的な」
古典的? とレディアが尋ねると、アレスはそれだ! と同意した。
「いやー、昔露天で派手にパクった日のことを思い出しますわー。先輩が店主の目を引いている間に、うちが飲み物にそろりと下剤を入れて」
「あったあった。店主がそれ飲んでトイレに駆け込んだ後、根こそぎ商品奪って逃げたわねー」
「お前ら一回捕まった方がいいと思うぞ」
物騒な思い出話もそこそこに、三人は再度待合室へ戻る。ちょうどその頃になるとアレスの魔法も解け、鍵束クジ二本目の選択を迫られることとなった。




