その1
ルフェール王国北部に位置する都市フェスタ。かつては前線基地フェノー砦の手前に位置すると言うこともあり、王国の中でも重要な位置づけの都市だった。戦いが終わった今でもかつての面影は残っており、医療や武器開発、干物や漬物などの保存食文化が発達している。
「俺は被害者被害者被害者だってのにぃ~……」
「うっさいわね~。もう何度も聞いたわよ、その言葉」
そんな大都市のとある牢屋からは馬嫌いな元勇者の情けない声と、手負いの盗賊の元気のない声が聞こえてくる。
二人は現在、拘束中である。どうしてこんなことになったのか。それは今から約半日前、勇者到着からやや遅れて二人がフェスタに到着した時までさかのぼる。
「あ~、やっと着いた~! ここがフェスタか~」
狭い荷台から飛び出したビスタは気持ち良さそうに腕を伸ばし、アレスは大あくびしながら降りてくる。馬車の中で一眠りしていたおかげで随分とリフレッシュ出来ていた。
「世話になったな爺さん」
「本当にありがとうございました!」
「気にするでない。では達者でな」
老人は馬車を走らせ街中に消えていった。何でもここには息子夫婦と孫がいるそうで。町へ向かう最中も、顔を見るのが楽しみだ、と顔をほころばせて語っていた。
「あたしもお爺ちゃんのお孫さんに会ってみたかったなぁ。まだ三才なんだって」
「会ってくればいいだろ。いっそそのまま生涯寄り添うといい」
「そんなこと言っちゃって。本当は寂しいんでしょ?」
「ストーカーに加えて痛い勘違いまでするようになったか」
「はいはい。あたし分かってきたのよねー。男ってさ、気になる子には意地悪するって言うじゃん? あんたのそれも、いわゆる愛情表現的な奴なんじゃないかって」
「寒気がするからやめろ」
話を切り上げおもむろに適当な方向へ足を進め始めたアレス、その隣にビスタも並ぶ。先程から彼女は、村とは違った街並みに目をきょろきょろとさせていた。
「うわ~、何かルフェールに負けず劣らずの賑やかさね。ねね、とりあえず何か食べない?」
「却下だ。誰かさんのせいで財布が軽いんでな。まずは宿を探す、飯はそれからだ」
「それはもう謝ったでしょ? ね? 何か買い食いするくらいの余裕はあるからさ」
「この期に及んでまだ食うか!」
「うーん、何食べようかな~。肉もいいし魚もいい。甘いものも捨てがたい。あー、迷うわ~」
この無視である。気分良さそうにスキップしながらビスタは堂々とへ躍り出たのであった。
「おい、そこのお前」
しかし、楽しみの時間もそこまでだった。前方からやってきた二人組の衛兵が二人の足を止める。どうやらお前と言うのはビスタのようで、兵の視線は彼女の方を向いていた。彼女も自分を指差し確認。そうだ、と肯定の声が聞こえたため確定である。
「何か用ですか? あ、一緒にお茶しようとかなら他の子に当たってください」
「そんなくだらんことで声は掛けん。それよりもだ」
「え? 何? 何なの?」
二人の衛兵は互いに目を合わせ一回軽く頷くと、目を白黒させるビスタの腕を掴んだ。ガチャリと重苦しい音が一つ、彼女の右腕に手枷が掛けられる。
「盗賊ビスタ、ルフェールで拘束令が出ている。一緒に来てもらおうか」
「し、しまったぁぁぁぁぁぁ!?」
目を大きく見開いて叫ぶビスタ、今更ながらやっと思い出したのだろう。
自分がお尋ね者であることを。
村の中で大手を振って歩いていたせいで完全に警戒心が抜けていたようだ。
「油断したぁ、完っ全に油断したぁ!」
「なっはっは、拘束ご苦労衛兵君」
一方アレスはこれ以上ない上機嫌である。衛兵の肩を叩きながら、労いの言葉をかけていた。
「いやー、ちょうどこのバカ食い浪費女に手を焼いていたところだ。ささ、早く職務をまっとうしてくれたまえ」
「何を言っているんだ?」
同じ音がもう一度、今度はアレスの腕から鳴った。彼の動きは完全に止まり、笑顔はだんだんと引き吊ったものになっていく。
「この腕に掛けられた手枷は何かね? ん?」
「何処の誰だか知らないが、盗賊と行動を共にしていたのだ。お前の身柄も拘束させてもらう」
「おっと、そいつは困った勘違いだ。俺はこいつと行動を共にしていたのではない。一方的に付きまとわれていただけだ。言わば俺は被害者、分かる? 俺は、被害者。はい一緒に」
「話は牢屋で聞いてやる。さぁ、行くぞ」
「俺は被害者だよ、被害者。言葉の意味分かる? 被害に遭った者と書いて被害者、俺はこの盗賊に付きまとわれると言う被害に遭ってだな……」
と言うことでその後、アレスも兵に引きずられ無事牢屋へぶちこまれた。事情聴取ではアレスは狂ったように被害者と言うワードを口にするも結局兵の耳には届かず。最終的には「お前達なんか俺の親父の知り合いの王に頼んで僻地に飛ばしてもらうんだからな、ぶぁーか!」と喧嘩を売りお開きとなった。
そしてビスタと同じ牢で一晩を越し、小さな魚二匹とパン一切れと言う量は少ない相性も悪い食事を終えたばかりである。
食後、足を組み寝転がりながらアレスはぶつくさと不貞腐れ、ビスタは壁を背に腰かけ何をするでもなくボーっと檻のほうを見つめていた。
「勇者として華やかしい人生を謳歌してきたこの俺が小汚ない服役囚が獄中死していそうな錆び付いた鉄かごの中に詰め込まれるなど人生の汚点の極み」
「そんだけ軽口が叩けるならまだ平気でしょ」
「これでも普段の三割減だ。半日で三割だからあと一日半くらいで俺は灰となって消えてしまう、誰か助けてくれ~い」
「早く一日半経たないかしら。うるさくって仕方ないわ」
「大体お前がケチ臭い泥棒ごっこをやってるから俺まで巻き添えになったんだろ。盗賊なら盗賊らしく脱獄の方法でも考えろ」
「生きるための盗みよ、ケチ臭い言うな。脱獄なんてやれるもんならとっくにやってるわ」
ビスタが恨めしそうに見たのは自身の右腕。牢屋に入る前、手枷から付け替えられた腕輪である。一見鎖などで繋がれておらず、手枷よりは比較的容易に脱獄出来そうに見える。
だがしかしその正体は、拘置所の敷地から出ればたちまち体に激痛が走る魔法が起動すると言う、いわゆる魔法拘束具だ。
「あーあ、このまま獄中で短い生涯を終えるんだろうなぁ~。せめて綺麗なお姉さんの膝の上で生涯を終えたかったなぁ~」
「んな大げさな。あんたはあくまで拘留なんだから、そのうち釈放されるわよ。あたしは地下牢送りだろうけど。はぁ、気が重いわ」
二人の覇気のない会話の間にも遠くからは足音に紛れ、ジャラジャラと言う謎の音が近づいてくる。音の主である衛兵が二人の牢屋の前で立ち止まるとパタリと牢獄は静まり返った。
金属音の正体は彼の手に持つ鍵の束だった。その内の一本を、牢屋を堅固に塞ぐ錠前に差し込み回す。直後、錆び付いたドアが耳障りな金属音と共に開放されたのだった。
「出ろ」
「何で? 食後の運動でもしろってか?」
「違う。釈放だ」
「え? マジで?」
アレスは思わず上半身を持ち上げ、ビスタは羨ましそうな視線を彼に向けた。
「国王からお前がアレスであることの確認が取れた。よって釈放だ」
「おっほっほ、やったやった。持つべきものは顔の利く王だ。じゃあな盗賊、俺と一緒にいられたことを最高のご褒美だと思って、冷たい牢の中一人寂しく朽ちるがいい」
「ぐぬぬぅ、最初から最後まで本当にムカつく奴ね。励ましの言葉の一つでも送りなさいよ」
「おい、何を勘違いしている。お前もだ、ビスタ。釈放だ」
「……へ?」
突然のサプライズ発言に、ビスタはただ口をポカーンと開けるだけだった。
「聞こえなかったのか? 盗賊ビスタ、釈放だ」
「ほ、ほんとですか!?」
「こんなことで嘘は吐かん」
その証拠に兵はいつまでも牢を閉めようとはしなかった。途端にパァっと顔を明るくしたビスタはサッと立ち上がり、小走り気味に牢の外の世界へと足を踏み出した。その満面の笑みたるや、初めて外界に出ることを許されたお姫様のようだ。
対して完全に彼女とおさらばするつもりでいたアレスは苦々しく顔を歪めていた。
「おいおい何かの間違いだよな?」
「間違いではない。心の広い国王は恩赦するとおっしゃっている」
「感謝マジ恩赦っす!」
「ちぃ、余計な良心を働かせよって。さっきの感謝を返せ畜生め」
何はともあれ二人は無事に牢から脱出、兵から聖剣も返却され一件落着、のように思われた。
「装備を整えたらようやっと釈放された気分になるな。さ、後はこの物騒な腕輪だけだ。早く外してくれ」
「そらはならん」
「何でーん!」
アレスは薄目のまま大げさにひっくり返っていた。
「どうして外してもらえないんですか?」
「話すと長い。王から手紙を預かっている。これを読むがいい」
質の良さそうな紙に国家の紋章を象った蝋印が施された手紙がビスタの手に渡る。彼女は丁寧に蝋印を剥がし中を広げると、朗読を始めたのだった。
「えー、なになに? こほん。アレスよ、急にいなくなったと思ったら、よもやフェスタに行っているとは思わなかったぞ」
「そりゃ言ってねぇからな、あと声を似せんでいい」
天井を見ながらアレスは乱暴に呟いた。
「しかも聖剣を盗んだ盗賊と行動を共にしていようとは。わしは心底呆れてしまった」
「お前のせいで呆れられちまったじゃねぇか」
「あんたの日頃の行いが悪いからよ。続き、読むわよ。この度フェスタにて捕らえられたと聞いて、わしは一つの決断を下した。アレスよ、勇者の仲間となり、共に砦を目指すのじゃ」
「また妙なことを言い出しやがって」
「前々からわしはお前を更生させねばと思っておった。今回新たな勇者を呼んでもらったのも、お前に危機感を持ってもらうため。お前が嫌いでやったことではないのじゃ、どうか分かって欲しい。何よ、いい王様じゃないの」
「……けっ」
「盗賊ビスタよ、お前のしたことも本来なら決して許されることではない。じゃが仮に聖剣がお前を選んだのであるなら、それはレーヌ様の意志でもある。聖剣と共に勇者の助けとなるのじゃ、だってさ。いや~、選ばれた人間って辛いわ~」
ビスタが辛さなど微塵も感じられない口ぶりで呟く一方で、アレスは大きなため息を吐き、まぁいい、と立ち上がった。
「奴と一緒にいられるのなら、それはそれで好都合だ」
「あら、やけに聞き分けがいいじゃない。王様の言葉に心打たれた?」
「まさか。あいつの近くにいた方が容易に寝首を掻くことが出来、あたたたたたたたたたっ!?」
突如として、全身を剣で貫かれたかのような激痛が襲う。あまりの痛さにのた打ち回るアレスだったが、およそ十秒足らずで激痛と共に彼の動きも収まった。
「だ、大丈夫?」
「一瞬だけ親父の姿が見えた……」
「一瞬だけなら大丈夫そうね」
さて、一体何が起きたのか。全く分かっていないであろうビスタは、兵に説明を求めた。
「何、簡単なことだ。二人の腕輪だけ魔法の発動条件が変わっている」
「そ、その条件と言うのは?」
「勇者様への悪意ある言動または行動を感知した場合だ」




