その9
蛮族共は後にやって来た兵達によって捕らえられた。村の被害は勇者の奮闘とご都合主義効果もあり比較的軽微。怪我人は多数出たものの、これまたご都合主義のおかげか奇跡的に死者はなしと、村に住む誰もが一安心の結果となった、のだが。一人の男の顔は晴れていなかった。
「……ビスタ、まさかこんな姿になっちまうなんてな」
蛮族襲来から一日を挟んだ朝、アレスは村の端にひっそりと佇む墓地にいた。墓石を物憂げに見つめポツリと呟く。
「ただでさえ起伏に乏しかったのに、ますます平らになっちまって」
盗賊ビスタ、彼女は蛮族達の被害に遭ってしまった。村とは全く無関係だったのに、一組の家族のため立派に立ち向かっていった。レーヌに選ばれた者として最後まで勇敢に戦い、そして守り抜いたのだ。自身の尊い命を犠牲にして。
「誰が起伏に乏しいって?」
と言うのはアレスがでっちあげたストーリーである。ビスタは無事だ。今もアレスの背後から呆れたように声を掛けている。殴打された右前腕や生傷の出来た箇所に見られる包帯が多少痛々しく映るも意外とピンピンしている。昔から逃走の際に高いところから落ちて骨折することが多かったせいか、無駄に骨は丈夫なんだとか。
「うわー、幽霊だー! 逃げろー!」
「はぁ~、あんな奴に助けられたんだと思うと情けなくなってくるわ。末代までの恥よ」
アレスが拝んでいた墓に、失礼しました、と謝罪すると、ビスタも彼の後を追った。
「あんた本当に罰当たりね~。誰の墓かも分からないのに」
「いいんだよ、どうせ親父の墓だからな」
「親父って、え、ええ!? あれアトスさんのお墓なの!?」
「あまり口外すんなよ。知ってるのは俺と母ちゃんとジジイだけだ」
勇者アトスの墓はルフェールにも存在する。盛況、と言うには少々言葉は悪いかもしれないが、今でもたくさんの人がお参りしては花を添えるくらいには賑やかである。規模もあんな小ぢんまりした墓とは大違い。ビスタが驚くのも無理はなかった。
「どういうことなの? 何でお墓が二つも?」
「母ちゃんの意向だ。生前から親父はあまりうるさいのが得意じゃなくってな。賑やかだとゆっくり眠れないだろうからって、二人が初めて出会ったこの村にもう一つの墓を立てたってだけの話だ」
「なるほど。確かに向こうの墓は今や聖地とか観光名所に近い状況になっているしね~」
それにしても、とビスタは続ける。
「何だかいい話ね~。二人が出会った村にお墓を立てるとか。どうしてそんな二人からこんなちゃらんぽらんが生まれたのか本当に不思議でならないわ」
「けっ、ほっとけ」
「でもそんな大事な話、あたしにしても良かったの? あたし盗賊よ? この話をネタに、あんたをゆするかもしれないわよ?」
「お前が口外したところで誰も信用しない。ゆすれるもんならやってみろ」
「かぁ~、本当に可愛くないわね。そこは、あたしを信頼している、みたいな爽やかなセリフの一つでも言ったらどうなのよ」
「口が裂けても言わん」
一人歩く速度を上げたアレスの後を、ビスタもぴったりと付いて行く。
「で、この後はどうするのよ? 勇者さんは今日出発なんでしょ?」
「出発する前に喧嘩を売りに行く。何としてでもこの村でケリをつけてやる」
「迷惑な男ね~。喧嘩だったら昨日売ればよかったのに」
「俺だってそうしたかったが、復興の手伝いの邪魔は出来ないからな」
「あら、意外と良識はあるのね」
「ふん、俺は勇者だからな」
口ではそう言うアレスだが実際のところ、流星にちょっかいを出そうとしていた。ところがである。
「ダメだよ、元勇者君。今日は村の復興を手伝わないと」
と、超ド正論を叩きつけられ、更には周りの黄色い声援も勇者の後押しをするものだから、みるみる萎んでいってしまい。結局昨日は大人しく世のため人のため村のため働いていたのだ。アレスのそのような姿、もう一生見られないかもしれない。
二人は程なくして村の北門広場に到着した。既に多くの人だかりが出来ており、近づく隙は微塵も見受けられない。
「うわ~、相変わらず凄い人だかり」
「人だかりだろうと何だろうと関係ない! 猪突猛進あるのみ! いざぁ!」
と、威勢を上げて人混みに突っ込んでいったものの、まるで聖なる結界が邪悪な存在を祓うかのように弾かれてしまう。
「退けい! 道を開けろーい!」
ここで決着をつけると言うアレスの目標は、どうやら叶わなそうだ。いつしかアレスも諦めがつき、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「皆さん! 二日間お世話になりました! 色々なことがありましたが、皆さんが無事で本当によかったです!」
流星の声が聞こえると、人だかりから数々の感謝と賛辞が聞こえてくる。ただ一人、ブーイングする男の声も混ざっているが。
「ちっ、面白くねぇ」
人々の間では流星一人が蛮族から村を守ったことになっている。一組の母と子を守るため、陰で奮闘した元勇者と盗賊のことを語る者は誰一人としていない。それどころかだ。
「あっ、蛮族の兄ちゃんと姉ちゃんだ」
「蛮族言うな!」「蛮族言うな!」
声を合せ突っ込んだ二人から、子供は怯えたように逃げて行った。
そう実はこの二人、未だに蛮族の仲間と勘違いされているのだ。一応流星が否定して回ったようだが、それでも一度出回った噂や誤解はなかなか解けるものではない。大多数の村人の間では未だに真実として根付いているようだった。
「俺がいくら活躍しても全て勇者の手柄。流石ご都合主義、やってらんないぜ」
「…………」
不貞腐れ気味に呟いたアレスに、ビスタはチラッと目を配った。
やがて広場は拍手、指笛、歓声で溢れ変える。流星達の乗る馬車が動き出したのだ。馬車は段々と小さくなっていき、完全に見えなくなると村人達はそれぞれいつもの日常へと戻っていく。広場は元の閑静な時間を取り戻し、後に残ったのはアレス達だけだ。
「さ、それじゃ勇者さんを追いましょ。向かうとしたら、フェノー砦前の都市フェスタかしら」
「お前まだ付いてくる気かよ」
「あら悪い?」
「悪い、超悪い。さっさと帰れ。怪我人がウロチョロされたら目障りだ」
「さっきまでは帰ろうと思っていたんだけどね~。やっぱ気が変わったわ。まだまだあんたに付いて行くから」
「はぁ? 何で?」
「何でって、あたしは女神様に選ばれた人間だからよ。それに」
彼女はクルリと反転、後ろ手にピョンっと道の脇に飛び跳ねるとアレスの方へ顔を向けた。
「あんたの活躍が誰にも知られないってのは、流石に可哀想だからね~。あたしが覚えといてあげる」
その顔は、意地悪っぽく笑っていた。アレスは眉間にしわを寄せふんっと鼻をならすと、勝手にしろ、と投げやり気味に言い放った。
「ああ、それとアレス。後ろ危ないわよ」
「あ? 後ろ? ……どひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
大きな馬車に驚くアレス、そして嘶く立派な黒馬。つい最近も見た光景が場所を変えて再び繰り返される。
「これこれ、暴れるでないぞ」
御者台には見覚えのある老人が座っていた。必死に馬を制御しようと綱を絞っている。
「あ、馬車のお爺ちゃんじゃない」
「ん? おお、二人は確か一昨日の。こんなところで何をしておる?」
「馬なんか嫌いだ! 馬なんか大っ嫌いだ!」
半泣き状態のアレスの頭部に馬は食らいつき、もしゃもしゃと咀嚼していた。アレスの金髪を枯れた芝か何かと勘違いしているのかもしれない。
「あたし達この先のフェスタの町に行きたいんだけど、移動手段がなくて」
「ほう、フェスタに? それならわしもこれから向かおうと思っていたところじゃ。乗っていくかい?」
「え、い、いいの!? だってあたし達……」
「ほっほっほ、確かにお前さん達のことをとやかく言う者も多いが」
言いよどんだビスタだったが、老人は気にした様子もなく告げる。
「わしは分かっておる。お前さん達は優しい心の持ち主だと。でなければわしを助けてくれなどせんわい」
「お爺ちゃん……あ、で、でもあたし達今手持ちが」
老人から貰った金貨は見事に銀貨に銅貨に変わってしまっている。素直に白状すると、老人は朗らかに笑った。
「よいよい。用心棒を雇おうと思っていたからのう。引き受けてくれるのなら運賃は取らんよ」
「ありがとうお爺ちゃん! やっぱり人助けはするものね!」
あの時ビスタが飛び出していったことが今の結果に繋がったのだ。もしアレス一人だったら、ここから歩いてフェスタに向かうハメになったかもしれない。そう言った点では、アレスもまた彼女に感謝すべきなのだろう。
「絶対に馬なんか滅ぼしてやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
無論アレスがそんなこと思うはずもないし、思っている余裕もなかった。




