その6
「私のお気に入りのペットちゃんよ。ほら、自己紹介は?」
「ウゴォォォォォォォォォォォォォ!」
「うおおおおおおおおおおおいっ!?」
巨大な岩の塊とでも言うべきそれは呻き音をあげると、腕のような部位で地表を薙ぎ払った。アレスもまた大声をあげつつも、咄嗟の判断で前に倒れ込み何とか回避。仲間であるはずの鎧達は無慈悲な一撃により粉々に粉砕されていた。
「あらごめんなさい。この子ったら、久々にこっちへ来たせいでちょっと興奮しているみたい」
と、城の二倍以上はある高さから発するルドンナの声など、地上を猛ダッシュしているアレスにまで届くはずもない。
「ゴーレムまで召喚出来るとは。いやはや、厄介な召喚士じゃのう」
「感心している場合じゃねぇ! 助言ってのは当然あのデカブツにも効果あるんだろうな!?」
「安心せい。転生返しにかかれば、こんなもんちょちょいのちょいじゃ……多分」
「多分とか言ったなおい!」
「ゴーレム相手には試したことはないからのう。まぁともかく逃げながら耳を傾けよ。この転生返しには一つ特殊な力が備わっておる。ただ普段は封印することによって、剣としての機能も損なわないようしてあるのじゃ。どうじゃ? すごく画期的な方法じゃろう?」
「いいから早くしてくれ! 前置きが長いんだよ!」
「全く、せっかちじゃのう。では説明するぞ。転生返しを持ちながら『偉大なる女神レーヌ様どうかこの無力で情けない愚か者にその叡知と力をお与えください』と唱えるのじゃ」
「へりくだりすぎだろ! んなこと口が裂けても言えるか!」
「しょうがないじゃろ、これが初期設定のパスワードなのじゃ。後で変えられるようにしてやるから、今は我慢して唱えよ。でないとペシャンコじゃぞ」
「くっそぉぉぉぉぉ、偉大なる女神レーヌ様!」
プライドを押し殺し、アレスは指示通りレーヌへの懇願の言葉を口にした。その直後だ、何と刀身が淡い青の光を放ち始めたではないか。
「それが転生返しの真の姿じゃ。今の状態で切りつければ、異界の生命を元の居場所へと戻すことが出来る。転生者なら元いた世界に、魔物ならば魔界にのう」
「本当だな!? 今のところかなり半信半疑だぞ!」
「ゴーレムの何処でもよい。試しに切ってみよ。健闘を祈る」
「これでダメだったら、あの世に直接文句言いに行ってやるからな!」
急ブレーキからの急旋回。アレスはゴーレムの方へ駆けだしていった。
「あの子近づいてくるわ。うふふ、命知らずな子」
一方でゴーレムの肩では既に勝ちを確信した様子のルドンナが、足を組みながら高みの見物をしていた。ゴーレムの一歩が大きいこともあり、そこそこ開いていた距離はあっという間に縮まっていく。
「本当にお馬鹿さん。これがあのアトスの息子だなんて、敵ながら失望ね」
嘲笑している間にも、アレスの姿はゴーレムの足元にあった。そこでルドンナの方へと剣の刃先を向け足を止めている。
「あらあら、今度は一体何かしら」
と、迷惑そうに呟くも一応ゴーレムを止めた彼女。その後すぐのことだった。
「ぜぇぇぇぇぇったいそのおっぱい、揉んでやるもんねぇぇぇぇぇぇぇ!」
彼女のいる高さにまで、アレスのふしだらな叫び声がこだました。
「ふふっ、くだらない遺言ね。さ、足元の蟻を踏みつぶしなさい」
ルドンナが命令すると、グラリと動き始めたゴーレム。小さな集落一つは丸々踏みつぶせそうな巨足を持ち上げる。アレスの姿はその陰にすっぽりと隠れ見えなくなった。完全に射程圏内だ。
後は地に足を付ければ終わり。地響きと重音の後に足を上げれば、人の形すら保てていないアレスの死骸が転がっている。きっとルドンナはそんな予想しているに違いない。少なくとも勝利を信じて疑わなかったことだけは確かだろう。
勝利の象徴とも言えようゴーレムが、跡形もなく消えさるまでは。
ほんの僅かな間の出来事だ。足が地面すれすれにて止まったと思ったら、一瞬のうちにゴーレムそのものが小さな光の粒となって消えたのだ。
「……え?」
呆気にとられたようにルドンナ、直後支えを失ったその身体は重力に従って落下を始めた。落下中、彼女は敗戦の弁も、負け惜しみも口にすることはない。終始彼女は何処か達観した様子で、目を閉じたまま死の瞬間を迎えようとしていた。
「生乳ぃぃぃぃぃぃぃ!」
そんな彼女の落下推測地点へ、下品な鳴き声と共に駆け寄る一人の男。余裕を持って足を止めると。
「よっしゃ! ご褒美ゲーット!」
ルドンナの身体をガッチリと受け止めたのであった。しかし当の命を救われた本人は不服そうにアレスを睨みつける。
「……何で助けたの? 胸を揉みたいなら死んだ後でもいいじゃない」
「流石の俺でも死体を愛でる罰当たりな性癖はないんでね」
「言っておくけど、助けられても恩義なんて感じていないわ。貴方と私は平行線、何処まで行っても交わることのない敵同士なの」
「構わん。今すぐ生乳揉ませてもらえればな!」
「……はぁ、とりあえず下ろして頂戴。いつまでも抱かれていたら、私の自尊心に傷がつくわ」
足を地に付けさっと後ろを向いたルドンナ。すぐにビリッと一つ、何かを破く音が聞こえて来た。
そして次にアレスの方へ向いた時、破けた服の隙間からは彼女の谷間が見えるようになっていた。
「仕方ないから、変態さんにご褒美よ。ただし着衣のままね」
「え~、生乳じゃないの~?」
「誰も直で触らせてあげるなんて言っていないわ」
「ぐぅ……まぁいい」
不満はあるが、とりあえず飲み込むことにしたアレス。気を取り直すと、自然と鼻の下が緩んでいた。指の動作がとにかく気持ち悪い。
「それじゃ失礼して、いっただきまーす! って、ちょい!?」
「ふふふ、残念。お楽しみの時間は終了よ、ノロマさん」
アレスの手がもう少しで胸に触れると言うところで、足元に邪魔者が出現した。召喚の魔法陣である。いち早く異変を察知したアレスは慌てて後方へと飛び退くと剣を構えた。
「第五回戦の開始かい?」
「まさか。貴方を殺すには少々手を焼くことになりそうだからね。後日出直すことにするわ」
「ふっ、君は本当に男心をくすぐる子だよ。お預けのタイミングが絶妙過ぎる」
「お褒めに預かり光栄ね」
「後日を楽しみに待ってるよ、今日の分もきっちり揉ませてもらう」
「貴方って、つくづく変態さんね」
ルドンナを背に乗せる形で、魔法陣からは大きな竜が召喚された。見事な大翼を広げ、周囲に暴風を巻き起こしながら上昇を開始する。
「ああ、そうそう。一つ言い忘れたことがあったわ」
ルドンナは艶っぽい笑みを浮かべながら足を組み替えた。
「私、今まで男性には胸元を見せたことがないの。今日の貴方が初めてよ」
その言葉を最後に竜は高く飛び去って行った。まるで夢か幻でも見ていたかのように、アレスはボーっとそちらの方向から目を離せずにいる。しばらく経って剣を鞘に納めると、ポツリと呟いた。
「……やべっ、ちょっと鼻血出てきた」




