その1
世界にはかつて魔王が存在していた。魔王は五大陸の一つ、ディーピン大陸の遥か西方に城を構え、多くの魔物と共に大陸を瞬く間に制圧。残る四大陸をも手中に収めようと、魔物達を世界各地に生み出したのだった。
五大陸の一つスティゴ、その南東に位置する国ルフェールの王は一人の勇者を立てた。女神レーヌの加護を受けた剣を手に国を発った勇者は、支配されかけていたスティゴを解放。残る大陸も次々に攻略していく活躍を見せた。
そして長く険しい旅の果てに、ついに魔王と対峙することになる。
勇者には三聖者と呼ばれる仲間がいた。魔王と相まみえる直前、勇者は仲間と一つの約束を交わしていた。
『もしも私が魔王を倒し切れなかった時は、私の命と引き換えに魔王を封印してくれ』
そうして魔王との戦いが始まるのであった。
勇者が剣を振るう度に窓が割れ、床や壁は砕け、天井が落ちて来たと言う。
魔王が人ならざる者の力を使えば炎が溢れ、空気が凍てつき、天雷が降って来たと言う。
序盤、聖者達のサポートもあり勇者が圧倒していた。しかし魔王が真の力を解放すると戦局は一転。徐々に魔王が盛り返していき、ついには形勢逆転。勇者は致命傷こそ免れていたものの、防戦一方の戦いを強いられることとなった。
そして熾烈を極めた戦いは、勇者劣勢の状態で最終局面を迎える。勇者は一瞬の隙を突き、全身全霊を込めた渾身の一撃を放った。魔王は膝をつき、嵐のような攻撃が途端に収まる。
勇者の勝ちだ、サポートに回っていた聖者達の誰もがそう確信していただろう。
だがしかし、魔王もまた全ての力を込めた究極の一撃を残していたのだ。勇者の奮闘空しく、彼らは一気に瀕死の状態に追い込まれてしまう。当の魔王も満身創痍ではあったが、トドメを刺す程度の余力を辛うじて残していた。
大勢決す、その瞬間聖者達は決意した。魔王を封印するなら弱っている今しかない、と。
ボロボロの体にムチを打ち、一人は拘束の術にて魔王の足を止め、一人は封印の術の準備を整え、一人は勇者に祈りを捧げた。
『五大陸を創成せし女神達よ! 猛き清き魂、今ここに捧げん!』
約束通り勇者の命を引き換えに、聖者達は封印の魔法陣を展開。弱った魔王がそれに抗う術は最早なかった。
『このままでは終わらぬ。いつか再び、この世界に君臨してみせようぞ。その時まで精々、束の間の安寧を享受しておくがよい』
不吉な言葉を最後に残し、魔王の姿は完全に消え去るのだった。
こうして一人の豪傑の尊い犠牲の元に、世界は平和を取り戻したのである。
勇者の亡骸は光となって消え、彼が振るっていた剣だけが突き刺さっていたと言う。その剣は勇者の名から『聖剣アトス』と名付けられ、聖者達の手により彼の故郷ルフェールの家族の元に届けられたのだった。




