お姫様と騎士様
―王子様に悪い魔女から助けてもらったお姫様は
永遠を誓うキスを交わしましたとさ
おしまい☆―
「はぁ…憧れちゃう✨」
私、花巻 曖。この時 小学2年生
この手の物語が大好きなお年頃であった
学校の帰り道、お姫様と王子様がキスをしている挿絵をふらふら歩きながら うっとり眺めて帰るのが日課だった
通学路は家から学校まで川が流れており、その脇の土手沿いをずっとたどって帰る
この通学路の風景がこの清らかなおとぎ話とマッチして、なんだかロマンチックな気分になるのだった
「花巻の奴!またそんな本読んでらー!」
突如背後から太った少年が現れて本を奪った
この太った少年=ガキ大将(略してガキ)は
毎日私をいじめにやってくるのだ
「返してぇ!」
「ふん!やーだね!」
そう言うとガキは本を川に投げ入れた
「あー!
あの本、曖のお気に入りだったのに!ひどい!」
川に落ちた本を見おろして私は泣き出した
今回はイタズラが過ぎる
だがガキは私の泣き顔を見ると更にエスカレートし、クルクルしたツインテールの巻き毛を思いっきり引っ張った
「やーい!花巻のぶりっこ野郎ー!」
「きゃーあ!いたぁーいぃ!!」
(…うーん、そろそろだと思うんだけど…)
私は王子様が助けに来るのを心待にしていた
そのためにわざとらしい大きな声で叫んでいた
「やめろ!!ガキ!!花巻さんをいじめんな!」
凛とした声がした
待ってました!
と言わんばかりの勢いで振り向いた
(きゃー!きたきたきたー!
北上くん✨曖の王子様ー✨)
白馬に乗った王子様が助けに来た
私の目には実際にそう見えるのだ
まるでおとぎ話の内容のように
ガキが私をいじめてそれを北上くんが止めに入る…
二人が私をお姫様のような気分にさせてくれ、その状況に酔い狂っていた
「ガキ!その手を離せよ!痛がってるだろ!」
「ちぇっ」
「花巻さん、大丈夫?なんでまだ泣いてるの?
どこか痛い?」
「…曖の大事な本が…川に落とされちゃった…
くすんくすん」
「え?!」
北上くんは土手から川を見下ろし落ちた本の位置を確認すると不安定な階段を使い下に下りていった
「北上くん…?!い、いいよ!危ないからやめて!」
(きゃあー✨格好いい✨
それでこそ曖の王子様よ✨)
川の水位はそんなに高くない
小学2年の北上くんの腰の位置くらいだった
下から北上くんが私を見上げる
「…ごめん!花巻さん、本グシャグシャだ…」
「なんで北上くんが謝るのっ。
それより早く上がってきてー!」
「ちぇっ」
ちょいちょいガキが「ちぇっ」と呟く
北上くんは雨に濡れたように
びしょ濡れになっていた
「…この本、どうしよう…」
「いいの✨このまま持って帰る✨
ママに新しい本買ってもらう理由が出来たよ✨」
笑顔でそう言ってウインクをした私に
北上くんはホッとしたように少し はにかんだ
(ああ、北上くん、大好きぃ✨)
私はポケットから
ロリロリのフリルがついた
ハンカチを出して北上くんの体を拭いた
「あ!いいって!ハンカチ汚れるよ!」
「いいの…いつもありがとう✨」
「ちぇぇっ!」
お姫様と王子様のワンシーンのような状況に完っ全に酔っていると突然、ガキが両腕を掴み私は万歳の格好をさせられた
「きゃあ!ちょっと何するの!痛ぁい!」
「へへっ」
「ガキ!離せよ!」
「いやだねっ」
「うわーん!」
北上くんはガキの腕を強引に離してくれ、
ガキはその反動で倒れこんだ
「ガキ!
なんでそんなに花巻さんをいじめるんだよ!
なんのために!?」
ガキは予想だにしなかった事を呟いた
「好きだからだよ…」
「は?」
「好きだからいじめてるに決まってるだろ!」
かああああ
まさかの発言に北上くんは顔を真っ赤にした
「お、お前…?お前が花巻さんを…?
そうだったのか…」
当の私はガキからこんな事を言われても嬉しくもなんともなくただただ気持ち悪いだけで全身が身震いしていた
「ガキ!す、好きだったら、花巻さんを泣かせるような事するなよ!ばか!今までのこと謝れ!」
「…あ、あの…花巻、ごめんな……花巻は俺の事、
ど、どう思ってる…?」
モジモジするガキがますます気持ち悪かった
「あたしは…
あたしは、大っ嫌い!
あんたみたいなブタで醜い人なんて
大っ嫌いよ!!」
ガキは私の言葉にショックを受け腰が抜けてその場に倒れこんだ
(ふふ、悪者は物語にはつきもの✨
あなたはあたしと王子様の
格好の悪者役なだけなの✨)
そう思っていた私に激震がはしった
北上くんが私を にらみつけていたのだ
「え?北上くん?」
「花巻さん!!なんて酷いこと言うんだ!?
好き嫌いは仕方ないとしても
外見の事を悪くいったり傷つけたりするのは
ちょっと違うよ!」
!
…王子様に怒られた…
その瞬間顔が真っ青になり脚がガクガクした
「大丈夫か?」
北上くんは私に背を向け
ガキを庇うようにして抱き起こした
「ぐしっ…ぐしっ」
「…お前、女の子に告白するとか、すげーな。
男だな。感動した!」
「き、北上?!うわーん!」
こちらはこちらで男の友情が産まれていた
…この先のことは覚えていない
私は…この日を境に
すべてが変貌した――
▼
▼
▼
「はああああ!!!」
ガラガラガラガラ!!!
気合いの雄叫びと共に瓦が割れた音が道場に響いた
「おおっ、花巻すげー」
「こえー」
「女じゃねー」
周りのギャラリーからは様々な声が聞こえる
今日は瓦を5枚割ることに成功した
「…ふう」
忌々しい″暗黒おとぎ事件″から早8年
(あの事件をそう呼んでる)
花巻 曖
現在16歳、南高1年
推薦でスポーツの名門高に入った
今や空手部所属の黒帯所持者だ
髮は幼少の頃とは違いストレートのポニーテールで無造作にゴムでくくってある
私は変わったのだ
「神前に向かって礼!
ありがとうございました!」
今日の稽古が終わった
一礼をし、道場を出ようとしたとき誰かが背中越しに話しかけてきた
「あ!花巻!待って!」
「…」
「…稽古が終わったらすぐ帰えるんだから」
「…」
「なぁ?
たまには少し皆と雑談でもしていかないか?」
「…」
「い、いかないよな。ごめん!」
「…」
「あ、あのさ!でもちょっとだけでも…!」
本当、しつこい奴…(以下:奴)
「勇次ー!早くこっち来いよー!」
「あ、うん。ちょっと待って」
「あー!勇次君!また花巻さんに構ってるしぃー!
いいって!その子、一人が好きなんだから」
「…お疲れ」
その場から早く立ち去ろうとした
「あ!待って!」
が、行こうとした私の腕を奴が捕んでこようとした
「!」
バシッ!
咄嗟にその手を振り払ってしまった
「痛っ…」
「…ご、ごめん」
「…いや、こっちこそ本当にごめん。花巻、あのさ…」
「きゃー!勇次君、大丈夫?!凄い音したよ!」
「花巻さん、怪力なんだから!」
「相変わらず野蛮ねぇ!」
「…」
わらわらと女子達が庇いにやってきた
気まずい空気が流れた
私は一礼するとその場を離れダッシュで女子更衣室に入った
ぜぇぜぇ言いながら呼吸を整える
いつしか人に触れられるのが怖くなっていた
人と会話をするのが怖くなっていた
…私は変わったのだ
さっさと胴着から制服に着替え帰る支度をし、風のようなスピードで道場を出た
外は真っ暗になっていた
かつて通っていた小学校は今の高校とさほど変わらない距離にある
通いなれた土手沿いの通学路をサッサと小走りで帰る
私は、ふいに立ち止まった
誰かが追いかけて来ている気配がしたからだ
ザッザッ
足音が近くなる
私は振り向きもせずに、すかさずダッシュした
(また、奴かな…?しつこいな…)
ザッザッ
(…違うかもしれない…まさか…変質者?!)
ザッザッ
(だとしたら…こ、怖い!)
ザッ!
「はあっ、はあっ。あ、あの!」
ポンっと肩に手が置かれた
「きゃああああああ!!」
私は全身が身震いして勢いよく回転し
飛び膝蹴りを繰り出した
メリッ!
見事命中、相手の顔に膝がめり込んだ
ドサッ
「…いたたた」
「す、すみません!咄嗟に体が反応して…!」
慌ててポケットからハンカチを取り出して相手の口元から出ている血をぬぐった
「やっぱり花巻さんだぁ」
「…お、王子様!!?」
ニッコリキラキラと笑いかけてくるその顔はかつて王子様と憧れていた北上くんそのものだった
「んぐっ。ごほっ、ごほっ!…北上くん?!」
(お、王子様って…き、聞こえてないよね?)
「ごめんね、驚かせてしまって。
遠くで花巻さんを見かけてなんだか懐かしくなって無我夢中だった。
走るの早いからなかなか追いつかなかくて。
あ、違うか、俺が体なまってんだー」
(ホッ。聞こえてなかったみたい)
はにかんで笑う北上くん
その顔を見てドキドキした
やっぱり私は今でも北上くんの事が大好きなようだ
あの事件があった後でも…
「何年ぶりだろ?小2の終わり頃この町を引っ越ししたから…8年ぶりってとこかな?」
「うん、たぶん」
8年ぶりで大正解なのについ素っ気ないふりをしてしまった
そう、北上くんは″暗黒おとぎ事件″からほどなくして気がついたら親の転勤で引っ越して行っていた
またこの町に帰ってきているなんて大誤算だった
「花巻さん、感じ変わったね。
花巻さんって分かるまで時間かかっちゃった」
「え?!ま、まあね。何年もたてば人は変わるもんでしょ」
「そっか。そうだよね。」
微笑を浮かべて下を向いた北上くんに私の心はズキッとした
ああ、ひさびさの再会に素直に喜べない自分はなんて可愛いげがない子になったんだろう
「あ、あのさ。もう立ち上がれそう?
周りから変に思われるから…まだ痛む?」
「ごめん!もう平気!」
かつて自分を助けてもらっていた王子様が私にこうやって打ち負かされるとは…恥ずかしくてその場から早く逃げたかった
立ち上がって制服をパンパンしている北上くんをよく見ると、ここいらでは評判の超エリート学校の西高の制服を着ているのが分かった
(やっぱり北上くんは行くとこが違うな…)
北上くんは何にも変わってない
今の自分と比べるとなんだか泣きたくなってきた
「じゃ、じゃあね」
「花巻さん!」
「…なに?」
「明日もここ通る?
良かったら明日もここで会わない?
この町久々だし、案内してくれないかな?
それにゆっくり話がしたいし!」
時が止まった
(!?どええええ!!
誘われた?!私誘われたー?!)
「私、部活してるから。明日も遅いし」
踊りまくる心とはうらはらに、つっぱる私!
「今ぐらいの時間まで?分かった!
そしたら俺、花巻さんの高校まで向かえ行くよ!」
「ええっ!?い、いいよ!」
「じゃあ、ここで待ち合わせでいい?」
なんだか強引だな…
「う、うん」
「良かったー!
ここで約束しなきゃ花巻さんもうずっと俺と会ってくれない気がしたから」
ドキッ
大正解!
「明日、必ずここで会おう!部活終わるまで俺、ずっと待ってるから」
「う、うん。じゃ…!」
私はクラウチングスタートをきめていた
「あ、待って!家まで送るよ!」
「は、はあ?!」
「夜道は危ないからね」
「…」
そうだ、北上くんは何ひとつ変わってない
その正義感も優しさも…
久々に北上くんの優しさにふれ、あの頃のお姫様のような気分を少し味わえた気がした
(ああ、この感じ…心地いい…)
ふわふわした気分で家についた
「ありがとう、送ってくれて✨」
素直にお礼が言えた自分自身にびっくりした
「いえいえ。
こちらこそまた会う約束してくれてありがとう。
じゃ、明日ね」
(おやすみなさいませ、王子様✨)
とは流石に言えず、来た道を爽やかに白馬に乗って帰っていく北上くんの後ろ姿をただただうっとり見ていた
と、同時に電柱柱からなにやら邪悪な気配が感じとれた
「!?」
よく見ると奴だ…
空手部のあいつだ…
顔半分だけを覗かせ恨むようにしてこちらを見ている
急いで玄関に入り扉を閉めた
ゾクゾクと全身が身震いした
お姫様気分から現実に戻っていくのを肌で感じた
―次の日
「…オス!」
放課後、いつも通り道場に入ると奴を取り囲んで女子達がなにやら騒いでいる
「えー?!勇次君、今日稽古出ないのー?」
「うん、お腹いたくて。顧問にそう言っといて」
「私も休んじゃおうかなー」
「私もー。イケメンがいないと楽しくないしぃ」
隅で柔軟体操をしていた私
奴と目が合ってしまった
奴がこっちへやってくる
「花巻、いや、なんでもない」
昨日、奴が私達を覗き見していたあの顔を思いだしてしまいゾクゾクした
奴は、ものすごい早さで道場を飛び出ていった
嫌な予感がして私は胴着のまま奴の跡を追い道場を飛び出した
奴の足は想像以上に早くて追い付けない
でも何となく目的地は分かった
(やっぱり…!)
北上くんと昨日待ち合わせを決めた場所で奴は止まった
北上くんはもう来ていて私を待っているようだった
必死に走ってその場までたどり着くと
奴が地面に座り込んで北上くんに土下座をした
「…?!え?」
北上くんは当然驚いている
「な、何してるのよ!やめなさい!」
私はただただ叫んだ
「どうか!この通りだ!
花巻ともう関わらないでくれ!」
奴は土下座をしながらそう言った
「…」
「どうか…たのむ…たのむよ…」
「や、やめてよ!」
「おー?なんだー?土下座かー!」
「くー!かっちょいー!」
「久々に面白いもん見たわー!がはは!」
側を歩いていた3人組の不良が奴をからかった
それを聞いて北上くんはカアッとなり不良を呼び止めた
「おい!今、なんて言った?
人を侮辱するな!
この人に謝れ!」
「お?なんだ?なんだー?」
「俺達と喧嘩したいのかー?」
「おっ、こいつ、よく見ると上玉じゃねぇか」
ジリジリと不良達が北上くんの元に歩み寄る
「おい!ばか!逃げるぞ!」
奴はそう言って北上くんの腕を引っ張ったが北上くんはその場から離れようとしない
「おぉっと心配するな。スポーツバカ学校のお前に用はねぇ。俺らはこっちのお坊っちゃま学校のエリート君しか興味ないんでな」
ボキボキと首と手を鳴らしながらこちらに来る
「ふふふ…さあて、そろそろ出してもらおうか」
「俺は、金なんて一文も持ってないぞ!」
北上くんはポケットの裏地をひっくり返して不良達に見せた
「俺らは金が欲しいんじゃねぇよ。
欲しいのはお前の頭だ!」
一人の不良が北上くんの真上に飛び込んできた
「きゃあああ?!」
私は恐怖で叫ぶことしか出来なかったが
北上くんはカバンの中から分厚い辞書をとっさに取り出して不良の頭の方に投げた
「うお!」
不良の鼻に辞書が命中し、その場に倒れ込んだ
「北上くん!…やったね!今のうちに行こう!」
「嫌だ。俺は逃げない。
花巻さんは安全なところへ行くんだ!
早く!!」
ドキッ
まさに今の北上くんの顔はおとぎ話に出てくる騎士のように勇ましかった
「こいつ!調子に乗りやがって!」
残りの二人の不良が北上くんに襲いかかる
北上くんは避けきれずに二人の拳に殴られ地面に叩きつけられた
「ぐおっ!」
「いやあああ!!やめて!!!」
助けたかった…
助けたかったけど肝心なときに私は腰を抜かしてしまっていた
不良達にボコボコにされる北上くん
ただそれを見ているだけだった
バキッ
「お、おい!きみ…!
…花巻さんを連れて一旦逃げろ…!」
ボコッ
殴られながら奴にそう叫ぶ北上くん…
奴は腰を持ち私を立ち上がらせた
「花巻…行くぞ」
奴は私の手をギュッと握った
「ま、待って!北上くんを助けてー!」
握られた手をブンブン振り回す私
「……花巻…」
「構うな!早く!」
突然、奴にお姫様抱っこをさせられた
奴は私を抱えて走り出した
本来なら乙女の憧れのお姫様抱っこ
けれどこれっぽっちも嬉しくも何ともなかった
(私、何してるのよ?
こんな結末でいいの?)
パシンッ!
「は、花巻?!おい!」
私は北上くんの元に戻った
「花巻さん…?!き、きちゃダメだ…」
(物語のお姫様は常に守られる存在でなくてはならない。
けど、このリアルな現実ではそんな甘いこと言ってられないの。
守られてばかりじゃこの世の中生きていけないんだから!)
スーっと深く呼吸をし、カッ!と目を開けた
フルッ!!ボッコッ!!
鈍い音がした
私は不良の二人を同時に正拳突きで殴った
「うおあ!」
不良二人はその場にひれ伏した
「す、すごっ。花巻さん…一発で…?」
「北上くん、大丈夫!?」
「あ、あ、うん。いたたたた…!」
「無理しないで!…ヴっっ!」
私の拳も相当無理をしたのだろう
声にならない悲鳴をあげていた
「うおりゃあああ!」
「?!」
突然の雄叫びにびっくりした
背後から北上くんの辞書アタックを受けて倒れていた不良が立ち上がり猛ダッシュで私にタックルをしてきた
先程の攻撃で体が麻痺してしまっていて動けない
この状況ならば防御に撤した方が大ケガにならない
…私は女子高生らしからぬ事を瞬時に考え身を丸めた
「花巻さん!!危ない!!」
「き、北上くん?!」
ボコッ!
北上くんがゆっくり宙に舞うのがスローモーションとなって見えた
私を庇ったのだ
北上くんが川に落ちていく
以前、お気に入りだったあの本のように…
私の大事な物が…川に…落ちて…
「いやああああ!!」
咄嗟に目をふたいだ私の耳に微かに聞こえた台詞はこうだった
「…ちぇっ」
目をソーッと開けると奴が北上くんの足をグッと持ちかかえ川に落ちそうだった所を助けている場景がそこにあった
丁寧に抱き抱え、北上くんをその場に座らせた
「あ、ありがとう」
「北上…いいよ。礼なんか」
「え?俺の名前を?なんで知って…
う!いてて!!」
私は痛みを忘れて一目散に北上くんの元に駆け寄った
「大丈夫?!」
ハンカチを胴着の中から取り出して
殴られたあとの血や、冷や汗を拭った
「また汚しちゃった…花巻さんのハンカチ…」
「えっ?」
ザッ
また背後から不良達が立ち上がる音がして私はビクッとなった
奴が上段の構えのポーズをして不良に言った
「おい!次は俺が相手だ」
私達を守ろうとする奴の背中は
いささか格好よく見えた
「もう、いいぜ。俺達も十分楽しめたし」
「よくない!この人に謝るまで俺は諦めないぞ!」
北上くんが威勢よく叫ぶ
「あー、はいはい。
からかってすまなかったな、兄ちゃん。
土下座するなんてよっぽどの事情だったんだろ」
奴の顔がみるみる赤くなっていった
「いいって!もう…」
それから不良達は落ちている北上くんのカバンを手にとって何やら物色しだした
「ところでところで♪
俺達が欲しかったものは…♪
おお!ありやした!
じゃじゃーん!
ガリ勉君の勉強ノートでーす!がはは!」
「はあ?!」
私達一同は顎が外れそうなぐらいびっくりした声を出した
「俺らここ数年、留年しててー」
「頭の良い高校の奴らのノートみたら勉強法が分かるかもって」
「エリート学校の奴を狙って奪ってたのよ。
がはは!」
私は馬鹿だけどこれほどまで馬鹿じゃないことに親に感謝した
北上くんは今までにないくらい大きな声で不良達にこう言った
「頭が良くなりたければ忠告しとく!
話をするときはまず主語を使え!
奪ったノートも持ち主に必ず返せよ!
ガリ勉にとっちゃ命そのものだからな!」
「お、おう。主語ね…主語が大事…とな」
不良達はメモを取っていた
「述語も大事だけどな」
「述語?!なんだそれ?初めて聞くぞ」
「分かった。次は図書館で会おう。
はい、俺の番号」
「え?!勉強教えてくれるんすか?!」
「当たり前だ!俺がまとめて面倒みてやるって!」
「あ、ありがてえ!」
男の友情が産まれた瞬間だった
不良達は天神さまがそこにいるかのように拝んだ
(この人達いいな…
私、北上くんの番号知らない…)
大変な修羅場が先程まで繰り広げられていたのにもう呑気な事を考えていた
「じゃーな!!明日、4時に図書館だぞ!
忘れんなよ!」
どうやら北上くんは約束をつけるのが好きらしい
「はいっ!4時にっ!」
不良達は手を振り帰って行った
北上くんは不意に振り返り
「ねぇ、そういえばきみ、なんで俺の名前知ってんの?助けてくれたとき名前呼ばなかった?俺の気のせい?」
そう奴に質問した
奴はまたまた顔を真っ赤にして唾が飛ぶくらい叫んだ
「おまっ!気づいてなかったのかよ!?
ガキだよ!小学校ん時一緒だった!」
「え…え?!あのときのガキ?!」
「ちぇっ。んだよ、悪いかよ…」
私含め変貌を遂げた同級生を二人も目の当たりにして北上くんはカルチャーショックを受けてるようだった
奴は、しゃがみこみ私に目線を合わせた
「花巻、今までしつこくて本当にごめんな」
「うん」
「即答かよ…」
奴は私の目を真っ直ぐに見つめてきた
「もう俺、花巻の事、諦める…
う、運命の再会に乾杯だっ☆」
奴の顔は今まで以上に赤くなった
奴とは長い付き合いだ
言いたいことは分かった
乾杯と完敗を掛けてそう言ったんだろう
「上手いね」
私は精一杯笑って奴を讃えた
「…!俺は花巻の笑顔がずっと見たかっただけなんだ。
ありがとう。幸せになれな」
奴はそう言うと全速力で走っていった
私の隣にはポカーンと口を開けたままの北上くんがいた
まだ奴がガキである事を信じられないようだ
「あいつ、そーとー格好良くなってない?!
すごいな!本当に!」
目をキラキラさせてそう言ってきた
私は静かにこう言った
「…北上くんも覚えているでしょ?あいつ、私が言った事で、傷ついて、努力して、あんなに変わったの…」
暗黒おとぎ事件の事はなるべく封印しておきたかったけど仕方ない…奴がそうなったのはすべては私が悪いのだから責任はある…
北上くんの返答にビクビクオドオドしていると
「え?そんな事あったっけ?」
キョトンとした顔で北上くんはそう言った
私は目を真ん丸にした
「え?覚えてない?!」
「まったく」
暗黒おとぎ事件を覚えていないだと?!
そ、そうか!この人にとっては当たり前の事を言ったからそういうことはいちいち覚えてないってことか…
「俺が唯一昔の記憶で鮮明に覚えているのは小2あたりから花巻さんに突然避けられたってことだな」
私はびっくりして北上くんの方を見た
「それで嫌われるようなことをしたのならってずっと謝りた「北上くんは悪くない!」
私は北上くんの言葉を遮った
「あの頃の私は脳内お花畑で
北上くんの正義はただ私だけを助けてくれるものだと勝手に勘違いしてた。
でもそれが違うんだと気づいたときすっごく恥ずかしくなって避けてしまってたの…
それから身も心も鍛えたくて空手を習いだした。
人と距離をとってもう2度と人に傷つくようなことは言わないって心にちかってきた。
ガキもそうだけど私がこうして変われたのは北上くんのお陰だよ!
だからたくさん感謝してるの!はぁ、はぁ!」
早口で捲し立てる私の言葉をうんうんと相づちをうってくれ、まるで心理カウンセラーのごとく静かに聞いてくれた
自分の過去話を人に伝えるときってなんで泣きたくなるのだろう
少し涙目になっていた
「花巻さん、それは変わったんじゃなくて
成長したっていうんじゃない?
もっと自信もっていいよー!」
北上くんは菩薩のような微笑みで優しい言葉をかけてくれた
これが好きにならずにいられますかっ!
私にとってこの人の言葉はどんな薬よりも絶大に効く
北上くんは続けてこう言った
「けどさ、花巻さん。
昔と全く変わってないとこもあるんだよ」
「え?」
「昨日も会ってそうそうハンカチ汚してしまってごめんね。
今日どうしても会ってもらいたかったのは今までのお礼としてこれをプレゼントしたくて。
はい、開けてみて」
そういうと北上くんは可愛くラッピングされた小さい箱を手渡してきた
私はかつて子供だった時のような感覚でワクワクしながら箱を開けた
「わぁ、可愛い!」
箱の中にはフリルがついたエレガントな白いハンカチが入っていた
ドストライクなプレゼントに私のお姫様モードはonになった
「キレイにアイロンかけたハンカチ持ち歩く人って案外少ないじゃん?さっきもまさか胴着の中からハンカチが出てくるなんてびっくりしたよ。
花巻さんのそういうとこが男の期待を裏切らないっていうか…」
かぁぁぁぁ
北上くんの顔は ゆでダコみたいになっていた
「あ!よ、良く見ると花巻さん!裸足だぁ!
道路にガラスなんかが落ちてたら怪我する!」
恥ずかしさをカバーするためか大慌てで違う話題へと転じた
いそいそと私の足へ自分の靴を履かせてくれる
お姫様エンジンモード全開の目から見たこの姿は正真正銘の王子様そのものだった
「好き。今も昔も。ずっーと」
ちゅっ
私はあろうことか北上くんのほっぺたにキスをしてしまっていた
「!?」
「コホン!えーと!これは!
さ、さっきの不良から守ってくれたお礼!
助けられたお姫様は騎士にキスをするものなの!」
かぁぁぁぁ❗
いい歳して本当に何いってんだか!!
ここは告白だけで良かったんじゃないの!
いらんお姫様モードのバカ野郎!
二人の顔は赤鬼のごとく赤くなっていた
しかし北上くんはすぐさま口を開いた
「あー。変わってないよ、俺は。
昔からチキンだ。
好きな子に好きってずっと言えないままで
とうとう好きな子から好きって言われちまうなんて」
北上くんは私の顔を照れながら見た
その顔は少し情けなく見えた
その顔を見た瞬間、笑いが込み上げてきた
「意外とかっこ悪いヒーロー!」
「だよな」
そう言うと北上くんは私を抱き抱え
お姫様だっこをしてくれ
しばらく見つめ合うと
甘い口づけをしてくれた
北上くんのブカブカな靴の暖かさを肌で感じて
彼は再び私を夢の世界へと、
いざなってくれるのだった―
心の中にある呪縛がほどけた瞬間
夢見ていた結末が訪れるもんです
女の子の永遠の憧れはやっぱり王子様とのハッピーエンドですな✨
(作者、風邪の時に
もうろうとした意識の中で書き上げたので
いい具合になってるかもしれません)