這う恐怖
少し長いです。
読み応えあると思います。
「よくやったな。 お前の勝ちだ。 」
「俺の…勝ち…? 」
「ああ。 お前の勝ちだ。 目的は血を採ることだったからな。 」
ああ。 そうだった。 本来の目的はそれだった。
目的は果たせたはずなのに、 何かこう、 力が抜ける感じだ。
「ところで 」
どこか拍子抜けな俺にセノは尋ねた。
「ところで、 お前さっき急に強くならなかったか? 」
怪訝そうな瞳を じっ と向けられるも、 俺にも答えようが無い。
確かに急に新しい魔法が使えたり、 動きが格段に良くなったり、と自覚症状はある。
だが、 それがなぜなのかと訊かれても解らない。
それでも自分なりの答えを出そうと思案にくれていると
「まあ… 、 わからないなら仕方ない。 」
続けて
「それも、学園に着けば判るかもしれないしな。 」
と、それ以上の追求をしなかった。
「…さて、 目的も達成出来た。 あとは、 無事に着くだけだな。 」
セノが言った。
それに対して、 湧き上がってきた感想をどうしても拭えなかった。
「セノ、 そういうこと言うと、必ずと言っていいほど、 道中が安全じゃなくなるジンクスがあるですよ。 。 」
そうなのか? と聞き返しながら銃を収める彼の表情に不安の色は無い。
「では、 何も起こらないうちに出発しようか。 」
ほんとに大丈夫かなあ、と言う疑念はひとまず置いといて、自分も剣を収めた。
休憩を入れたいのが正直なところだが、 ド派手な戦闘を興したこの場を留まるのは、 ネギを背負ったカモだ。
セノに並び、歩き始める。
道中、疲れからか自分たちの足音が時折聴こえなくなったが、その時はまだ気に止めなかった。
「もうじき森を出れるぞ。 そうしたら 学園も近い。 」
とセノが言う間にも、もう森の境 - 外界の光 は目と鼻の先だ。
はあ、やっと出れた!
と思いたかった。
「 「…え? 」」
森を出た自分たちのすぐ目の前に、
二体のドラゴンが居た。
一体は、先程対峙した個体とは比べ物にならないほどに巨大すぎた。
加えて、先程のヤツとは似ても似つかない禍々しい見た目と雰囲気を纏っていた。
もう一体は先程の件の奴だった。
確かにそいつだと判った。
首元に一筋の傷があったからだ。
だが、 翼の所々が破れ、鱗も大きく剥げていた。
誰にやられたのかは一目瞭然だった。
四肢の骨も数本折れているのだろう。
ふらつきながら、それでも必死に立ち向かおうとしていた。
しかし、立ち上がることが出来ずその場に倒れ込んでしまった。
「あ…! 」
思わず発した声をセノが手で遮る。
その手は震えていた。
人間の手はこんなにも震えるのか。
顔を見れば完全な蒼白。 唇も見たことがないほどに震えていた。
その恐怖の対象は、家ほどもありそうなその巨大すぎる足で、満身創痍のドラゴンを力強く踏み、飛び去った。
踏まれたドラゴンは、背骨が原型を留めぬくらい折れたのだろう。
骨の破砕音がその場に広まったが、 対する翼-羽ばたきの轟音に掻き消された。
その飛姿はまるで、暇つぶしに飽きたとでも言っているようだった。
本能的な恐怖が過ぎ去り、俺たちはドラゴンの元へ駆け寄った。
目は既に半分以上が白く、傷だらけの勇体は見ているだけで痛々しかった。
それでもドラゴンは立ち上がろうとする。
そして、 立ち上がれず、崩れ落ちた。
同時にさらに骨の折れる音がした。
ドラゴンは鳴かなかった。
「楽に…、してやろう。 ナナ、手伝ってくれるか。 」
俺は無言で頷いた。
それぞれ銃と剣を構える。
「ユースリープ」
セノの銃口から発せられた温かな光がドラゴンを深く包んだ。
ドラゴンがゆっくりと倒れ込む。
「眠らせただけだ。ナナ、介錯を頼む。 」
俺はドラゴンに歩み寄った。
まだ体温の残る肉を切る温い感触。
頑丈な骨。
さすがに刃の方が強かった。
味わうつもりが無くても、手にしっかりと伝わってくる。
躊躇いを捨て、 剣を振り抜いた。
鱗がびっしりと生える大きな頭が、 首の根元からぼとりと落ちた。
「ごめんな。 」
遺された俺とセノは、静かに手を合わせることしか出来なかった。
こんにちは。
イルミネです。
読んでくださりありがとうございます。
生き物の命って、結構あっけなく散ってしまいますね。小説に限らず。
だからこそ、出会いは大切ですね。
さて、次回の更新は30日の土曜日、午後6時頃を予定しています。
次回もよろしくお願いします。