温もり
前話最後の台詞「次はドラゴンだ」に至るまでのやりとりとなってます。 まだドラゴン戦には入っておりません。
「次は、と。 んー。 」
呆気なく一掃したゴブリンたちには露ほども気を留めず、 セノは早くも " 次 " を見据えているようだ。
邪魔にならないように少し離れ、ゴブリンの方へと足を向ける。 もう息をしてない二匹のもとへ。
そして、そっと手を合わせる。
いつか、 どこかで、 誰かがやっていたように。
「大丈夫か? 」
声をかけられて、はっ とする。
それでもまだ、顔を上げる気にはなれない。
「ゴブリンは指定害獣だ。 気にすることはない。 」
まだ視線を外せない。
まるで金縛りにでもあっているかのように、目線が固定される。
「ナナ、 お前が前に進む度に何度も同じことが起こるだろう。 だが、 初めてのその感触、 手を合わせた気持ち、 それにその心がけ。 それは大事にしておけ。 」
そうだ。 この " 死 " を目に焼きつけておくのは俺の義務だろう。
「ありがとう、セノ。 」
彼は一瞬目を丸くしたが、 ふっ と頬を緩め言った。
「礼は落ち着いたあとだ。 少し休んで、先に進もう。 」
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ゴブリンの群れから少し離れた木陰まで来たところで、 彼は思い出したように聞いてきた。
「返り血を浴びたか?」
顔に少し、とだけ答えると
「そうか。 」
言うが早いか、セノの手が俺の顎辺りに伸びてくる。 もう一方の空いた手も、今度は頬に触れる。
場面が場面でなければ、少しはドキッともしたかもしれない。 が、彼の焦った表情がそれを抑えた。 というか何より、男同士だ。
「返り血を浄化する。 目を瞑ってくれ。 」
素直に従い目を瞑ったのと同時に、 頬に触れている方の手の温度がだんだん上がっていった。さらに、目を瞑っていてもわかるほどの白い輝きを纏った。
「浄化」
セノの言葉で光が弾けた。
先ほどのゴブリンたちを包んだ時のものとは違った光が俺を -- 正確には返り血をふんだんに浴びた顔 -- を優しく包んでいった。
「よし。 もういいぞ。 」
目を開けて、自分の手で頬を触るが、先ほどとの違いがわからない。
おそらくちゃんとやってくれたのだろうが、 仮に見掛け倒しの詐欺だとしても気付かないレベルで " 慣れ " ていなかった。
「すまない。 ゴブリン族の血は温度変化に極端に弱いんだ。 その上、皮膚浸透性も高い。 」
口切りの謝罪が無ければ、こいつは一体何の話をしてるんだと思うだろう。 真面目に話を聞いてたはずの俺でさえ、一瞬取り残された。
あ、これ、もしかして、 と悪い予感がしたのも一瞬だったが。
悪い予感ほど的中するもので、
「皮膚に染み込んだまま放っておくと痺れるような痛みを経て、最悪の場合、その部位は動かせなくなる。 」
最悪の場合死に至る、とかじゃなかっただけ安心だが、動かせない というのも重症に変わりない。
だからこその浄化なのだろうが、先述通り、違いがわからない。
これで大丈夫なんですか、と頬をぺたぺた触りながら尋ねると
「少し時間が経ってしまった分、完璧じゃない。 これは俺のミスだ、すまない。 」
「や。 あの、頭…上げてください。 暑すぎたり寒すぎたり、そういう所に行かなければいいんですよね? 」
そう言うと彼は目を逸らしながら二枚の紙を差し出した。
一枚は材料のメモ。
もう1枚は、地図だ。
そして、メモ上の材料をひとつひとつ指差しながら、
「今取ったのが一番上、ゴブリンの角。 次いで並ぶ紫苑とサンダーソニアは花だが、これは学園で育てているはずだ。 よって、必然的に次に狙うのは "ドラゴンの血液 " になる。だが、 」
セノの指はそのまま地図へと移る。
「ここがドラゴンの巣 なんだが、ここは周辺の土地より気温が高い。 それで、その、 」
珍しくセノが口篭る。
が、すぐに立て直して
「完全な浄化が出来てない以上、ナナ、お前には選択肢がある。 一緒に行くか、 先に学園に行くか、だ。 」
選択肢、とセノは言ったが、俺の心はすでに決まっていた。
「行くよ。 もちろん。 自分のことやからね。 」
表向き、口に出したのはこの台詞だが、本心としては、せっかくの異世界ならドラゴンと対峙したい、 というのも大きかった。
「そうか。それなら、 」
セノの口元が ふっ と緩む。
「次はドラゴンだ。 」
こんにちは。
イルミネです。
閲覧ありがとうございます。
前話での、「次はドラゴンだ」という台詞の直前シーン、その台詞に至るまでのやりとりとなりました。
実際にドラゴンと対峙したらどうなるんでしょうね(笑)
では、次回もよろしくお願いします。