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乾燥豆子と弁当男子  作者: ムトウ
1.乾燥豆子と弁当男子
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7.高橋家の事情

「ただいまー」

 と、玄関方向から聞こえた帰宅の挨拶は高橋家の三男、(しゅう)くん? かな?

 見慣れない靴を訝ったらしく、「誰か来てんの? 上原さん?」とかなんとかつぶやきながらリビングダイニングに顔を出した修くんは。


 うわ。えらく体格がいいな。背高い。顔ちっさ。脚長っ。すごいバランスのプロポーションだ。スーツこんなに似合う人初めて見た。ハイブランドの広告の10頭身モデルとかと遜色ないんじゃね。

 とりあえず箸を置き、

「こんばんは。おじゃましてます」

 会釈すると、修くんは「……どうも」と警戒もあらわに一応の挨拶を返してきた。


 ……何その疑惑の視線。あい子さん何もしないよ? なんつっても好々爺だからね?

「修、この人は俺が招んだんだよ。会社の同僚の芹沢あい子さん。前みたいなアレじゃないから、そのパグみたいな顔やめろって」

「パグ言うな。なんだ、そうか。すいません、俺、失礼な態度とって」

 うん。高橋諒よ、そろそろちゃんと説明してくんないか?

 お母上のことといい、さっきからなんか含んだような視線が飛び交ってて気持ち悪いんだよ。


 と、私の心情を察したかのごとく、発言したのはお母上、聡美さんだった。

「諒、あい子さんに説明してないの?」

「あ、うん……。後でゆっくり話そうと思ってさ」

「じゃあ、あのヘンなキャラの話もしてないんだ? 呆れた」

 華奢で可憐なふわふわマザーは、無邪気な口調で辛辣におっしゃった。

「ヘンなキャラ?」

 私がリピート反問すると、

「マザコン」

「マザコン」

「マザコン」

「マザコン」

 高橋諒以外のご家族きっかり4名様ぶん、息のあった応答が返ってきた。

「……ユニゾンで言われるとキツいな」

 相当のダメージを受けた模様。頭を抱えて呻いておる。

 トドメを刺すのは聡美さんだった。

「迷惑だから止めてほしいのよね。私が子離れできてないみたいじゃない」

 口調はほんわか無邪気なままなのに、底冷えするような見下げる視線がなかなかキョーレツで、関係ないのに私まで背筋がざわざわするよ。

 雪女系の恐ろしさだな。聡美母さんコワイ。


 どうやら、高橋のマザコンは偽装なんすね。

 しかも、家族からもアホアホ案件として扱われるあたり、間抜けっぷりに爽やか美形も形無し。

 とてつもなくザツな扱いに情けなさそうにするさまが妙に溜飲ダウン。やーいやーい。

 まあでも家族からしたらイケメンとかどうでもいいだろうね、きっと。


 さて、それにしても、高橋諒よ。何故にどうしてそのような偽装を施す次第になっているのか、事情を話すがよいよ。

 などとエラそげに迫るまでもなく、夕食後、高橋が後片づけしながら詳しく話してくれた。ていうか、そのためにご招待いただいた訳ですし(たぶん)。


 ちなみに圭さんは出勤、聡美さんは寝室で休養、博至さんは薬の整理と病状経過の記録、修くんは洗濯物の収納とアイロン掛け、と、それぞれに過ごされている模様。



 発端は10年ほど前。

 聡美さんが病を発症したのは三兄弟がそれぞれ、16歳・15歳・11歳の頃だったそうだ。

 自己免疫症状のややこしい難病で、根本的な治癒は難しく、対症療法を施しながら過ごすしかないらしい。


 高橋家は、一家の主婦が伏してしまい、生活全般を見直さざるを得なくなった。

 それまで聡美さんが担っていた家事に加え、聡美さんの通院の付き添いや看病も必要になる。


 うん。想像するだにショックだったろうね。

 当時15歳とか、中学生やそこらで、母ちゃんが病気になる、ってだけでも大事件だろうに。その上、それまで全部面倒見てもらえてたのが、突然自分の仕事として突きつけられる。

「家事、ってひとことで言っても、炊事、掃除、洗濯、買い物、家計管理、とか、いろいろあってさ。しかもそれぞれが複雑に影響しあって、単純に分担できるもんでもないんだよな」

 と、高橋諒は実感こもりまくりまくった口調で言った。


 分担制や当番制や、いろんなやり方を話し合って試して、紆余曲折あった末に、いま現在の運営体制が築かれたそうな。


 各部門担当者として、


博至:家計管理部長、渉外部長。病院や公共機関との折衝や情報収集、親戚づきあいなどの対外的な対応含む。聡美さんの看病も兼務。


圭:被服管理部長。洗濯やアイロン掛け、衣替えなど。クリーニング管理や、洗剤の補充も。


諒:炊事部長。調理や食材調達、食材管理。


聡美:経理事務、炊事補佐、補佐全般。


修:補佐全般。


 と、分野別に責任者をおいている。


「なるほど。企業っぽく肩書きつけて責任感を持たそうという訳かな?」

「最初はそうだったんだけど、今は完全にノリだね。責任者っつっても任せっきりじゃなくて、みんな全部やってるよ。修なんか一番オールラウンドじゃないかな。ヘルプの代替要員ひととおりこなしてるから、料理も洗濯も片づけも、ホントなんでもできるんだ」


 ゴミ出し含め、掃除は当番制をとっている。

 一番もめたのは掃除なんだそうだ。

「最初は清掃部長も決めたんだけど、あれはダメだった。達成感が持続しないっていうか、いくら掃除してもすぐ誰かが汚すんで気持ちが荒む。片づけても片づけても追いつかないんだよな。

 母さんがガミガミ言うのがそのときになってようやくわかったよ。せっかく掃除したばっかのとこに、これも片づけといてー、とか、散らかされると殺意がわく。トイレ掃除とか発狂しそうになったよ。お前らトイレ使うな! 出すな! 栓しとけ! とか無茶苦茶なこと思ったもんな」

 栓て(呆)。よほど追いつめられたんだろうな(怖)。


 掃除を担当した誰もが荒むので分担は無理だ、ということで当番制になった。

 いずれ自分にも当番がまわってくる、とわかっているので、それぞれが普段からこまめに片づけるようになった。

 なんと、ええ話や(感涙)。全国の主婦(及び主夫。家事担当者)の皆さんがスタオベするのが目に見えるようだ(おおげさ)。


「家政婦さんとか頼もう、って話にはならなかったの?」

「家政婦さんにも手が足りないときとか、週2くらいで来てもらってるよ。でも、家事を全部任せよう、って話にはならなかった」

 さっき、修くんが帰宅時に「上原さん?」と言ったのが家政婦さんのことだそうな。


「なんつうかな。俺は、面倒みてもらわなきゃ何もできない子どもで、家政婦さんに任せっきりにできたらラクだったんだろうけど。でも、むしろ、子どもだったからこそ、何もできない自分が悔しくてさ。

 自分のことくらい自分でできなきゃ、って思ったんだ。俺だけじゃなく、圭も、修も」


 高橋は食器洗い機をセットしたり、調理ボウルや鍋を洗ったり、あちこち布巾で拭いたり、淀みなく片づけ続けた。まったく気負いのない、日常の動作。

 そんなふうに常温の様子で話される心情は、普段通りの常温の態度であるからこそ、その重さが伝わってくる。


「ヘンな話だけどさ。ラクになっちゃいけない、と思った。ここで家の事とか面倒なことから逃げたら、母さんがいなくなるかもしれない、みたいな恐怖感があって」


「すっげえ、怖かったんだ」


 なんとも返事のしようがなくて、私はただ黙って聞いていた。




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