6.緑豆ごはんと、高橋一家
というわけで、高橋家の夕食の献立です。
・緑豆ごはん
・具だくさん味噌汁
・昆布入り豚の角煮
・ほうれん草と白菜の二色おひたし
・漬け物
「そういえば、あい子さん、聞くの忘れてたけど、苦手なものとかなかった? 大丈夫?」
高橋諒よ。本当に今更だな。でも大丈夫だ。なんでも食べるよあい子さんは。大丈夫だがな。
「それより諒、ちゃんと紹介しろよ」
呆れたように挟んだのが兄上と思われる。そうそう、そうなんだよ兄貴(推定)。まず食卓に居並ぶ面々を紹介してくれ。
「ああごめん。食べながらでいいかな」
と、彼は食事を促しながら言う。どうやら彼は「メシが冷める」のが許せないらしい。ごはん・味噌汁・おかずを熱々の最適な状況でタイミングを揃えて用意するのはそれなりの技術と労力が要る。それをムダにされるのは許せん。ということらしい。まあわかるけどさ。
ではでは皆さん。
「いただきます!」
うん。味噌汁うまい! とろとろのうまみ濃厚。
ダシは合わせダシ、ティーバッグ方式で煮出す紙パックのやつね。具は油揚げ、シメジ、ネギ、メカブ、と、私の感覚では合わせたことのない取り合わせ。具材はそれぞれ細かく刻んであって、メカブのとろみでうまく全体に馴染んでる。味噌味のポタージュみたいだな。
緑豆ごはんは出色の出来です。米のつやが違う。
さすがのプロユースガス釜による炊飯。ブラヴォー。
豚の角煮は前日から煮込んであったので温めるだけ。
豚肉、デカッ。まさに肉塊だな。迫力すごいな。添えてある昆布も細切りじゃなくてダシ昆布に使う分厚いやつをじっくり煮込んである。食べ応えあるなー。
おひたしの量もどっさり。なんと感心なことに、ただ茹でただけではなく薄めた白だしに浸し、軽く下味をつけてある。いただくときはもみ海苔とポン酢で。
「献立考えてるとき、肉ばっかになっちゃうと罪悪感でさ。つい、ほうれん草とかブロッコリーとか茹でちゃうんだよ」
ということらしいが、うんうんうん、わかるわー。おひたしは食卓の良心だよね。
漬け物は真黄色のたくあん。ベタだけど安定の配役。お、ちょっと甘め。
と、真剣に味わう私の食欲と同時進行で、高橋諒は家族に私を紹介し、次いで、高橋家の面々を紹介した。
兄の圭さん。看護師なのだそうだ。
弟ほど際だってイケメンという面貌ではないけれど、中性的に柔らかい印象の人物。
さっきから気になってるんだけど、圭さんはやたらに声がいい。深く柔らかいテノールは響きがよくて、話し方の音程というかリズムも心地よく、面立ちも相まって穏和に穏やか兄ちゃんだなー。
いつもは圭さんの隣に弟の修くんが座るそうな。修くんは就職1年目、今日は残業とのこと。
三兄弟の年齢は上から圭27歳、諒26歳、修22歳。
「ふーん。高橋さんと弟さんの間が少し離れてるんだ」
「うん、そうなんだ。ってか、ここにいるの皆タカハシなんだから混乱するよ。名前でお願いします」
「……えー」
思わず顔をしかめると
「なんでそんなイヤそうなの」
圭さんが可笑しそうに挟んだ。
「うーん、イヤっていうか。高橋さんはタカハシさん、ってイメージだったので、いきなり名前でって言われても……」
“圭さん”だったらいいんだよ。初対面でイメージ固まってないから、普通に個体識別としての名前呼びね。
でも、今までずっと高橋さん以外呼ばわったことないのに。
諒さん? うへー誰だよ。ヘンな感じ。
つーか、すっごい今さらなんだがな! なんなんだこのシチュエーションは。
家族に紹介されて名前呼びとか、妙な意味付けが生じそうで好々爺的には困るぞ。お忘れの方もいらっしゃるかもしれないので再び宣言しておきますよ? 私は圏外です!(挙手)
「あれ。あい子さんは諒の交際相手って訳じゃなかったのか」
と、おっしゃったのは、お父上の博至さん。会社員。経理を務めてらっしゃるそうだ。
「違うんですよー」
冷静に返せた私、エラい。メシにかまけてその辺の気遣いをスパッと忘れてしました的狼狽を見せたのは高橋のほうです。
君、もしかしていろいろと迂闊じゃないか。修行が足りねえな。
「そうか、違ったのか。失礼しましたね」
父ちゃん、渋い。かっちょええ。
なるほど、高橋はお父さん似であるらしい。このテの薄味の顔は年を経るにつれて味わいが増し、ますます男ぶりがあがるものなのかもしれぬ。高橋の未来は輝かしいぞ(顔面的に)。
そして、お噂はかねがねうかがっております。話題のお母上は、息子たちと父親のやりとりに終始くすくす笑ってらっしゃった。
男所帯の紅一点、聡美さんは、………なんというか、小柄でかわいらしくて、ものすごく華奢だった。そして、彼女の夕食もまた、小鳥がついばむ量、と言ってよいくらいに華奢で。
たぶん、この人は、何か重篤な病気に罹っている。そういう雰囲気の華奢、だった。
今日は病院に行っていたらしい。定期検診がどうのこうの、と小耳に挟んだ。
察するに母親の病気は高橋家の日常だ。かなり慢性的な症状なのだろう。それくらい、ここんちの家族は母の病状に慣れている。
お母上は、私に
「ごめんなさいね。いっぺんにあまりたくさん食べられなくて。緑豆ごはん、おいしいです。初めて食べた」
と、ニコニコしながらおっしゃった。
お気に召してよかったです。と答えながら、顔がひきつってないか気になる。
だってさー、なんかさー。あんま心配し過ぎてもしなさ過ぎても悪いかなー、と思うし。病状のことにも、触れていいのか悪いのかどうなのか。聞いたところでどうにもできんし。気遣う加減がよくわからない。
高橋は私の困惑に気づかないふりをした。
「これ、おにぎりにしてもウマいんだって。つくっとくから、気が向いたら食べれば」
ね? と同意を求められ、思わず、うんうん、と頷いた。
「おこわに炊き込んでもおいしいですよ。緑豆は甘くして餡にするのもおやつにいいです。緑豆餡で白玉とかね」
「白玉!?」
食いついてきたのはお父上だった。なにそのキラキラEYES。白玉好きなの?
「博至くんは甘いもの好きだもんね」
聡美さんはくすくす笑った。オット氏のことを博至くん、って呼ぶんだ。なんかかわいいな。
「わかったわかった、今度また緑豆買ってきてつくるよ。あい子さん、小豆餡と同じ要領で煮ればいいのかな?」
え。あ、うん。と、角煮を頬張ったタイミングだったのでモゴモゴ返事する。
とりあえず、普段のペースを取り戻すべく、食事に集中するあい子さんなのだった。角煮うめえ!