53.彼女の弟
あい子の弟、健史くんは、あい子の2歳下、俺からは4歳差にあたる。ちょうど修と同い年だな。
あい子といっしょに彼女の高校時代の友達と会ったのはいいが、久々の再会ともなれば、女性達はそりゃもう盛り上がる。
なんとなく所在ない心持ちだったところ、健史くんが連れ出してくれた。せっかくだからあい子にもゆっくり友達と過ごしてもらいたいし、ちょうどよかったけど。
それにしても婚約者の弟、というのは、どういう態度で接していいのかよくわからない。そして健史くんも接し方に戸惑ってるんだろう、さっきから互いに、微妙に距離感を測りあってる感じ。
「……諒さん、すいません。この辺りって特に観光地って訳でもなくて、大して案内するようなとこないんすよ」
健史くんがすまなそうに言う。
この近隣は、鉱泉の湧く土地柄だそうだけど、温泉地として栄えているのはちょっと離れた隣町なのだそうで、ていうか鉱泉を使った銭湯的な施設もあるにはあるが、連れ立って風呂に行けるほどにはまだ互いに親しみを深めてはいない。
「あ、いや。いいよそんな、気を遣ってもらって悪いね」
こういうのって困るよな。
互いに気まずく黙った後、「そうだ」と思いついて言ってみた。
「あのさ。あい子の通ってた高校って近いかな? 見てみたいんだけど」
「……ああ。俺も同じ高校だったし。自転車で通ってたから、そこそこ近いよ。行ってみますか」
さっきの友人達とあい子が通っていた高校。どんな高校生だったのかな……っていうか、あの会話の調子からすると今と大して変わらなそうだな。高校時代から豆子って呼ばれてたりとか、ある意味期待を裏切らない。おもしろい女だよなー。
健史くんに促されて、車の助手席に収まる。時折、様子を窺うような気配を感じて落ち着かないけど、たぶん、彼なりに気遣ってくれてるんだろう。
「姉弟で同じ高校か。嫌じゃなかった?」
「うーん。選ぶほど高校の選択肢なかったしなあ。嬉しくはないけど、仕方ないって感じですね。むしろ姉が嫌がって、私立行けよ、って言われたなあ」
「そっか。俺もひとつ上の兄貴がいるからさ。同じ高校に入って、先生や先輩から“高橋の弟か”って言われんの、嫌だったなあ」
「あー、あったあった。ウザいっすよねー」
などと、他愛ない会話を交わしつつ、高校に到着。へえ。確かに、割と近い。
車を降りて、校門の近くまで寄ってみる。広い前庭の奥に、教室の並ぶ校舎。
「ま、普通の高校ですよ。今は授業中みたいだな」
「ふうん。こんな感じか。授業静かに受けてて真面目そうじゃん。結構クラス数も多そうだね」
「俺たちの頃からだいぶ減ったんっすよ。それでも、中間からちょっと上くらいの偏差値の生徒が進学する高校ってここくらいだから、そこそこ人数集まるらしいよ」
「なるほどね、頭イイんだ。俺んとこはもっとごちゃごちゃいろんなやつが混ざってた覚えがあるな。あーなんか自分の行ってた高校とか思い出す。懐かしいな」
並んだ教室の窓は、ちょうど日が射す角度で、ほとんどの教室のカーテンが引かれていて、開けた窓からの風に時折はためいている。
授業の声が聞こえるほど近くには寄らない。最近の学校は結構セキュリティ厳しいからな。
「昼前くらいか。ちょうど腹減ってしんどい時間だな」
なんとなく当時の雰囲気を思い出して呟くと、
「俺、早弁してたなー。昼休みは購買でパン買ったりして」
健史くんも苦笑して応えた。彼もなにやら懐かしくなったらしい。
「そういや、聞いたよ。健史くんの弁当、あい子がつくってたって」
「……それは中学んときですよ。どうせあれだろ、俺が文句ばっかり言ってた、って話じゃないの? 仕方ないですよ、その頃はガキだったから、弁当つくる苦労とか思い至らないし、だいたい姉貴の弁当も初期仕様だったから。結構ヒドかったよ? びしょびしょのショウガ焼きとかカチカチのハンバーグとか、弁当箱の半分がミックスベジダブル、ってときもあったな」
思わず噴き出した。確かに、それはヒドい。
「俺が野菜食わないからって嫌がらせでそういうことするんですよ」
「……俺もあい子に弁当つくってもらったことあるよ。美味かったけどな」
「そりゃ諒さんに食わすためだからだろ。っていうか、実の弟に惚気とか勘弁してよ。どんな顔して聞けばいいのかわかんないっすよ」
「惚気のつもりはないけど。普通に美味いからさ」
「……無自覚かよ……そーいうの惚気っていうんだよ」
健史くんは顔を背けてモソモソ独りごちた。
はははは。聞こえてるよ。




