52.父と母
そんなわけでいいかげんイイ時間になって、ヤベヤベさすがに諒を放っときすぎた、と実家に戻ってみたら、諒と健史はまだ帰ってませんでした。
両親ズのほうが先に帰ってた。仕事早めに片付けてくれたのね。
両親によると諒と健史は「車で出かけたみたいよ」「ひとっ風呂浴びに行ったんじゃないか?」とのこと。
ここいら近辺は鉱泉の湧く土地柄で、あちこちに日帰りできる温泉がありまして、銭湯感覚で入って来れちゃうのです。
それにしても、でも、しかし………???
あのふたり、いきなりそんなに親しくなれる性格だったかな。特に健史のほう。
はて? と訝っていたら、「あい子、ちょっと」と、父に呼ばれました。
リビングのソファに座り、私にも座るように促してくる。改まってどうしたんだろ?と身構えながら向かい合わせに収まると、
「新居の話だけどね」
と、父が口火を切った。
「基本的には、諒さんとふたりで話し合って決めることだと思う。だからこれは、参考程度に聞いてほしいんだが、いいかな」
お、おう(ビビり)。
父は、私が18歳になってから注意とかお説教みたいなことを一切しなくなった。もう大人だから、と線を引いたみたいに態度が変わって、以来、父は私の生活に何も言わない。(逆にその方が厳しく感じられるときもあるけど)
その父が改まって言うことなので、やっぱりなんだか身構えてしまう。
私が頷くと、父はおもむろに言った。
「高橋さんのご実家に同居する、という話が出ているみたいだけど、まず一番に高橋さんのお母さんの気持を考えた方がいいと思う」
「……聡美さんの?」
「そうだ」
「詳しい病状は存じ上げないけれど、長く患ってらっしゃるんだろう? 療養しながらの生活スタイルがあると思うんだ。
弟さんが家を出られて、諒さんも結婚となると、その生活に大きな変化が起きる。それがどれくらいのストレスかはわからないけれど、健康な人だって生活の変化は疲れるものだ。まして聡美さんにとっては、あまり軽く考えるべきじゃない」
考え考え、言葉を選びながら、父は静かに自分の考えを述べる。
母がお茶を入れてくれた。無言でそっと給仕して、それから父の隣に座る。
「高橋さんのお父さんが“いっしょに住もう”と言ってくださったのは、それだけよくしてくださってるということで、それはありがたいことだし、素直に受けとめておきなさい。
ただ、そういった生活の変化とか、嫁姑の気遣いみたいなことで苦労するのは聡美さんだよ。
いっしょに住んでみてうまくいかなくても、あい子はまだいい。健康だし、仕事もある、あまり望ましくない選択肢だけれど、出て行くことだってできる。けれど、聡美さんはどこにも行けない。そんなに簡単に住まいを移すわけにはいかないだろう。
もちろん、あい子がいっしょに暮らすことで聡美さんの助けになることもあるかもしれないし、私が悪く考え過ぎてるかもしれない。杞憂だとは思うよ。でも、考えに入れておいてほしい」
母も父をフォローして重ねた。
「お父さんや私には、高橋さんのご家族とあい子がどういうふうに過ごしてるのか、実際にはわからないからね。慎重になっちゃうの。しつこいようだけど、それだけ心配してるってことよ。
家族になるっていっても、もともとは他人同士なんだからね。礼儀や気遣いは大事。親しくしてくださってるからこそ、それを忘れないようにしなくちゃね」
あー。うん。
はい。そうだよね。
私、自分ではちゃんと考えてるつもりでいたけど、やっぱり思い至らないところってあるよな。
“聡美さんの気持を一番に考えるように”
諒の立場からは言えないことだ。もちろん聡美さんも。
「確かに。そうだね。うっかりしてたけど、私が、私こそが気をつけなきゃいけないことだよね」
ついつい、自分のことだけでいっぱいになってしまう。いかんよね。
「お父さん、お母さん、心配してくれてありがとう」
何やら感慨深く、私は居住まいを正して両親に深々と頭を下げたことでした(珍しく真面目)。
ところで、諒と健史がどこをほっつき歩いてたのかというと、やつらは夕飯前にふらふら帰ってきて、しかもふたりとも昼酒かっくらってて(車は運転代行)、妙に楽しそうにけらけら笑ってやがるのでした。何してたのか聞いても「ちょっとね」とかごまかして、しまいには「男同士の話だよ」と、はぐらかされてしまい、なんだかよくわかんないけど、友好を深めあったらしいです。
なんだ君達。まあいいけど。




