45.ご対面
さてさて。いよいよとご対面です。
やだなあ、やだなあ。こっ恥ずかしタイムだよ羞恥です逃げたい。
といっても逃げるわけにも参りませぬ(決意を示す文語表現)。
実家のリビングに案内して、両親と向かい合う位置に促されます。
今回、一番キラクなポジションの弟は珍しく気を利かせてお茶を用意してくれた。ありがとよ、健史。でもオマエ、おもしろがってんだろ、ニヤニヤしちゃってさ。
「えーっとね。こちらが、会社の同僚の高橋諒さん、です」
「初めまして。あい子さんには家族ともどもお世話になっています。
もっと早くにご挨拶に伺うべきだったんですが、僕の不見識で遅くなってしまいまして。ご両親にはご心配おかけしてしまって申し訳ありません」
緊張気味にかしこまってカタい挨拶をする諒に、てんこさんは、ニコニコ愛想よく応対する。
「いいえ、遠いところわざわざいらしていただいて、ありがとうございます。まったく、あい子がちゃんと連絡寄越さないからこちらもご挨拶できませんで、失礼してしまってごめんなさいね」
丁寧に挨拶しつつも、頭のてっぺんからつま先まで素早く諒をサーチしてる。素知らぬふりしてるけど、私にはわかるぞ母よ。
そんで、諒と父が当たり障りなく世間話的に会話を交わしてる隙に、私に目線で合図してきた。
何?と顔を寄せると、ひそひそ声で
「ちょっとあい子。すっごいイケメンじゃないの。大丈夫なの?」
とか、疑念をぶつけられましたよ。
それな。最近忘れてたけど、諒ってかっこいいんだよね。いや、毎日のように見てると、顔がいいとかどうとかわかんなくなるもんじゃない?
だって、諒は諒だし。諒の顔ってだけのことでさ。
そんで、てんこさんが問うところの「大丈夫なの?」とは即ち、「ちょっと顔のいい男に甘いこと言われてアレコレ世話したり尽くしたりしてんじゃないの?」という意味です。
実はさっきから、健史も同じような疑念を抱いたらしく、ていうか既に騙され疑惑確定しやがって、可哀想な動物を見るような視線を飛ばしてきます。
我が家族ながら、失礼だな、いろいろと!
後に、
「諒がムダにイケメンだから無用な疑いを招くんだよ」
「ムダってなんだよ」
「私にだけかっこよけりゃいいのに、全方位的にかっこいいのとかムダでしょうよ」
「知らないよ無茶言うなよ。好きでこんな顔してんじゃないのに」
と、ものすごくくだらない痴話喧嘩をかましましたが、それはまあ置いといて。
唯一、父・誠史がニュートラルに応じようとしているのが救いです。……父よ!(拝)
「あのね、お父さん、てんこさん。諒はこう見えて5人家族の炊事10年以上担ってきてんの。弁当含めて朝昼晩三食、ずーっと、10年以上だよ?」
「こう見えて、って」
と、諒は軽く苦笑を挟み、何を懸念されているのか正確に理解したようだった。
「どう見えてるのかはともかく、実家住まいの男のわりには、家のことやってるほうだと思いますよ。母が病弱なもので、父と兄弟で分担して家事を切り回してるんです」
そして、諒の母親の話や、彼女の病状をめぐるご家族の話などを事細かにご説明申し上げた。
「今まで、そんなふうにやってきたし、あい子さんと結婚しても、一方的に彼女に家事を押しつけるつもりはないです」
それから、今の段階でふたりで話し合ったことを報告した。
私は仕事を続ける。家事、家計、育児は分担。苗字は高橋姓にする。
「え、苗字どっちにするかで話し合ったの?」
母が驚く。確かに、苗字は大抵の場合、夫側の姓にするだろうから、わざわざ話し合うまでもない、みたいな感覚なのかな。
それに「どっちにする?」って聞くだけで“なんかうるせー面倒くさい女”認定されかねない風潮もあるような気がするんですけどそんなことないですかねこの辺歯切れ悪いなモニョモニョ。
うーん、なんつうかねー、名前に関しては、決める過程が大事なんじゃないかと思うのですよ。
私の場合、改姓すること自体はそんなに抵抗ないんだよね。もとから仕事では“あい子さん”て名前で呼ばれてるし、学者みたいに経歴や実績に影響する訳じゃないし。
名前変わる経験なんて滅多にないから、おもしろそうだしさ。
ただ、一方で、改姓する側は名義変更の煩雑な手間暇を負い、20数年馴染んできた名前に対する感慨とか愛着を喪失するわけじゃないですか?
そこいらへんの機微をわかってもらえたらなー。とか思うわけです。
自動的に高橋姓っていうんじゃなく、高橋か芹沢、どちらの姓にするか選択肢があることをふたりで認識した上で、積極的能動的に“こっちにする”って、ふたりで決めたい。
そして、新しい名前を喜びたいし、失った名前も忘れずに大事にしたい。
決める過程が大事。って、そういうような意味です。
諒にそう言ってみたら「んーー……?」と首をひねり、それから、目ぇつぶって天井を見上げ、両手も何か探るようにひらひら動かして、しばらく何か考えを巡らしてるみたいだった。
「今ね、想像してる。俺が芹沢諒になったらどんなんかなー、って」
芹沢諒。芹沢諒。ぶつぶつ呟いて、なんだかおもしろそうに笑った。
「今まで考えたこともなかったからさ。会社では芹沢カブるから別姓にするとしても、病院とかで芹沢さんって呼ばれんだよね。うわー俺じゃないみたい。なんか新鮮。あ、アレも名義変更しなきゃなんないのか。これ手続き半日じゃすまないな。役所も銀行も、土日やっててほしいよな」
ふたりでひとしきり、「芹沢諒」「高橋あい子」シミュレーションで遊んで、互いの母親の旧姓の話とかもした。
聡美さんは、旧姓・川藤聡美。てんこさんは、大江典子。
「全然感じ違うな」
「旧姓もいいね。かっこいい」
その後、厳正なる抽選(嘘)の結果、高橋姓に決定いたしました。
「諒はわりとホンキで“芹沢諒もいいかも”って言ったんだけどさ。それやるときっと“婿養子?”って5億回くらい聞かれるよね。面倒だな、って」
ふたりとも「どっちにしてもいいかな」という意見だったので、単純に“面倒くさくないほう”という理由での選択です。
ブランニューあい子さん、高橋あい子。うん、字の並びも音の響きもなかなか素敵じゃないですか? 改姓シミュレーションもおもしろかったよ。
興味津々で経緯を聞いていたてんこさんがどんな反応するかと思えば、一言。
「へえーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
“へえー”が長い。どういう反応だそれは。
いや、わかってる。このヒトは「企画のネタになるかも!」って思ってるんです。しょうがないな、この仕事できるウーマンは。




