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乾燥豆子と弁当男子  作者: ムトウ
4.芹沢家にご挨拶
43/58

43.事件。または、ド茶番

「で、そんな感じだったんだけど、私が高2の頃だな、吉田山本事件ていうのがあってさ」

「よしだやまもと…事件? 物騒だな」

 怪訝に問い返す諒に、私は万感の思いを込めて応えたのでした。

「すっっごかったんだよ……」

 我ながら鼻息荒い(笑)。



「ある休日に、てんこさんの部下の吉田くんが芹沢家を尋ねてきてさ。

 その日は休日出勤の予定だったんだけど、父と健史がなんかゴネてて、てんこさんは部下に任せて休むことにしたんだよね。母自身も仕事しすぎだと思ってたらしくて、ワークライフバランス的に休もうと努力はしてたんだよ」


「“お休みのところ申し訳ありません!”

 って、吉田くん、なんか息せき切って大慌てでさ。あ、吉田くんって言っても私より全然年上で、今では中堅クラスなんだけど、ずっと吉田くんって呼んじゃってる。

 で、その吉田くんがね。

“芹沢主任、会社辞めるって本当なんですか!?”

 って、いきなりぶちかまして」


「“…………は? なにそれ”

 って、てんこさんそんなつもりないし、匂わしたこともないんだよね。

 ?????って疑問符飛ばしまくってる当の本人尻目に、吉田くんは号泣しながら父にすがりついた」


「“芹沢主任を辞めさせないでください! 続けさせてあげてください! てんこ主任は会社に必要な人なんです! 主任が辞めるくらいなら、俺が辞めます! 俺が辞めて、ごはんつくりに来ますから!”」


「ぶふっ」

 って、そこで諒は噴き出した。

「笑っちゃうよね。でも吉田くん、超真剣だったんだよね……」


「吉田くんは、びっくりして固まってる健史にも縋りついて、

“頼む、健史くん! お母さんに仕事させてあげてください!

 お母さんを仕事にとられて寂しいかもしれないけど、お母さんの仕事はとってもクリエイティブで創造的でイマジネーションに溢れてて、みんなに必要とされる素晴らしい仕事なんだ!

 寂しいなら俺が話し相手になる! なんでも相談にのるよ。ごはんもつくるし、洗濯もしたげるし、勉強もみるよ!”

 って、おいおい泣きながら、ぶちあげるぶちあげる」


「……なんか、それ。わざと? 茶番っぽい感じがするな」

「うん、ド茶番だね」


 吉田くんは、超真剣にお芝居されてました。それが証拠に、私には何も言わなかったもんね。

 吉田くんの芝居は、父と弟を“ママンに頼りっきりで世話してもらわないと何もできないお子ちゃま”認定しておちょくってる以外のなにものでもなく。


「これ、てんこさんもめっちゃびっくりしてたし、母の企みではないのね。そういうヘンな策略めぐらせるほうではないしさ。

 呆然と立ち尽くして、困ってんのか怒ってんのか羞恥なのか笑い堪えてんのかよくわかんないけど、わなわな拳ふるわせてた」


「……それが吉田山本事件の吉田成分? ってことは山本くんも登場すんの?」

「山本成分はね、山本部長」


「号泣して大騒ぎする吉田くんと、あまりに茶番過ぎて反応に困る芹沢ズ、っていう図に“お取り込み中失礼します”って山本部長が現れてさ。

 山本部長は、ザ・上司みたいな、すごい貫禄ある紳士然とした人でね。イタリア製のオーダースーツでキメて、なんかこう、脂っこい感じに恰幅のいいおっさんなの」


「“申し訳ありません。私が吉田くんに紛らわしい言い方をしてしまい、誤解した彼が騒ぎを起こしてしまいまして”

 厳かな感じで宣って、深々と頭下げてくんのね。

“芹沢主任が仕事に関してなかなかご家族の理解を得られていないようで、最悪の場合、やむなく退職してしまうかもしれない、と、つい呟いてしまって。

 あ、もちろん、私の一方的な憶測なんですよ。ご家庭のことは他人には窺い知れないし、だいたい詮索するのはマナーに反しますよね。大変に失礼なことを不用意に述べてしまいました。

 そして吉田くんはそれを決定事項と聞き違えてしまって……止める間もなく飛び出して、こんな事態に”」


「……ド茶番だな」

「ヘンな職場だよね。

 どうもね、ちょうどその頃、てんこさんが出した企画が通って、どっかの広告代理店との共同でプロジェクト起ち上げるタイミングだったみたいなんだよ。そこそこデカい仕事でまた残業とか時間とられそうだし、だからこそてんこさんも部下や後輩に譲って家庭の時間確保しようとしたんだよね。それが、部長的には困る事態だったらしくて」


「でもそれ、酷くないか? 人の家庭に口出すとかさ、しかもやり方が強引すぎる」

「うーん……。吉田くんはね、新人の頃から鍛えてもらってて、てんこさんに心酔してるのね。そんで、性格的にちょっと極端にシロクロつけたがるようなとこがあるっぽくて。そんな夫なら離婚しちゃえばいい、くらいに思ってたみたい。吉田くんからすれば、家族がてんこさんの足を引っ張ってるように見えたんだろうね」


「で、山本部長のほうはもっとタヌキ。吉田くんを焚きつけててんこさんをプロジェクトに引っ張り出すのが目的だったっぽい。家族のことは、てんこさんならその場を収められる、って確信があったみたいなんだけどさ。ほんと無茶苦茶だよね」



「まあそれで、てんこさんは激怒した。もうメロス並に怒った。

 ゴゴゴゴゴ……って効果音の文字を背負ったみたいな形相で、吉田くんと山本部長に

“私の家族に対し、あまりに不躾で失礼です。きちんとした謝罪を求めたいところですが、と り あ え ず、 今 は、 帰 れ”

 激高したり怒鳴ったりしないのがまた怖かったなー。

 この「帰れ」が、地獄感過積載気味に暗黒で、吉田くんもそれなりに覚悟してたらしいんだけど、それでもさーっと青ざめて顔色まっしろになってたな。

 山本部長はさすがに退き際心得てて、吉田くん連れてさっさと退場してった」


「その後、てんこさんはお父さんと健史に向かって深々と頭下げて

“会社の人たちが失礼なことして、ごめんなさい”

 って、謝った。

“私が、仕事のスケジューリングのときなんかに家のことちょこちょこ洩らしたりしたのがヘンなふうに受けとられてるんだと思う。うまくいかない言い訳に、ついお父さんのせいにしちゃったりもして。そういうのも、ごめんなさい”って」


「お父さんは

“なんなんだ、あれは。なんであんなこと言われなきゃならない”

 とかプンスカしてて、実際それももっともなんだけどね。

 てんこさんに対しても

“お母さんの仕事の仕方はどうにかならないのか、って前からずっと思ってて、いろいろ我慢もしてきたけど、今回はまたヒドい”

 とか文句言って怒って、てんこさんはずっと頭下げてそれ聞いてた。健史も口には出さなかったけど、そうだそうだ、みたいな顔して睨みつけてたな」


「……うーん。でもその場合、てんこさんのせい、っていうより、吉田くんと山本部長が勝手にぶちかましてきたんだよね。それ、どうしようもなくない?」

「うん。でもてんこさんは頭下げたまま、ずっと黙って聞いてた。で、その後、ぷっつりキレたの」


「お父さんの話が途切れたところで、ばっ、って顔あげて、“あーあ!”って、いかにもやってらんねー!って感じで、

“アホらしい。もうやめた”

 って、投げ出すみたいに言い捨てた」




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