42.芹沢家の人々
空港に着いて電車に乗り換え、実家に向かう車中で、今回の攻略対象・芹沢家について、諒に説明しました。
一家の家族構成は、以下。
母、芹沢典子。勤め先では「てんこ部長」と親しまれている模様。私も母のことを「てんこさん」って呼んだりする(父は「お母さんと呼びなさい」って言うけどね)。
むちゃくちゃ仕事できるウーマンらしいです。身内目線でそれ言っちゃうとなんだか自慢っぽくてアレなんだけど、でも、そうなんですよデキる人なんです。
仕事バリバリしつつ、家事育児もこなすのってタイヘンな重労働だよね。というのは自分も勤め働きする今となってようやくわかってきたことではあるんですが、実はとんでもねえゴッドマザーなんだな……。
父、芹沢誠史。市役所の会計課にお勤めの地方公務員です。たぶん私、わりと父親似なんじゃないかな。単調な事務仕事を淡々こつこつとこなすのが苦にならない、っていうか、わりと好きなんだけど、そのあたり、父の影響あるっぽい。
「んで、父はわりかし普通のお父さんでね」
「普通のお父さん?」
どういう意味合いで? と尋ねてくる諒に、苦笑気味に応える。
「妻に“仕事してもいいよ。俺も家事育児手伝うよ”っつって、ゴミ出しするくらいで家事やってる!っていう、普通のお父さん。父くらいの年代、50代半ばくらいだとそんな感じの人結構いるよね。まだまだ、家事育児は妻の分掌、夫は稼ぎ手が本分、みたいな意識」
「ただね、うちの場合、てんこさんがめちゃくちゃ仕事できて、お父さんより稼いできちゃうんだよね。年収にして父の1.5倍は稼いでると思う。出版社勤めは公務員より忙しくて、残業とか休日出勤とか、どう見ても母のほうが父より忙しかった。
なのに、家事は母のほうが圧倒的に負担が多くてさ。子どもの頃から、ずーっとそのことで揉めてた。母は父にもう少し家事やってほしい。父は母に仕事をセーブして家事やってほしい。
お父さんにしてみれば、なんつうか、男のメンツみたいなのがあるのかなあ。妻が自分より稼いじゃうのも忸怩ってたのかもしれない。娘から見ても、頑なに家事をやろうとしなかった。やってもすんごい恩着せがましいんだよね。やってやったぞ。って」
「あー。まあ。俺も、母さんのことがなければ家のことなんて何もしてなかったからな。そうなっちゃうのはわかる気はする、かな」
「そんでね、小学校高学年くらいからかな。私が台所のお手伝いしはじめたんだけど。食器洗いとか、食事の下ごしらえとかね。その頃から料理に興味あったから、料理本調べておかず一品つくらせてもらったりとかさ。
そうすると、お父さんはすごく喜ぶのね。“あい子はいいお嫁さんになるぞ”とか言って、てんこさんはビミョーな顔してたね」
「そこに加えて、健史っていう2コ下の弟がいるんだけどさ。地元で進学して、今は自動車整備士やってるの。
その弟がこれまた、家のことは妻・娘がやる、って染みこんじゃったんだよね。父の影響もちょっとあるかもだけど、少年野球やってたチームのコーチがわりとそういう感じの人で。
練習日のたびに“お当番”のお母さん達が雑用を手伝いにいくんだけどさ。私も何度か行ったことあるけど、芹沢のうちはお母さんが働いてて大変だな、って微妙な口調で言われたりしたな。うまく言えないけど、なんか含んだ感じなんだよね。それとか、そのコーチ、若いお母さん指名して、自分にお茶出しさせたりとかしててさ」
「……なんか。ヤバい感じだな、それ」
「うん、セクハラキワキワだったと思うよ。父が“お当番”に行ったりするとやりづらいらしくて、“お父さん、尻に敷かれて大変ですなあ”って失礼なこと言ったりもしてたしね。
他の保護者からも苦情が出たらしくて、その後コーチ代わってからは“お当番”もなくなって、チームみんなで自分のことは自分でやろう、ってことになった。
でもそのときの、お母さん達が世話してくれる、みたいなのが、弟的には根底にあるみたいでさ。家事の手伝いとか全然しなくて、お父さん2号みたくなってた」
「健史が中学の頃、てんこさんがキツキツに忙しい時期があって、そのとき、私がお弁当つくってた。お父さんと弟と自分のぶん、3つ。
その頃の弁当づくりでずいぶん料理は鍛えられたな。あともう一品つくる!っていう瞬発力とか、毎日の計画性とか持久力とかね」
「わかる。単発で1日だけつくるのと、毎日継続してつくるの全然違うよな」
「そんときも、健史はすっげえ偉そうに文句つけてきてさ。今日はマズかったの量が足りないの、アレ入れろコレ入れるな、格好つけろオシャレにするな、とか、もーホント、今思い出してもムカつくわ」
「うわ、それは腹立つ。なら自分でつくれよ、って思うよな」
「でしょーー?!(握手!)」
「見かねた母が説教し倒して態度を改めさせた。んで、私にも。“あい子も、あまり何でもやってあげちゃダメ”って。わかるんだけどさ、なんか歯痒くて、あの頃のあの感じは、ちょっとしんどかった」
忙しい母。あまり協力的でない父と、コドモな弟。
母の助けになれば、と思って手伝っても、母はあまり喜ばない。
いっぽうで、父と弟が気まぐれに何か家事をすると大仰に褒めて喜ぶ。
「なんかさ。理不尽じゃない?」
「……それは、つらいな」
母の気持ちがわかる。
それだけに、つらい。
たぶん、諒もわかってくれてる。




