4.ムング豆と、高橋の秘密?
会社帰り、私はたまに輸入食材店に立ち寄る。海外の珍しいお菓子やら調味料や飲み物が揃い、無料でコーヒーを試飲させてくれる例の店です。楽しいよねー。
会社の最寄り駅から地下鉄でふた駅と、通勤ルートから外れてちょっとばかり面倒だけれど、何しろお気に入りの店だしね。ごきげんな寄り道コースなんでございます。
突然だが、諸君、告白しよう。私は料理が好きだ。というか、食い物が好きだ。食事をする、ということが大好きなんですだよ。
と、突然な上にあまりに大仰過ぎる告白をかましてみましたが、どうかな。ハズした?
毎日の弁当含め、朝昼晩自炊に勤しんでいるのは、上述の趣味嗜好により、甚だ趣味的・道楽的に食い物に興味関心を傾けている故である。わたくしは非常に能動的・積極的に料理に向き合っているのである。
と、やたらにカタい言い回しを多用するのは我ながら調子こいてるだけです。
単に料理自慢したかったの。てへ。
そのような私にとってこのような輸入食材店や高級スーパー、製菓材料やエスニック素材など専門素材に特化した食品店は、実に楽園であるのです。ハレルーヤ!
閑話休題。
というわけで本筋に戻ると、本日はムング豆の補充にきたのだった。
あったあった。ちびっこい豆粒たちよ、愛いやつめ。
ムング豆とは、緑豆のこと。春雨の原料ね。また、緑豆を発芽させるとモヤシになります。
ポタージュ的なスープ(ダールっていう料理)とかカレーにするのがよくあるレシピだけど、私は緑豆ごはんにするのが好きなんだよね。緑豆を塩味で炊き込むだけの簡単な豆ごはん。炊きあがりに白ゴマとじゃこを加えてもイイ。
小豆の仲間なので、煮つぶして砂糖を加え、ぜんざいにしてもおいしいよ。ベトナムデザートのチェーとか、あれも緑豆餡。
って、誰に解説してんだか脳内でムング豆を称えつつ、他にめぼしいものはないかな、と商品棚をみつくろっていたら。
おや。なんか見たことある人物が棚の陰からチラ見え。
高橋諒じゃん。
瀬戸内レモンをつかったタバスコ風調味料、レモスコを片手にじっくり真剣吟味中の姿を目撃、接近遭遇。
「高橋さん」
うっかり声かけちゃったよ。いや、そんなに広い店内でもないし、遅かれ早かれ気づくだろうし、シカトすんのもなんかヘンだし。
一方、話しかけられた高橋はなぜか気まずそうに
「……あい子さん?」
なんでこんなところで。
って、呟きやがったよ。小声でもしっかり聞こえたよなんだよ来ちゃ悪いかよお前の店かよ。
「お邪魔したかな?」
一応、形ばかりは申し訳なさげにしてみた。
「あ、いや、そんなことないですよ」
高橋の爽やか涼やかフェイスには動揺が拭えず、がちゃがちゃと買い物かごの中身が鳴る。おいおい、気をつけたまえよ。
かごの中にはご当地ポン酢やオイスターソース、中華スープの缶などがごろごろ入っている。あ、ミックスピクルスの大瓶。バルサミコ酢とチューブのアンチョビ。トマトソース3缶! 特売のスパゲッティ5袋も! よく食うなー! たしか男3人兄弟含む5人家族、って言ってたっけ。
成年男子の買い物にしては仕入れ感みなぎる買い物に、
「お母さんに頼まれたんですか?」
と尋ねてみれば。
「そ、そうなんです。近所のスーパーにはないものとか、頼まれちゃって」
……うん。えっと、落ち着こうか?
なんでそんな狼狽えるかな。
ていうか、さっきから思ってたけど、頼まれ買い物にしちゃレモスコ握りしめて真剣に吟味しすぎじゃね?
ていうかていうか、買い物メモの類もなしにこの量のこの買い物チョイスは難易度高すぎじゃね?
……っていうかさ。
今までも、違和感感じたことはあった訳よ。いくらお母上へのリスペクトがブースト気味とはいえ、弁当ネタに食いつきよすぎるよなー、とか。
豆レシピの解説が、分量とか手順とかざっくりしててもえらいしっかりお母上に伝わってるなー、とか。
「結局つくるひとが偉いから。文句言わせませんよ」の隠された主語とは誰を指すのか、とか。とかとか。
「えーっと?」
これは、ひょっとして、たぶん、もしかして、おそらく。推察するに。
「高橋さん、料理するんだ?」
高橋の目が泳ぐ。……わかりやすいな。
「ひょっとして、お弁当も自分でつくってる?」
たたみかけると、彼は天を仰ぐように大げさなポーズで、
「……勘づかれちゃったかーーーーー」
呻くように洩らした。