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乾燥豆子と弁当男子  作者: ムトウ
3.プロポーズ
37/58

37.ハピリーエバーアフター?

「結婚しようか、俺たち」

 正面から、まっすぐに見つめられて、真剣に申し込まれる。


 わー。プロポーズキター!

 …………と、いきなり来られてもリアクションに困るものなんですね。


「……えーっと」

 口ごもる私に、諒は“やべ、やっちまった”みたいな顔をした。

「俺、ハズした?」

「あ、いや、そんなことは。びっくりして、気持が追いつかないつーか。なんて言えばいいのかな、よくわかんなくて」

「あー。うん。そんなもんかもな。俺も、急にぽろっと出てきたみたいな感じだし」

 照れくさそうに笑った。


「ただ、前から考えてはいたんだ。あい子といっしょに暮らしたらどんな感じかな-、とか、ふわっとした程度の、俺の一方的な妄想レベルのことだけどな。

 今日も、あい子が「ただいま」って帰ってきて、俺も「お帰り」とか言って、なんか気分?出ちゃってさ。そこへきて、課長の「もしも」「可能性」の話だろ。

 今までぼんやり勝手に思ってたことを、もっと具体的に考えたくなったんだよ」

「……そっか」

 うん。えーと。えへへへ。嬉しい。けど。えーと。

 何て言っていいかわかんないぞ。


 顔面が緩みそうになってて、両手で両頬を押さえて堪えてたら、

「……あのさ、あい子。さっきから、微妙な応答なんで若干不安なんだけど、ソッコー拒否、とかじゃないよね? 今すぐ返事してほしいとは言わないからさ、少しは前向きに考えてもらえるのかな?」

 不安そうに、またはちょっと呆れてるようにも見える表情で重ねてきた。私の顔を探るように覗き込んでくる。

 私はあわてて、ぶんぶん両手を振って「いやいやいやいや拒否るとかそんなそんな」とか訳わかんないこと言ってしまう。

「いや、嬉しいよ。ホントに。たださ、いろいろ、ホントいろいろ、考えちゃってさ」

「いろいろ?」

「うん、まあ、いろいろ、ね」

 

 諒はいかにも固唾を飲む、といった風情で、いろいろってなんだ? 的に促してきた。

 そんな大げさなこっちゃない。けどさ。


「んー。いや、あのさ。……私、結婚式とか披露宴とかあんまやりたくないんだよね」

「……は?」

「婚約指輪もいらない。ドレスとかもあんま興味ない。それよか、家具とか旅行にお金かけたい」

「…………うん?」

 諒は「???」な感じで聞いてる。


「結婚しても仕事は続けたい。もし、子どもできても辞めたくないし、家計も家事育児も分担したい。苗字をどっちにするかも、ちゃんと話し合って決めたい。

 あと、新居ってどうするの? 諒は実家出るの? 出て大丈夫なの? それとも私が同居する?のかな? ……とかさ」


 あー。えーと。

 せっかくのプロポーズ台無しにしちゃってるなー……。

 かわいくないよな、自分。

 と、思いつつも、そーいうの曖昧なままでは返答できかねる、我こそはリアリズム女子であることよ(詠嘆)。


「こういう話って、そこそこ結婚する気のある女なら、あ、女に限らないけど、女だと特に仕事との両立がシビアになる可能性とか、アレコレ考えたりすると思うんだよね。ていうか、私は考えたりしてた。

 で、それ実際に、リアルに決めようとすると、ほんっとに色気もへったくれもなくて、思いっきり実務と金勘定の話なんだよ」


「諒、前言ってたじゃない? 結婚迫られて困った、って。将来設計ぎちぎちに詰められてヒいた、とかさ」

 もっと恋愛の甘い雰囲気になりたい、的なことも言ってたっけ。


 正直、実務と金勘定の話になって、諒に醒められるのがヤダ。怖い。

 だからって、愛があればダイジョーブ、なんて見切り発車で結婚しちゃうのもヤダ。怖い。


 ていう。

 甚だ覚悟の決まらない、ヘタレなモラトリアム状態なのでした。



 諒はアゴのあたりに指を当てて、なにやら思案げな様子だった。

「なるほど」

 ふむふむ。と、深く納得して、諒は何故か、安堵したように息を吐いた。

 それから立ち上がって、食卓代わりのローテーブルをぐるっとまわり、私の隣に腰をおろした。

 眉毛がハの字に下がって困り顔のままの私の頭をぱふっ、と撫でる。


「……俺は、結婚式はちゃんと挙げたいかな。披露宴もそれなりにちゃんとしたい。あい子のドレス姿も見たいし、なんなら打ち掛けも着せたい。指輪も選んでみたい。

 仕事続けるのは賛成だし応援するし、家事育児は俺も分担したい。

 苗字な。正直なとこ、あんまり考えてなかったけど、話し合って決めるのは賛成。

 新居は、俺は実家出るつもりでいるよ。もちろん家族とも相談するけど、もとから家事や医療サービスの外注化の手立ては確保してるし、そんなに心配いらないんだ」


 指折り数えながら、諒の条件らしき意見を言い立てていく。当たり前だけど、私の考えとは違う。

 でも、反発するとか言い伏せるような感じじゃなくて、それどころか、なんだか楽しそうなくらいで。

 それから、ニヤッと悪戯っぽい笑顔を閃かせた。

「いいじゃん、実務と金勘定。ママゴトじゃないんだ、当たり前だよ。

 俺の実家のこととか、あい子の実家とか親戚にも何か必要なことがあるかもしれないし、考えなきゃなんないことは、きっとまだまだあるよ。意見がぶつかることもあるし、ガチで喧嘩もする」


「以前は確かに、そういう話にヒいたりしたけどさ。その頃は、俺も考えが甘くて相手と向き合えてなかったんだと思う。ちゃんと喧嘩できてなかった。

 俺ばっかり、役割を“させられる”みたいな気持になってたからな」

 ちょっと気まずそうに苦笑した。

 そして、気を取り直すみたいに口調を改める。


「俺思うんだけど。

 結婚てさ、手段であって目的じゃないと思うんだ。で、大切なのは、目的のほうなんだよな」

「目的……」

 結婚の目的? と、反芻するみたいにリピートすると、諒は「うん」と真剣に頷いた。


「俺はね。あい子と、生活とか人生とか、もっとも親しい部分を共有したい。いっしょに過ごしたい。

 楽しいことばっかりじゃなくて、しんどいことがあったとしても、それもいっしょに乗り越えたい」


 目的。

 いっしょに生きること。

 人生を共有すること。


 うん。

 明快で、明瞭だ。

 すごくシンプルで、大切なこと。


「そのためには結婚するのがいいかな、と俺は思ってるんだけど。極端な話、他にも手段があればそっちでも全然いいよ。いっしょにいられるんならさ」


 諒の言うことは確かに極端で。

 でも、そうか。

 なんだか、一気に視界が晴れたような気がした。

 そっか。なるほど、簡単だ。


 私は、手段を目的化してごちゃごちゃになってたんだな。

 私の考える“結婚”に私と諒をあてはめようとしてた。



 そうじゃなくて、大切なのは。


「私も。諒といっしょにいたい。いっしょに生きたい」


 ごく自然に、素直にそう思えた。

 当たり前みたいに、するん、と気持が言葉になって出てきた。


「そっか」

 と、諒は笑う。目尻にくしゃっとしわを寄せて、嬉しそうに、楽しそうに。

「そんなら、よかった」

 その笑顔を見てると、お腹の底がじわじわとあたたかくなるみたいな、優しく満たされていくみたいな気持になる。


 あんまり諒が楽しそうで、私もつられて楽しくなってきて、

「んじゃ、結婚やってみよっか。実務と金勘定、詰めるよ? 覚悟してよ?」

 諒の手をとって、ガッ!と力強く握ると、

「おう」

 とか応えてがっつり握り返してくれた。

 あるじゃんほら、プロレスとかでタッグを組んだ選手同士、相棒!って感じの、ああいうやつね。


「ていうかなんでコレ、こんな厳つい握手してんだよ」

 と諒は笑って、私もけらけら笑って、握手した手をぶんぶん振り回し、

「いやいや、これから互いに遠慮なしにガチで行こうぜ、って決意表明じゃん」

「言っとくけど俺も経理だからな。数字は細かいよ?」

「おう。受けて立つよ」

 湯飲み茶碗をゴングの代わりに、カーン!って鳴らした。

 なんか違うよなあ、と呆れながらも、諒は嬉しそうに私を抱き寄せてキスをする。



 映画とかドラマなら、これでハピリーエバーアフター、ってやつね。

 そうはいかないんだ。

 実際には、これからが大変なんすよ。


 でも、諒となら、なんとかなる。かなあ?







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