34.聡美さんの餃子(4)
「こんばんはー!」
と、玄関方向からハスキーなお声で陽気なご挨拶。
動きが止まる兄弟ズ&博至さん。
噂の伯母さま、直美さんのご登場ですね。
足音までタッタカとリズミカルに賑やか、存在感アリアリです。
「圭一、諒二、修三、ひっさしぶりー!」
漫画の効果でいうところの集中線がババッ!と密集して注目度を表すような、エラいこと賑やかしい派手な女性が現れ、いきなり兄弟ズにぎゅうぎゅうなハグをかましてきます。
あらあら。もれなく兄弟ズは途方にくれたように遠ーーくを見つめる目になって棒立ちになってますよ。
なるほど。兄弟の上から一・二・三くっつけて順に圭一、諒二、修三か。凪沙ちゃんが修くんをシューゾーと呼ぶのはここから来てるのかな。
「直ちゃん!」
「直美さん!」
逆に喜んで歓声をあげたのが聡美さんと凪沙ちゃん。
「聡ちゃんも凪ちゃんも久しぶり! 元気だった?」
気配を消していた博至さんも見つかってしまい、「Hi, ヒロシー!」とハグられそうになって、聡美さんに「Shake handsで勘弁してあげて」とガードされてた。
この間、登場から数十秒です。ノンストップで喋り続けハグったりキスしたりきゃーきゃーして、いきなりでついていけなくて呆然と状況を眺めていましたら。
バチッと目が合いました。やべ。ロックオンされた。
集中線背負ってるみたいな、華やかなその人は、大きな歩幅であっと言う間に目の前に立っていて、ニコッと人なつこい笑顔を向けてくる。
「初めまして。えーーと、あなたが諒二の恋人?なのね? 会えて嬉しい! 川藤直美です。このコたちの伯母なの」
はきはきと、気持ちのいい声音で話しかけられた。
「……芹沢あい子です。初めまして」
とっさになんと返したものかわかんなくて、無難なご挨拶。
しかも、恋人?って聞かれた! 彼女、とか、お友達、とかじゃなくって、コイビト! いやん照れる。
でも、この華やかな人が発するその言葉は、ストレートで力強くて、なんだか素敵だ。
直美さんは、くくっ、とおもしろそうに笑って。
「ごめんね、食事中に邪魔しちゃった? それ、召し上がれ。もみじおろしで水餃子、おいしいよ」
おっと。さっきからかぶりつこうと構えて、取り皿と水餃子を空中待機の姿勢のままでした。
ばっくり噛みついて頬張ると、熱々の水餃子にひんやりもみじおろしが爽やかピリッと、これは美味!
「おいしい!」
「おいしいでしょ? 聡ちゃんの鬱憤餃子」
そういやそうだった。
かつての鬱屈と日頃の憂さ、むしゃくしゃとモヤモヤを包み込んで、聡美さんの嫌がらせだという、それは。
「鬱憤なんて、すっかり忘れてた」
だってこれ、普通にバリ旨・激ウマ・極デリシャスな餃子ですぜ。
「そりゃそうでしょ。餃子はすごくよくできた料理だもの。日頃の憂さでも何でも、全部受けとめて包んでくれるの。ここんちでは、ムカつくことがあったら、ガッ!と餃子つくって全部ぶっこんで、むしゃむしゃ食っちゃうのよ。それが、鬱憤餃子」
料理は白魔術だからね。と、直美さんはカラカラ笑った。
し、白魔術!? ひゃー。すげえ! ファンタジー!
でも確かに。そうなのかも。
モヤモヤ渦巻くネガティブな感情も、こねて包んで鍋に放り込むと、めちゃめちゃ美味いものに変貌する。
魔法の餃子。そう考えると、なんだかわくわくするな。
「遠慮しないで、いっぱい食べてってね」
「直美さん、1コもつくってないくせに何言ってんの。あい子は昨日の仕込みからやってるんだぜ」
「そういや聞いたわ。料理好きな人なんだってね。よかったね、あんたと趣味合うじゃない」
私と直美さんのやりとりを心配そうに見守っていた諒が、さりげなさを装いつつ挟んできた(全然さりげなくない)。
……圭さんも修くんもだけど、なんで君らそんなにそわそわしてんの? 素敵な伯母さまじゃないですか。
とか思ってたら、直美さんはいきなり、ガッ!と、諒にヘッドロックをかましたよ! そのまま、ドスのきいた声音で凄む。
「ところで諒二、あんた、あい子さんを泣かせるようなことはしてないでしょうね」
「してません泣かしません直美さんそーいう話は後ほど後日」
食い気味に超早口で被せるように言い伏せる。
凪沙ちゃんと修くんは既視感にあふれる眼差しでその光景を眺めております。
どうやら、直美さんは兄弟達の師匠であるらしいのね。
「親からは教えられないワルいことを教えるのが伯母の務め」などと嘯き、ケンカの仕方(避け方)や酒の飲み方などライトなところから、暴力や薬物、犯罪などの知識とその対処方法、などなどヘビーなことまで、アレコレなんでも教わったそうです。
そしてその“ワルいこと”には、恋愛とセックスのことも含まれておりまして。せ、性教育の師匠かー。なるほどー。
恋愛もセックスもワルいことじゃないけれど、実の親からは教えづらい/教わりづらいことではあるかなー。
その師匠っぷりはなかなかに厳しく、「女性を傷つけるな」との言辞に対して「じゃあ男なら傷つけてもいいんですかあー?」とかクソガキな口答えをした諒はマジ泣きするまでガン詰めされたらしいです。
彼らの過去の恋愛のこともよく知ってて、失恋のヤケ酒にも何度もつきあってくれてるらしい。立場が弱くなるのも、そりゃしょーがないっすね。
ちなみに博至さんの凝固っぷりは、聡美さんと結婚する前からデフォルトの反応だそうです。
……なにがあったんだろ。
「諒二、持ち帰り用の餃子できてる? 他にもなんかないかなー? また食えない画家拾ってきちゃってさ。餃子だけじゃ足りないかも」
直美さんは炊事部長にぐいぐいオーダーを通し、生餃子の他にも、作り置きの総菜や保存食やお酒など、ひと通りかっさらい、
「さっすが炊事部長、助かるよ。ありがとう」
投げキッスを飛ばして去って行かれました。
「……すっごい。なんか、嵐のような人だね」
「うん。いっつもあんな感じ。台風の目みたいだろ」
諒は、やれやれ、と首をコキコキしつつ、宿題を終わらせてホッとしたような、あるいは、花火が終わっちゃった後ちょっと寂しくなるあの感じ、みたいな、そんな佇まいを見せた。
後でこっそり教えてくれたんだけど、直美さんは高橋家が困ったときに、かなりまとまった額の経済的な援助をしてくれたんだって。それを言うと「恩着せがましくなるからヤダ。言うな」と不機嫌になるんだそうです。
「俺たちも最近は余裕できてきたから、少しは返したいんだけどさ。あの調子で受け取ってくれないんだ」
諒はそう言って目を細めた。呆れたような、おもしろそうな、でもおもしろがるのもなんだかなあ、って困ってるみたいな。
そして、それ以上に、誇らしそうな。そんなふうにも見えて。
なんていうかな。
高橋家には、いろいろあったんだな。
聡美さんの病気とか、他にもしんどいことや困ったことがいっぱいあって。
でも、そのたびに皆で、餃子つくって弱音吐いたり、直美さんにぶちかまされたり、凪沙ちゃんや上原さんも傍にいて見守ってて、そうやって、今の高橋家があるんだなぁ。
っていう感慨が、なんか一気にキた感じ。
そして、私が今、ここにこうしているのが不思議な気がして。
「あい子?」
どうかしたのか、と尋ねられて、曖昧に笑ってごまかした。
「ね、諒。もうちょっと食べるよね? 今度は私が焼くよ」
「おし、じゃあ焼いてくれる? 凪が焼き餃子好きなんだよ、食べるだろ?」
「食べる食べる。もう10コくらいいけるよ」
柄にもなくしみじみしそうになりましたが、大量の餃子を目の前に、しみじみはどっか行っちゃいました。
今さらながら、諒が戦国武将ヅラで臨んだのも納得の光景。
なんか、再び食欲にターボかかってきたな。
それでは、あい子さんも引き続きがっつり食らうことにいたしますよ!
ではでは、いただきまーす!(本気)




