33.聡美さんの餃子(3)
そんなこんなで翌日の午後から餃子デー本格的にスタートです。包み作業だ!
餃子は必ず休日に催されるべし。
って、そりゃそうだね。この有り様ならね。
昨日仕込んだ肉餡をボウルに小分けし、各自、餃子の皮のパックを携えてリビングダイニングのテーブルに集合。ひたすら包みます。
使うのは水餃子用の大判で厚めの皮。
こうして見ると包み方もなかなか個性があるね。
几帳面にひだをとってきれいに形づくるのは博至さん。でもちょっと時間がかかる。
形きれいだし、包むのも早いのが聡美さんと諒。
ひだを取らずにパタパタ畳むだけの簡易版が圭さん。水餃子ならそれでいいんだよね。
最初は私もひだを畳んで包んでたんだけど、遅れを取り始めたので簡易版でスピードあげていきます。なにしろこの数量なので、早いとこやっつけないと。
同じ形に包むのに飽きて、ひだの数を変えたり、丸い帽子みたいな形にしてみたり遊んでんのが修くん。
凪沙ちゃんは……おーい、大丈夫かー。かなり盛大にはみ出してます。ヘタだこのコ……。でも一生懸命でかわいい。
「凪沙、無理にひだ畳まなくても、圭兄みたいに二つ折りにするだけでもいいんだよ?」
修くんが見かねてアドバイスするも、凪沙ちゃんは
「でもやっぱり、いかにも餃子!っていうあの形にしたいんだもん」
と頑張っています。
できあがった餃子はバットに並べるんだけど、すぐにいっぱいになってしまい、ありとあらゆる皿やトレー、書類入れまで動員し、ラップやクッキングシートで覆って餃子を並べまくる。
壮観だな。店か。マジで。
ところで、もう一人、名前が挙がっている方がいらしたはずだが。
「あのー、直美さんは? 後でいらっしゃるのかな? 私会ったことないんだよね」
確か、聡美さんの姉上、兄弟ズの伯母上とか。
直美さんの名前を発した瞬間、兄弟ズの動きが一瞬止まりました。
なんだ君ら。挙動不審だぞ。
「……直美さんは、後で受け取りに来るんじゃないかな」
「……………」
「うん、まあその。後で紹介するよ……」
順に、ポーカーフェイスの圭さん、無言の修くん、超ぎこちない諒。
なんだなんだ、どうした君ら。
キョドる兄弟と訝しむ私のハテナ顔を見比べて、ふふっ、と笑ったのが聡美さんと凪沙ちゃんです。
「直美さんには弱いよね、3人とも。ね? シューゾー?」
凪沙ちゃんは修くんのことをシューゾーと呼ぶのです。
「直ちゃんには誰も敵わないでしょ」
聡美さんもおもしろそうに兄弟ズを眺めやった。
そして地味に博至さんも固まってる。おーい。手が止まってます。
おののくジェントルメンに比して、レディースは愉快そうです。
直美さんはフリーランスのキュレーター? アートディーラー? とか、肩書きはよくわからないけれど、ご本人いわく「ビンボー芸術家の作品を海外の富豪に売りつけてボロく儲ける仕事」をなさってるそうです。
いったいどういう方なのか。想像つかない。
「某天空の城が出てくる某アニメの、某空賊の船長みたいなヒトだよ」
……へー。かっこいいじゃん。
ていうか、なんでそんなに声小さいのシューゾーくんよ。
あまりの物量に、永遠に終わらないんじゃないかと思っていた餃子包みも、さすがに7人がかりで包んだら意外と捗り、1時間かからずに完了致しました。
275コの餃子が食卓テーブルからはみ出さんばかり、ていうか実際はみ出して台所のティーテーブルや電子レンジの上やらまで広がって並んでいる。
壮観! 気持ちいいなー! やり遂げたぜ!
「さて、それじゃ夕飯にはちょっと早いけど、早速食べようか」
炊事部長の指示で食卓にカセットコンロとホットプレートが据えられ、
「俺、焼くのやるね」
修くんと凪沙ちゃんがホットプレートに餃子を並べ始めた。
圭さんが水を張ったでっかい土鍋を持ってきてコンロにセットして、こっちは水餃子の準備。
「水餃子は、お湯?で茹でるのかな?シンプルだね」
「餃子ってそもそも肉とか野菜とか具にいろいろ入ってるだろ? これ以上ダシ的なものって要らないかなーって」
諒が応えると、聡美さんが笑い飛ばした。
「単に面倒くさいからよ。これだけ面倒な思いして包んで、あとは食べるだけなんだから、面倒はなし!」
他に鍋の具もいれないし、他のおかずとかご飯とかもナシで、ひたすら餃子を茹でて焼いてむさぼり食う宴なのだそうで。
ザッツ餃子デー。思ってた以上にワイルドな催しでございます。
箸や取り皿や調味料用意するの手伝ったりしてたら、土鍋の湯が沸き始めた。
テキトーに餃子を放り込み、各自取り皿に好みの調味料をこしらえつつ、待機。
焼き餃子のほうも、お湯を注いで蓋して蒸す過程に突入した模様。
なんかすごい光景だな。
「ん、もういいかな。水餃子、茹だったよー! 各自セルフで、どうぞ召し上がれ」
と、聡美さんの宣言により。
「いただきまーす!」
私はつけだれに酢多めの酢醤油でいってみます。薬味的に刻みネギとか薄切りニンニクとか大根おろしなんかも用意されてるけど、まずはシンプルに酢醤油のみで。
熱々の茹でたて餃子。ふうふうして熱さに備えつつ、あぐ、と大口開けて噛みつく。
「おいしい!」
めっちゃウマい! 餃子だ餃子!
餃子の餃子味が美味い! って訳わかんない言い方になってますが、個々の肉とか野菜とか皮が、とかじゃなくて、完全なる一体と化した餃子オブ餃子、ボーントゥビー餃子、THE餃子!が美味なのです!
「そっかー、ひと晩馴染ませると、こんなに熟れるんだね。この、噛み割ったところから出てくる餃子汁がヤバい。ヤバ美味い」
「餃子汁ってなんだよ」
諒が可笑しそうに笑う。
これ無限に食えるやつです。
兄弟ズや凪沙ちゃんも茹でたり焼いたりしながら隙を見てかっ食らってる。
聡美さんも博至さんの給仕で召し上がっている模様。
「焼き餃子も焼けたよ。こっちもセルフで食って食って」
修くんが焼いた焼き餃子は、焼き色もきれいに香ばしく、これまた美味そうです。
「こっちもおいしい!」
水餃子とはまた違う美味さ。カリカリむっちりの皮、香ばしさと釣り合う肉餡の確かさ、溢れる餃子汁。
水餃子と焼き餃子、交互に食ったら永久運動で止まらない、大変キケンな食い物だ。
「これ、ずっと食べてられるね。全然飽きない。すごいね餃子デー」
「だろ。あれだけつくっても、この調子で食っちゃうんだよ」
諒は鍋に餃子をぽいぽい放り込み、ホットプレートの焼き餃子も圭さんが交代して面倒を見ていて、水餃子も焼き餃子もノンストップ供給されます。
「あい子、もみじおろしで食ってみ。うまいよ」
ほほう。どれどれ。つけだれの味変いってみますか。
熱々の水餃子にもみじおろしを添えて、いざかぶりつかん、と大口開けたところで、
「こんばんはー!」
玄関方向からハスキーなお声が致しましたよ。
瞬間、またしても動きが止まる兄弟ズ&博至さん。
どうやら直美さんご登場のようです。




