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乾燥豆子と弁当男子  作者: ムトウ
1.乾燥豆子と弁当男子
3/58

3.レンズ豆と、ドライカレーのオムライス

 と、このように対女性・恋愛方面には残念な感じの高橋諒ではありますが。

 こと弁当に関しては例の「母が」トークはアリじゃないか、と思ってる。


 たいていの「つくってもらう側」ピープルは、つくる工程にはさほど興味を示さないものだ。

 もちろん、弁当の中身や出来映えにはこだわる。

 やれ肉を盛れだの量が足りないだの、塩辛いだの味が薄いだの、もっと見栄えよくしろ、だがオシャレにし過ぎるな、などなど、うるさいことこの上ない。

 そのこだわりは結局のところ「その弁当を持たされる自分」へのこだわりなんだよねー。だいたい、「持たされる」ってなんだよ偉そうに。どうせあれだろ「俺としては小遣いくれたほうがいいんだけど母ちゃんが持ってけっていうからー」的なポーズをとりたいんだろ、思春期の中坊メンタルかよ許すまじ。

 「つくる側」のくふうや労力についてはすっぽ抜けて、押したら自動的に弁当が出てくるスイッチが装備されてるとでも思ってんのか、と言いたくなる。

 ちなみにソースは父と弟(もっとも弟はマジで中坊だったから多少は仕方ないかな)。


 しかれども高橋は、母親に自動弁当スイッチがついていないことを心得ている。

 前日の夕飯の流れからの調理課程をしっかり把握し、その工程の組立をこそ「すごい」と評価しているのである。

 これは弁当調理のみならず、日々の炊事と食材管理にまで注目していないとなかなかできることではない。

 調理担当者への正当な評価とリスペクトは、享受する側として有るべき姿勢とは言えまいか。

 やたら口調がカタくなってんのは、今日のスープひと味足りないなー、と不満が生じているのをごまかそうとしているのである。もぐもぐ。


 市販のコンソメに具を足すなら、黒コショウとかカイエンペッパーをひとふりしたほうがいいな。ゆずコショウとか粒マスタードもいいかもしれん。いやいや、でも不満と言うほどのことでもないよ。おいしいよ。

 軽く茹でた蓮根と人参の歯触りはとてもよい。大根はもっと柔らかくてもいいな。玉葱ってダシが出ておいしい。うーん、野菜甘くてうまい。


 と、昼食を味わっていましたら、高橋がオムライスにスプーンを突っ込む間合いを取りながら話しかけてきた。

「そうそう、あい子さん。こないだ教えてもらったレンズ豆、あれ、いいですね」

 はぐっ、と大きな一口で頬張る。ハムスターのように頬を膨らませて、もっくもっくと口を動かす。美男のハムスター顔というのもなかなか風情がありますな。ホント、うまそうに食うよなー。

 食事する姿がよいのは女子受けポイント高いぞ。これでマザコンでなければさぞや…。と、つい好々爺な感慨に耽って返答のタイミングがずれた。

「はい?」

 レンズ豆。なんのことやら。

 高橋はもぐもぐしながら「あれですよ例の、先日の」的に目線で訴えてくる。口に食べものが入ってるときは喋らないのは当然のマナーですね。

 その表情を汲み、ああ、と思い至って、あれね、と返事した。

「先週のスープに入れた、レンズ豆ね。お母さん使ってみたんですか」

「そうそう。水で戻さなくてもいいから扱いが簡単だし、どんな料理にも合いそう、って言ってました。さっそくスープに入れてくれたんですよ。うまかったなあ」

「それはよかったです」

 お母上、すばやいな。先週の話がもう取り入れられているとは。


 私は自称、豆マスターである。豆類が好きなのです。

 で、先週の半ばだったか、牛肉のスープにレンズ豆を入れたものに高橋が興味を持ち、尋ねられたので解説した経緯がございます。なにしろマスターだしな、自称とはいえ。


 レンズ豆はレンティルとも言い、一般的な茶色っぽいものから、緑、赤、皮むきタイプなどいろいろです。

 軽く洗って水から火にかけ、沸騰して弱火で10分くらいかな。すぐ茹であがります。

 スープの具にするのがよくある調理法だけれど、オススメは肉料理の付け合わせ。ステーキ焼いたり肉をソテーしたフライパンで、茹でたレンズ豆を軽く炒め、塩コショウで味を調えるとよろしいよ。肉汁グレービーを吸って脂との相性もよくてうまいんだ。肉より豆のほうがイケちゃうくらいだぜ。

 茹でた豆は冷凍できるので、まとめて茹でて小分け冷凍しておくと便利だよ。


 というような話を高橋相手に語った覚えがある。お母上のためとはいえ、よくこんな話長々と聞いてたもんだな。

 どっちかというと、高橋を通じて彼のお母上と料理トークをしているような気がする。

 あ、興味のない方には濃すぎる料理話だという自覚はありますよ。誰にでもする訳じゃないよ。


「あい子さんの弁当の写真と料理の話、母がすっごくためになる、ってありがたがってますよ。豆料理もずいぶん守備範囲が広がったなあ。昨日のカレーにも、ひよこ豆とくるみのサラダが付いてて。しゃれてるなあ、って父も兄も喜んでました」

「そうなんだ。お役に立ったんならよかった。それにしても、男の人、特に年輩の男性は食べつけないものってあまり喜ばれないかと思ってたんだけど、高橋さんちは皆さん好奇心旺盛になんでも食べるんですね」

「あー、うん。それはね。ぶつぶつ言うこともあったけど、結局つくるひとが偉いから。文句言わせませんよ」

「あー、まあそうかもね。だったら自分でつくれよ、って話だしね」

「そうそう。それに、食べておいしかったらいいじゃないですか」

「それな」

 そこだよ。

 料理のよいところはその単純明快なところだ。食ってうまけりゃいい。老いも若きもイケメンも平凡女子もへったくれもない、誰しもが平等に美味なるものに喜びあえる。

 なんと尊く平和な世界であることか(大げさだろ)。


 異様に力強く頷く私に、彼は「ですよねー」と軽く返し、次いで、いと厳かに「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

 ちゃんと挨拶してえらいぞ☆(好々爺)。




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