29.圭さんの夜食(後編)
「俺たち兄弟の中で、修はちょっと年が離れてるでしょ? 俺とは5つ違い、諒とは4つ違い。それくらいの年の差ってガキの頃はかなり決定的でね。俺にとっても諒にとっても、修はずーっと“小さい弟”なんだ。
それに比べて、俺と諒は1歳違いなんで、なんかこう対抗心というかライバル的なバチバチを感じるわけ。
で、みんなで家事するようになったときも、諒は俺には負けたくない、とか思ったみたいで。料理も、やたらと“俺のほうがウマい”光線出してた」
「俺がレトルト使ったり、買ってきた総菜温め直して出したりすると、ズルい、とか、手抜き、とかうるさく言ってくるんだよ」
「ズルい、って(笑)。便利なものは便利に使えばいいのにね」
「ダメなんだ。諒にとっては勝負だから」
「性分が合ったんだろうね、諒のほうはどんどん料理凝りだして、すっごい研究してたよ。肉料理とか、火の通し方うまいでしょ、あいつ。
で、それなら俺は料理より洗濯するよ、って被服管理部長になった。っていっても、洗うのは洗濯機だし、皆で分担してるからどうってことないんだけどね。基本、畳むのは各自ってことになってるし」
いやいやいやいや。5人分の衣類管理となったら結構大変でしょ。素材とか生地によって洗剤使い分けたりネット入れたりしなきゃならないしさ。干すのもひと仕事だよ。衣替えとかクリーニングもハンパじゃないよ。
「そうしたら、やっぱりまた“兄貴はズルいよな”って、言い出して」
なんでだ。どういう意味だろ。
「炊事部長やって、一回きりの食事の調理だけじゃなくて、その前後の買い物や後片付け、食材や調味料の繰り回し含めて、長期スパンで家族の食事のこと考えるようになって、そうすると、
“洗い物が出ないようにする、とか、市販の総菜とか中食をうまく組み合わせて手間を省くのも、有効な手立てだ、って気づいたんだ”
ってさ。
“手間暇かければいいってもんじゃない。他にもやらなきゃならないこともあるし、自分の時間も確保したい。だったら、手を抜けるところはちゃんと抜く。兄貴はちゃんとやってたんだよな”って」
「“なのに俺は、俺のほうがウマい。とか、いい気になっててさ。俺、バカみたいじゃん”
って、なんか“兄貴が勝ち逃げした”みたいな言い方だったな」
何それ。アホか。
「家事に、勝ちも負けもないのにねえ」
「ねえ」
圭さんも苦笑して相づちをうつ。
「でもさー、確かに圭さん、ちょっとズルいかもね。ズルいっていうか、うーん、歯がゆい? 諒からするとね」
「?」
どういう意味? と圭さんは目で尋ねてくる。
「んっと、料理ってさ。わりと家事の中で目立つ仕事じゃん。洗濯とか掃除に比べればの話だけどね。“料理上手”とは言っても“洗濯上手”とは言わないでしょ。
家庭料理のレシピサイトで料理自慢の奥様旦那様皆様がひしめいてても、洗濯を自慢する場所はナイ」
「……まあ、そうだね。衣類はきれいになってる状態がデフォルトだからな。マイナスをゼロにする仕事、って言っちゃうとそうかもね」
「そうそう、料理はゼロからプラスする仕事じゃない? だから、評価もされやすい。
普段家事しない人がたまにやろうとするのが料理。やってる姿がわかりやすくて、つくったものがカタチになって、評価されやすくて感謝される、そういう家事。いわば、花形家事なわけよ」
「花形家事! そんな言葉初めて聞いた」
ははっ! と圭さんは愉快そうに笑う。
「そんでね。圭さんは、その花形家事を諒に譲って、地味なほうの仕事を引き受けた。そういうことなのかな、って」
圭さんは「は?」と思いっきりきょとんフェイスで応じた。
「えー。単に俺はそんなに料理にハマらなかっただけだよ?」
うん。まあ、そうなのかもしれんが。それだけじゃないのかもよ?
なんとなれば、私にも2コ違いの弟がおりまして。性別の違う姉弟だとまた違うのかも知れないけど、長女としては、長男の気持ちもちょっとわかる気がするんだなー。
「私も、弟がなんかライバル心燃やして対抗してくることあったんだけど。でもそれ、いちいち相手してギャンギャンやらかすと、親が困るんだよね。くっだらないことで喧嘩してどっちがすごいのエラいの、って、どっちでもいいでしょうが!って。だから、私が弟に譲ったりすることも結構あってさ」
長男長女は弟妹に譲る。
飴玉が2コしかなかったら、修くんに1コあげるのは当然として、残り1コをどっちがもらうか。諒が「じゃんけん!じゃんけん!」とか言い出しても、圭さんは「俺今ほしくないから食べなよ」と譲るんじゃないかな。
「……あーーーーー。そーーいうことか。そういうことね。なるほど、うん」
圭さんは合点がいったように派手に頷く。
「そう言われると、そういう感覚もあったかもしれないな。そっか、それであいつ、“ズルい”な訳ね」
弟からすると、飴玉を譲ってもらっても嬉しくない。じゃんけんで勝って勝ち取りたい。
けれど、兄は勝負の土俵に乗ってくれない。
なるほどなるほど、と、圭さんはひとしきり納得しまくってた。
そこに、見計らってたのか、ってくらいのタイミングで諒が現れた。
「あい子、ここにいたのか。お、何食ってんの?」
噴き出しそうになるのをなんとか堪えましたよ。
「圭さんに夜食ごちそうになってた。味噌カレー豆乳ラーメン」
「へー。美味そうだな。あ、そうか、ハンパなカレー鍋片してくれた訳ね」
空になった鍋を見やって、諒は感心したように頷いた。
「それにしても、ラーメンね。さすがだな。カレーうどんとかじゃないあたり、やっぱり兄貴だよな」
やっぱり、って何が?
ハテナを飛ばす私に、諒は何やら自慢顔で続けた。
「圭兄はね、こういうのうまいんだよ。残りものとか、既製品のアレンジとか、そのときあるものでパパッとつくるんだ。美味かったろ?」
「うん。すっごくおいしかった」
「イチからレシピ見て材料揃えてからじゃないとつくれない、っていうより、よっぽどデキるんだよ。
材料の準備も後片付けも工程を省けるから、ローコストでウマいもんつくれるってことなんだ。すごくない? そういうとこ、敵わないんだよなー」
ズルいよな。と言わんばかりの口調で、私と圭さんは思わず顔を見あわせて噴き出してしまった。すんません。今度は耐えきれんかった!
けらけら笑う私と圭さんの様子に、諒は何事が起こったのかと呆気にとられ、「なんだよ、なんかおかしいか?」と問われるものの、我々の心肺は応えられる状態にありません。はははははは。
ごめん諒。
とりあえず出勤時間の迫った圭さんは深夜勤に出かけ、私が鍋と食器を洗って片付けた。
その間もしつこく、圭さんと何を話してたのか、聞かれましたのですが。
弟くんには秘密です。
お兄ちゃんとお姉ちゃん同士の話だよ(ウインク)。




