25.修くんの卵焼き(後編)
その2、3日後くらいに、修くんが夕食当番で、卵焼きをつくってくれることになった。
諒が自室に着替えに行ってる間に、修くんをお手伝い。手伝うっつってもあんますることないんだけどね。とりあえず箸とか取り皿を出しとこうかな。
先日のバーでの顛末を話したら、
「諒兄、そんな話してたの。大した思いつきじゃないと思うけどな」
修くんは結構本気で呆れてた。
さてさて。卵焼きです。
修くんは卵の片手割りができる。おお、お見事。ぱちぱちぱち。
手がデカいから、Lサイズ卵がMSサイズに見えるね(笑)。
卵6個ぶん、ひとつずつ小皿に割って確かめてからボウルにうつすひと手間がこなれてる。たくさん卵を割ると、中には血が混ざってたりすることもあるもんね。
菜箸でシャカシャカと白身を切るようによく混ぜて準備完了。
「本当に何も入れないんだね。牛乳とかマヨネーズとかも」
「うん、入れない。卵だけ。これね、“入れない”って決めちゃうことがキモなんだよ。決めちゃってるから、もう考えなくて済む」
「あ、そっか、なるほど。確かに、何かひとつでも入れちゃうとあれもこれも、って考えちゃうかもね」
味つけの加減とか確かめるのって舌と脳みそ使うもんね。卵って調味料溶かし込んじゃうと後戻りできないし。
「そうそう。焼く作業に集中したいからさ。味つけ後回しにできるから気持ち的にラクなんだよ。思いついた時は、そこまで考えてた訳じゃないけどね」
修くん愛用の卵焼き器をあっためて、第一層を流し込む。中強火くらいで手早く焼くのがふっくらするコツだそうです。
しかも、焼きながらフツーに話せるくらい余裕のある仕事っぷり。
「俺が卵焼き焼くようになったのは、ガキの意地みたいなもんだよ。そんな立派な話じゃない」
聡美さんが病気になり、みんなで慣れない家事に奮闘していた、最初の頃の話だそうで。
「俺ねー、ひとりだけ子どもだったんだよね。母さんが大変なことになって、父さんはつきっきりでバタバタしてて、圭兄も諒兄も、家のこと一生懸命やってて。
で、俺ひとりだけ、いいから遊んでこい、とか言われんの。子どもは勉強しろ、とか」
「嫌だったなあ。俺だけ、何もできなくて、面倒みてもらうばっかりでさ。
俺も何かしたかった。で、何ならできるだろう、って考えて、で、思いついたのが卵焼き。小遣いで卵焼き用のフライパン買ってさ。
はっきり言って初心者向けの料理じゃないと思うんだけど、初めての料理ってなぜか卵焼きだよね」
修くんは本当に手慣れていて、火加減や卵液の扱い、巻く動作も淡々と余裕でこなす。
次々と卵液を流し込み、菜箸で器用にぱたぱた巻いていく。
見ていて気持ちがいい。
「今ならわかるんだけど、11やそこらの子どもなら、大人に手間かけさせない、っていうほうがよっぽど家族の役に立つんだよ。
起こされずに自分で起きる、とか、ぐずぐずしないでさっさと寝る、とか、ひとりで宿題する、忘れ物しない、とかさ。
なのに、卵焼きとかややこしいことやりたがって、面倒くさいよな」
「最初、兄貴たちに黙ってやってみたら、卵の殻入りまくるし、味はまだらになってるし、ぽそぽその炒り卵状態で端っこ焦げるし、さんざんだった。なんで簡単だと思ったんだろうなぁ。あまりの不味さに泣きながら食ったよ」
とか言いながら、あっという間に1本焼き上げてしまった。
ふわふわのふっくら分厚い卵の層がお見事、湯気を立てる鮮やかな黄色が美しい。
ぽそぽその焦げ焦げな失敗話が嘘みたいな、美味しそうな卵焼きです!
修くんは油を引き直し、もう1本焼き始める。
卵焼き器が十分に温まって油もなじみ、2本目のほうが早い。
「俺が強情を張るから、父さんも兄貴たちも根負けして「じゃあ卵焼きは任せる」って任せてくれてさ。上原さんに教わって練習して、なんとか巻けるようになった」
「圭兄は“任せるからにはちゃんとやれよ“って、俺が気まぐれ起こして面倒がったりすると、目からブリザード出して怒ってさ。
父さんは甘いの食べたいってリクエストしてくるし、逆に母さんと圭兄は甘いの食べらんないし、諒兄は味つけとか火加減とか仕上がりのチェック細かいし、本当面倒くさくて」
そんなこんなで修くんは、焼き先行→後から味つけスタイルを考え出し、家族の要望に応えた訳なのですね。
気づけば、均等に巻かれた2本の卵焼きが皿に載せられ、ほかほかと湯気を立てていた。早技だな!
すごいなあ、大したもんだよ。
こういう弟をドヤ顔で自慢しちゃう諒も素敵だ。LOVEだ。うん。
「何深々と頷いてんの、あい子さん」
ひたすら感じ入っていたら、怪訝そうに聞かれた。
「あ、うん。いい兄弟だな-、って思ってさ」
「そうかな」
修くんの返事は素っ気ない。照れてるとかじゃなくて、どうってことなさそうというか、大したことじゃない、と思ってるみたいな。
その気負わない、フツーな感じもいいな。
そこへ、スーツから着替えてきた諒が戻って、
「修、なんか手伝うか?」
と尋ね、それから私のほうを見て
「……何ニコニコしてんの? そんなに卵焼き好きだったっけ?」
とか言うもんだから、ははっ、と、ゴマカシ笑いしました。
しみじみと愛を新たに噛みしめてた、なんて、照れくさくて言えねえっすよ。
というわけで、修くんの卵焼きのポイントです!(ゴマカシた!)
最低でも卵3個くらい使ってたっぷり厚めのふかふかに巻くと、調味料の受け止めがよくてバランスとりやすいです。
味つけは甘いの、しょっぱいの、甘じょっぱいの、甘酸っぱいの、わりとなんでもアリ。
私の好みはツナマヨのっけるやつ。鰹節たっぷりにネギポン酢、ってのも好き。
諒おすすめのめんつゆにつけるやつは、そばつゆくらいの気持ち濃いめで、とっぷり沈めて浸してから、with大根おろしでどうぞ。
半溶けチーズ+蜂蜜はマジで名作。プロセスチーズでもカマンベールでもブルーチーズもわりかしなんでもイケます。
皆さんもぜひぜひ、お試しあれー。




