24.修くんの卵焼き(前編)
「卵焼きっていったら、何味?」
巻き巻きの、あの卵焼きのことね。
すっかり行きつけになったスタンドバー、「Cucumber」で飲んでるときに、たまたまそんな話題になった。
飲みのメンバーは、私と眉子と諒。バーの雇われ店長の久さん、他、常連さんとかもちょこちょこ話題に挟まってくる。
「Cucumber」は、オーナーさんが単に音の響きが好き、ってだけで大した深い意味もなく決めた店名だそうです。
お客さんにやたらと「なんでCucumber?」って聞かれまくるのが嫌になって、キュウリの薄切りとレモンを漬けこんだフレーバードウォーターを名物ってことにした。店の真ん中にウォーターサーバーをどどんと据え付け、キュウリのビジュアルでなんとなく誤魔化そうとしてるけど、それでも未だに「なんでCucumber?」って聞かれるらしい。
オーナーはたまに店に訪れて、
「いいじゃん! 意味なくたってかっこいいじゃん、Cucumber!」
ってガチギレしていく。
酒も料理もワンコインの立ち飲みスタイルは、客がグラスや皿をもってうろうろしてて、客同士気軽に話しかけたりすることも多い。
ひとりで飲みたいときは、グラスの縁にフックで「Don't Disturb」のサインを引っかけておくと放っといてくれるシステム。
それでもしつこいナンパとか強引に誘ってくる酔っ払いもたまに出現するらしいけど、その際は常連さん達がひっぺがす係でうまいこと宥めてくれるらしい。
さらにゴネるようなら、店長の出番。身長190cm体重100kg超の巨漢はただデカいだけではなくモッキモキに鍛え上げられている。趣味は筋トレ、ナイスバルク!キレてる!な店長はなかなかに迫力のある顔面をしてらっしゃって、まあその外見で大抵の酔っ払いは退散する。
実際は穏やかで心優しい、奥さん超ラブなクマさん系愛嬌男子なんだけどね。
で、そのクマ系店長、久さんが常連さんのリクエストで卵焼きをつくってたんですよ。
軽い塩味、オリーブ油できれいに焼いて巻き上げ、刻みパセリと削ったパルミジャーノをたっぷり載せてある。ガーキンスもまるまる一本添えてあって堪らん。美味そう。
「何それ食べたい。こっちにもつくってつくって」
って、つくってもらってるときに、冒頭の話になりましたんです。
話長くてすいませんね、あい子さんいい感じにお酒いただいちゃってるもんですからおほほほ。
久さんの卵焼きは半熟じゃなくて、あえてのしっかり焼きのホクホク、片面はキツネ色の手前くらいに軽く焼き目がついてて香ばしい。
「これは卵焼きっていうよりオムレツっぽいかな。お酒に合うようにつくったつもりなんだよね。今日、ドイツワインの白がいいの入ったから試しにどう? 軽いけどキレがよくてさっぱりしてて、合うと思うよ」
はいはいはいはい(挙手)。ワインください。
「……あい子」
「まだ3杯目!セフセフ!」
相変わらずオカン系彼氏は細かい&うるさいぜ。
「眉子んちは? どんな卵焼き?」
「うちは鰹だしたっぷりのだし巻き。甘くないのね。柔らかいから、巻き簀で形を整えるんだよ。
自分でつくるときは、あっまいの食べたくてキビ糖たっぷり入れたの焼くよ。香り付けに、薄口醤油を1滴2滴入れるの」
「おー。どっちもおいしそうだね」
「砂糖多いと焦げやすいから意外と難しいんだよね。あい子は? 何味でつくんの?」
「私はネギとツナ入れたのが好きかな。ネギチーズも好き」
「え、待って待って、具が入ってるのもアリなの、この場合の卵焼きって?」
「あれ違った? だめかな? ていうか、うち、具無しの卵焼きつくらないよ。実家も私も。なんか入れないと気が済まない」
「そうなの? 卵焼きの定義はともかく、確実においしいねそれは。おかずっぽい卵焼きなんだ」
「うん、とりあえずネギは必ず入ってたような。今度、卵だけで焼こうかな。あーでもやっぱなんか入れたい! ふりかけ入れちゃダメ?」
「なんでも好きに入れて焼きなよ……」
「ね、諒は? 卵焼き、何味にする?」
「うちは、卵焼きは修が焼くことになっててさ。味つけしないで、卵だけで焼く」
「えー」
「へー」
私と眉子と同時に声をあげた。その発想はなかった。
「味つけ無し? 食べるときも何もなしで?」
久さんが怪訝に尋ねると、
「いや、各自で好きな調味料つけるんだ。塩とか醤油とかソース、マヨネーズ、ケチャップとか、甘くするなら蜂蜜とかね。そのまま何もなしでも意外といけるけどね」
諒はなにやら得意そうに答える。
「修が考えたんだよ」
ふふっ。
眉子と顔を見あわせて噴いた。
かっわいい。お兄ちゃんの顔になってる。
「お兄ちゃんだお兄ちゃん」
「兄バカだね」
久さんまで微笑ましそうに、兄弟仲いいんだねえ、なんて言うもんだから、諒はばつが悪そうに、あー、とか、うん、とか唸って、キュウリ水のグラスを呷った。
そして、どうやら兄バカを開き直ったらしく、修くんの卵焼きについて力説し始めたよ!
「だってさぁ、修が11歳の頃だよ? まだ小学生で、その年で卵焼き巻けるのすごくない? いやそりゃ、できる子はできるのかもしんないけど、修はちゃんと家族の食事の責任負ってつくってたからな。
あいつ自分の小遣い貯めて卵焼き器買ったんだぜ。あの四角いやつ」
へえ。そりゃすごい。
「父さんと修が甘いの好きで、母さんと圭兄がしょっぱいの、俺はだし巻き派でさ。
で、全員の好みに合うように、って考えたんだよ。意外と思いつかないと思うよ、味つけしないで卵だけで焼くって。
やってみると巻くのもラクだし、味のバリエも増やせるし、使い勝手いいんだ」
「だし巻きの柔らかさは出せないんだけど、焼き上がってからめんつゆに突っ込むと、それなりにじゅわっとだし巻き感出るよ。それに大根おろし載っけて食うの、俺好きなんだ。
焼きたての熱々に切り目入れて、チーズ突っ込んで半溶けのとこに蜂蜜たっぷりかけるやつとか、名作」
弟エラい。弟天才。と言わんばかりの諒のドヤ顔がかわいくて可笑しくてかわいくてかわいくて、もう、どうしてくれるよこのこみ上げるLOVEを。
ニヤニヤ顔を隠せず、どさくさ紛れに隣にいた眉子に抱きついて「きゃー」とか叫んでみた。
「きゃー」だろ、こんなん。
眉子は呆れて「抱きつく相手あっちでしょ」と諒に押しつけ、久さんと常連さん皆さんに「お前らもう帰れ」とか追い出された。
なんだよしょうがないじゃないかLOVEなんだから(意味不明)。




