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乾燥豆子と弁当男子  作者: ムトウ
1.乾燥豆子と弁当男子
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2.好々爺と、インスタントコンソメ

 ところで私は、高橋諒と同じ会社で同じ課で仕事をする以上でも以下でもない。

 年齢的には妙齢の女子であり、好青年に懸想したりされたりしても不都合なく、というか、バッチ来い、な若いお嬢さん枠である。念のため、妙齢とは妙な年齢ではありませんよ。24歳だよ文句あるかよ。

 が、高橋青年は妙齢女子としてどうのこうの的な対象ではない。多少接近したとしても、給湯室で互いの弁当談義を繰り広げ、電子レンジと給湯の順番を折衝する、せいぜいがその程度だ。

 そしてこれは大変ベストなポジションだ、と力強く断言する。


 美男は距離を置いて見物するに限る。

 どんなに見目麗しく眼福な外見であろうとも、無駄に注目度の高い生物に近接しすぎると、社会生活が困難になる。

 というか、もとから私はそれほど自己評価が甘い方ではなく、つまるところ、女として自惚れてはおらぬ(断言を強調する文語表現)。


 美男は美女と添うのがよろしかろう。

 いや美男でもいいけど。いや美しくなくてもなんでも誰でもいいし、誰とも添わないならそれでもいいし、ていうか人様が誰とどのように添おうが私がジャッジする分際でもないのだけれど、とりあえず「私は圏外です」ということを華々しく宣言しておきたい(挙手)。

 凡庸なわたくしは(こう)(こう)()の如き枯れた眼差しで見守るのでございます。

 ていうか、以前、好々爺を「すきすきじじい」と読んだ知り合いがいたが、同じ漢字でも意味がまるきり違ってきちまうじゃねえか、なんだよタイヘンだな「すきすきじじい」って。


 と、軽く眉根を寄せてしまったもので、高橋は「電子レンジお先にどうぞ」と、なにやら誤解して気遣ってくれたのでした(ラッキー♪)。



 私の弁当はキホン、おむすび2個に具沢山の汁物、と決まっている。スープとか好きなんだよ。うちの会社は電子レンジと熱湯の給湯器が使えるし、昨今流行のスープジャーを駆使すればなかなかバラエティに富んだ昼食が楽しめる。

 本日はあらかじめ茹でておいた根菜に市販のインスタントコンソメをパラパラして熱湯を注ぐ簡単メニュー。

 茹で野菜は軽くレンジで温めるがよし、と順番を譲ってくれた高橋に甘んじた。

「今日はコンソメですか。航空会社のやつですね、これ、母も好きで」

 はい出た。本日もお母上絶好調です。

「ちょっと具を足すとインスタントも豪華だなあ。野菜たくさんとれるし、いいですね」

 ちょっと失礼しますね。と、彼はスマホのカメラで写真を撮る。この男は私の弁当に興味津々で、毎日撮影したがる。いわく、お母上から頼まれたそうだ。

 毎日弁当つくってるとネタ切れになってくるんで、人様のお弁当が参考になるんだそうだ。まあそれはわからんでもない。

 いつもの光景を生ぬるい斜め目線で流しながら、

「高橋さんのお弁当は? 今日はなんですか?」

と水を向けた。

「俺のはオムライス。実は朝から楽しみで」

 嬉しそうにニコニコしている。おやおや、かわいいのぅ(好々爺)。


 と、そこへ隣の総務課の女性が「お湯いいですかー?」と給湯室を使いにやってきた。

 お若くて見た目にも気を使い、仕事上も気遣いの行き届く素敵な彼女は、もれなく高橋に恋心を抱いて、敢えなく「母が」弾幕に粉砕されたひとりであるらしい。

 そのように残念な感じでお断りされた彼女でありますが、

「わあ、今日もおいしそうですね、高橋さんのお弁当」

 高橋青年に対する態度は至極友好的で、社会人としての節度を保つアッパレな姿勢である。

 なんて素敵なお嬢さんだ、反省しろ高橋。と、好々爺ポジションの私としてはツッコミを禁じ得ない。


 心中のツッコミにも気づかず(当たり前だ)、高橋は自慢げに自分の弁当を見せびらかす。

 弁当箱の寸法すっぽりに収まり、黄色い卵の膜がぱんぱんに張ってまるまる福々としたオムライス。別容器にはたっぷりのコールスロー、彩りのプチトマト。うんうん、確かにすごいよおいしそうだよ。

「これね、たぶん中はドライカレーですよ。昨日の晩、カレーだったし」

 晩飯のカレーつくるときに、炒め玉ねぎを少しよけといて、ドライカレーつくっとくんです。前の日から弁当のこと考えてつくるんだよね。我が母ながら、すごいよなー。

 でね、母のドライカレーはスパイス強めのちょっと辛めなんです。それをオムライスにして、甘めのオタフクソースをかけるのがポイント。俺、好きなんだよねー、ありがたいよなー。

「おいしそうですねー」

 と、ニコニコ繰り返す素敵お嬢さんは、どうやら高橋に対し、いっさいの恋愛感情を消滅させたらしい。今後においては職場の同僚以上の気遣いは無用。そう判断したからこそのニコニコ対応である。

 彼女は私に対しても同様に弁当や昼食に関する当たり障りのない話題をふり、優雅にコーヒーをドリップして去ってゆかれた。

 おお、彼女の心は既に凪いでいるのだ……!


 ホンットしょーがねーな高橋は。まあ彼にも彼なりの趣味とか好みとか考えがあるのだろうけれど。




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