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乾燥豆子と弁当男子  作者: ムトウ
1.乾燥豆子と弁当男子
18/58

18.あーあ、言っちゃった

 後はお若い方達でお話しなさったら? 的に促され、車のキーを押しつけられて、高橋諒と私は高橋家からとっとと追い出された。修、圭、なんだ君ら。見合いについてきたお節介な親戚か。ベタだな!


 お土産の月餅をしっかりいただき、車の助手席に収まってみたものの、運転席の彼は気まずそうに黙っている。

 食事のときから、何か言いたそうに口ごもっては、うまく言えずに言いはぐってる。そんな感じ。

 もっとも、それは私も同じことで。

 さっきから、何か言わなくちゃ、と思うのに、なんて言えばいいのか、困るんだよなあ。


 気まずい空気のまま、車の走行音とかラジオとかカーナビの声が空々しく響く。高橋んちから私の住まいまでは、車で20分ほどだ。

 道は空いていて、スムーズに到着しそうだった。


 あと5分くらいで着くかなあ。着いて、「じゃあまた会社で」って、それでいいのかなあ。

 などと、逡巡とか躊躇とかなんかこう、もにょもにょ困ってしまい、えーととりあえずなんとか声かけようかな、と

「あのさ」

「あの、」

 口を開いたのはふたり同時だった。被っちゃったぜ。

「あ、ごめん。何かな」

「いや。高橋さんからどうぞ」

「え、あー。うん。あのさ」

 ええい、まどろっこしい。早いとこどうにかなんとか言いやがれ。面倒くさいやつだな、もう。←自分含め。

「……えっとさ、ちょっとそこのファミレス寄ってかない? コーヒーでもどうかな?」

 高橋の提案になんだかホッとして、「うん。いいね」と答えた。


 最近のファミレスは、挽き立ての豆をその都度淹れるマシンが導入されてて、なかなか結構なコーヒーがいただけますね。アイスカフェラテ美味い。

 ひと息ついてから、いきなり言った。

「“ごめん”って謝るの、もう止めよう?」

 向かい合わせて座ったボックス席、高橋がまさに「ご」と発声しようとしていた。彼は勢いをそがれて口ごもってしまう。

 ははは。すまんな、先手必勝なんだぜ。


「えっと、今日はさ。修くんが高橋さんのこと心配して、会社まで私を迎えに来てくれたんだよ。ホント兄弟仲いいんだね」

「……え、ああ、うん。……修のやつ、勝手なことを」

「いいよ。かえってご馳走になっちゃったし」


「それで、高橋さん、こないだのことなんだけど」

「……うん。俺さ」

「いや待って。言わせてくれる?」

 そういうと、高橋は黙って促してくれた。


「私、あんなキツい言い方することなかったよね。一方的過ぎたと思ってる」

「……いいや。あい子さんは間違ってないし」

「うーん、でも。あれは、ちょっとさ。言い過ぎたな、って。私も気になってたから、修くんが世話焼いてくれて、いい機会だったよ」

「…………」

「もう、あんまり気にしないでくれるとありがたいんだけど。高橋さんは高橋さんの思うとおりにすればいいと思うし。私も普通に接すればいいよね?」

「いや、違う」


 と、高橋は思わず出てしまった、という風情で口走った。言ってしまってから、自分で「あ。言っちゃった」みたいな感じ。

「違う?」

 問い返すと、

「……違うんだ」

 と返ってきた。


「俺、あれからずっと考えてて。すごいショックだったけど、あい子さんに言われたとおりなんだ。その通りだな、って。だから、言い過ぎとか、そんなことない」


「ガツンと言われて、ようやく気づいたよ。

 俺は自分の見た目の扱われ方を嘆いてる素振りをしながら、特権的で優越な自意識もあったんだ。俺の顔には価値がある、と思ってた。調子に乗ってたんだな。

 だから、拒絶されて驚いたし、驚く自分がショックだった。自分がこんなに自惚れた人間だったなんて、それに気づかずにいたなんて、情けないし、恥ずかしいよ。

 パニくって、その場にいた三枝さん巻き込んで、言い訳とか訳わかんない話して呆れられた」


 高橋は自嘲して笑おうとして、失敗して苦い顔になった。

 いやいや、そんなに落ち込むこともあるまいよ。誰だってチヤホヤされりゃ舞い上がるもんでしょ。

「いや……。そこまでエグるつもりなかったんだけど。私こそ、ついムキになっちゃってさ。やっぱり言い過ぎたよ」

 申し訳なく思ってフォローをいれたら、彼はもどかしそうに「違うんだ」と繰り返す。


「そうじゃないんだ。そんなことどうでもいい。そんなことじゃなくてさ」


「………俺、本当は別にどうでもよかったんだよ。職場でマザコンだのなんだの言われても、ヘンに構われるよりよかった。それこそ、あい子さんの言うように、オフィシャルでパブリックな表面的なつきあいで、仕事に支障がなければよかったんだ」


「でもさ、そのうち。あい子さんと弁当とか料理の話するようになって。豆料理の話とか聞いたり、そのたびに“お母さんにつくってもらうんですか?”とか母親の話になってさ。そりゃ俺がそういうふうに振る舞ってるから当然なんだけど、それがなんだか、もどかしくなってきて。

 俺がつくってるのに。俺が興味あって聞いてることなのに。俺なのに、って」


「高橋さん……?」

 それってどういう意味だ。何言ってんだ君は。とか、茶化してまぜっかえしたりとか全然できなさそうな真剣な佇まいにビビる。

 彼はすごく緊張してて、その緊張が私にも伝染しそうだ。


「輸入食材店で偶然会ったとき、あの時点ではごまかすことだってできた。でも、この際だから事情を打ち明けようと思った。

 嫌になったんだ。あい子さんには、俺のことちゃんと見てほしい、知ってほしい、って思った。表面的な仕事上のつきあいじゃ嫌だと思った」


「事情を話しただけで受け容れてもらえた、って思っちゃうのは、バカだったよな。ちゃんと言うべきだったんだ。自分の気持ちを」


 高橋諒はすっと顔を上げ、正面から私を見つめた。

 真剣な目。涼しげな面差しは、やっぱり憎らしいほど整っている。


「俺は、あい子さんが好きだ。最初から、そう言えばよかった」


 ……あーあ、言っちゃったね。

 まさか。と、やっぱり。が交錯する。


 こうなるんじゃないかと思ってた。

 だから嫌だったのに。


 あい子さんは圏外!

 好々爺ポジションなんですよ!






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