17.とりあえず、ごはん
本日の献立。
・そばの実入りのお粥、またはご飯。
・モヤシ炒め
・炒り卵
・豚肉のしぐれ煮
・納豆
・茹でニンジンの二色ドレッシング
・青大豆のひたし豆
修くんの献立は一品一品がシンプルで、妙にいじくりまわしたところのない、素朴で素直な組み合わせ。盛りつけも大皿にたっぷり大胆、同じ皿に盛られたもやし炒めの白と炒り卵の黄色、ニンジンのオレンジ色、ひたし豆の緑が鮮やかで、食卓が明るい。
高橋諒は帰宅して私を見て「ふぁっ?」っと毛を膨らませた猫みたいに驚いていた。まあそりゃ驚くだろうけど驚きすぎだろ。
「お帰り。おじゃましてます」
挨拶しても驚きから戻れない兄に、修くんがいいわけっぽく言い添えた。
「あい子さん、今日は俺の客だよ」
「……なんでまた」
ボーゼンと佇む次兄に修くんは「いいから飯にしようぜ」と食事を促した。“飯が冷める”は高橋家的に最重要優先事項なのでございます。
食卓にご家族お揃いになったようで。それでは、皆さん。
「いただきます!」
そばの実入りのお粥には焼きネギが添えてあり、好みでタレを加える。
ん! このタレ、鶏のダシが濃厚。そばの実もプチプチ食感で香り高くてイイ!
「おいしいでしょ。私がお粥好きだから、よく炊いてくれるの」
聡美さんがニコニコするのにつられて、思わずこくこく頷いてしまう。じわじわくるわー、この、ストレスフリーで胃に馴染んでく感じ。
「タレは、鶏の照り焼きをつくったときに余った煮汁を漉して煮詰めといたやつ。今日はそばの実を入れたから鴨南蛮のイメージで焼きネギも合わせてみた」
修くん、ナイスです!
モヤシ炒めはシンプルにモヤシのみ。ほんのりニンニクを効かせて、練りタイプの中華スープの素と塩胡椒で味つけしてある。ちょっとこれさ、3袋ぶんのモヤシ炒めてベシャッと水っぽくならないのってすごくね? どうなってんの? シャッキシャキなんすけど? 修くん、中華の達人?
「あ、俺のワザじゃないよ。ウー・ウェンさんのレシピ。モヤシの組織を壊さないように弱火でじっくり時間かけて、あんまり触らないようにして焼き付けるように加熱するんだ」
「最初聞いたときはびっくりしたもんな。強火で短時間炒める、っていうのが常識だと思ってたから」
本日のワンオブ功労者、ヒゲ根とりスピードマスターの圭さんが感心したように言う。
なるほど。シンプルな料理ほど、ちゃんと理屈の通ったメソッドがある訳ね。出来が段違い。
炒り卵はこれまたシンプルな塩味で、かなり薄味。これは同じ皿に盛ってあるモヤシ炒めや、味つけ濃いめの豚肉しぐれ煮を合わせていっしょにいただくように、味加減を計算してあるらしい。
高橋は粥ではなく白飯を選んでいて、飯に卵としぐれ煮を載せてわしわし大口で食っている。うん。卵と甘辛い肉、合うよね。
「しぐれ煮って牛肉が一般的だよね? 豚もいいね。ちょっと生姜焼きみたいな雰囲気もあるかな」
ショウガの千切りがこれでもか、ってくらいに入ってて、味のしみたショウガ自体もおいしい。
「諒兄がよく作り置きしてるんだ。豚コマ安くなってるときとか、まとめてつくって小分け冷凍してある」
おおおお。さすがだ炊事部長。マメな仕事っぷり。
「なんでこの献立で納豆?」
炊事部長は怪訝に調理担当者に尋ね、修くんは上司に問い質された部下的に答える。
「あい子さんが胃が重いらしいからさ。味の濃いしぐれ煮とか炒め物の油がキツいようならどうかな、と思って出してみた。消化にもいいだろ」
「……なるほど」
「でも、大丈夫そうだね、あい子さん?」
修くんが尋ねると、高橋はギギギギ、って音がしそうなくらいぎこちなく私のほうを振り向いた。
「体調、大丈夫、ですか、あい子さん?」
何そのモタモタした敬語。
ていうか、そういえば二日酔いでしたね私。すっかり忘れてたよ。
「うん、全然ヘーキ。さっきまでちょっと胃が重かったんだけど、お粥おいしいね。食欲出てきた」
「……そりゃよかったです」
気づけば一家全員に注目されてました。
……なんだよ。生ぬるい視線で見ないでくれたまえよ。
拍子木に切って茹でただけのニンジンは、梅酢マヨネーズとすりゴマのドレッシング二種類が添えてある。ニンジンずるい。彩りと栄養を補ってくれて、食事に加えるとなんか“いいことした”的な気分になる野菜だよね。
炊事部長が感心なさっていますよ。
「茹でるだけで出しちゃうあたりが修だよな。俺だと他の材料合わせたり、煮たり炒めたり、なんかしたくなる。こういうシンプルにうまいもん食うと、手をかけりゃイイってもんでもないな、って思うよ」
「単に手抜きだよ。それに、茹でただけのニンジン、好きなんだ」
「うん。僕もコレ好きだな。こういう甘い野菜に梅酢って合うね」
博至さんがきれいな箸使いで追加を取り分けながら言う。おお、野菜も甘いもんがお好きなのかしら。
それにしてもここんちの人達はたいそう食事を楽しんでらっしゃる。褒めポイントも具体的で食レポ得意そう。
ひたし豆は箸休め的な小鉢。こういう小鉢一品あると気が利いてる感じするよね。時間をおいて味をしみこませたほうが美味いから、作り置きに適したお総菜です。察するに、これも高橋の作かな?
さてさて、豆たちよ。粒が揃ってつやつやふっくら、青々とした極上の青大豆。見惚れるわー。
「……それ、山形産の秘伝豆」
高橋がもそもそと遠慮がちに告げる。
「へー、これが秘伝豆。味が濃くておいしいね」
ぎゅっと栄養が詰まった豆、って感じで、いい豆だ、これ。
なにやら心配げに様子を窺われてる気配があって、高橋方向に顔を向けるとバチッと目が合う。
「どうかした?」
「……いや、味はどうかな、と思って。最近失敗が多いもんだから、気になってさ」
「そうなの? おいしいよ。ゆで加減もちょうど好みだし、鰹ダシと酢の割合が絶妙だし。さすがだよね」
「なら、よかった」
心底ホッとした様子で、そんなに気になってたのか-、高橋の腕前なら全然余裕だろうに。とか、のんきに思っちゃってましたが、そこで、はたと我に返ったでござる。
そういや、ひたし豆の作り方教えたの私だったな、とか、高橋が失敗連発しちゃってるのって私のせいかな、とか、そもそも私何しに来たんだっけ、とか。のんきに飯食ってる場合かな、とか。
そろーっと窺う目線で高橋を見やれば、「ん? お代わりする?」とかこれまたのんきな台詞が返ってきて、「い、いやいや、結構です」とかぎこちない感じで返事しちゃって。
そしてそんな様を遠慮なく観察する高橋家の皆さん。だから、生ぬるい視線で見ないでくれたまえよ。
……って! なんか微妙な空気をごまかすみたいに食っちゃったよ。胃が重かったはずなのに全力で食ったよ。うまかったよ! なんだよ腹いっぱいだよ!
食事が済んだ皿を台所に下げながら、気遣わしげな、何か言いたそうな視線をとばしてくる高橋を尻目に、あい子さんは食後のお茶を欲しているのでした。
うう、食いすぎた。高橋家の飯はキケンだね……。
そんなわけで、今回は飯食ってるだけの章立てでした。
待て、次号!(だからなんなのこの煽りは)




