16.圭さんと修くん
「たぶん、あれだろ、諒兄がマザコンの振りしたりキャラ偽ってることに関して、あい子さんにグチグチ言い訳したり、なんか頼み事したりしたんじゃないの」
Oh, Yes. その通りだよ修くん、鋭いな。っていうか、わかりやす過ぎるぞ高橋諒。
「やっぱりそっか。呆れるよね。あい子さんには関係ないことなのにな。本当、ごめん」
申し訳なさそうに謝られた。なんだかなあ。謝られると却って罪悪感。私もキツく言っちゃったからな。
「諒兄があんなふうなのは、俺のせいなんだよ」
修くんは手慣れて鍋の火加減を調整したり、噴いてきた米の粘りを掬いながら話をする。
圭さんはなにやらもの言いたげに修くんを見たけれど、何も言わずにモヤシのヒゲ根とりを続けた。作業早いな。あい子さん追いつけねえっす。
「俺が高校受験でピリピリしてた頃に、諒兄めあての女の人が訪ねてくることがあって。諒兄なりに断ってたらしいんだけど、それでも“まあまあ、いいから任せて”とかって押しかけてくるんだ。断っても訪ねてくるくらいだから、そういう人は話聞いてくれない。すっげえ厄介だった」
「そのうち、諒兄だけじゃなく、俺や圭兄や父さんにまでくっついてちょっかい出し始めた。逆ハーだのなんだのって、ひとりできゃーきゃー騒ぐんだ。本当に失礼だったよ」
……ぎゃ、逆ハー。って、おい(呆)。
確かに高橋兄弟は長兄・美ボイス、次兄・美フェイス、弟・美ボディとキャラが揃ってる上に、博至父さんは渋カッコいい美おじさんでらっしゃいますが。漫画や小説じゃあるまいし、リアルに逆ハーとか妄想押しつけちゃいかんですよ。確かに失礼だな。
「俺も神経参ってたし、我慢の限界きて“うるせえ帰れ”って怒鳴りつけて、向こうは“ひどい”とか泣き出すし、それでまた俺が余計頭にきて“被害者ぶってんじゃねえ、こっちが迷惑なんだ”とか大げんかになってさ。
父さんと兄貴達がなだめて抑えてなんとか収まったけど、俺、止められなかったらあの人殴ってたかもしれない。それくらいキレた。
で、言っちゃったんだよ。“誰にでもいい顔すんなよ。ヘンなのにつけこまれんのは諒兄のせいだ”って。諒兄だって、責任感じてたのにな」
……んー。まあ、気持はわからんでもないけど。
でも、やっぱり当の本人の問題だと思うよ? 修くんが自分のせいだと思っちゃうのは、高橋としても、却って苦しいかもよ?
などと思っちゃったのが顔に出たのか、圭さんも心得顔で頷いた。
「別に修のせいじゃないけどな。諒が自分で決めたことなんだから」
そうだよね。うんうん。
「それに、あいつは人が好すぎる。誰にでもいい顔してるつもりはないだろうけど、きっぱりできなくて曖昧な態度になっちゃうんだな。少なくとも俺から見るとね。
修が言わなくってもそのうち俺か母さんが言ってたと思うよ」
圭さんが穏やかボイスで説得力マシマシに発したけれど、修くんは「うん、まあ、でもさ」と苦い顔をした。
「圭兄みたいなのもどうかと思うよ」
圭さんは圭さんで、次男ほどの美貌ではないにしろ、穏やかで中性的な容貌と美声の持ち主であります。看護師務め(整形外科。比較的若い患者も多いらしい)ということもあって、患者や患者の家族•友人から好意を寄せられることも多々あるらしい。が、圭さんは相手が“患者”“患者関係者”の範疇を越える言動に至った時点で、速やかに極低温オーラを発して拒絶するらしい。
「圭兄、笑うときに目が笑ってないの、マジで怖いから」
へー。そうなんだ、ふーん。
と、ふむふむ聞いていた私はすっかり油断していた。
圭さんはニコニコ顔のままで「修のせいではないけど」とさりげに前置き、次いで
「あい子さんのせいではあるかもね」
などとぶっこんできやがりましたのです。
なんですと?! 油断させといていきなり来るか。
ニコニコ笑顔がビミョウに威圧的で怖いです。なるほど修くん圭兄怖いね!怖いよ!
「そもそも、諒のアレはある意味で処世術ってやつでさ。そこまでやるかー、と思ってはいたけど、本人的にはそれで快適みたいだったし、まあいいんじゃないの、って感じだったんだ。
でも、それが不都合になったんだろうね。自分を偽ったままでいるのがさ」
はあ。まあそうかもしれんね。そうだとして、私に何の関係があるのか。
訝しむ私の怪訝ヅラに苦笑して、圭さんは続けた。話しながらもモヤシ処理の手が止まらないのがさすがです。
「諒はねえ、最近、やたらに豆料理をつくるようになったんだ。レンズ豆とかヒヨコ豆とかキドニービーンズとか今までに聞いたことないような豆が食卓に並んでさ。新しい料理本でも見つけたのかな、と思ってたんだけど。ついこないだ知ったんだよ。あい子さん、豆料理が好きなんだって?」
「圭兄」
妙な雰囲気に追い詰められそうになったところで、修くんが向き直って首を横に振った。
「だめだよ。そういうのはちゃんと本人が言うべきだ」
修くんよ。止めてくれたのはありがたいが、それ言っちゃってるも同然です。
うへえ。面倒くさ。
という態度があからさまな私に、圭さんはニッコリ笑って処理済みのモヤシのザルを抱えた。
「妙なこと言ってごめんね、あい子さん。手伝ってくれてありがとう」
……ぬぅ。穏やかニコヤカに見えて、相当な腹黒野郎だな圭兄。
結局モヤシの下処理は圭さんがふた袋ぶん、私がひと袋ぶんという結果でした。
くっ、完敗なり(勝負だったんかい)。
そこへ。玄関の扉が開く音がして、
「ただいまー」
と、ご注目の高橋家次男、高橋諒がご帰宅遊ばされました。
うへえ。面倒くさ(2回目)。




