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乾燥豆子と弁当男子  作者: ムトウ
1.乾燥豆子と弁当男子
15/58

15.迎えにきたよ

 三枝眉子は愉快なおなごであった。飲むほどに機嫌よく、かといって決して乱れず、ひたすら楽しそうに悠揚とグラスを干し続けていた。

 愉快ではあるが、あれと同じペースで飲んじゃいかん、ということは翌朝になって思い知った。ごめんなさいもうしません。二日酔いさま、反省してるからどうかお帰りになって下さいお出口はあちらいててててきもちわる。

 当然ながら眉子さまは早々にアルコール酩酊の影響下をすっきりさっぱりと脱されており、「昨日は楽しかったね。また飲もうよ」などとニコヤカに宣われたのでした。くっそぅ、イイ女だぜ。


 と、いう愉快なSMナイト(Saegusa Mayukoの頭文字)の翌日、夕方になってようやく体調も復調してきたところに、新たな刺客が到来。いや刺客とかそんなおおげさなもんじゃないけどさ。

 退勤時間を過ぎ、心持ち胃のあたりを庇うようにさすりながら通用口から出た私が出くわしたのは、さて、誰だったでしょーうーかー?


「あい子さん、お疲れさま-」

 と、穏やかなテノール美ボイスで声をかけてくるのは、なんと、高橋家の長兄、高橋圭さんでした。その傍らには10頭身美ボディの長身、三男の高橋修くん。

 兄弟揃ってのお出迎えですかい。

「……お疲れさまです。先日は突然お邪魔致しまして」

 挨拶は社会人の基本です。意外な場所で意外な人物ズに遭遇して面食らい、虚を突かれたものの、そこはきちんと会釈するあい子さんなのですよ。

「高橋諒さんなら今日は出先から直帰の予定なんですよ。届け物するだけだし、そんなに遅くならないと思うんですけどね」

 と告げると、圭さんと修くんは顔を見合わせた。次いで、圭さんは悪戯っぽく笑い、修くんは困ったように笑う。

 なんだなんだ、君たちどうした。

「俺たち、あい子さんに会いに来たんです」

 怪訝に眉を寄せる私に、修くんがきまじめな調子で告げた。 



 先日来、高橋諒とは私的会話は激減したものの、特に仕事上に支障ない程度には普通にやりとりを交わしております。問題ないよ、うん。

 と、思っていたのだけれど、高橋的には相当なダメージを食らったらしく、日常生活に著しく不都合を生じさせていたそうな。


 何がどうしてどうなって何を悩んでいるのか、などと彼はいっさい洩らさなかったけれど、兄弟(特に圭さん)は、芹沢あい子さん絡みで何事かあったっぽい、と察したらしい。

 かくして、修くん(次兄大好きお兄ちゃんっ子なんだそうな)が心配して、いても立ってもおられず直接私に相談しに行こうと突っ走り、圭さんは「やれやれ」とお守りについて来た。という次第。



 で、本日、台所に立っているのは修くんです。おお、さすがに手慣れた手つきですね。昨夜の酒で胃が重い私のために、そばの実入りのお粥を炊いてくれるんだそうな、わーい。


 というわけで、要するにまたしても私は高橋家にお邪魔しているのでした。ご丁寧に会社の近くまで車で来てくれていて、そのままエスコートされたよ。どこのお嬢様だ。


 モデル体型長身男子がエプロン姿で米を洗う後ろ姿を眺めつつ、作業台代わりのティーテーブルで麦茶をいただく。あ、これちゃんとヤカンで煮出してる。香ばしくて美味い。

 圭さんが向かいに座ってモヤシのヒゲ根とりをはじめたので手伝う。5人+1人分3袋のモヤシ下ごしらえはなかなか壮観ですな。

 ここんちの男達は実にナチュラルに家事働きをする。たいへんに喜ばしい光景であることよ(詠嘆)。


 そんな感じで三人揃って台所仕事しつつ、修くんが切実に訴えたのは、

「諒兄の飯がマズくなった」

 とのことでした。

 うわー。それは地味にイヤだな……。


「別に、食えないほどマズい訳じゃないんだ。諒兄は、ある程度手クセでつくっちゃってもそれなりのものをつくる。それくらいの経験値はあるからね。

 たださ、なんだか冴えないっていうか、ムラがあったり献立のバランスが妙だったり、今ひとつしっくりこない」

 昨晩は唐揚げの甘酢ダレときゅうりの三杯酢と酸辣湯風のみそ汁と、やたらに酸味を被せてきたらしい。何その献立。

「その甘酢ダレも片栗粉多すぎてダマになってるし、三杯酢は塩加減が甘いし、酸辣湯は具を煮過ぎ。まあ、諒兄にしては、ってことだけどね。家庭料理のムラというか誤差の範疇におさまる程度だよ。でも、諒兄はそんなレベルじゃないはずなんだ」

 それがここ数日ほど続いているのだそうです。あらまあ、お気の毒。


「本当は今日も諒兄の当番なんだけど、俺がつくるからデザート買ってきてくれ、って代わってもらったんだ。ちょっと遠いけど贔屓の店があってさ」

 ご両親の好物、月餅を買いに行ったらしい。小豆と黒ゴマ、胡桃、松の実、杏などがぎっしり、キビ糖のコクも効いてて香ばしく結構なお味なんだそうですよ。何それうまそう。先日の夕食もそうだけど、ここんちはうまいもん食ってんな。

 小豆ぎっしり、という魅惑のフレーズに反応する私に、圭さんは悪戯っぽく目元をほころばせた。

「多めに買ってくるように頼んだから、あい子さんのぶんもあるよ。お土産に持ってきなよ」

 え。あ、いやいやそんな、申し訳ないっす。……そうですか? すいませんねえ。

 という白々しいやりとりの後に、ハッ!と我に返る。飯食いに来たんじゃないんですよ、あい子さんは。


「えっと、あの。私、高橋さんにちょっとキツいこと言っちゃったかもしれなくて……」

 言い訳しようとしたところに、

「いや、いいんです。すいません。あい子さんのせいじゃないんだよ、たぶん」

 修くんが私を遮り、申し訳なさそうに被せてきた。


 うん? どういうことかな? 





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